自殺写真家

中釡 あゆむ

文字の大きさ
上 下
44 / 55
第六章

しおりを挟む
 真夜中、修はある公園へ来ていた。人気はもちろんない。寂れた遊具は今は暗闇の中で輪郭しか掴めない。街灯が一本だけ、ちょうど修の頭上で正常に灯っている。 


 今回は同級生に呼ばれた。数日前に偶然この公園で会い、しかし修は呼び止められるまで知り合いだとは気付かなかった。同級生だと覚えていたのは相手だけで、修は言われるまで気付かなかったことを伝えると彼は、そんなの慣れっこさ、と自嘲を浮かべた。僕は昔から陰が薄かったから、と付け足して。 
 修はそんなつもりで言ったわけでなかった――元より人に興味が無いのだ――が、今更否定したところで彼の傷は癒えないだろうと判断し、何も言わなかった。その時、佐々中菊の言葉が浮かんだのを嫌でも思い出す。君にしかみんなを救えない――。思い出す度に、胸が痛んだ。顔が火照った。それは諦めたはずの、生命力だった。 


 彼は久しぶりに出会った修に、これから死ぬつもりであることを告げる。酒も飲んでいないのに、まるで酒の場の酔った勢いでの失言と潔さを交えて言った。

 
「じゃあ、君の死に際を撮らせてくれないか」 


 修が申し出ると彼は驚いて細い目を見開いた。ぽかんと口を開き、何か言いたそうに金魚さながら上下に動かす。やがて彼はある考えに至ったのか、思ったままを口にした。 


「もしかして、君が……自殺写真家?」 


 修は躊躇なく頷いた。それ以上の考えは巡らないのか、彼はその間抜けな表情のまま停止した。 
 しかし、我に返ったように筋肉に力が入る。口を真一文字に結び、修の肩を無意識で力強く掴んでいた。 


「いや、実は、そんな気がしていた。君からは死の匂いがぷんぷんしたからね。……そこでお願いなんだが」 


 街灯の光が明滅する。この街灯の寿命もすぐだろう、と見上げた。街灯には虫が集っている。虫に食われていく電気の生涯はなんて惨いことだろうか。 


 僕の写真を撮って、テレビ局に売り飛ばしてくれないか――。視線を変えずに彼のことを思い出す。帰って小学校の卒業アルバムを引っ張り出すと確かに彼はいた。 


 中田洟。はな、という女の子らしい名前と虚弱体質の上に彼の身体は痩せっぽちで白く、気持ち悪いと昔からクラスの輪から省かれていた。修もクラスの輪にいなかったが、修の場合は自ら入ろうともしなかったし、子どもたちにもそれが伝わったのか、いじられることも名前を呼ばれることもなかった。誰も関わろうとせず、修はいないに等しかった。 
 だから修はほとんど休みがちで、学校に行く日は図書室から借りた小説を返しに行く目的がある日だけだった。洟はそのことをよく知っていたようで、君は知らないだろうが、と前置きをした。 


「僕は輪に入ろうとしたんだ。君たちとは違って頭は良かったから、私立に行ってもそうして努力をした。けれど……」 


 駄目だった、という言葉を彼は飲み込む。修には理解不能の努力だったが言わずに、そんな努力は必要ないよ、と言った。 


「何だって?」 


「そんな努力は必要ない。勝手に人は付いてくるものだよ」 


 洟は目を釣り上げ、修を指差した。指のはずなのに、修には燻り始めた火という名の生命力を消そうとする、突き刺す風のように感じられ、たじろぐ。 


「君はなんにもわかっていない! そうしなければ僕は輪に入れない人間だったんだ! 君と違って何もしなくていい人間じゃなかった!」 


 洟の言葉が頭を打ち付けた。それは今も衝撃を与え、再び修を暗闇へ落していく。 


 あの女の言葉に惑わされた様がこれだ、と修は苦笑を零す。俯いた視界は泥のように暗く、自分の足が泥沼に埋れていく妄想が渦巻いていく。 
 助けられるはずがないのだ。僕なんかが、誰かを。何を勘違いしたのだろう。僕は空っぽの人間で、空っぽの人生を送ってきて、その中で果たして彼らを救うべき言葉と術を見つけられただろうか。 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

とべない天狗とひなの旅

ちはやれいめい
歴史・時代
人間嫌いで悪行の限りを尽してきた天狗、フェノエレーゼ。 主君サルタヒコの怒りを買い、翼を封じられ人里に落とされてしまう。 「心から人間に寄り添い助けろ。これ以上悪さをすると天狗に戻れなくなるぞ」 とべなくなったフェノエレーゼの事情を知って、人里の童女ヒナが、旅についてきた。 人間嫌いの偏屈天狗と、天真爛漫な幼女。 翼を取り戻すため善行を積む旅、はじまりはじまり。 絵・文 ちはやれいめい https://mypage.syosetu.com/487329/ フェノエレーゼデザイン トトさん https://mypage.syosetu.com/432625/

