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婚約者が代わりまして①

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 樹木が青々と葉を茂らせる王宮の庭園で、セレナは困惑しつつエミリオの黒い頭を見下ろしていた。
 たった今彼から、国王との婚約が破棄されたことを伝えられ、謝罪されたところだった。

 頭の中は疑問だらけである。

 婚約の破棄は一般的に不名誉なことだから、謝罪を受けること自体はまあ分からないこともない。
 だが、それを聞くのがなぜクロードからではなくエミリオからなのだろう。そしてなぜ謝罪の相手がセレナなのか。こういう話は本来、家門の当主同士がするものだ。
 美しい緑に囲まれた小道の途中というのも、婚約の破棄を伝える場としてはあまり相応しくないように思われた。

 そもそも今日のエミリオは最初から変だった。

 モニエ侯爵、すなわち父から王宮への呼び出しを受けたのは、本日の昼下がりのことだった。
 速やかに登城するようにという伝言を使いの者から聞いたセレナは、なにか問題でも起きたのかと胸に不安がよぎった。しかしそれにしては、来るようにと指定されたのは庭園の四阿というのが、なんとも不可解だった。

 首を傾げつつ足を運んでみれば、そこにいたのは父ではなくエミリオだった。やはり場所が違ったかとセレナが踵を返そうとしたところで引き止められた。

『あなたを呼び出したのは私だ。……少し、散歩でもしないか』

 唐突な誘いにセレナが困惑したのは言うまでもない。
 エミリオとは将来身内になる間柄だが、特別な用事もなく二人きりで庭園を歩いたりするような仲では決してなかった。

 彼に慰められたことはセレナにとって今でも大切な思い出であるものの、それはこちらが勝手にそう感じているに過ぎない。

 エミリオは、セレナが国王の婚約者として任されている仕事の中で問題が生じたときに真っ先に気づいて手を差し伸べてくれる人ではあるが、自分たちが直接関わる場面といえばそれくらいだ。二人はあくまでもクロードを介してつながっているだけの関係だった。

 しかし四阿で顔を合わせた彼は、どこか硬い表情をしていて、余裕のなさが垣間見える。そのことにセレナは内心でひどく驚いていた。

 日頃陛下に押し付けられる雑務の数々を、ため息をつきつつも迅速に捌いていく有能な人物、それがエミリオだ。どんなときでも冷静で、いち令嬢を相手にこんなふうに内面の動揺を垣間見せるなんてことはまずありえない。

 なのに今日の彼は、まるでセレナに誘いを断られることを恐れているかのように、その佇まいに緊張感を漂わせていた。

 密かに好意を寄せている相手からの誘いは純粋に嬉しいものだ。だがセレナは、かすかに覚えそうになったその喜びをそっと心の奥にしまった。それは不適切な感情だ。

 ――陛下について、なにか相談があるのかもしれないわ。

 理性的に推測しつつ了承の返事をすると、エミリオはホッと肩の力を抜いた。それも注意深く観察していないと分からない程度のものではあったが。

 そうして並んで庭園の小道を歩きだし、王宮の姿が木々の向こうに隠れる場所までやってきたところで、国王との縁談がなくなったことを知らされたのだ。

「ええと……破談の理由をお尋ねしてもよろしいでしょうか」

 聞きたいことは多々あれど、セレナはまず目下の疑問を口にした。
 即座に頭を上げたエミリオは「もちろんだ」と頷く。
 謝罪のために止めていた歩みを再開しつつ、彼はことの経緯を話しはじめた。

「隣国のラウレンティスから今朝、王宮に使者が到着したんだ。使者は書簡を携えていて、それは国璽が押された正式なものだった。ラウレンティスの第一王女と言えば、名前くらいは知っているだろうか」
「シルヴィア殿下ですね」
「そう。書簡は彼女との縁談を陛下に申し入れるものだった。……婚約者がいる相手に礼儀を失している、とは思うが、国家関係で言えば立場は向こうのほうが上だ。陛下は受け入れる決断をされた。知ってのとおり、他国とのつながりは現在我が国が喉から手が出るほど求めているものだからな」

 それはセレナも承知していることだった。

 現在の王権は、前王の謀反によって十五年前に新たに打ち立てられたものである。
 その頃まだ小さな幼子だったセレナはぼんやりとしか覚えていないが、先々代の国王は権力に溺れた暴虐の独裁者で、逆らう者はみな排除されたという。
 生き残るためには王に媚びへつらうしかない。そんな暗黒時代を反乱軍を率いて終わらせたのが前王であり、その長子で国王の地位を継いだのがクロードだった。

 前王もそれ以前の王家の傍系にあたる血筋ではあったが、長く続いた国王の系譜を武力でねじ曲げた事実は、同じく歴史ある周辺国に衝撃を与えた。

 謀反のあとも国家間の交流はそれなりに維持されているものの、王位の簒奪からはまだ十五年しか経っていない。他国からは依然として様子を窺われている状況にある。所詮は新参者で王の器にあらずと軽んじられぬためにも、王家は自身の正統性を分かりやすく訴えるものを求めていた。ラウレンティス王家との婚姻はまさに渡りに船というわけだ。
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