あをによし ~年下宰相様は日本画家の地味系女子にご執心です~

柚木音哉

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21.色々複雑な事態が起きているようです。

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 三者が顔を揃え、無言のままティーカップのお茶を啜っている。

 何となく気まずい。

 美月の頭の中では、今しがたローウェルと話していた突然気づいてしまった「帰る」と言う選択肢に動揺した所へ、一方では一度目の来訪で、レオンハルトが自分にもう一度会う為の手段を模索していたと言う事実を知り、更に動揺しつつ思考を巡らせていた。
 レオンハルトはと言うと、いつものポーカーフェイス……と、まではまだ行かないが、美月の顔を時折ちらちらと見ながら明後日の方向を向いている。若干だが不貞腐れているようにも見える。

「……ローウェル、それで? 本当は何しに来たんですか?」
 当のローウェルはと言えば、何故かにこにこしながら美月を見ている。
「はぁ……嫌だなぁ。昔はあんなに俺に懐いていたのに、可愛げ無く育ったものだ」
「二人は幼い頃から親しいの?」
 美月が驚いて尋ねると、ローウェルが口を開く前に、レオンハルトが口を開いた。
「ローウェルの方が六つ年上なんです。幼い頃は……まぁ、それなりに慕っていたので、兄上と呼んでいたこともあります」
「今も兄上と呼んでくれて良いのだよ?」
「結構です」
 にべもなく断られ、ローウェルは肩を竦めた。
「……やれやれ。わざわざこの邸まで押しかけたのは、君に仕事上の話があったからだよ。隣国へ呼ばれてね。君の大事な人にも興味があったのも本当だ」
「隣国……アルスラで……何かあったのか?」
 今の質問に、何かあったと言う事実を仄めかした部分は無かったが、機微に聡いレオンハルトはローウェルにそんなふうに質問を返した。
「ははっ。流石は我が国の敏腕宰相殿。相変わらず鋭いね。うーん、ミヅキ殿がいる場でぺらぺら外交上の機密を漏らす訳には行かないけど、簡単に言うとアルスラの王族絡みのトラブルがあってねぇ。客人まれびと絡みだから調査を頼まれたのさ」
「初耳だ。僕は聞いていない」
 レオンハルトはまだ若くはあるが、その肩書きは間違い無く宰相である。今現在は休暇を貰っているが、国王を補佐する立場であり、国のまつりごとの中枢にいるのは間違いなく彼だ。
「君が発った後だよ。事が露顕したのは。まぁ、それで王太子殿下から僕に要請が来て、アルスラへ向かうことになったのさ。噂に聞いたミヅキ殿にも会ってみたかったし、あらましを君に報せて、それから向かおうと思ってね」
 ローウェルはそう言ってまたお茶をひと口啜った。
「この場で言えないことか?」
「……ミヅキ殿にはあまり耳に入れたくないような話だとだけ」
「……そうか」
 両者が美月を見た。
 美月は二人の視線を感じて居た堪れない気持ちになった。
「美月、すまない。少々ローウェルと仕事の話をするから、悪いが席を外してくれるだろうか?」
 レオンハルトが申し訳無さそうにそう言うのを受けて、美月はこくりと頷いた。
 これ以上、この場に居てもしょうがないのは美月も同じだ。
(今の話も気にはなるけど……)
 美月自身もまた、今は考えたいことがある。

 椅子を引いて席を立つと、今度はローウェルが口を開く。
「ミヅキ殿、何かごめんね。レオンと少し仕事の話をさせて貰うよ。君には……無理に付き合わせるようなことをして悪かった」
 右手を差し出したローウェルの手を握る。彼の手は手袋をしたままだ。
(そう言えば、彼はお茶を飲む時も手袋したままだ)
 普通お茶を飲む時は、手袋をしたままだろうか? 
 疑問に思いながら、握手をした手を話すと、何か感じたのかローウェルは少し困ったように笑った。
「……ローウェルさん、お話出来て良かったです。アルスラって国にはいつ?」
「レオンと話したら、多分すぐに発つと思うよ。色々聞かせてくれてありがとう。また機会があれば、是非、話を聞かせてくれ」
 ローウェルは好奇心旺盛で、あちらの世界のかなり突っ込んだ内容にまで興味を持っていた。美月が描く日本画と言うものにも興味を示していたから、異世界の生活や文化全体をもっと知りたいのだろう。
「え、ええ。私で良ければ喜んで」
 美月は、知り合ったばかりの彼にこの短時間で随分と打ち解けていた。
 少々人見知りの気がある彼女には、なかなか珍しいことでもある。

(レオンに似てるからかな?)
 従兄弟と言うだけあって、笑う時の表情がレオンに良く似ていた。

 コホン。と、レオンの咳払いが聞こえ、美月ははっとした。ローウェルの手袋をした右手と握手を交わしたまま……つまりは、手を握ったまま考え事をしていたらしい。
「あ……わっ! 私ったら、ごめんなさい!!」
「あら? 残念。話してしまうのかい? 俺はもっとミヅキ殿の可愛らしくて柔らかい手を握ってたかったのになぁ」
 そう軽口を叩くローウェルの顔は、にやにやとまた人の悪い笑みが浮かんでいる。

「……ローウェル」
 レオンハルトのやや低い声に、再び肩を竦めると、ローウェルは美月に笑いかけた。
 まるで、しょうがないなぁと言うように。
 
「あの、ローウェルさん、道中お気をつけて……」

 美月がローウェルにそう伝えると、彼は美月に「ありがとう」と、また少し笑って言った。





 美月が部屋に戻ると、彼らは隣国アルスラで起こったことについて、夕方近くまで話し合った。

 美月にローウェルが言い淀んだこととは、こうである。

 アルスラ国王の王太子と側近が召喚師無しに客人まれびとを招こうとして、失敗したようだと。
 あちらの世界とこちらの世界を無理に繋ごうとして、王太子が行方不明になってしまった。そして、その行方不明になった原因が誓約うけいの儀式の失敗だと思われると言うこと。
 あちらの世界に無理に干渉することは、大きな弊害を生む。「誓約うけい」の言語は絶対的な力を持つ。だからこそ、失敗した時の代償が大きいのだ。

「アルスラの国は……荒れるだろうでしょうね」
「ああ。そろそろ情報が伝わって周辺国から非難が相次いでいるようだ。何せ、この世界とそこに住む者との約束を違えたことになるのだから……大事にならなければ良いが」

「……僕としては、王太子が行方不明になっているのも気にかかるけどね」

 今までに無かったことだ。

 皆が恐れる「誓約うけい」の禁忌を犯すのも。
 一国の王太子が消えてしまうのも。

「ローウェル、くれぐれも気をつけて下さい」

「……分かっているよ。レオン」

 それから間もなく、ローウェルはアルスラへと旅立って行った。







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