自殺写真家

中釡 あゆむ

文字の大きさ
上 下
52 / 55
最終章

しおりを挟む
「あのお母さんも、お父さんも、修との触れ合い方がわからないんだ。修は昔から何を考えてんのかよく分かんない奴だったらしい。だから……」 


「そんなの、愛情が欲しいだけに決まっているわ」 


 菊の言葉に、秋が振り向いた。菊は満面の笑顔で、自信に満ち溢れた瞳で言い放つ。 


「子どもでも気難しい子はいるけど、みんな愛情が欲しいのは変わらない。お母さんに許容して欲しくて、お父さんに守ってもらいたいものよ」 


 秋は咄嗟に、亡き父と、心配ばかりかけてしまう母を思い出した。幼い頃、たくさん勉強を強いられた。母は時折庇ってくれ、ほとんど崩壊しかけていた家庭。それでも、父が家族サービスをしてくれた時の幸福感が蘇った。楽しかった。 


 秋は慌てて菊から顔を背けた。あれ、怒ったかな、と心配した声が後ろから聞こえたが無視した。目頭が熱い。感情がこみ上げてくる。 


 褒められれば嬉しかった。憎いとさえ思ったけど、父が自分を守ってくれている限り、何も怖くないとさえ思えたし、悪い点数をとっても母が許してくれた。次頑張ろう、と。不完全で、歪で、けれど一つの家庭の形。 
 涙をこらえ、秋は振り返った。出来るだけ平静を装うと菊が安心した表情をする。馬鹿な奴、と今度は心の中で唱え、違う言葉を言った。 


「よし、探そう。修がどこへ行ったか、その手がかりを」 


「でも……」 


 菊は躊躇した。秋は仲良いからいいだろうが、菊は元々赤の他人だ。そんな人間が勝手に彼の部屋を漁っていいのだろうか。 
 秋が勉強机から移動し、本棚の前で屈んで本を睨みつけ始める。そのままの姿勢で言い放った。 


「なにを躊躇ってるんだ。あんた、修に会いたいんだろ。……目的はわかってる、修が……死ぬのを止めたいんだろ」 


「君、それを知っていて……」 


 口を噤んだ。秋が振り返り、真摯な瞳で菊を映す。困惑した菊の顔が何となく可笑しくて小さく笑った。 


「ああ、あんたを手助けするってことはあいつを裏切ることになる。だが、あいつは……今のあいつは、たぶん死にたくないはずだから」 


 自分にとっての父が守ってくれる存在であったように、絶対的に与えられる死という終わりを自ら終わらせられる術を修は知ってしまった。それは悟りで、許容で、最終手段だ。それさえ持っていれば修は自分を守ることが出来ていた。 
 けれどそれはある瞬間に簡単に壊れるのだ。菊が意を決してなにかを探し始めたのを見届け、秋は本棚と向かい合った。 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

とべない天狗とひなの旅

ちはやれいめい
歴史・時代
人間嫌いで悪行の限りを尽してきた天狗、フェノエレーゼ。 主君サルタヒコの怒りを買い、翼を封じられ人里に落とされてしまう。 「心から人間に寄り添い助けろ。これ以上悪さをすると天狗に戻れなくなるぞ」 とべなくなったフェノエレーゼの事情を知って、人里の童女ヒナが、旅についてきた。 人間嫌いの偏屈天狗と、天真爛漫な幼女。 翼を取り戻すため善行を積む旅、はじまりはじまり。 絵・文 ちはやれいめい https://mypage.syosetu.com/487329/ フェノエレーゼデザイン トトさん https://mypage.syosetu.com/432625/

管理機関プロメテウス広報室の事件簿

石動なつめ
キャラ文芸
吸血鬼と人間が共存する世界――という建前で、実際には吸血鬼が人間を支配する世の中。 これは吸血鬼嫌いの人間の少女と、どうしようもなくこじらせた人間嫌いの吸血鬼が、何とも不安定な平穏を守るために暗躍したりしなかったりするお話。 小説家になろう様、ノベルアップ+様にも掲載しています。

