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28.思考と感情の狭間で。

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 ローウェルは『影』の仕事が完了したのを確認すると、閉ざされていた瞳を薄っすらと開いた。
 これは召喚師達が使う誓約うけいの儀式で使う言語の力を応用したものだが、意識を集中している間だけ、自らの『影』をまるで本物のように動かして使役する事が出来る。ここで言う影とは、自身の背後や足元に光源の反対側に必ず出来るアレのことだ。
 ローウェルの足元の影は、今はもう元通りそこにある。


 召喚師と言う仕事は、この世界では特殊だ。
 客人まれびとと言う存在を文字通り召喚するのが彼らの仕事だ。
 客人まれびとと呼ぶのは、ふらりとあちらの世界からこちらの世界へと渡って来る客だから、そう呼ばれる。

 招かれる側の客人まれびとにだって都合があるのだから、こちら側から喚ぶ場合、ある程度の選ぶ権利は彼らにある。
 それ故に、互いの望みが合致した特殊な場合のみ、召喚師は彼らを喚ぶことが出来るようになっている。

 世界を渡って右も左も分からぬ彼らにとって、召喚師とは、道案内をしてくれる水先案内人のような存在だ。
 美月の世界で簡単に例えて説明するなら、送り迎えをしてくれる運転手が召喚師。乗客が客人と言った所だろうか。
 元々は、偶然の意思と偶然の意思が重なって現れる扉を渡ってやって来るのが客人まれびとなのだが、彼らの齎らすものはこちらの世界では革新的なものも多いのが特徴だ。そうこうしているうちに、彼らの中から時に知恵や技術を求めて無理矢理人為的な扉を作り、欲しい人材にあちらの世界に送り返すことを条件として、こちらの世界を手助けして貰うことを思いついた者が出た――それが、そもそもの召喚師の起こりだ。

 美月のように召喚師無しで本当の偶然と偶然によってやって来る客人まれびとは、近年では特に稀有なケースだったりする。


 今回、問題の起きたアルスラでは、その水先案内人の役目を召喚師では無いものが請け負ってしまった。
 そのせいで、何らかのミスが起こり、結果として扉を作った者が誓約うけいしっぺ返しペナルティーの一端でどこかへ消えてしまった。それが、国の要人であるからこそ、問題なのだ。

 客人と召喚師の間にある絶対であるはずの約束事がついに破られてしまった。
 ――この世界では誓約うけいは絶対だ。

 こちらの世界の根幹である力とも言える誓約の決まり事にある文句の、言葉と言葉を違えぬギリギリの部分でそれを縫い合わせるように構築されたのが、召喚師と言う職だ。
 今までの通りに召喚師が客人まれびとを迎え、送り帰すことが出来るシステム事態が、この事態によって反故にされてしまう可能性がある。
 つまり、今まで可能だったものが不可能に、曖昧だったものまで厳しく撥ねられてしまう可能性が出て来た。
 何故ならば、誓約うけいは絶対的な力のある言葉が形を作っているものだからだ。
 召喚師達が誓約うけいの儀式の言葉を一言一句を違えぬように、ギリギリの言葉尻を掴んでやり繰りしていた召喚と言う業を、今回のように言葉を理解しないまま捻じ曲げてしまっては、その捻じ曲がってたわんだ部分がゴムのように反発して戻りが来てしまう。更に悪いことには、この戻りは勢いが付いて何倍にもなって戻って来ると言うことだ。
 目には目を。歯には歯を。それ以上になるであろうしっぺ返しが来る。

(これで、召喚師の仕事も、客人も、今後この世界には存在しなくなるのかもしれない)

 実は、悪いことはそれだけでは無い。
 アルスラと言う国は、オーレリア王国の南方に陸続きで位置する中堅規模の国だ。オーレリアとは親交が深いが、それ故に国が荒れれば行き場を失った民がアルスラよりも大きく、豊かであるオーレリアへと押し寄せる可能性が高い。

「レオンの懸念通りになりそうだ」
(やはり、オーレリアもただでは済まないか……)
 ローウェルは呟き、溜め息を吐いた。
 これからオーレリアは忙しくなる。当然、これを見抜いていた件の彼の従兄弟である天才宰相殿も、既に動き出しているだろうが、更に慌ただしくなるだろう。
 しかし、国のことはレオンハルトに任せておけば良いが、誓約うけいについてはそれを最も理解しているであろう召喚師が対処するしかない。