管理機関プロメテウス広報室の事件簿

石動なつめ
キャラ文芸
吸血鬼と人間が共存する世界――という建前で、実際には吸血鬼が人間を支配する世の中。 これは吸血鬼嫌いの人間の少女と、どうしようもなくこじらせた人間嫌いの吸血鬼が、何とも不安定な平穏を守るために暗躍したりしなかったりするお話。 小説家になろう様、ノベルアップ+様にも掲載しています。

胡蝶の夢に生け

乃南羽緒
キャラ文芸
『栄枯盛衰の常の世に、不滅の名作と謳われる──』 それは、小倉百人一首。 現代の高校生や大学生の男女、ときどき大人が織りなす恋物語。 千年むかしも人は人──想うことはみな同じ。 情に寄りくる『言霊』をあつめるために今宵また、彼は夢路にやってくる。

ヴァーチャル・プライベート・ネットワーク・ガールズ:VPNGs

吉野茉莉
キャラ文芸
【キャライラストつき】【40文字×17行で300Pほど】 2024/01/15更新完了しました。  2042年。  瞳に装着されたレンズを通してネットに接続されている世界。  人々の暮らしは大きく変わり、世界中、月や火星まで家にいながら旅行できるようになった世界。  それでも、かろうじてリアルに学校制度が残っている世界。  これはそこで暮らす彼女たちの物語。  半ひきこもりでぼっちの久慈彩花は、週に一度の登校の帰り、寄り道をした場所で奇妙な指輪を受け取る。なんの気になしにその指輪をはめたとき、システムが勝手に起動し、女子高校生内で密かに行われているゲームに参加することになってしまう。

君に★首ったけ!

鯨井イルカ
キャラ文芸
冷蔵庫を開けると現れる「彼女」と、会社員である主人公ハヤカワのほのぼの日常怪奇コメディ 2018.7.6完結いたしました。 お忙しい中、拙作におつき合いいただき、誠にありがとうございました。 2018.10.16ジャンルをキャラ文芸に変更しました

カフェぱんどらの逝けない面々

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
キャラ文芸
 奄美の霊媒師であるユタの血筋の小春。霊が見え、話も出来たりするのだが、周囲には胡散臭いと思われるのが嫌で言っていない。ごく普通に生きて行きたいし、母と結託して親族には素質がないアピールで一般企業への就職が叶うことになった。  大学の卒業を間近に控え、就職のため田舎から東京に越し、念願の都会での一人暮らしを始めた小春だが、昨今の不況で就職予定の会社があっさり倒産してしまう。大学時代のバイトの貯金で数カ月は食いつなげるものの、早急に別の就職先を探さなければ詰む。だが、不況は根深いのか別の理由なのか、新卒でも簡単には見つからない。  就活中のある日、コーヒーの香りに誘われて入ったカフェ。おっそろしく美形なオネエ言葉を話すオーナーがいる店の隅に、地縛霊がたむろしているのが見えた。目の保養と、疲れた体に美味しいコーヒーが飲めてリラックスさせて貰ったお礼に、ちょっとした親切心で「悪意はないので大丈夫だと思うが、店の中に霊が複数いるので一応除霊してもらった方がいいですよ」と帰り際に告げたら何故か捕獲され、バイトとして働いて欲しいと懇願される。正社員の仕事が決まるまで、と念押しして働くことになるのだが……。  ジバティーと呼んでくれと言う思ったより明るい地縛霊たちと、彼らが度々店に連れ込む他の霊が巻き起こす騒動に、虎雄と小春もいつしか巻き込まれる羽目になる。ほんのりラブコメ、たまにシリアス。

あやかし漫画家黒川さんは今日も涙目

真木ハヌイ
キャラ文芸
 ストーカーから逃げるために、格安のオカルト物件に引っ越した赤城雪子。  だが、彼女が借りた部屋の隣に住む男、黒川一夜の正体は、売れない漫画家で、鬼の妖怪だった!  しかも、この男、鬼の妖怪というにはあまりにもしょぼくれていて、情けない。おまけにド貧乏。  担当編集に売り上げの数字でボコボコにされるし、同じ鬼の妖怪の弟にも、兄として尊敬されていない様子。  ダメダメ妖怪漫画家、黒川さんの明日はどっちだ?  この男、気が付けば、いつも涙目になっている……。  エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。十二万字程度で完結します。五章構成です。

心の落とし物

緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも ・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ ) 〈本作の楽しみ方〉  本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。  知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。 〈あらすじ〉  〈心の落とし物〉はありませんか?  どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。  あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。  喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。  ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。  懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。 〈主人公と作中用語〉 ・添野由良(そえのゆら)  洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。 ・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉  人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。 ・〈探し人(さがしびと)〉  〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。 ・〈未練溜まり(みれんだまり)〉  忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。 ・〈分け御霊(わけみたま)〉  生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。

処理中です...