胡蝶の夢に生け

乃南羽緒
キャラ文芸
『栄枯盛衰の常の世に、不滅の名作と謳われる──』 それは、小倉百人一首。 現代の高校生や大学生の男女、ときどき大人が織りなす恋物語。 千年むかしも人は人──想うことはみな同じ。 情に寄りくる『言霊』をあつめるために今宵また、彼は夢路にやってくる。

ヴァーチャル・プライベート・ネットワーク・ガールズ:VPNGs

吉野茉莉
キャラ文芸
【キャライラストつき】【40文字×17行で300Pほど】 2024/01/15更新完了しました。  2042年。  瞳に装着されたレンズを通してネットに接続されている世界。  人々の暮らしは大きく変わり、世界中、月や火星まで家にいながら旅行できるようになった世界。  それでも、かろうじてリアルに学校制度が残っている世界。  これはそこで暮らす彼女たちの物語。  半ひきこもりでぼっちの久慈彩花は、週に一度の登校の帰り、寄り道をした場所で奇妙な指輪を受け取る。なんの気になしにその指輪をはめたとき、システムが勝手に起動し、女子高校生内で密かに行われているゲームに参加することになってしまう。

君に★首ったけ!

鯨井イルカ
キャラ文芸
冷蔵庫を開けると現れる「彼女」と、会社員である主人公ハヤカワのほのぼの日常怪奇コメディ 2018.7.6完結いたしました。 お忙しい中、拙作におつき合いいただき、誠にありがとうございました。 2018.10.16ジャンルをキャラ文芸に変更しました

カフェぱんどらの逝けない面々

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
キャラ文芸
 奄美の霊媒師であるユタの血筋の小春。霊が見え、話も出来たりするのだが、周囲には胡散臭いと思われるのが嫌で言っていない。ごく普通に生きて行きたいし、母と結託して親族には素質がないアピールで一般企業への就職が叶うことになった。  大学の卒業を間近に控え、就職のため田舎から東京に越し、念願の都会での一人暮らしを始めた小春だが、昨今の不況で就職予定の会社があっさり倒産してしまう。大学時代のバイトの貯金で数カ月は食いつなげるものの、早急に別の就職先を探さなければ詰む。だが、不況は根深いのか別の理由なのか、新卒でも簡単には見つからない。  就活中のある日、コーヒーの香りに誘われて入ったカフェ。おっそろしく美形なオネエ言葉を話すオーナーがいる店の隅に、地縛霊がたむろしているのが見えた。目の保養と、疲れた体に美味しいコーヒーが飲めてリラックスさせて貰ったお礼に、ちょっとした親切心で「悪意はないので大丈夫だと思うが、店の中に霊が複数いるので一応除霊してもらった方がいいですよ」と帰り際に告げたら何故か捕獲され、バイトとして働いて欲しいと懇願される。正社員の仕事が決まるまで、と念押しして働くことになるのだが……。  ジバティーと呼んでくれと言う思ったより明るい地縛霊たちと、彼らが度々店に連れ込む他の霊が巻き起こす騒動に、虎雄と小春もいつしか巻き込まれる羽目になる。ほんのりラブコメ、たまにシリアス。

あやかし漫画家黒川さんは今日も涙目

真木ハヌイ
キャラ文芸
 ストーカーから逃げるために、格安のオカルト物件に引っ越した赤城雪子。  だが、彼女が借りた部屋の隣に住む男、黒川一夜の正体は、売れない漫画家で、鬼の妖怪だった!  しかも、この男、鬼の妖怪というにはあまりにもしょぼくれていて、情けない。おまけにド貧乏。  担当編集に売り上げの数字でボコボコにされるし、同じ鬼の妖怪の弟にも、兄として尊敬されていない様子。  ダメダメ妖怪漫画家、黒川さんの明日はどっちだ?  この男、気が付けば、いつも涙目になっている……。  エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。十二万字程度で完結します。五章構成です。

心の落とし物

緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも ・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ ) 〈本作の楽しみ方〉  本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。  知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。 〈あらすじ〉  〈心の落とし物〉はありませんか?  どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。  あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。  喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。  ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。  懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。 〈主人公と作中用語〉 ・添野由良(そえのゆら)  洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。 ・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉  人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。 ・〈探し人(さがしびと)〉  〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。 ・〈未練溜まり(みれんだまり)〉  忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。 ・〈分け御霊(わけみたま)〉  生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。

処理中です...