(――まずは、消息を絶ったアルスラの王太子を見つけねばならぬ……どこに行ったんだ?)
 あちらの世界に飛ばされたのか、それとも、誓約うけいの儀式失敗のしっぺ返しペナルティーを恐れて自ら雲隠れしたのか――或いは、もう報いを受けたのか。

(それをはっきりさせねば、こちらの世界全てが彼の背負うべき代償を支払う事になる。彼が誓約うけいの儀式で失敗をした。その報いをまだ受けておらぬのならば、必ず受けさせねばならぬ)

 ローウェルは、既に行き場の無い代償である災禍の第一波が通り過ぎた後の、黒煙が立ち昇るアルスラの街を見下ろした。






 ◇






 レオンハルトの執務室に、ノックの音が響いた。

「はい」
 ガチャリ。と、扉を開いて入って来た人物を見て、レオンハルトは溜め息を吐いた。
「相変わらず、失礼だな。お前は」
「……アル、何か用があるんでしょう?」
 王太子が入って来たのを横目でちらりと確認しただけで、すぐに書類の山へと目を戻し、再び何やら右手でスラスラとペンを走らせるレオンハルトに、アルフレッドはやれやれと肩を竦ませた。

「……なぁ、レオン。今日で一体何日、邸に帰っていないんだ?」
「…………」
 アルフレッドの問いかけに、レオンハルトはピクリと反応を示した。しかし、書類を書いていく手は止まる様子は無い。
「……お前に仕事をさせているのは、俺だ。でも、そろそろ美月殿が心配しているのでは無いか?」
 レオンハルトが王宮に再び出仕を始めてから、今日で既にひと月近く経っていた。
 先日、美月の元へヘリオスが訪ねて来たのはいつだっただろうか。その頃まではベルンシュタインに時折帰って休んでいたのだから……つまりは、二十日近くはベルンシュタインに帰っていない計算になる。

「……お前、自分の顔を鏡で見たか? いつも綺麗な宰相様のお顔が、今は酷い有様だぞ。お前に倒れられると、俺も困るんだよ」
「……しかし……」

 彼女は心配などしていない……

 ……していない、だろうか? 本当に?

 優しい彼女のことだから、一向に帰宅しない自分を心配してくれているかもしれない。
 このひと月近く、ポルトレバースの別荘から戻って以後、多忙を極めていた。

(彼女のことを考え無いように、ワザと忙しくしていたのではないか?)

 彼女には、自分のことを考えるのはゆっくりで良いと伝えてあったが、冷静になる必要があるのはレオンハルト自身にとっても同じことだった。
 アルスラの件もあって、オーレリアへの難民が急増しており、その対策と事務処理に加えて連日の関連議案発議などと、仕事は確かに今までに無い程忙しい。

 ――しかし、全く邸に帰れない程では無かったのでは無いか? 
 確かに尋常じゃなく忙しいが、無理をすればレオンハルトならば時間を作れただろう。

「……客人まれびとを放置して、自分の邸に閉じ込めてるだけで、お前はそれで良いのか?」
「…………」
「お前は確かにこの国の宰相だが、あの子はこの国に寄る辺が無いんだろう? お前が側に居なくて、誰に頼るんだよ」
「……そう、ですね。分かってはいるんです。ですが……」

「だったら! お前は一旦、邸に帰れ……な?」
 尚も何か言い募ろうとするレオンハルトに、アルフレッドは禁じ手を使った。
 長年の友でもあるレオンハルトに命令をすることは、今まで一度も無かった。その封印していた手段までをも使ったのは、レオンハルトが本当に心配だったからだ。
(……このままでは、いかに若いレオンハルトでも、身体が持たない。いつかは限界が来る。……お前の父親と同じように、身体を壊してしまう)
 客人である美月が、二度目に来訪してからは、ここまで酷い根の詰め方をしたことは無かったので、安心していたのだが……。

「……わかりました。一度邸に帰ります」

「ああ。明日と明後日は休め。どうしても必要な仕事があれば、俺がやる」
 諦めたように頷くレオンハルトに、アルフレッドは彼から見えない所で困ったように笑った。








 
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