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9.描けなくなりました。(色んな意味で)
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「……またまたー、ご冗談を。私は駆け出しの画家です。どこかの令嬢ではありませんし、ダンスも踊れませんから」
美月は暫く驚いて固まっていたが、きっとまた悪い冗談だと思い、笑ってそう答えた。
「……そうか」
少し寂しそうに呟いたレオンハルトに、美月は首を傾げる。
「どうして私にそのような話を? レオンハルト様ならお相手にはお困りにならないでしょう?」
「君となら、参加してみても良いと思った」
普通の舞踏会や晩餐会とは違い、夜会とは言っても王宮の舞踏会となれば規模が大きい。貴族の令嬢として育った訳でも無い美月が、マナーさえ知らぬまま舞踏会に参加など出来ようはずも無い。
「レオンハルト様は、夜会の類いが苦手だと聞き及びましたが、今回は参加されるのですね……」
「……王宮主催のものは、逃げようが無いんですよ。国王陛下がお出ましになるのに、僕が欠席するのはおかしいでしょう?」
「あ、そっか。貴族って大変なんだ……」
美月には舞踏会と言うものが、どんなものなのか想像がつかない。正直、現代日本の……しかも、ただの大学生でしか無い自分には、煌びやかな社交界と言うものがどんなものなのかピンと来ない。
あちらの世界ではお伽話や物語に出て来るようなもの……ぐらいの認識しか無いが、実際にこの国では今尚存在しているし、それが貴族達の重要な交流の場であるのも確かだ。
次期宰相候補と言うからには、恐らくそれなりに職務上の貴族同士の付き合いも沢山あるし、出席したらしたできっと大変なのだろう。
「そうなると、やはり私では力不足ですから」
美月はレオンハルトに困ったように笑みを浮かべ、丁重に断りを入れた。
「……前から思っていたが、君は……どうしてそんなに自己評価が低い? 君は『客人』ですよ? この世界のダンスもすぐには踊れなくて当然だし、身分も君には関係無い。僕は、ただ君と一緒になら楽しい時間を過ごせると思って誘ったのに」
「……レオンハルト様にはもっとその身分に相応しい方がおられますよ。私は、貴方に仕事を頼まれているただのひよっこ画家です。貴方の隣りに立つのなら、年も見た目も相応の方で無くては」
深く考えずに、口から滑り落ちた言葉だった。
年下の男性に対して、身分はまだしも自分の努力ではどうにもならない「年齢」を引き合いに出して、自分の価値観を押し付けて拒絶すること。
――それが、いかに相手の心を抉るのか、恋愛経験の少ない美月には、想像することが出来なかった。
「そう……君まで、そんな風に言うのか」
微かに震える拳を握りしめ、レオンハルトは美月に笑いかけた。
「……え」
酷く傷付いた笑顔だった。
笑っているようで、その瞳はどこか哀しげで。見ているだけで胸が痛くなるような、悲しい顔で笑うレオンハルトを見て、初めて自分の言葉の不用意さと、考え足らずな自分を呪った。
胸の奥の温度が、一気に下がる。
今まで過ごした日々が頭を過ぎり、美月は言葉を失った。
「君の気持ちは……よくわかりました」
「あ」
「……もう返事は充分、ですよ……」
美月に笑いかけるレオンハルトの瞳とは、視線が絡むことはなかった。そのまま、彼は踵を返し、部屋の入り口へと向かう。
(どうしよう。何を言えばいいの……)
美月は彼を引き止めたくて、口を開こうとするが、上手く言葉が見つからない。
(行ってしまう……)
どくどく、と自分の心臓が嫌な音を立てている。焦りにも似た気持ちを抱えても、今更自分の口から滑り落ちた言葉を取り戻せる訳もない。
焦る気持ちに思考が余計に纏まらない。
「……深夜に、失礼しました」
パタン、と部屋の扉が閉まり、レオンハルトの背中が夜の闇の中に消えて行く。
美月は、その後ろ姿を呆然として見つめた。
傷つけた。
彼を酷く傷つけてしまった。
見えない言葉の刃を突き立てた。
彼の心を傷つけたのは自分の発した考え無しの、不用意な言葉。
ぽたり、と涙が溢れた。
(私の絵を、私のことを、好意的に見てくれていた人)
ずっと絵を描くことが好きで、恋愛なんてめんどくさいだけだと思っていた。地味で見た目もそんなに女らしく無い自分に、あれだけ分かりやすく、ストレートに寄せられる男性からの好意を、美月は受け取ったことが無い。
片想いの、美月が遠くから見つめるだけの一方的な恋ならしたことくらいはある。しかし、人から愛される恋をしたことが無かった。
だから、彼がこの部屋を立ち去る時、自分がどうしたら良いのか分からなかった。
「……どうしよ……」
拭いても拭いても、ただ溢れる涙を拭いながら、描きかけのレオンハルトの肖像画を見る。
絵の中のレオンハルトは、いつも美月に穏やかに笑いかけた頃の優しい瞳で美月を見ている。
この世界に来てから、自分は知らない感情にずっと悩まされている。
(なんだか、すごく……胸が痛い……)
