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18.コーウェンの過去 (1)
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コーウェン=ノイン・シェア・ナディールは、ティバリー王国の国境の町で生まれた。
父親は魔術師長アルクゥエイド、母親は隣国タイラントのとある裕福な商人の娘エヴァ。
魔術師長である父親のアルクゥエイドは、息子である生まれたばかりのコーウェンにも目もくれず、日々魔術の研究に明け暮れていた。
母親であるエヴァは、アルクゥエイドのそんな様子に時折寂しそうにしていたが、コーウェンの後にもう一人男の子を産み、父親からの愛情が不足している分も自分の愛情をと、二人の息子達をそれは大切に育てた。
父アルクゥエイドの研究は、当時ティバリーに於いて最重要のプロジェクトだった。
その研究とは――『不死たる魔術師』を作ること。
それは、人の世の禁忌。
永遠の生命を持つ魔術師は、老いることも無く、永遠に魔術師として君臨し続ける。
魔術師は、魔力を源として魔術を操る。
魔力と言うものは、人の一生のある一定の時期をピークに少しずつ力が弱まり、肉体の老いと共に緩やかに衰退の道を歩む。青年期に最も力を発揮し、やがて、年齢を重ねていく度に力が弱くなって行くのだ。
お伽話に出てくるような老魔術師は、それ故に少ない。
アルクゥエイドの魔術師としての力はピークを過ぎ、徐々に弱まりつつある中、その研究は完成した。
――それは、コーウェンが十四の年を数えた頃の話である。
四つ年下の弟、シュウは兄よりも身体が弱く、肺の病に冒されていた。
母エヴァは身体の弱いシュウに付きっ切りとなり、元々魔術師としての才能を垣間見せつつあったコーウェンは、本格的に魔術師となるべく、そして、母に心配を掛けたくないと思い、魔術師見習いとして魔術研究院と言う魔術師を養成する学校に通い始めた。
コーウェンと同い年か少し上くらいの年の近い少年達が共同生活している寮には、いち早く溶け込み、元来の快活さで次第に友人も増えて行った。
「コーウェン!! コーウェンは居るか?!」
「――舞い降りて、来たりし……んあ?!」
ある日、日課である魔術の呪に魔力を込める為、魔方陣を描きつつ何やらぶつぶつと唱えていたコーウェンは、その声にうっかりと頭を上げてしまった。
ゴォゥ……ッ!
「うあっ……ヤベッ?!」
その瞬間――緑色の炎が大きくなり、ぶわり、と爆ぜた。
「う、わぁぁぁっ……?」
――しん、と静まり返った房でケホケホと咳込む声が聞こえる。
「ケホッ、ケホッ……っぶねぇ!! ば、馬鹿やろっ……攻撃系魔方陣に魔力を注いでる奴に……ッケホケホッ……声、かける奴が……っケホッ、いるかっ!!」
「ッ、ウぇ、ゲホゲホッ……そんなこと言われても知らないよ! ゲホッ……こっちが知るわけねぇだろ!?」
白煙と黒煙の立ち込める小さな部屋から、二人の少年が咳き込み言い争いこながら現れる。
魔術師の扱う呪は幾つもあるが、攻撃系の魔方陣はかなりの集中力が必要だ。気が逸れてしまうと、今のように暴発する。
特に、魔力の強いコーウェンのような少年は、成長するに従って増大していく力の御し方が分からなくなり、苦労することになる。
二人の少年のうち、一人はコーウェン。
もう一人は、コーウェンの住む寮の同室の少年だ。名前をマクスウェル・ハーランドと言う。
「っ、たく……マクスウェル、何の用だよ……」
そう言った赤茶の髪の少年がコーウェンだ。
もう一人の少年は、コーウェンよりも少し背が低く、明るい金色の髪に翡翠色の瞳をしている。
「魔術師長様がついにやったんだよ!!」
「あ?」
アルクゥエイドがついに成し遂げた。コーウェンはそれを聞いて暫く何やら考え込んでいたが、マクスウェルは無邪気に喜んでいる。
「コーウェン! すごいことだよ! アルクゥエイド様って、本当にすごい!!」
煙の靄が晴れて来た房の中で、コーウェンはそれでも無言のまま、その場にただ突っ立っている。
「? どうしたの?」
「……いや?」
訝しげにマクスウェルがこちらを見ているのが分かる。
「……なぁ、マクスウェル。うちの親父は『代償に何を使う』のかって話をしていたか?」
「えっ……」
魔術師である彼らは、魔力を使って呪を展開する。
その場合の代償は彼らの持つ元々の魔力だが、アルクゥエイドはもう五十を過ぎている。
年齢から言ってピークを過ぎつつある魔術師だ。
魔術師達は魔力が不足した場合や、複雑なもの或いは、呪の発動に求められる代償が不足している場合には媒介を使う。
(人の身体を不老のまま不死にすることは、人智を超えた複雑な魔術だ。親父はそれを本当に成し遂げたのか?)
古来から沢山の国々に、不死を求める人の話が伝わっている。
人間が求めてやまぬ、求めても手が届かない、その神域に彼は本当に辿り着いたのだろうか?
「…………」
通常、魔術師の代償は魔術師自身の魔力だが、それを補う為に一般的に使われるのは魔力の込められた魔石であったり、魔方陣によ契約で他人から魔力を借りることなどがある。
――しかし、不老不死の魔術がそんな程度の代償で事足りるだろうか?
魔術師の見習いとなった今なら、全ては理解出来なくとも何となく原理はわかるようになった。
(……他に考えられる大きな代償は……?)
人の生を無限に引き延ばす。
人間一人の生命では足らないはずだ。
「マクスウェル、お前どこから情報を得たんだ?」
普段から連むことが多い難しい顔をして黙り込んだことに違和感を覚え、マクスウェルは無邪気に笑っていた表情を消した。
「魔力研究特科のやつが噂してたんだ」
魔力研究特科と言うのは、魔術研究院における謂わゆるエリート達を集めたクラスだ。
基礎となる魔術を全て学んだ後に、選抜試験を受けて優秀な者達が文字通り魔力についての研究をする為に進む。
「コーウェン、アルクゥエイド様は我々の未来を憂いておられるんだよ。不老不死の研究がうまくいけば、優秀で経験豊富な魔術師達が増えて、魔術の研究がもっと進むんだぞ」
何を憂うことがあるのかと、マクスウェルは主張する。
(魔術の研究がもっと進む……本当にそれだけだろうか?)
コーウェンは腑に落ちない表情のままだ。
マクスウェルはそんな彼を、ただ見つめることしか出来ない。
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