上 下
16 / 47

16.休暇をもぎ取りました。

しおりを挟む
 はい。そんな訳で、やって来ました。
 ルーデンボルグ公爵家の別荘。

 別荘なんて、元の世界でも庶民であった自分には縁が無かったから、少し楽しみだったりもする。
 しかも! なんと、温泉が湧き出ていると言う情報を聞いて、更に嬉しくなった。日本人なら温泉やお風呂が嫌いな人、あまり居ないのでは無いだろうか? 
 この世界にもお風呂はあるし、風呂にあまり入らずに体臭を誤魔化す為、香水文化が発達――なんてことも無い。あちらの世界の歴史とは違うから、お風呂文化は生活にあるにはある。ただ、やはり現代日本人ほど入浴に拘る国でも無いようだ。

 何はともあれ、楽しみ過ぎる! 普段、縮こまって絵を描いてばかりいる自分には最高です!

 そんな訳で、どきどきワクワクしながらレオンと取り留めのない話をしながら景色を見て、馬車で丸一日と半日程かけて、別荘地であるポルトレバースと言う少し山奥の小さな田舎町へとやって来た。

 レオンハルト本人も、彼の代になってから別荘へ来るのは初めてらしい。
 肌寒くなり始めたこの頃だが、本格的な社交シーズンが始まる前の、この時期だからこそ、宰相であるレオンの暇も許されたようだ。

 あの後きっちり休暇の申請をしてくれて、てっきりルーデンボルグでのんびり過ごすのかと思っていたら。
「……領地が王都から近いからすぐに呼び出されるんです。ですから、たまには足を延ばす事にしました」
 ――だそうで。

 青筋でも立てそうな様子でそう仰った。
 何か……あの、幼馴染の王太子殿下と一悶着でもあったのだろうか?

 ……などと、美月が馬車の小窓から覗く景色をぼんやりと見ながら考えていると、カタンと音を立てて、馬車が停まった。


「……着きましたよ」
「!! っ! 素敵……」

 思わずそんな声をあげてしまうほど、綺麗な場所だった。
 お邸の敷地は広く、邸の周りには沢山の木立があって、秋の風に晒されて葉の色は赤や黄に染まっている。落ち葉も色づいていて、この一帯は、あたたかな色合いだ。その邸からは大きな湖を臨んでおり、午後の陽射しに水面はきらきらと輝いている。

「綺麗な場所ですね……」

「……ええ。美しいですね」

 広大な敷地に立つ、この別荘から町までは少し遠いが、静かで落ち着いた雰囲気の場所だ。

「長い移動で疲れたでしょう? 日が暮れる前に温泉へ案内しますよ」

「本当ですか?! 嬉しい! ……って、レオンの休暇の為に来たのに、はしゃぎ過ぎよね。ごめんなさい」
「いいえ? 君が喜んでくれるなら、それは僕も嬉しいですから」

 レオンは、あの日から美月に対しての好意を隠さなくなった。
 彼の執務室で木炭デッサンをしている間も、この地に来る間の馬車に乗っている間も、彼から送られて来る熱っぽい視線に気付く。
 それは肌にちりちりと刺ささるような感覚で、時折居たたまれない気持ちにさせられるけれど、嫌では無い。寧ろ、その視線にある種の喜びを感じてしまうのは、美月が彼を好いていると自覚したからだ。
 意識をしまいとしても、ふとした瞬間には彼を目が追っていて、目が合って、どぎまぎしてしまう。二十四歳にもなって、こんな些細なことでときめいてしまう自分を、我ながら中学生みたいだなと、情けなく思うが、慣れないのだから仕方ない。

 恋に興味が湧かない。
 どうでもいい。

 恋をするのは、いつだって可愛くて、きらきらした漫画の主人公みたいな女の子。自分は地味で、恋愛対象外の脇役みたいなもの。
 思えば、最初から何かを諦めていたのかもしれない。或いは怖かったのかも。だから、好きな人が出来ても、別段恋人になれ無くてよかった。見ているだけで満足したし、それでよかったのだ。
 自分には好きなものがあって、それに夢中になればそれは見えなくなる。

 自分が誰かと相思相愛になる恋を想像出来なかった。

 でも、それは本当に好きな人に出会っていなかっただけだったのだと、今の美月は思っている。
 人を好きだと思うことは何度かあった。しかし、レオンに対する美月の気持ちは、多分、そのどれとも違う気がする。

「美月?」
「……っどうして、私を一緒にここに連れて来てくれたの?」

 口にするつもりも無い言葉が、彼の顔を見ていたら、するりと出て来てしまいそうになる。
 彼を見ていると、想いが溢れる。自覚したことで加速してしまった想いは膨れ上がり、溢れ出そうになる。それを誤魔化すように、口から出た言葉だった。

