自殺写真家

中釡 あゆむ

文字の大きさ
上 下
55 / 55
最終章

しおりを挟む
 菊が上がると修は泣いていた。涙は見えなかったが、嗚咽は聞こえた。嗚咽は涙のように菊と秋の心を締め付け、切なく濡らす。 
 修の肩を掴んで、菊は囁いた。 


「彼らは死んだ。けれど、君は生きてる。あのね、生きている限り、私たちの心は変化するの。死んだ人間にはもう訪れない変化。君は生きていいんだよ、その変化を大切にして、囚われないで。……生きて」 


 掴んだ彼の肩が震え始める。菊は離さなかった。体温の温かさをお互い知る。血流の躍動を二人で感じ取る。 


「君は今まで色んな人の死を見てきたけれど、それは君が優しい人だから。彼らの苦しみを一番わかってあげたかったんだよね。それはね、きっと彼らにも届いているはずだよ。だから、忘れないように君に撮って貰いたかったんだと思うんだ」 


 秋は何も言わない。修もただ泣いているだけだ。何を思っているのか菊にはわからないから、せめて子守唄を聞かせるように話した。 


「君にも、立花くんにも、私にも、まだまだ知らないことがたくさんある。たくさん見てきた君でさえ、きっと他人の知らないことに怯えて、知ろうとしないで、知ったふりをして。そうやって他人にもそんな風に扱われて。勝手に人を嫌って、嫌われて、嫌うことで自分を守ってきたね。私たち、みんな臆病だね」

 
 菊はいつの間にか、泣いていた。同僚たちのことが浮かんだ。いつの間にか避けていたのは、私だった。ドジだから、いろんな人に迷惑をかけて、自信を失って、彼女たちの自分への評価が気になって、何も言えなくなった。 


 二人の泣き声が響く。秋は黙って二人の泣き声を聞いている。 


 修の中から絶望感と虚無感が役目を終えたように去っていく。空いた穴に生命力が埋まっていき、修は初めて満ちていく感覚に泣いた。 
 生きたい。自殺志願者への裏切りだと感じていた。けれど勝手にそう思っていただけで、もしかしたらあれは確かに菊の言う通り忘れないでほしいというメッセージだったのかもしれない。 


 そう思うのは都合が良いだろう。わかっている。でも思い方次第なら、そう思いたい。 


 生きるために。今日見た優しさをもう一度触れるために。大切な人とこれからも生きるために。帰って両親と遊ぶために。もう一度、見たいものを見るために。 


 秋を見つめた。兄のように慕ってきた彼のことを、今この瞬間から、同級生に出会った時のような恥ずかしさと親しみをもって、対等な目線で向き合えた。

 
「秋……約束は、もう少し待ってくれないかな」 


 震えた声で言った。秋が頷き、修の頭を撫でる。 


 穏やかな夜が訪れる。大切な人が誰も死なない、穏やかな夜。修はきっと無事に二十歳を迎える。 
 菊は眼下を見下ろし朝が訪れるのを待つように目を瞑った。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

2017.12.30 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

解除

あなたにおすすめの小説

とべない天狗とひなの旅

ちはやれいめい
歴史・時代
人間嫌いで悪行の限りを尽してきた天狗、フェノエレーゼ。 主君サルタヒコの怒りを買い、翼を封じられ人里に落とされてしまう。 「心から人間に寄り添い助けろ。これ以上悪さをすると天狗に戻れなくなるぞ」 とべなくなったフェノエレーゼの事情を知って、人里の童女ヒナが、旅についてきた。 人間嫌いの偏屈天狗と、天真爛漫な幼女。 翼を取り戻すため善行を積む旅、はじまりはじまり。 絵・文 ちはやれいめい https://mypage.syosetu.com/487329/ フェノエレーゼデザイン トトさん https://mypage.syosetu.com/432625/

管理機関プロメテウス広報室の事件簿

石動なつめ
キャラ文芸
吸血鬼と人間が共存する世界――という建前で、実際には吸血鬼が人間を支配する世の中。 これは吸血鬼嫌いの人間の少女と、どうしようもなくこじらせた人間嫌いの吸血鬼が、何とも不安定な平穏を守るために暗躍したりしなかったりするお話。 小説家になろう様、ノベルアップ+様にも掲載しています。

