自殺写真家

中釡 あゆむ

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第六章

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 その日の夕方には菊は行動を移していた。早めに帰り、家で私服に着替え、外に出た。遠くを睨みつける。 
 睨みつけた位置に、夕日が山の頂上で停滞している。真っ赤になっている夕日の影響で空はオレンジ色で、雲の影はピンクで感慨深い。照らされた自分の腕も血色が良く見えた。 


 まずは近所の聞き込みだ。雑草が茂った部分を刈り取った道を歩き、隣の家のインターフォンを鳴らす。出てきた女性は昔から母と仲良い人だ。気軽に挨拶し、菊は問いかける。 


「要島さんって、この辺でいますか?」 


 要島修はこの町の近くの山を登っていた。つまり、この辺に住んでいるはずだ、と菊は踏んだのだ。あくまで推測だが、彼を見つけて、しなければならないことがあった。 


 それがきっと終止符を打つ。駄目なら、私は死ぬだけだ。 


 女性は首を傾げた。礼を言い、他の家を当たっていく。 
 二件、三件、四件、連続で十件以上の家を訪ねたが見つからない。しかし、いないのだろうか、と諦めるにはまだ早かった。汗を拭う。湿気で腕が痒く感じるが、闘志は消えていない。 


 夕日が沈む。山の頂上で先端だけが線香花火のように微かに生き残っているが、時間の問題だろう。諦めるわけにはいかない。早くしなければ、彼は死んでしまうはずだ。 


 修は自分の誕生日に死ぬ、という考えに至ったのは至極自然だった。彼の将来の夢は、自殺をすることだ。将来の夢、を指す年齢は大抵二十歳だろう。

 
 彼は今、十九歳だと先生に電話して確認を取っている。それから彼の誕生日も……。急がなければならなかった。あと二日しかないのだから。 
 菊は頬を叩いて気合を入れ直し、別の家へ向かっていく。影だけが濃厚に地上を覆いつつあった。 


 結局見つからず、町と言えども広いことを思い知った。すっかり日は暮れ、訪ねるのも迷惑な時間帯になってきたため中断し、一応山へ登っていく。 
 足がくたくただ。引きずるようにして足を動かす。今、菊が動けているのは正義感からだ。助けなければはらない。明日は要島家と、立花秋を探すことを考えていた。 
 立花秋にも協力してもらいたい。彼は修が大切なはずだ。修が死ぬつもりでいることを知れば、さすがに協力してくれるだろう。 


 頂上には当然のように誰もいなかった。修はもうここに来ないつもりなのだろうか。私がいる限り、ずっと。菊は拳を握りしめ、彼の居場所を奪ってしまったかもしれない後悔を耐えた。 


 後ろを振り向く。山へ続く道がブラックホールのように大きな口を開けて菊を待っている。疲れがたまっていることもあり、菊は素直に口の中へ入っていき、家へ向かった。 


 翌日、目を覚ましてリビングに降りると母がいた。母は菊を見るなり眉を顰め、作っていた朝食を中断して近付いてきた。 


「菊、テレビ見た方がいいわよ」 


 言われ、ソファーに座ってテレビと向き直る。母が心配したように後ろに寄り添ってくれ、胸騒ぎがした。 


「昨日の夜に送られたと見られる自殺写真、手紙も添えられていました。ええっと、読んでいきますね……」 


 息を飲んだ。自殺写真が送られたなんて、そんなまさか。さすがに写真は見せていないが、恐らくネットに出回ってしまうだろう。唖然としているとアナウンサーが読み始めた。 


「僕はクラスの中でいじめられていました。蹴られたり殴られたり、性的ないじめもされ、先生は見て見ぬ振りをしていました。もう生きていけません。さようなら……と、書かれていますね、学校側の見解は……」 


 画面が切り替わり、どこかの高校が映される。菊の目はまるで壁に遮断されたようにテレビを見ていなかった。耳も音を捉えない。 
 その代わりに耳鳴りがした。視界がおぼろげだ。母がなにか言っているようだが聞こえない。自殺写真家は、内密に動いているものだと勝手に考えていた。これは恐らく依頼人が指示したのだろうが、しかし……。 


「依頼人の復讐劇か……」 
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