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婚約者が代わりまして②

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「そういう事情であれば仕方がないと思います。それを言うためにわざわざわたくしを王宮にお呼び出しになったのですか?」

 セレナがあっさりと理解を示すと、むしろエミリオのほうがたじろいだ。彼は訝しげに眉を寄せてじっとこちらを凝視したあと、戸惑ったように視線を小道の先に投げた。

「ああ。――いや、本当は、モニエ侯爵邸に赴くべきだと思っていたんだ。だが侯爵に全力で止められてしまって、やむなく」
「それは父が正しいと思います」

 セレナはきっぱりと断言する。

 他国の王家との婚姻ともなれば、それは完全に政治の範疇だ。申し入れられた縁談をどうするかは、国の重鎮たちも交えて決められたに違いない。そしてその中には当然、セレナの父であるモニエ侯爵も含まれたはずだ。つまり、ラウレンティスの打診を受ける決定が下された時点で父は婚約の破棄にも同意していたことになる。

 父親が了承済みなら、本人への伝達など些細なことだ。破談の説明と謝罪の場を設ける必要すらない。場合によっては、父親と顔を合わせたときに口頭で知らされて終わりということもありうる。それが貴族の家に生まれた娘の結婚というものだ。わざわざ屋敷まで謝罪に来られたほうが、セレナは困惑したことだろう。

 ――そんなことは、言われるまでもなくエミリオ様も理解してらっしゃるはずなのに……

 セレナはこっそりと隣を窺おうとして、すぐに目を逸らした。エミリオが労るような眼差しで一途にこちらを見つめていたからだ。

 じわり、と頬に熱を上らせそうになって、ああダメだ、と自制する。思い切り目を背けて失礼な態度をとってしまったことには気づいていたが、取り繕うことはできなかった。

 筋肉で引き締まった長身に、彫りの深い顔立ち。凛々しい眉に、真面目に引き結ばれた口元。そのどれもが彼の男性的な強さを象徴するかのような造作をしているのに、不思議と威圧感を感じさせないのは、その瞳がとても誠実な輝きを宿しているからだろうか。

 エミリオのその眼差しに、自分は弱いのだ。ひとりでに胸がどきどきして、冷静さを保つのが難しくなる。三年前のあの雨の日、初めて彼の優しさに触れたときから。

 二人の間に微妙な沈黙が降りて、木々の葉がこすれる心地よい音色と、ときどき響く鳥の声だけがあたりを満たした。広大な庭園の樹木に挟まれた小道には、セレナたち以外に人が立ち入ってきそうな気配はない。

「……本当に、申し訳ないと思っているんだ」

 ぽつりと低く吐き出された声音からは、彼が気を悪くした気配は微塵も読み取れない。己の犯した無作法はさして気に留められなかったのだと分かり、セレナはひそかに安堵した。

「……はい。先ほども謝罪をいただきましたし、エミリオ様のお気持ちは伝わっております」
「そうではなくてだな……」
「……?」

 彼は言葉を探すようにしばし黙り込んだあとでまた足を止め、真っ直ぐにセレナを見た。

「あなたは陛下の婚約者として立派に務めを果たしてきたし、私はあなたを励ましたこともある……あなたが陛下のためにどれほど努力してきたかを、知っている。だからこそ、その努力を不意にする結果になったことを申し訳なく思うんだ。あなたは、少しくらい不満を言ってもいい」

 本音を探るように顔を覗き込まれ、セレナは一つのことに思い至る。
 もしかして彼は、セレナの心情を案じて、破談を伝える役割を買って出てくれたのだろうか。

 自分よりもよほど深刻な顔をしたエミリオを前にして、セレナは小さく笑った。

「お心遣い痛み入ります。ですが、大丈夫ですよ。わたくしは平気です。全く残念ではないと言えば嘘になりますが、誰かに感情を吐き出さねばならないほどではありません」

 確かに努力は無駄になる部分も少しはあるだろう。だが、どうせセレナにはすぐに別の婚約者が父によって宛てがわれるはずだ。その相手は間違いなく将来国の重要な役職につく人物だろうから、セレナが身につけてきた知識や能力の大半はその者のもとでも活かせるだろう。

 セレナとクロードが婚約していた期間は三年あまりだった。

 その間はもちろん、このお方と一生を添い遂げるものと覚悟して、王太后や王妹を補佐しつつ、結婚に向けた心構えや準備をしてきた。

 だが、クロードと接するたびに突きつけられるのは、彼と自分の相性はあまりよろしくないという事実だった。

 何事においても彼は、利害関係やしがらみなどまるで無視で、迷いなく最善を選びとる。民が富んでこそ国は栄える。そんな思想の持ち主であるから、民よりも自身の私腹を肥やすことを優先する貴族などは彼が王位についてまず真っ先に取り締まりの対象となった。そういう果断さと実行力を併せ持っている。

 しかし、そこに周囲の者への繊細な気遣いなどは一切ない。良くも悪くも合理的すぎるのだ。ときには既存の枠組みを大胆に作り替えることもあるその決断によって、エミリオをはじめとした実務を担う政務官たちはいつも大いに振り回されるわけだが、優れた指導者には違いないから、彼に賛同する臣下たちは黙って追従する。

 だが――それが夫となると、息が詰まりそうだとセレナは思う。

 クロードとは正反対に、セレナは己の一挙手一投足が周囲に与える影響を慎重に推し量る姿勢を徹底的に叩き込まれている。そんな自分が彼と行動をともにしていると、無駄に気を回したり、傷ついたり、と一方的に気疲れすることが多いのだ。

 臣下の娘と国王ならば、いずれ夫婦になるとしても上下関係があってしかるべきだが、それにしたって彼は配慮がなさすぎる。これで結婚などしたら、公私ともに気が休まるときがないではないか。

 それでも、それが己の務めだと言い聞かせ、クロードに尽くし、愛そうと努めてきた。だが、こうして婚約の破棄を言い渡されて感じるのは、落胆よりも安堵が大きい。それが正直なところだった。
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