胡蝶の夢に生け

乃南羽緒
キャラ文芸
『栄枯盛衰の常の世に、不滅の名作と謳われる──』 それは、小倉百人一首。 現代の高校生や大学生の男女、ときどき大人が織りなす恋物語。 千年むかしも人は人──想うことはみな同じ。 情に寄りくる『言霊』をあつめるために今宵また、彼は夢路にやってくる。

ヴァーチャル・プライベート・ネットワーク・ガールズ:VPNGs

吉野茉莉
キャラ文芸
【キャライラストつき】【40文字×17行で300Pほど】 2024/01/15更新完了しました。  2042年。  瞳に装着されたレンズを通してネットに接続されている世界。  人々の暮らしは大きく変わり、世界中、月や火星まで家にいながら旅行できるようになった世界。  それでも、かろうじてリアルに学校制度が残っている世界。  これはそこで暮らす彼女たちの物語。  半ひきこもりでぼっちの久慈彩花は、週に一度の登校の帰り、寄り道をした場所で奇妙な指輪を受け取る。なんの気になしにその指輪をはめたとき、システムが勝手に起動し、女子高校生内で密かに行われているゲームに参加することになってしまう。

君に★首ったけ!

鯨井イルカ
キャラ文芸
冷蔵庫を開けると現れる「彼女」と、会社員である主人公ハヤカワのほのぼの日常怪奇コメディ 2018.7.6完結いたしました。 お忙しい中、拙作におつき合いいただき、誠にありがとうございました。 2018.10.16ジャンルをキャラ文芸に変更しました

カフェぱんどらの逝けない面々

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
キャラ文芸
 奄美の霊媒師であるユタの血筋の小春。霊が見え、話も出来たりするのだが、周囲には胡散臭いと思われるのが嫌で言っていない。ごく普通に生きて行きたいし、母と結託して親族には素質がないアピールで一般企業への就職が叶うことになった。  大学の卒業を間近に控え、就職のため田舎から東京に越し、念願の都会での一人暮らしを始めた小春だが、昨今の不況で就職予定の会社があっさり倒産してしまう。大学時代のバイトの貯金で数カ月は食いつなげるものの、早急に別の就職先を探さなければ詰む。だが、不況は根深いのか別の理由なのか、新卒でも簡単には見つからない。  就活中のある日、コーヒーの香りに誘われて入ったカフェ。おっそろしく美形なオネエ言葉を話すオーナーがいる店の隅に、地縛霊がたむろしているのが見えた。目の保養と、疲れた体に美味しいコーヒーが飲めてリラックスさせて貰ったお礼に、ちょっとした親切心で「悪意はないので大丈夫だと思うが、店の中に霊が複数いるので一応除霊してもらった方がいいですよ」と帰り際に告げたら何故か捕獲され、バイトとして働いて欲しいと懇願される。正社員の仕事が決まるまで、と念押しして働くことになるのだが……。  ジバティーと呼んでくれと言う思ったより明るい地縛霊たちと、彼らが度々店に連れ込む他の霊が巻き起こす騒動に、虎雄と小春もいつしか巻き込まれる羽目になる。ほんのりラブコメ、たまにシリアス。

あやかし漫画家黒川さんは今日も涙目

真木ハヌイ
キャラ文芸
 ストーカーから逃げるために、格安のオカルト物件に引っ越した赤城雪子。  だが、彼女が借りた部屋の隣に住む男、黒川一夜の正体は、売れない漫画家で、鬼の妖怪だった!  しかも、この男、鬼の妖怪というにはあまりにもしょぼくれていて、情けない。おまけにド貧乏。  担当編集に売り上げの数字でボコボコにされるし、同じ鬼の妖怪の弟にも、兄として尊敬されていない様子。  ダメダメ妖怪漫画家、黒川さんの明日はどっちだ?  この男、気が付けば、いつも涙目になっている……。  エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。十二万字程度で完結します。五章構成です。

ローリン・マイハニー!

鯨井イルカ
キャラ文芸
主人公マサヨシと壺から出てきた彼女のハートフル怪奇コメディ 下記の続編として執筆しています。 「君に★首ったけ!」https://www.alphapolis.co.jp/novel/771412269/602178787 2018.10.16ジャンルをキャラ文芸に変更しました 2018.12.21完結いたしました

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。