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12.困惑
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「……どうしよう……」
私だって、父上を信じていない訳じゃ無い。
先日の舞踏会の際に、断ってくれたと思っていたのに……
(……いや、違う。そうじゃない)
父上が悪い訳じゃないんだ。
アイリスの心の中で複雑な思いが渦巻く。
公爵令嬢として育てられたからには、政略結婚だって覚悟はしていた。私が公爵家では無くて、例えば伯爵家に生まれていたのなら、恐らく格上の辺境伯であるクラウス様との縁談は、直ぐ様その場で決まっていただろう。王家の血に連なるエーディス公爵家だからこそ、辺境伯であるクラウス様に“待った”をかけられているだけで。
これが家の為、家名の為、切羽詰まった状況であったなら、アイリスとて直ぐに受けざるを得なかった。
公爵家としてみれば、行き遅れの娘を嫁に望んで貰ってくれるなんて、願ってもない話だ。しかも、相手は辺境伯。身分としても申し分無い。
だから、クラウス様からのこの縁談のお申し出自体はは、決して悪い話では無かったはず。
恐らく、当主である父上にとっても――
(頭ではわかってるけど、私、クラウス様が本当に嫌だわ……あの人と結婚なんて……)
今朝、クラウスに会った際、私は自分がドレスでは無く、男物の服を着ていたことを、初めて恥ずかしいなどと思ってしまった。
これまで自分がしてきたことを恥ずかしいと思ったことは無かったし、これからも恥ずべきものは無いと思っている。
それなのに、恥じてしまった。
(……私は、自分に出来ることをしたいと思っていただけ。何も恥じいる必要なんて無かったのに……)
領地管理の手伝いだって、自ら興味があったのもあるし、なにぶん公爵家に生まれた自分では出来ることも限られているけど、何よりも領民と触れ合うことが楽しかった。
邸の中にも人は居るけれど、命じられたことをやりとげる。主人に忠誠心を持つ……などなど、マナーや秩序を重んじる職務が多いせいか、時折、どこか機械的な匂いが混じる。それに対して、領民達は生きることに日々一生懸命で、生き生きとしている見える。
決して、邸の人間が人間味が無いと言う訳では無いけれど、邸の中の人間よりも外の人間の方が、そして、私が領主である父上の娘であるからこそ、立場に縛られることなく自由な部分が多いから、そう見えるのかもしれない。
作業をしやすいように、男物の服を身に纏ったからと言って、私に何の落ち度があるのだろう?
何が悪いの?
良識って何?
誰のためにある良識なの?
何より、クラウス様の目が私を小馬鹿にしたように見たのが、歯痒い。
それが何故かと問われたら「私」を否定されたような気がしたから……と、答える。
(公爵令嬢が男性の服を着て仕事をしたらいけない?)
父上ならば約束してくれたように、きっとこの縁談から私を守ってくれようとすると思う。
父上とて、この結婚を望まないなら受けなくて良い……と、言うスタンスだったし。
私は今回の縁談を取り止めることは出来るかもしれない。
――だけど、それは、いつまで?
(でも、ずっと結婚しないわけにも……いかないわよね)
父上だって、母上だって……人間だから、いつかは私よりも先にいなくなるんだろう。
今のところ、私に縁談はクラウス様からのものと、まだ見ぬ父上が預かっている見合い話の相手くらい。
(縁談を断ったら、私は、一生を一人で生きて行けるの?)
「…………」
冷静になって考えてみよう。
公爵家の邸はいずれレナードが継ぐ。
そうなれば、邸にはきっとレナードの奥さんが一緒に住む。
私はどこか、他の邸にでも移って、出来ればだけど、ひっそりと必要最低限の使用人に世話をしてもらいながら、寂しく余生を過ごす……なんてことになるのだろうか?