「……美月だから」

「え?」
「君と一緒に居るのが、僕が一番ホッとする時間だからですよ」
「ホッとするの?」
「ホッとします。君の隣に居ると、息の詰まりそうな毎日でも、ちゃんと息が出来る気がするんです」

 並んで歩き出しながら、レオンハルトは美月に語りかける。こんな風に饒舌な彼を、最近はあまり見ることが無かったから、少し新鮮だ。

「美月は自由だから。君は僕を色眼鏡で見ないでしょう? ……僕はね。ずっと、公爵家の跡取りとして教育されて来たんです。寄宿学校も飛び級で卒業したので、社会に出るのは早かったんですよ」
「天才って言われてますもんね……」
「ええ、まぁ……嬉しくはありませんけれど。それと、アルは寄宿学校の時からの友人なんです」
「へぇ……でも、アルフレッド王太子の方が年上ですよね? レオンは後輩にあたるんですか?」
「いいえ? 僕が幾つか飛び級しているので、彼とは同輩になります」
「ええっ?! もしかしてアルフレッド王太子殿下って、私と同い年くらいだったりするの?!」
「……まぁ、そうですね」
「飛び級って、すごいな。本当に天才なんだね」
「あまり嬉しくは無いですが、学ぶのは嫌いではありませんね。でも、社会に出るのが早かった分、大人の嫌な部分を人よりも早く多く見て来てしまいました……」
 レオンハルトは唇を濡らして、再び口を開く。
「ルーデンボルグに恨みを抱く者、邪な思いを抱えて近付いて来る者、政治の根幹に関われば関わる程、思想の違いなんかも出て来ます。そうするとね、人の悪意ばかりに巻かれている気持ちになるんですよ」
「……悪意……」
「ええ。だから、美しいものを見たくなります。美しい景色とか、美しい絵だとか、美しい人だとか……」
「?」
「ふふ……鈍いですね。君のことなのに」
「ま、またそんなこと言ってくる……」
「君は真っ直ぐです。すごく純粋で。絵を描いている時の美月の瞳は、対象物以外目に入らないでしょう? その悪意の無い純粋で素直な反応が、僕には心地いいんです」
「……素直? 何にも考えて無いけど」
「それでいいんですよ。君は飾らなくていい。そのままの君が、僕の隣に居てくれたらそれだけでいいんです……っと、着きました」

 レオンハルトと二人で並んで歩くうちに、邸の奥にある屋外プールのような温泉に着いた。石造りの階段から、中に入れるようだ。

「すごい! 露天風呂みたい!」

「あちらに着替えを用意させます。ゆっくり疲れをとって下さい」

 美月が目を輝かせていると、レオンハルトが優しく笑った。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転移したら、推しのガチムチ騎士団長様の性癖が止まりません

冬見 六花
恋愛
旧題:ロングヘア=美人の世界にショートカットの私が転移したら推しのガチムチ騎士団長様の性癖が開花した件 異世界転移したアユミが行き着いた世界は、ロングヘアが美人とされている世界だった。 ショートカットのために醜女&珍獣扱いされたアユミを助けてくれたのはガチムチの騎士団長のウィルフレッド。 「…え、ちょっと待って。騎士団長めちゃくちゃドタイプなんですけど!」 でもこの世界ではとんでもないほどのブスの私を好きになってくれるわけない…。 それならイケメン騎士団長様の推し活に専念しますか! ―――――【筋肉フェチの推し活充女アユミ × アユミが現れて突如として自分の性癖が目覚めてしまったガチムチ騎士団長様】 そんな2人の山なし谷なしイチャイチャエッチラブコメ。 ●ムーンライトノベルズで掲載していたものをより糖度高めに改稿してます。 ●11/6本編完結しました。番外編はゆっくり投稿します。 ●11/12番外編もすべて完結しました! ●ノーチェブックス様より書籍化します!

麗しのシークさまに執愛されてます

こいなだ陽日
恋愛
小さな村で調薬師として働くティシア。ある日、母が病気になり、高額な薬草を手に入れるため、王都の娼館で働くことにした。けれど、処女であることを理由に雇ってもらえず、ティシアは困ってしまう。そのとき思い出したのは、『抱かれた女性に幸運が訪れる』という噂がある男のこと。初体験をいい思い出にしたいと考えたティシアは彼のもとを訪れ、事情を話して抱いてもらった。優しく抱いてくれた彼に惹かれるものの、目的は果たしたのだからと別れるティシア。しかし、翌日、男は彼女に会いに娼館までやってきた。そのうえ、ティシアを専属娼婦に指名し、独占してきて……

冷酷無比な国王陛下に愛されすぎっ! 絶倫すぎっ! ピンチかもしれませんっ!

