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夫の心を測りかねておりまして③

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 核心をずばり突かれてセレナは黙り込んだ。それは自分が一番聞きたいことだった。そのことでここ数日ひそかに頭を悩ませつづけていたセレナは、つい内心を吐露する。

「正直なところ、わたくしはすぐにでもかまわないのです。心の準備ができているかと言われれば……そうではないのですけれど。時間をかけてどうにかなるものでもないので」

 中途半端な状態を長引かされるくらいなら、いっそ早く終わらせてほしいとすら思う。

「延々と躊躇っているより、いっそ思い切って飛び込んだほうがすっきりすることはあるものね」
「ええ。――ただ、エミリオ様のお心が、よく分からなくて……」

 すでに何度も回想した初夜のことを振り返る。
 泣いてしまったセレナに遠慮し、行為を中断した夫。
 自分もまだ気持ちが追いついていないのだ、と言ったのは、セレナに負担をかけないための優しい嘘だろうか。それとも……。
 その直前に目にした彼の悲痛な表情がやけに印象に残っている。

「そうなのよね……エミリオお兄様はとぉっても優しいの。だから、実際のところ本心ではどう思っているのか周りからは見えにくいのよね……」

 アリスはそう言って、テーブルの上で冷めはじめていた紅茶を口に運ぶ。セレナも思い出したようにカップを手にとった。その内側で揺れる琥珀色の水面を見つめていると、今朝エミリオと過ごしたお茶の時間がごく自然に想起される。

 彼がセレナのためにと用意してくれた茶葉は、本当にたくさんあって、しかも希少な銘柄や高級な銘柄も数多く含まれていた。王弟からの依頼に意気込んだ商会がこれぞという逸品をあれもこれもと勧めたのだろう。

 それらをすべて購入してしまったのは、金にものを言わせた、というより、セレナの欲しい銘柄が本気で分からなかったからに違いない。そこにはただ妻となった女性を喜ばせたいという気持ちしかなくて、その思いがなにより嬉しかった。

 王宮の使用人が淹れた紅茶をゆっくり味わってから、セレナは口を開いた。

「……もし本当に、エミリオ様が時間を必要としているのなら、待ってさしあげたいと思うのです。過分なほどに優しく大切にしていただいているので、わたくしも、エミリオ様に対して同じようにしてさしあげたいのです」

 けれど、と、セレナはカップを膝に乗せて俯く。

「本当に、待つべきなのかどうかが、分からなくて……わたくしが待たせているだけのような気もします……。こういうことは、男性の側も、心の準備に時間がかかるものなのでしょうか……?」

 こんなことを聞かれたところで、セレナより年下で結婚もしていないアリスには答えようがないだろう。それでも律儀にうーんと頭をひねってくれる。
 その姿に少しだけ慰められていると、突如アリスが「あ!」と声を上げ、すぐに〝しまった〟という顔をして口を押さえた。
 セレナは思わず前のめりになる。

「なにか、心当たりがありましたか? どんなことでもかまいません。手がかりになりそうなことなら、教えていただけないでしょうか」

 必死に懇願すると、うっ……と視線を泳がせたアリスは、しばらく葛藤したのちに、根負けして言った。

「その……エミリオお兄様が、ずいぶん前に、好きな人がいると話していたのを思い出したのよ……叶わぬ恋だけれど、気持ちをなくすことができないのですって……」

 途端、ずしり、と重しでも載せられたように、胸のあたりが苦しくなる。
 セレナはゆるゆると緩慢な動きでテーブルにカップを戻した。

 つまり、エミリオの心の準備が整っていないというのは、その恋をいまだ忘れられないということだろうか。
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