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焦れておりまして①

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「支度はできたか?」

 そんな台詞とともに夫が扉から顔を覗かせたのは、侍女のネリーがちょうど最後の髪飾りを固定しおえたときのことだった。

「今終わったところです」

 セレナが姿見の前に立ったままおずおずと振り返ると、彼は破顔してこちらにやってくる。その前髪は整髪料で少し持ち上げられていて、普段は隠されている凛々しい額があらわになっていた。ぱちぱちとまばたきをしたセレナは華やかに盛装した夫の姿にしばし目を奪われ――すぐに、己が直面している問題を思い出した。

 今日は王家の主催する舞踏会の日だ。夫婦で招かれている二人はそろそろ出かけなければならない。だが――

 ゆっくりと彼のほうへ身体を向けて、己のドレス姿を披露する。装いに自信が持てないせいでセレナはどうしても俯きがちになってしまう。

「どうでしょうか……?」

 具体的にどこが、というのを挙げると余計に注目されてしまいそうなので、あえてそれだけを口にした。
 エミリオはそんな妻の煮えきらない態度を特に気に留めた様子もなく、熱のこもった瞳でじっくりと全身を眺め回し、やがて陶然とした呟きをこぼした。

「綺麗だ……」

 思わず出た、といった称賛は、嘘とはとても思えない。それでもセレナは確認せずにはいられなかった。

「本当ですか? あの、胸は……っ」

 前のめりに尋ねかけて、はたと我に返る。落ち着きのない振る舞いを恥じつつ静かに言い直した。

「胸が、目立っていませんか。ネリーは大丈夫だと言ってくれたのですが、自分では分からなくて……」

 このドレスのための採寸をしたとき、セレナは今までどおり胸をつぶした状態で測ってもらうつもりだった。だが、エミリオがそれに異論を唱えた。

 ただでさえ腰を細く見せるためにコルセットで締め付けているのに胸までなんて絶対に身体によくない。そう主張した彼はなんと、夜会用のドレスだけでなく普段着のドレスや肌着に至るまでおよそ日常生活で必要となる衣服の一式を本来の体型に合わせて作り直すよう仕立て屋に指示したのだ。

 国内でも有数の優良顧客から降って湧いた大口注文に、仕立て屋の女主人も瞳を輝かせ、是非そうすべきですわ、とエミリオに賛同した。セレナはその勢いに押された形だ。

 何度かに分けて納品されることになったそれらはすでに半数ほどがセレナの衣装部屋に収まっている。少なくとも青藍宮では新しい衣服のみを着用するように、とエミリオからは言われていた。宮の優秀な使用人たちはおくびにも出さないが、王弟妃が胸の大きさを隠していたことにはみなもう気づいているだろう。

 夫にあらためてしげしげと胸のあたりを観察されて、セレナは少しでも小さく見せたくて猫背になりそうになるのをなんとかこらえる。そうして束の間の緊張をこらえていると、うん、と彼は一つ頷き、微笑んだ。

「全く気にならない。仕立て屋はいい仕事をしたな」

 その評価に、知らず詰めていた呼吸をホッと吐き出す。

 胸がなるべく目立たないデザインにしてほしいということは、最優先事項として仕立て屋に伝えてあった。自身の胸元を見下ろすと、デコルテを美しく見せるカットは深い谷間をギリギリで隠す絶妙なラインである。おそらく胸の大きさを慎重に計算し、最良の形に仕上げてくれたのだろう。

 肩を覆う形の袖は光沢のある布地が美しいドレープを描いている。袖口には繊細なレースがフリルのようにあしらわれていて、二の腕が華奢に見える。そして、肌の白さが際立つ首元には、セレナにとっては少し大胆に思えるほど豪奢な首飾りが輝いていた。胸の膨らみのあたりを極力シンプルにし、それ以外の部分に目を引く装飾を施すことで視線を逸らす作戦なのである。

 鏡でもう一度自身の姿を確認したセレナは、きっと大丈夫だと己を鼓舞した。
 そうして鏡から目を離した直後、耳朶にそわりと甘い痺れが走る。

「……っ」
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