仙崎ひとみ
恋愛
子爵家のひとり娘ソレイユは、三年前悪漢に襲われて以降、男性から劣情の目で見られないようにと、女らしいことを一切排除する生活を送ってきた。 18歳になったある日。デビュタントパーティに出るよう命じられる。 噂では、冷酷無悲な独裁王と称されるエルネスト国王が、結婚相手を探しているとか。 「はあ? 結婚相手? 冗談じゃない、お断り」 しかし両親に頼み込まれ、ソレイユはしぶしぶ出席する。 途中抜け出して城庭で休んでいると、酔った男に絡まれてしまった。 危機一髪のところを助けてくれたのが、何かと噂の国王エルネスト。 エルネストはソレイユを気に入り、なんとかベッドに引きずりこもうと企む。 そんなとき、三年前ソレイユを助けてくれた救世主に似た男性が現れる。 エルネストの弟、ジェレミーだ。 ジェレミーは思いやりがあり、とても優しくて、紳士の鏡みたいに高潔な男性。 心はジェレミーに引っ張られていくが、身体はエルネストが虎視眈々と狙っていて――――

【R-18】喪女ですが、魔王の息子×2の花嫁になるため異世界に召喚されました

indi子/金色魚々子
恋愛
――優しげな王子と強引な王子、世継ぎを残すために、今宵も二人の王子に淫らに愛されます。 逢坂美咲(おうさか みさき)は、恋愛経験が一切ないもてない女=喪女。 一人で過ごす事が決定しているクリスマスの夜、バイト先の本屋で万引き犯を追いかけている時に階段で足を滑らせて落ちていってしまう。 しかし、気が付いた時……美咲がいたのは、なんと異世界の魔王城!? そこで、魔王の息子である二人の王子の『花嫁』として召喚されたと告げられて……? 元の世界に帰るためには、その二人の王子、ミハイルとアレクセイどちらかの子どもを産むことが交換条件に! もてない女ミサキの、甘くとろける淫らな魔王城ライフ、無事?開幕! 

騎士団専属医という美味しいポジションを利用して健康診断をすると嘘をつき、悪戯しようと呼び出した団長にあっという間に逆襲された私の言い訳。

待鳥園子
恋愛
自分にとって、とても美味しい仕事である騎士団専属医になった騎士好きの女医が、皆の憧れ騎士の中の騎士といっても過言ではない美形騎士団長の身体を好き放題したいと嘘をついたら逆襲されて食べられちゃった話。 ※他サイトにも掲載あります。

【R18】軍人彼氏の秘密〜可愛い大型犬だと思っていた恋人は、獰猛な獣でした〜

レイラ
恋愛
王城で事務員として働くユフェは、軍部の精鋭、フレッドに大変懐かれている。今日も今日とて寝癖を直してやったり、ほつれた制服を修繕してやったり。こんなにも尻尾を振って追いかけてくるなんて、絶対私の事好きだよね?絆されるようにして付き合って知る、彼の本性とは… ◆ムーンライトノベルズにも投稿しています。

【R18】××××で魔力供給をする世界に聖女として転移して、イケメン魔法使いに甘やかされ抱かれる話

もなか
恋愛
目を覚ますと、金髪碧眼のイケメン──アースに抱かれていた。 詳しく話を聞くに、どうやら、私は魔法がある異世界に聖女として転移をしてきたようだ。 え? この世界、魔法を使うためには、魔力供給をしなきゃいけないんですか? え? 魔力供給って、××××しなきゃいけないんですか? え? 私、アースさん専用の聖女なんですか? 魔力供給(性行為)をしなきゃいけない聖女が、イケメン魔法使いに甘やかされ、快楽の日々に溺れる物語──。 ※n番煎じの魔力供給もの。18禁シーンばかりの変態度高めな物語です。 ※ムーンライトノベルズにも載せております。ムーンライトノベルズさんの方は、題名が少し変わっております。 ※ヒーローが変態です。ヒロインはちょろいです。 R18作品です。18歳未満の方(高校生も含む)の閲覧は、御遠慮ください。

【R-18】触手婚~触手に襲われていたら憧れの侯爵様に求婚されました!?~

臣桜
恋愛
『絵画を愛する会』の会員エメラインは、写生のために湖畔にいくたび、体を這い回る何かに悩まされていた。想いを寄せる侯爵ハロルドに相談するが……。 ※表紙はニジジャーニーで生成しました

処理中です...