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最終章
八
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菊が上がると修は泣いていた。涙は見えなかったが、嗚咽は聞こえた。嗚咽は涙のように菊と秋の心を締め付け、切なく濡らす。
修の肩を掴んで、菊は囁いた。
「彼らは死んだ。けれど、君は生きてる。あのね、生きている限り、私たちの心は変化するの。死んだ人間にはもう訪れない変化。君は生きていいんだよ、その変化を大切にして、囚われないで。……生きて」
掴んだ彼の肩が震え始める。菊は離さなかった。体温の温かさをお互い知る。血流の躍動を二人で感じ取る。
「君は今まで色んな人の死を見てきたけれど、それは君が優しい人だから。彼らの苦しみを一番わかってあげたかったんだよね。それはね、きっと彼らにも届いているはずだよ。だから、忘れないように君に撮って貰いたかったんだと思うんだ」
秋は何も言わない。修もただ泣いているだけだ。何を思っているのか菊にはわからないから、せめて子守唄を聞かせるように話した。
「君にも、立花くんにも、私にも、まだまだ知らないことがたくさんある。たくさん見てきた君でさえ、きっと他人の知らないことに怯えて、知ろうとしないで、知ったふりをして。そうやって他人にもそんな風に扱われて。勝手に人を嫌って、嫌われて、嫌うことで自分を守ってきたね。私たち、みんな臆病だね」
菊はいつの間にか、泣いていた。同僚たちのことが浮かんだ。いつの間にか避けていたのは、私だった。ドジだから、いろんな人に迷惑をかけて、自信を失って、彼女たちの自分への評価が気になって、何も言えなくなった。
二人の泣き声が響く。秋は黙って二人の泣き声を聞いている。
修の中から絶望感と虚無感が役目を終えたように去っていく。空いた穴に生命力が埋まっていき、修は初めて満ちていく感覚に泣いた。
生きたい。自殺志願者への裏切りだと感じていた。けれど勝手にそう思っていただけで、もしかしたらあれは確かに菊の言う通り忘れないでほしいというメッセージだったのかもしれない。
そう思うのは都合が良いだろう。わかっている。でも思い方次第なら、そう思いたい。
生きるために。今日見た優しさをもう一度触れるために。大切な人とこれからも生きるために。帰って両親と遊ぶために。もう一度、見たいものを見るために。
秋を見つめた。兄のように慕ってきた彼のことを、今この瞬間から、同級生に出会った時のような恥ずかしさと親しみをもって、対等な目線で向き合えた。
「秋……約束は、もう少し待ってくれないかな」
震えた声で言った。秋が頷き、修の頭を撫でる。
穏やかな夜が訪れる。大切な人が誰も死なない、穏やかな夜。修はきっと無事に二十歳を迎える。
菊は眼下を見下ろし朝が訪れるのを待つように目を瞑った。
修の肩を掴んで、菊は囁いた。
「彼らは死んだ。けれど、君は生きてる。あのね、生きている限り、私たちの心は変化するの。死んだ人間にはもう訪れない変化。君は生きていいんだよ、その変化を大切にして、囚われないで。……生きて」
掴んだ彼の肩が震え始める。菊は離さなかった。体温の温かさをお互い知る。血流の躍動を二人で感じ取る。
「君は今まで色んな人の死を見てきたけれど、それは君が優しい人だから。彼らの苦しみを一番わかってあげたかったんだよね。それはね、きっと彼らにも届いているはずだよ。だから、忘れないように君に撮って貰いたかったんだと思うんだ」
秋は何も言わない。修もただ泣いているだけだ。何を思っているのか菊にはわからないから、せめて子守唄を聞かせるように話した。
「君にも、立花くんにも、私にも、まだまだ知らないことがたくさんある。たくさん見てきた君でさえ、きっと他人の知らないことに怯えて、知ろうとしないで、知ったふりをして。そうやって他人にもそんな風に扱われて。勝手に人を嫌って、嫌われて、嫌うことで自分を守ってきたね。私たち、みんな臆病だね」
菊はいつの間にか、泣いていた。同僚たちのことが浮かんだ。いつの間にか避けていたのは、私だった。ドジだから、いろんな人に迷惑をかけて、自信を失って、彼女たちの自分への評価が気になって、何も言えなくなった。
二人の泣き声が響く。秋は黙って二人の泣き声を聞いている。
修の中から絶望感と虚無感が役目を終えたように去っていく。空いた穴に生命力が埋まっていき、修は初めて満ちていく感覚に泣いた。
生きたい。自殺志願者への裏切りだと感じていた。けれど勝手にそう思っていただけで、もしかしたらあれは確かに菊の言う通り忘れないでほしいというメッセージだったのかもしれない。
そう思うのは都合が良いだろう。わかっている。でも思い方次第なら、そう思いたい。
生きるために。今日見た優しさをもう一度触れるために。大切な人とこれからも生きるために。帰って両親と遊ぶために。もう一度、見たいものを見るために。
秋を見つめた。兄のように慕ってきた彼のことを、今この瞬間から、同級生に出会った時のような恥ずかしさと親しみをもって、対等な目線で向き合えた。
「秋……約束は、もう少し待ってくれないかな」
震えた声で言った。秋が頷き、修の頭を撫でる。
穏やかな夜が訪れる。大切な人が誰も死なない、穏やかな夜。修はきっと無事に二十歳を迎える。
菊は眼下を見下ろし朝が訪れるのを待つように目を瞑った。
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