自殺写真家

中釡 あゆむ

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第四章

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 菊は走っていた。田上に見せてもらった監視カメラの映像が頭から離れない。焼き付いた人影が彼女を走らせていた。 走って走って、彼女は山の上にたどり着いた。 


 何もなかった。夜中に見かけた人影も、輝く星々も、闇に飲まれた住宅街も。 
 眼下には家々が立って、行き場を塞いでいるように見えた。照りつける太陽光がそれに神々しさを宿し、菊にはどうすることもできない圧倒的な権力を振り翳された気になる。 


 監視カメラには、カメラを持ったしなやかなラインを保った人影の後ろ姿が映っていた。顔は暗くて見えなかった。けれど、あの人影には見覚えがあった。丸い体つきをしていて、さほど長くない髪。中性的なラインは男女の判断がしにくい。背も高くない。あの人影は、この山で見かける人影にそっくりだった。 


 風が吹き抜ける。かいた汗が引き、汗が伝っていた場所が冷えた。頭まで冷えていき、冷静さを取り戻す。まさかそんなはずはないと思い、しかしここには今夜また来ようと決め、菊は山を下りた。 


 それからすぐに電車へ飛び乗った。走って来たため椅子に座り、窓の外を眺める。自分の顔が反射した窓ガラスに、男の姿が映りこんだ。 
 振り返って見上げると育がいた。菊は睨みつけ、狼狽えずに育は穏やかに笑う。 


「こんにちは」 


 菊はそっぽを向いた。話さない意思を表示したのだが、彼は構わず横に座り、詰め寄ってくる。菊は鞄を間に入れた。 


「冷たいなあ、なんで前来てくれなかったんですか?」 


 彼の発した言葉に菊はつい反発してしまう。 


「行ったわよ。そしたら警察沙汰になった」 


 言うや否や、菊は後悔したが遅かった。育は首を傾げ、もしかして、と呟く。

 
「もしかしてお姉さん、俺のいない時に来たのかな? そういえば父さんが変な女が来たって言ってたけど、もしかしてお姉さんのことだったのかも」 


「……父さん?」 


 育は頷く。菊はあの家の名字を思い出そうとしたが思い出せず、ついでに家族構成も聞かなかったので彼が裏切ったのかどうか判断のしようがないことを思い直した。 


「それで、お姉さんはどちらに?」 


 菊が、疑ったことを謝るべきかどうか思案しているとすかさず育は問いかけた。すっかりタイミングが失われ、菊は答える。 


「小学校よ。次の駅で降りる」 


「俺も行っていい?」 


 菊が頷くと彼は嬉しそうに笑った。まあ、調べる人間は多い方がいいだろう。菊の緊張は解け、背もたれに身を任せた。 
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