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結婚いたしまして②
しおりを挟む――でも、思い返してみれば、エミリオ様はなんだか楽しそうだったわ。
司祭のことほぎに耳を傾けながら、セレナは思う。
エミリオは何度となく『つらかったら無理せず私に任せてくれ』と声をかけてくれたが、そのたびにセレナは『大丈夫です、わたくしにさせてください』と訴えた。実際彼から託される作業の負荷はギリギリ捌ける程度の絶妙さで調整されていた。
だから、己を鼓舞する意味もあってセレナは毎度そう答えていたのだ。しかし、そうすると決まってエミリオはほんのかすかに口角を上げるのだ。
――エミリオ様に限って、他人の必死な様子を見て楽しむような趣味はまさかお持ちではないと思うけれど……
だとしたら、あの反応は一体なんだったのだろう。謎だ。
そんなことを思案しているうちに、式は順調に進んで誓いに移っていく。
「いついかなるときも互いを支え、慈しみ、尊重することを誓いますか」
司祭からのそんな問いかけに、それぞれが肯定をもって答える。
「それでは誓いの証に口付けを」
婚礼の定番とも言える台詞を聞いて、セレナはハッとした。
誓いの口付けは頬で済ませることも許されているが、二人は正式な流れに則って唇にすることを選択していた。エミリオはそれでいいか事前に確認してくれていたが、そうするべきだろうとセレナが言ったのだ。
……正直なところ、忙しすぎてあまり深く考えられていなかった。これが二人にとって、そしてセレナの人生において初めてのキスとなるのに。
――政略で結ばれた夫婦なら、よくあることよね……
だから大層に捉える必要はない。冷静に、己のなすべきことの一環として、平然と受け止めればいい。
くるりと身体の向きを変えてエミリオと向き合うと、二人の誓いの瞬間を見守る多くの者たちの姿が視界のすみに入る。
きちんとしなければという緊張と、見られているという羞恥がセレナの身を硬くした。
花嫁の頭を覆うベールを持ち上げたところで、エミリオがおやという顔をする。
一瞬合ったと思った視線はすぐに逸らされた。彼はセレナの唇を見ていた。もしかしたらあえてそうしてくれたのかもしれない。妻となる女性がこれ以上緊張しないように。
頬に手を添えられ、慌てて目蓋を閉じる。彼の吐息が鼻先を撫でていき、思わず呼吸を止めた。直後、なにか温かなものが唇にかすかに触れる。
柔らかい……
濃厚な口付けを期待していたわけではなかったが、それを踏まえても、エミリオのキスはたいへんささやかなものだった。それこそ、ほんの少しでも頭を動かせば、容易く離れてしまうであろうほどの遠慮がちな触れ方。
けれどそれは、彼が自分を大切に扱ってくれているからこそなのだ。セレナはそれを無意識のうちに感じ取っていた。
叫び出したくなるほどに甘く、恥ずかしく、身悶えするような感情が刹那のうちに胸を満たし、やがて去っていった。
エミリオの顔が離れていくと同時に、司祭が婚姻の成立を宣言した。
「これで晴れて二人は正式な夫婦となりました」
式は無事終わったのだ。
セレナは安堵のため息をつきつつ、夫になったばかりの青年をさりげなく見上げた。
豪奢な衣装を見事に着こなした彼はいつにも増して凛々しく、セレナの瞳に輝いて映る。
胸の高鳴りがなかなか鎮まってくれない。
初めて二人で過ごすことになるであろう夜が迫っていた。そのときのことを想像し、セレナは彼の感触がわずかに残る唇をそっと押さえた。
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