それが駄目なら、いっそのこと出家してしまって、神に仕える……
「嫌だ……そんなの、嫌……」
しわしわに歳を重ねておばぁちゃんになった私が、がらんとしたお邸で、一人で佇む姿を思い浮かべる。それから、出家して修道院で神に祈りを捧げながら、質素に暮らしている自分を想像してみた。
アイリスは溜め息を吐く。
「……私……私は……どうすれば良いんだろう?」
私には相談相手が思いつかなかった。
(縁談があることを、知られたら噂が立つ。だから、外部の……特に他家の令嬢達には知られたく無いし、邸の人間に話したら話したで父上にまで筒抜けになりそうだし、この話を母上にはしたくない……)
「…………そうすると……」
そうして、思い詰めた私がふと思い浮かべたのは――
(……どうしよう……会いたい、かも……)
幼い頃から知っている相手。
しがらみが無いから、話をしやすい。
赤茶の髪、薄い褐色の肌、琥珀色の瞳の男。
(どこに行けば、会えるんだろう?)
もう一度町に行かなくちゃ。
誰にも知られずに、彼を探すには……どうすればいい?
「あ!」
私は思い立つと身体すぐに動いてしまう。
だから、その存在を思い出すやいなや、早速の勢いで母上の元へ行き、今朝の査察の件と世間話の合間にさり気なく幼い頃使って遊んだことのあるあの不思議な外套のことを尋ねた。
……そうしたら、結局、てっきり邸の中にあると思っていたのに、何とその外套も母上の義母とも言える『銀色に輝く双龍の泪亭』に置いてあると言う。
午後からは、外国語の授業が予定されていたが今日はキャンセルし、父上に気付かれる前に急いで邸を出るために、男物の服を着たまま馬に跨ると、私は再び家を飛び出していた。
ロイスが慌てて追って来るのが見える。
……ロイスは、うん。仕方ない。私を見張っていないと、父上に大目玉を食らうもんね。
(……でも、あの外套があれば……)
午後の日差しは和らぎ、幾分か黄昏の色が強くなって来ている。
アイリスは馬を走らせながら、纏まらない頭で必死に考えを巡らせていた。
私だって、父上を信じていない訳じゃ無い。
先日の舞踏会の際に、断ってくれたと思っていたのに……
(……いや、違う。そうじゃない)
父上が悪い訳じゃないんだ。
アイリスの心の中で複雑な思いが渦巻く。
公爵令嬢として育てられたからには、政略結婚だって覚悟はしていた。私が公爵家では無くて、例えば伯爵家に生まれていたのなら、恐らく格上の辺境伯であるクラウス様との縁談は、直ぐ様その場で決まっていただろう。王家の血に連なるエーディス公爵家だからこそ、辺境伯であるクラウス様に“待った”をかけられているだけで。
これが家の為、家名の為、切羽詰まった状況であったなら、アイリスとて直ぐに受けざるを得なかった。
公爵家としてみれば、行き遅れの娘を嫁に望んで貰ってくれるなんて、願ってもない話だ。しかも、相手は辺境伯。身分としても申し分無い。
だから、クラウス様からのこの縁談のお申し出自体はは、決して悪い話では無かったはず。
恐らく、当主である父上にとっても――
(頭ではわかってるけど、私、クラウス様が本当に嫌だわ……あの人と結婚なんて……)
今朝、クラウスに会った際、私は自分がドレスでは無く、男物の服を着ていたことを、初めて恥ずかしいなどと思ってしまった。
これまで自分がしてきたことを恥ずかしいと思ったことは無かったし、これからも恥ずべきものは無いと思っている。
それなのに、恥じてしまった。
(……私は、自分に出来ることをしたいと思っていただけ。何も恥じいる必要なんて無かったのに……)
領地管理の手伝いだって、自ら興味があったのもあるし、なにぶん公爵家に生まれた自分では出来ることも限られているけど、何よりも領民と触れ合うことが楽しかった。
邸の中にも人は居るけれど、命じられたことをやりとげる。主人に忠誠心を持つ……などなど、マナーや秩序を重んじる職務が多いせいか、時折、どこか機械的な匂いが混じる。それに対して、領民達は生きることに日々一生懸命で、生き生きとしている見える。
決して、邸の人間が人間味が無いと言う訳では無いけれど、邸の中の人間よりも外の人間の方が、そして、私が領主である父上の娘であるからこそ、立場に縛られることなく自由な部分が多いから、そう見えるのかもしれない。
作業をしやすいように、男物の服を身に纏ったからと言って、私に何の落ち度があるのだろう?
