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第五章
八
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恐る恐る問いかけてくる。修は空を見上げた。空が厚く覆い被さる。月は隠され、辺りは暗くなった。
「みんな死ぬ時は自分のことしか考えられない。どんな風にいじめられてきたのか、どんな仕打ちを受けたのか、それはもはや重要ではなくなる。自身が無価値である事実、それよりもこの世界にいてはいけない疎外感さえ感じている。……その根底にあるのは、寂しさだ」
寂しさ。菊が口腔で呟く。言葉は彼女の胸中を広がり始めていく。波紋は、会社内の自分を反映させた。
「そう、寂しさ。誰にだって認められたい欲求はあるものだけど、みんなには存在さえ認めてもらえない諦めがある。だからせめてあの薄い一枚に映すのさ、自分の生きた瞬間を、抱えてきた苦しみを、この世界から消えてもなくならないように」
菊は俯いた。いつも、核心の外側ばかりを見てきていた。核心を囲うそれらこそが核心だと思っていたが、核心はもっと小さく、たどり着けなかった。
彼はたどり着いているのだ。それどころか核心の真ん中でいつも生きている。
「彼等に出来ることは、写真を持ち続け、忘れないことだ。一秒たりとも忘れずに受け入れること。もう謝ったって、悔やんだってみんなはいない。遅すぎたんだ」
修はいつもより自分が饒舌なことに気付いていた。それは自分の胸の内を公に出来た心地よさからだった。彼もまた、知ってほしいと無意識に思っていた。
菊は顔を上げた。彼を見つめていると、やがて月が再び姿を現す。今までしなやかなシルエットをしていると思っていたが、影の正体は自分よりもずっと大きく見えた。壁のように、揺るがない。
菊は深呼吸して、言い放った。
「なら、君にしかみんなを救えない」
「……何だって?」
菊の言葉に、修は怪訝に眉を顰めた。菊は続ける。
「君はみんなの一番近くで見てきたはずよ、苦しむ表情を、認めて欲しい気持ちを。君がするべきことはみんなの生きてきた証を、彼等へ放つことなんかじゃない。認めて、手を差しのべることだわ」
修は身構えた。生唾を飲み込む。菊が月光に照らされ、輝きを放つ。まるで舞台で立つ主人公のように、勇敢に、彼へ歩み寄り、手を握った。
「誰よりも君が思っているはずよ。だってそんなに理解しているんだもの。みんなを認めなかった彼等が憎いんでしょ? 死んでいくみんなを見て、君は悔しかったはずだわ。みんなを助けたい、認めて欲しい、知っててほしい、忘れないで欲しい、僕達も生きているんだって、本当は声を大にして」
「うるさいっ!」
修は彼女の手を振り払った。月光が彼らの間を伝い、まるで川が流れているかのように引き離される。
菊の目には、泣いている修が映った。きらきらとこぼれ落ちるそれは流れ星みたいに美しい。
修は自分が泣いていることに気付き、慌てて拭った。しかし止まらず、逃げ出した。彼女の声が聞こえる。修は構わず暗闇に向かって走り続けた。
「みんな死ぬ時は自分のことしか考えられない。どんな風にいじめられてきたのか、どんな仕打ちを受けたのか、それはもはや重要ではなくなる。自身が無価値である事実、それよりもこの世界にいてはいけない疎外感さえ感じている。……その根底にあるのは、寂しさだ」
寂しさ。菊が口腔で呟く。言葉は彼女の胸中を広がり始めていく。波紋は、会社内の自分を反映させた。
「そう、寂しさ。誰にだって認められたい欲求はあるものだけど、みんなには存在さえ認めてもらえない諦めがある。だからせめてあの薄い一枚に映すのさ、自分の生きた瞬間を、抱えてきた苦しみを、この世界から消えてもなくならないように」
菊は俯いた。いつも、核心の外側ばかりを見てきていた。核心を囲うそれらこそが核心だと思っていたが、核心はもっと小さく、たどり着けなかった。
彼はたどり着いているのだ。それどころか核心の真ん中でいつも生きている。
「彼等に出来ることは、写真を持ち続け、忘れないことだ。一秒たりとも忘れずに受け入れること。もう謝ったって、悔やんだってみんなはいない。遅すぎたんだ」
修はいつもより自分が饒舌なことに気付いていた。それは自分の胸の内を公に出来た心地よさからだった。彼もまた、知ってほしいと無意識に思っていた。
菊は顔を上げた。彼を見つめていると、やがて月が再び姿を現す。今までしなやかなシルエットをしていると思っていたが、影の正体は自分よりもずっと大きく見えた。壁のように、揺るがない。
菊は深呼吸して、言い放った。
「なら、君にしかみんなを救えない」
「……何だって?」
菊の言葉に、修は怪訝に眉を顰めた。菊は続ける。
「君はみんなの一番近くで見てきたはずよ、苦しむ表情を、認めて欲しい気持ちを。君がするべきことはみんなの生きてきた証を、彼等へ放つことなんかじゃない。認めて、手を差しのべることだわ」
修は身構えた。生唾を飲み込む。菊が月光に照らされ、輝きを放つ。まるで舞台で立つ主人公のように、勇敢に、彼へ歩み寄り、手を握った。
「誰よりも君が思っているはずよ。だってそんなに理解しているんだもの。みんなを認めなかった彼等が憎いんでしょ? 死んでいくみんなを見て、君は悔しかったはずだわ。みんなを助けたい、認めて欲しい、知っててほしい、忘れないで欲しい、僕達も生きているんだって、本当は声を大にして」
「うるさいっ!」
修は彼女の手を振り払った。月光が彼らの間を伝い、まるで川が流れているかのように引き離される。
菊の目には、泣いている修が映った。きらきらとこぼれ落ちるそれは流れ星みたいに美しい。
修は自分が泣いていることに気付き、慌てて拭った。しかし止まらず、逃げ出した。彼女の声が聞こえる。修は構わず暗闇に向かって走り続けた。
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