自殺写真家

中釡 あゆむ

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最終章

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 電車に乗って新幹線に乗り換える。地元から離れていく感覚は、何だかんだ新鮮だ。垢を落としていくような、洗われる気分が心地よい。誰も自分の知らない場所へ、自分も知らない場所へ。誰とも知り合っていない場所へ、誰とも関わり合わなくて済む場所へ。知らない匂いを、知らない景色を、自分の面影が微塵もない場所へ。これから、行く。 
 清潔になっていくようで、ほんの少し心細い。けれどもしそこで死ねるならそれはそれでいいや、と考えていた。そうして新幹線に乗ること数時間、鳥取県へついた。 


 改札口を抜け、人に道を聞きながら目的地へ向かう。バスに乗って、昼食を食べに蕎麦屋へ寄って、ついでにまた道を聞いて、バスに揺られた。 


 ここにはまるであの報道を知らない人たちがたくさんいた。老人が多く――話しかける対象がほとんど老人だったのが多いため、そんな印象を持った――平和そうな顔をして、けれど戦い抜いた人たちの、健康的な眩しい瞳に修は何度も驚かされた。 
 真っ黒な肌で、老人たちは朗らかに笑った。修に優しくしてくれ、こんなところまで一人で来たことを褒めてくれた。手土産もくれたし、体を気遣われた。

 
 修はその優しさに触れる度に涙が出そうになる。誰かに意地悪をされてきた訳ではない。友達がいない訳でもないし、親だっている。自己否定が強い訳でもないし、実はそれほど不幸でもないのだ。 
 なのに涙が出てしまう。真っ黒でしわくちゃの肌は、今にも干からびそうなのに。その逞しさに打ちひしがれた。逞しくも、儚い姿が胸に焼き付く。 


 ほとんど半泣きで修は鳥取砂丘へたどり着いた。 


 砂丘にはちらほらと人がいた。しかし、人はまるで蟻のように小さい。それほど砂丘は広く、遠い空の上で泳ぐ雲の影が砂丘へ届いている。 
 雲の影が人々を通過していく。あの下に行けば、雲のお腹は見れるのだろうか。修は涙を拭って、走り出した。 


 砂は柔らかく、着地する度に五センチメートルほど凹んだ。走りにくいが修はお構いなしに走る。刹那、派手に転んだ。 
 砂の感触が顔を擦り、腕にも足にも熱い感情が伝染する。修は慌てて座り、砂のあまりの熱さに驚いた。砂はこんなに太陽光を吸収するのか、と掬って指の隙間から流していく。 
 水みたいにきらきら流れた。七色に光っているように見え、修は思わず笑みをこぼしていた。楽しい、と思った。生きてきて初めて楽しかった。 


 ずっと、光の粒子を見てみたいと思っていた。しかし、粒子は見えないのだと幼少期に知った。だからテレビで砂漠を見た時、衝撃を受けた。 
 あんなに小さなものがたくさん集まって地面が出来ているなんて信じられなかった。まるで、粒子だ、と思った。目に見える粒子。 


 ここは砂漠ではないが、見るならここしかないと思った。思った通り綺麗だ。ずっと太陽の光を目の当たりにしながら、どれ一つとして腐らない。一つ一つが生き続けている。 


 不意に、自殺した人たちを撮ってきた自分が脳裏に映った。息を呑む。興奮していた頭が一気に凍り、血液が下がっていくように体温が冷えていく。 


 生きたい、という意志の炎が灯火へ変わってしまう。 


 修は俯いた。あまりにも虫が良すぎる話だと自分で思ってしまう。 
 初めて、自殺したいと思ったのはほとんど好奇心に似ていた。幼い頃から感情が希薄だっただけに、ようやく感じることのできる痛みを欲した。小さな痛みをたくさん集めて、いつしか心酔し、たくさんの人の自殺を見届けた。 
 そんな自分が生きたいだなんて、それは自殺した人々に対する裏切りのように感じられた。 
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