もうすぐ夜明けだ。
描きかけのレオンハルトの肖像画の前で、美月は泣き続けた。
――そして、その翌日から、美月は忽然とその姿を消した。
美月は暫く驚いて固まっていたが、きっとまた悪い冗談だと思い、笑ってそう答えた。
「……そうか」
少し寂しそうに呟いたレオンハルトに、美月は首を傾げる。
「どうして私にそのような話を? レオンハルト様ならお相手にはお困りにならないでしょう?」
「君となら、参加してみても良いと思った」
普通の舞踏会や晩餐会とは違い、夜会とは言っても王宮の舞踏会となれば規模が大きい。貴族の令嬢として育った訳でも無い美月が、マナーさえ知らぬまま舞踏会に参加など出来ようはずも無い。
「レオンハルト様は、夜会の類いが苦手だと聞き及びましたが、今回は参加されるのですね……」
「……王宮主催のものは、逃げようが無いんですよ。国王陛下がお出ましになるのに、僕が欠席するのはおかしいでしょう?」
「あ、そっか。貴族って大変なんだ……」
美月には舞踏会と言うものが、どんなものなのか想像がつかない。正直、現代日本の……しかも、ただの大学生でしか無い自分には、煌びやかな社交界と言うものがどんなものなのかピンと来ない。
あちらの世界ではお伽話や物語に出て来るようなもの……ぐらいの認識しか無いが、実際にこの国では今尚存在しているし、それが貴族達の重要な交流の場であるのも確かだ。
次期宰相候補と言うからには、恐らくそれなりに職務上の貴族同士の付き合いも沢山あるし、出席したらしたできっと大変なのだろう。
「そうなると、やはり私では力不足ですから」
美月はレオンハルトに困ったように笑みを浮かべ、丁重に断りを入れた。
「……前から思っていたが、君は……どうしてそんなに自己評価が低い? 君は『客人』ですよ? この世界のダンスもすぐには踊れなくて当然だし、身分も君には関係無い。僕は、ただ君と一緒になら楽しい時間を過ごせると思って誘ったのに」
「……レオンハルト様にはもっとその身分に相応しい方がおられますよ。私は、貴方に仕事を頼まれているただのひよっこ画家です。貴方の隣りに立つのなら、年も見た目も相応の方で無くては」
深く考えずに、口から滑り落ちた言葉だった。
年下の男性に対して、身分はまだしも自分の努力ではどうにもならない「年齢」を引き合いに出して、自分の価値観を押し付けて拒絶すること。
――それが、いかに相手の心を抉るのか、恋愛経験の少ない美月には、想像することが出来なかった。
「そう……君まで、そんな風に言うのか」
微かに震える拳を握りしめ、レオンハルトは美月に笑いかけた。
「……え」
酷く傷付いた笑顔だった。
笑っているようで、その瞳はどこか哀しげで。見ているだけで胸が痛くなるような、悲しい顔で笑うレオンハルトを見て、初めて自分の言葉の不用意さと、考え足らずな自分を呪った。
胸の奥の温度が、一気に下がる。
今まで過ごした日々が頭を過ぎり、美月は言葉を失った。
「君の気持ちは……よくわかりました」
「あ」
「……もう返事は充分、ですよ……」
美月に笑いかけるレオンハルトの瞳とは、視線が絡むことはなかった。そのまま、彼は踵を返し、部屋の入り口へと向かう。
(どうしよう。何を言えばいいの……)
美月は彼を引き止めたくて、口を開こうとするが、上手く言葉が見つからない。
(行ってしまう……)
どくどく、と自分の心臓が嫌な音を立てている。焦りにも似た気持ちを抱えても、今更自分の口から滑り落ちた言葉を取り戻せる訳もない。
焦る気持ちに思考が余計に纏まらない。
「……深夜に、失礼しました」
パタン、と部屋の扉が閉まり、レオンハルトの背中が夜の闇の中に消えて行く。
美月は、その後ろ姿を呆然として見つめた。
傷つけた。
彼を酷く傷つけてしまった。
見えない言葉の刃を突き立てた。
彼の心を傷つけたのは自分の発した考え無しの、不用意な言葉。
ぽたり、と涙が溢れた。
(私の絵を、私のことを、好意的に見てくれていた人)
ずっと絵を描くことが好きで、恋愛なんてめんどくさいだけだと思っていた。地味で見た目もそんなに女らしく無い自分に、あれだけ分かりやすく、ストレートに寄せられる男性からの好意を、美月は受け取ったことが無い。
片想いの、美月が遠くから見つめるだけの一方的な恋ならしたことくらいはある。しかし、人から愛される恋をしたことが無かった。
だから、彼がこの部屋を立ち去る時、自分がどうしたら良いのか分からなかった。
「……どうしよ……」
拭いても拭いても、ただ溢れる涙を拭いながら、描きかけのレオンハルトの肖像画を見る。
絵の中のレオンハルトは、いつも美月に穏やかに笑いかけた頃の優しい瞳で美月を見ている。
この世界に来てから、自分は知らない感情にずっと悩まされている。
(なんだか、すごく……胸が痛い……)
もうすぐ夜明けだ。
描きかけのレオンハルトの肖像画の前で、美月は泣き続けた。
――そして、その翌日から、美月は忽然とその姿を消した。
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