何が悪いの?
良識って何?
誰のためにある良識なの?
何より、クラウス様の目が私を小馬鹿にしたように見たのが、歯痒い。
それが何故かと問われたら「私」を否定されたような気がしたから……と、答える。
(公爵令嬢が男性の服を着て仕事をしたらいけない?)
父上ならば約束してくれたように、きっとこの縁談から私を守ってくれようとすると思う。
父上とて、この結婚を望まないなら受けなくて良い……と、言うスタンスだったし。
私は今回の縁談を取り止めることは出来るかもしれない。
――だけど、それは、いつまで?
(でも、ずっと結婚しないわけにも……いかないわよね)
父上だって、母上だって……人間だから、いつかは私よりも先にいなくなるんだろう。
今のところ、私に縁談はクラウス様からのものと、まだ見ぬ父上が預かっている見合い話の相手くらい。
(縁談を断ったら、私は、一生を一人で生きて行けるの?)
「…………」
冷静になって考えてみよう。
公爵家の邸はいずれレナードが継ぐ。
そうなれば、邸にはきっとレナードの奥さんが一緒に住む。
私はどこか、他の邸にでも移って、出来ればだけど、ひっそりと必要最低限の使用人に世話をしてもらいながら、寂しく余生を過ごす……なんてことになるのだろうか?
それが駄目なら、いっそのこと出家してしまって、神に仕える……
「嫌だ……そんなの、嫌……」
しわしわに歳を重ねておばぁちゃんになった私が、がらんとしたお邸で、一人で佇む姿を思い浮かべる。それから、出家して修道院で神に祈りを捧げながら、質素に暮らしている自分を想像してみた。
アイリスは溜め息を吐く。
「……私……私は……どうすれば良いんだろう?」
私には相談相手が思いつかなかった。
(縁談があることを、知られたら噂が立つ。だから、外部の……特に他家の令嬢達には知られたく無いし、邸の人間に話したら話したで父上にまで筒抜けになりそうだし、この話を母上にはしたくない……)
「…………そうすると……」
そうして、思い詰めた私がふと思い浮かべたのは――
(……どうしよう……会いたい、かも……)
幼い頃から知っている相手。
しがらみが無いから、話をしやすい。
赤茶の髪、薄い褐色の肌、琥珀色の瞳の男。
(どこに行けば、会えるんだろう?)
もう一度町に行かなくちゃ。
誰にも知られずに、彼を探すには……どうすればいい?
「あ!」
私は思い立つと身体すぐに動いてしまう。
だから、その存在を思い出すやいなや、早速の勢いで母上の元へ行き、今朝の査察の件と世間話の合間にさり気なく幼い頃使って遊んだことのあるあの不思議な外套のことを尋ねた。
……そうしたら、結局、てっきり邸の中にあると思っていたのに、何とその外套も母上の義母とも言える『銀色に輝く双龍の泪亭』に置いてあると言う。
午後からは、外国語の授業が予定されていたが今日はキャンセルし、父上に気付かれる前に急いで邸を出るために、男物の服を着たまま馬に跨ると、私は再び家を飛び出していた。
ロイスが慌てて追って来るのが見える。
……ロイスは、うん。仕方ない。私を見張っていないと、父上に大目玉を食らうもんね。
(……でも、あの外套があれば……)
午後の日差しは和らぎ、幾分か黄昏の色が強くなって来ている。
アイリスは馬を走らせながら、纏まらない頭で必死に考えを巡らせていた。
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