溺愛令嬢は死ねない魔術師に恋をする。

柚木音哉

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3.出会い

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 振り向いた先に居たのは、二人の男達。

(……えーと、誰……だったかしら?)

 私は仮にも公爵家の令嬢だ。

 例え私が乗り気で無くとも、このような社交の場に出る機会は多い。
 前にも少し触れたが、アルディア王国はこの大陸の国々の中では進んだ考え方をしており、まだまだ事例は少ないが、女性が働くということに一定の理解がある。
 女性ながらに家督を継いだり、女性の実業家や文化人も徐々に増えて来ている。それに伴って大事になって来るのは人付き合いや、コネ。弟が継ぐので私自身は家督を継ぐ予定は無いが、そういった女性の社会進出の背景もあって、社交の場と言うのは男女共に、より重要なものとなっている。
 だから……と、言う訳では無いのだけれど、私も挨拶された時に相手が誰だかわからないと困るし、相手に失礼があってはならないと思っているので、ある程度の身分の貴族達は一度出会ったら顔を覚え、忘れ無いようにしている。
 それに加え、普段から仲良くしている他家の令嬢達に誘われ、サロンに出入りすることもあるから、それなりに名のある貴族の子息だとか文化人……ならば、知らないと言うことは無いと思うのだが――

(……二人とも、見覚えが無いのよねぇ……)

 ――と、言うことは?

 一、私がこの人達の顔を忘れている。
 二、身分があるものでは無い。(もしくは、不審者?)
 三、他国の人間である。

 さぁ、一、二、三、どれでしょう?

 そっと扇子を口元に当てたまま、二人の男達の顔を観察するが、やはり何度記憶をたどってみても、見覚えは無い。

 もう一度言うが、私は一度会ったことのある人間ならば、忘れ無い。

 覚えようと努力しているし、公爵家の令嬢として生まれたからには、それくらいは出来なければ社交界では生きていけないと思っている。……と、カッコいいことを言ってはみたが、単に負けず嫌いな性格のせいで人前で恥をかかされ無いように、完璧でありたいと必死で覚え込んでいるだけだ。
 私がヘマをしたら、バカにされるのは両親。ふたりとも、私が何かやらかしたところで笑って済ませてくれそうな気はするけれど、それじゃあ嫌なの。
 私はこう見えても長女だし、エーディス公爵令嬢として父母や弟を含めて、一族に恥をかかせたく無いし。
 しかし……

(おかしいわね……)

 その私の頭の中に入っている貴族の台帳の中には、何度思い返してみても、やはり彼らの存在は無いのだ。

(……私のことを知っている素ぶりだったけど?)
 それがわからない。
 相手が覚えていて、私だけ忘れている?
(そんなはず、無いのだけれど……)

 扇子で表情を僅かにでも隠せてよかった。
 彼らの顔を見ても何一つ思い出せなくて、今の私は……少々焦った表情を浮かべているかもしれないから。

「どうされましたかな? 黙ってしまって……」

 しかし、困った。
 彼らは誰だろう?
(見たところ、二人共まだ若いし、家督を継いでいない……どなたかのご子息?)

 二人のうち、一人は黒髪青い瞳で背が高い。もう一人は栗色の髪に緑の瞳。二人とも、ジリジリと少しずつ私の方に近づいて来ている気がするのだけど、何故?!

「酷いなぁ……公爵家の令嬢ともあろう方が、僕達を覚えていないなんて」

 さも、嘆かわしいと言わんばかりに声を張り上げるのは、恐らく、周囲にさり気なく私が不義理をしたような印象を持たせようとしているから……なのだろうか。

(だとしたら、何か私に恨みがあるのかしら?)

 でも、私は彼らのことを覚えていないし、恨みを買うようなことを誰かにした覚えも無いのだけれど。

「申し訳ありませんけれど、いずれかでお会いしましたかしら? 私としたことが、記憶に無いのですけれど……」

 口元を隠しながら笑みを浮かべ、楚々とした令嬢を演じながら尋ねると、彼らは薄ら笑いを浮かべた。
(何か……変だわ)

「またまた……そのような。先日お会いしたではありませんか」
「そうですよ。アイリス嬢……」

 妙に馴れ馴れしい二人の男。
 舞踏会の最中とは言え、今、アイリスが居るのは会場の端。照明も豪華で昼間のように明るい中央付近と比べれば随分薄暗いし、忙しそうな給仕の人間を除けば、招待客も疎らだ。
 さっと視線だけで周囲を確認するが、周りに助け舟を出してくれそうな知り合いも居ない。
(これって、結構まずくない?)

「おやおや、アイリス嬢は少し場の雰囲気にお疲れのようだ」
「そうだね。クレメント。僕達が静かな場所にお連れしてあげようか」

「!」

 再び、男達がアイリスとの間を詰めて来る。
 キョロキョロと近づいて来る男達から逃れようと、あちらこちらに目だけを走らせていると、足元が疎かになる。
 あっ、と思った時には遅かった。

 靴の踵が滑り、身体がよろける。
 ひやりと背中に冷や汗が浮く――もう、すぐそこは壁だ。次第に壁側に追い詰められていたことには気づいていたが、もう後が無い。
 どうする? 叫んで助けを呼ぶ?
 

「そこのお嬢さんは俺の連れだが……男二人で女一人を追い詰めて……何か用かな?」



 













(……誰?)

 焦る気持ちをどうにか落ち着かせ、助けを呼ぶ心の準備をしていた私は、ふいに聞こえて来た第三者の声に思わず声をあげた。

「……あっ!!」

 赤茶の長い髪に薄い褐色の肌。琥珀の色の瞳を持つ、長身の美丈夫が立っている。

 場にそぐわない旅装束が、彼の長旅を物語っていた。

「……こ、コーウェン?!」

「よお、アイリス。久しぶりだな」

 『久しぶり』と話す、コーウェンの顔を見た途端、アイリスは驚いたまま凍り付いたように動けなくなった。


 コーウェン=ノイン ・シェア・ナディール。
 幼いアイリスが憧れてやまなかった初恋の相手。彼はアイリスが六つの頃、姿を消した。

 当時、彼は確かに大人で、アイリスは子供だった。けれど、今、間違いなくアイリスの前に居るのは――

「……な、んで?」

 六歳のアイリスが憧れていた青年が、十四年の時を経た現在――まるで時が止まったかのように、十四年前の青年の姿そのままで彼女の前に立っていたのだ。
 






 
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