自殺写真家

中釡 あゆむ

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第二章

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 青年は、自分の吐いた台詞に今更苦笑した。まるでプロの写真家気取りのような台詞だ。自分だっていずれ死ぬくせに。キザったらしい台詞をあの男が聞いたなら、大笑いするに違いなかった。 


 指定された、昔はアパートだったらしい廃墟にたどり着いた。木材で出来た建物は腐っていて剥がれたり、所々黒く変色している。人が去っていっても時間がそこには流れ、建物は置き去りにされて死んだようだった。 
 階段を上がり、二〇五号室へ向かう。床はぎしぎしと骨が潰れていく音を立てた。世界の終焉がそこにはあった。 どうせなら、この家を火葬してやればよかったのに。
 ところが青年は不意に苦笑した。僕は火葬なんてされたくない。ミイラみたいに中身を全部抜き取られ、残されたい。この世で生きたい訳ではない。でも、残されたい。誰にも分からなくてもよかった。きっと、もう死んだ彼等なら僕のことをわかってくれると、彼は確信を持っていた。 


 二〇五号室の扉は開いていた。青年は躊躇なく中に入り、カビの匂いを嗅いでしまう。顔をしかめながらも土の混じった畳を歩いた。中には家具はなにも残っていない。狭い部屋が三つあり、そのどれにもゴミが散乱していた。埃をかぶったビデオ、一昔前の漫画、缶、お菓子の袋、生地が薄くなってくすんだ色になってしまった服、パイプ、縄、エロ本、コンドーム――真ん中の部屋に、彼女はいた。 
 彼女は漫画の山の上で髪を垂らして佇んでいた。一瞬、既に首を吊ったのかと思ってしまったが、青年の気配をようやく感じ取った彼女が顔を上げた。 


「ようこそ」 


 彼女は憎たらしく笑う。それは、自己否定を喜んでする人の笑みだった。 


「ここは私の住んでた場所なの。昔はこの部屋に私の布団があって、勉強机があって、ぬいぐるみがあって、よくこの部屋でお母さんが一緒に眠ってくれた。お父さんも」 


「どう死にたいですか」 


 青年は彼女の言葉を遮って、口にした。それまで目を輝かせ、一方で過去へ思いを馳せた瞳が暗く濁っていっていたのが急激に止まる。 


 無音が突如訪れ、叫びが弾けた。無音と騒音が一体化した一瞬の空間を彼女は飛ぶ。青年の胸ぐらを掴み、鬼の形相で彼を睨んだ。 


「世界を止める死に方をしたいっ! 私が死んでも流れる時間を、人を、平穏な家庭を、平和ボケした学生共を、恋人のことばかり考える惚けた奴らに、私という死体を突きつけてやりたいんだ!」 


 彼女の息は威嚇したせいで乱れ、微かに温かい息が首へ当たった。昨日線路で死のうとしていた彼女を思い出す。 
 彼女の自殺理由は復讐心か。青年は、思い出してみる。自分に酔いしれて自殺した人間もいれば、忘れられるのが寂しくて、覚えていて欲しいから死んだ者もいる。 
 自殺写真の理由はそれぞれで、死に方もそれぞれで、けれどどれも青年の孤独心を揺らがしはしない。 


「どうやったら止められる? どうやったら死ねる?」 


 彼女は壊れた玩具のようにそれを何度も呟いた。青年は彼女の手を退け、不安定に揺れる彼女の瞳を見つめる。 
 今は怯えた子猫みたいに何もかもに疑心暗鬼になっていた。青年が少しでも動くと彼女は怯え、目を見開く。青年はなるべく恐がらせないように囁いた。 


「どうやったって人は死ねますよ、人は脆いのだから」
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