あをによし ~年下宰相様は日本画家の地味系女子にご執心です~

柚木音哉

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16.休暇をもぎ取りました。

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 はい。そんな訳で、やって来ました。
 ルーデンボルグ公爵家の別荘。

 別荘なんて、元の世界でも庶民であった自分には縁が無かったから、少し楽しみだったりもする。
 しかも! なんと、温泉が湧き出ていると言う情報を聞いて、更に嬉しくなった。日本人なら温泉やお風呂が嫌いな人、あまり居ないのでは無いだろうか? 
 この世界にもお風呂はあるし、風呂にあまり入らずに体臭を誤魔化す為、香水文化が発達――なんてことも無い。あちらの世界の歴史とは違うから、お風呂文化は生活にあるにはある。ただ、やはり現代日本人ほど入浴に拘る国でも無いようだ。

 何はともあれ、楽しみ過ぎる! 普段、縮こまって絵を描いてばかりいる自分には最高です!

 そんな訳で、どきどきワクワクしながらレオンと取り留めのない話をしながら景色を見て、馬車で丸一日と半日程かけて、別荘地であるポルトレバースと言う少し山奥の小さな田舎町へとやって来た。

 レオンハルト本人も、彼の代になってから別荘へ来るのは初めてらしい。
 肌寒くなり始めたこの頃だが、本格的な社交シーズンが始まる前の、この時期だからこそ、宰相であるレオンの暇も許されたようだ。

 あの後きっちり休暇の申請をしてくれて、てっきりルーデンボルグでのんびり過ごすのかと思っていたら。
「……領地が王都から近いからすぐに呼び出されるんです。ですから、たまには足を延ばす事にしました」
 ――だそうで。

 青筋でも立てそうな様子でそう仰った。
 何か……あの、幼馴染の王太子殿下と一悶着でもあったのだろうか?

 ……などと、美月が馬車の小窓から覗く景色をぼんやりと見ながら考えていると、カタンと音を立てて、馬車が停まった。


「……着きましたよ」
「!! っ! 素敵……」

 思わずそんな声をあげてしまうほど、綺麗な場所だった。
 お邸の敷地は広く、邸の周りには沢山の木立があって、秋の風に晒されて葉の色は赤や黄に染まっている。落ち葉も色づいていて、この一帯は、あたたかな色合いだ。その邸からは大きな湖を臨んでおり、午後の陽射しに水面はきらきらと輝いている。

「綺麗な場所ですね……」

「……ええ。美しいですね」

 広大な敷地に立つ、この別荘から町までは少し遠いが、静かで落ち着いた雰囲気の場所だ。

「長い移動で疲れたでしょう? 日が暮れる前に温泉へ案内しますよ」

「本当ですか?! 嬉しい! ……って、レオンの休暇の為に来たのに、はしゃぎ過ぎよね。ごめんなさい」
「いいえ? 君が喜んでくれるなら、それは僕も嬉しいですから」

 レオンは、あの日から美月に対しての好意を隠さなくなった。
 彼の執務室で木炭デッサンをしている間も、この地に来る間の馬車に乗っている間も、彼から送られて来る熱っぽい視線に気付く。
 それは肌にちりちりと刺ささるような感覚で、時折居たたまれない気持ちにさせられるけれど、嫌では無い。寧ろ、その視線にある種の喜びを感じてしまうのは、美月が彼を好いていると自覚したからだ。
 意識をしまいとしても、ふとした瞬間には彼を目が追っていて、目が合って、どぎまぎしてしまう。二十四歳にもなって、こんな些細なことでときめいてしまう自分を、我ながら中学生みたいだなと、情けなく思うが、慣れないのだから仕方ない。

 恋に興味が湧かない。
 どうでもいい。

 恋をするのは、いつだって可愛くて、きらきらした漫画の主人公みたいな女の子。自分は地味で、恋愛対象外の脇役みたいなもの。
 思えば、最初から何かを諦めていたのかもしれない。或いは怖かったのかも。だから、好きな人が出来ても、別段恋人になれ無くてよかった。見ているだけで満足したし、それでよかったのだ。
 自分には好きなものがあって、それに夢中になればそれは見えなくなる。

 自分が誰かと相思相愛になる恋を想像出来なかった。

 でも、それは本当に好きな人に出会っていなかっただけだったのだと、今の美月は思っている。
 人を好きだと思うことは何度かあった。しかし、レオンに対する美月の気持ちは、多分、そのどれとも違う気がする。

「美月?」
「……っどうして、私を一緒にここに連れて来てくれたの?」

 口にするつもりも無い言葉が、彼の顔を見ていたら、するりと出て来てしまいそうになる。
 彼を見ていると、想いが溢れる。自覚したことで加速してしまった想いは膨れ上がり、溢れ出そうになる。それを誤魔化すように、口から出た言葉だった。

「……美月だから」

「え?」
「君と一緒に居るのが、僕が一番ホッとする時間だからですよ」
「ホッとするの?」
「ホッとします。君の隣に居ると、息の詰まりそうな毎日でも、ちゃんと息が出来る気がするんです」

 並んで歩き出しながら、レオンハルトは美月に語りかける。こんな風に饒舌な彼を、最近はあまり見ることが無かったから、少し新鮮だ。

「美月は自由だから。君は僕を色眼鏡で見ないでしょう? ……僕はね。ずっと、公爵家の跡取りとして教育されて来たんです。寄宿学校も飛び級で卒業したので、社会に出るのは早かったんですよ」
「天才って言われてますもんね……」
「ええ、まぁ……嬉しくはありませんけれど。それと、アルは寄宿学校の時からの友人なんです」
「へぇ……でも、アルフレッド王太子の方が年上ですよね? レオンは後輩にあたるんですか?」
「いいえ? 僕が幾つか飛び級しているので、彼とは同輩になります」
「ええっ?! もしかしてアルフレッド王太子殿下って、私と同い年くらいだったりするの?!」
「……まぁ、そうですね」
「飛び級って、すごいな。本当に天才なんだね」
「あまり嬉しくは無いですが、学ぶのは嫌いではありませんね。でも、社会に出るのが早かった分、大人の嫌な部分を人よりも早く多く見て来てしまいました……」
 レオンハルトは唇を濡らして、再び口を開く。
「ルーデンボルグに恨みを抱く者、邪な思いを抱えて近付いて来る者、政治の根幹に関われば関わる程、思想の違いなんかも出て来ます。そうするとね、人の悪意ばかりに巻かれている気持ちになるんですよ」
「……悪意……」
「ええ。だから、美しいものを見たくなります。美しい景色とか、美しい絵だとか、美しい人だとか……」
「?」
「ふふ……鈍いですね。君のことなのに」
「ま、またそんなこと言ってくる……」
「君は真っ直ぐです。すごく純粋で。絵を描いている時の美月の瞳は、対象物以外目に入らないでしょう? その悪意の無い純粋で素直な反応が、僕には心地いいんです」
「……素直? 何にも考えて無いけど」
「それでいいんですよ。君は飾らなくていい。そのままの君が、僕の隣に居てくれたらそれだけでいいんです……っと、着きました」

 レオンハルトと二人で並んで歩くうちに、邸の奥にある屋外プールのような温泉に着いた。石造りの階段から、中に入れるようだ。

「すごい! 露天風呂みたい!」

「あちらに着替えを用意させます。ゆっくり疲れをとって下さい」

 美月が目を輝かせていると、レオンハルトが優しく笑った。







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