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結婚いたしまして①

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 婚礼の日はまたたく間にやってきた。

 贅を凝らしつつも清楚な気品に満ちた花嫁衣装に身を包んだセレナは、父親と並んで聖堂内の廊下に立っていた。その眼前で、緻密な彫刻が施された重厚な扉が押し開かれる。
 堂内を満たす明るい光とともに、祝福に集った数多の列席者たちの姿が本日の主役を出迎えた。

 国内の主だった王侯貴族の注目を全身に浴びてセレナが圧倒されかけていると、真っ直ぐに伸びる身廊の先で、花嫁と揃いの衣装を身につけたもう一人の主役が振り返る。
 セレナを視界に捉えたエミリオは一瞬感嘆したかのように目を瞠って、それからふわりと微笑んだ。
 早くおいで、と言わんばかりにその手が緩く差し伸べられるのを目にしたら、セレナの足は自然と前に出ていた。

 新郎のもとまで娘を導く父の足取りは、筆頭貴族たるモニエ侯爵家の当主だけあって落ち着いている。そのことにも励まされながら、セレナはゆっくりと光の中を歩んでいった。

 新郎へと花嫁を引き渡す際、モニエ侯爵はエミリオに恭しく頭を下げ、そしてセレナには小さく頷いて見せた。常に厳格すぎるほど厳格であった父の瞳に感慨のような色を見つけたとき、セレナはようやく、今日自分は嫁いでいくのだ、という確かな実感を得た。

 エミリオとセレナに許された結婚の準備期間は三ヶ月だった。

 王族の婚姻としては異例の短さで、最初聞いたときは冗談かなにかかと本気で疑った。
 だが、それを自分に伝えてくれたのはエミリオで、そんなふざけ方をするような人でないことは知っていた。

『陛下の婚儀と時期をずらす必要があったんだ。あちらはラウレンティスの意向も汲まなければならないから、私たちはその前かあとになる。だが、婚約者を変更したうえ、あなたをさらに待たせるわけにはいかないだろう?』
『わたくしは構いませんよ? もう三年待っているわけですし、それが少し延びるだけですから』

 無茶な予定を立てて急かされながら準備するよりは素直に延ばしたほうがよいのではないか。そう思って控えめに申し出ると、なぜかエミリオはかすかに眉を下げた。
 なにか落胆させることを言ってしまっただろうか。セレナが内心で焦っているうちに、彼は深く頷いて言った。

『確かに時間はないから、かなり急ぐ必要がある。あなたの負担になるなら、結婚の準備は私が中心になって進めよう。花嫁衣装などはどうしてもあなたに任せるほかないと思うが、なるべくあなたが大変にならないよう努力する。だから――』

 そこでいっとき迷うように、声が途切れた。

『……私のわがままを、聞いてくれると嬉しい』

 やや硬くなった声の響きは含羞がにじんでいるようにも聞こえて、セレナは一瞬どきりとする。

『わ、わがままだなんて……!』

 エミリオが婚姻を急ごうとしているのは、セレナをこれ以上蔑ろにしないためだろう。この国の政治は今、ラウレンティスの姫君を優先して動いている。立場の違いを思えば仕方のないことではあるが、そんな中でせめてもと配慮してくれたことを彼の身勝手などとは決して思わない。

 セレナが望んでいる意味合いとは違うのだと分かっているが、多少の無理をしてでも早く妻に迎えたいと考えてくれるのはやはり嬉しかった。

『エミリオ様はたたでさえお忙しい身なのですから、どうぞわたくしをあてにしてください。それに……二人の結婚なのですから、準備は一緒にしたいです』

 少々気恥ずかしさを覚えつつ正直な気持ちを告げると、彼は不意をつかれたように目を丸くしたあと、顔を綻ばせた。

『ありがとう――よかった。なら、一緒に頑張ろう』

 その声音はともすれば甘いとすら表現できそうなほどに柔らかく、もしかしたら一緒に準備している間にエミリオとの距離も少しは縮められるかもしれない――そんな予感にセレナの心は浮き立った。

 しかしすぐに現実を突きつけられることになる。

 なんせ時間が足りないのだ。圧倒的に。実際必要な工程とそれに許された期間を書き出してみるだけで気が遠くなるほどだった。
 わたくしをあてにしてくださいなんて大見得を切ったくせに、いざ準備を始めてみれば、セレナはエミリオの作業の速さについていくのでやっとだった。

 ――エミリオ様は一体どうやって時間を捻出してらっしゃるの……!

 セレナも暇人ではないが、エミリオの日々の仕事量はその比ではないはずだ。なのに彼は全く疲れた様子を見せず、こちらをフォローする余力まであった。
 軍人王として名高い先王に似てクロード陛下は怪物じみた鋼の精神力と肉体を持っているが、エミリオの処理能力もなかなか超人じみている。

 ――国の頂点に立つ地位を実力で勝ち取ったお方のご一族ですもの、やはり特別なのね……

 対するセレナは余裕など微塵もなく、情けなくなりながらもエミリオの足を引っ張らないようにととにかく必死だった。仲を深めるどころではない。

 ゆえに、結婚するという事実についても、頭では分かっているが実感が追いつかない――追いつかせている心のゆとりがない、そんなありさまで式の当日まで来てしまったのだ。
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