溺愛令嬢は死ねない魔術師に恋をする。

柚木音哉

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2.父上

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 エーディス公爵ユーリ・アレイナスは私の父である。
 年を重ねても精悍な面差しと、その整った容貌は、母上と並ぶと我が両親ながら壮観だ。ただし、父上は剣の腕が卓越していて、しかも、魔術師並みの魔術が使えると言う万能っぷり。そのせいか、普段からどことなく凄みがある。
 私は顔立ちだけは母上の容貌を受け継いでいるようだけれど、母上の美しい白銀の髪では無く、父上の白金髪を纏って生まれた。
 父上は、母上を溺愛しているので、自ずと母上とよく似た顔をしている私には甘い所があった。

(またどこからか見ていたのかしら?)

 父上は昔から感が鋭い。いつだって、危険があれば駆けつけてくれる……そんな安心感があった。
 今がその危険だとは思いたく無いのだけれど。

「これは、これは……エーディス公爵。ご無沙汰しております」

「やぁ。クラウス殿、貴方も元気そうだ。ところで……我が娘が、何か貴殿と話し込んでいる様子が見えてね。失礼を働いていないか気になったのでお邪魔した。話の途中ですまないね」

 クラウス様が父上に挨拶をし、馴れ馴れしく右手を差し出すのを、なんと我が父は華麗に躱して私に向き直る。
 わお。父上、かっこいい! けど……そんなことしてマナー的なものは大丈夫なの? と、微かに思ったけれど、私はここを逃げ出したいくらい困っていたのだから、父上の登場は有難い。

「アイリス、エメリアが探している。今、あちらで妃殿下とお話しをされているから、行っておいで」

(……父上、素敵! ありがとう!)
 そう促され、これこそ天の助けとばかりにコクコクと頷くと、クラウス様へ公爵令嬢らしく完璧にご挨拶をして、その場を離れた。
 父上はその場に残り、私は母上の元へ歩を進めつつ、横目でちらりと振り返ると、クラウス様とばっちり目が合ってしまった。

(?!)

 慌てて目を逸らしたが、彼はそのまま私に笑いかけてくる。視線を私に釘付けしたままで彼は、父上とひと言二言……また言葉を交わし、やっとその視線が私から外れた。
(……とりあえず……助かった……)
 私は視線が外れた瞬間、そっと安堵の息を吐いた。
 息苦しく感じていた視線から、やっと解放されたのだ。
 クラウス様は……やはり苦手だ。


 それにしても、私が二十歳なのだ。父上もそれなりに年を重ねてはいるはずだが、それでも尚、整った容貌をしている。
(あのクラウス様と並んでも、見劣りしないとか……父上すごいわ)
 感心してしまうと同時に、少しだけ誇らしく思う。私は娘である為、弟のレナードに比べて剣の稽古やら魔術の稽古(?)やらが無い分、父上と一緒に過ごした時間と言うものは少ないが、別に娘として嫌っている訳では無い。
 寧ろ、仕事も有能で剣の腕も立つと言われる我が父を、誇りに思っている。

 ……まぁ、若かりし頃、随分と女遊びをしていた――などと、不名誉な噂もあるが、母上と出会ってからはパタリとそう言った不誠実なことはやめたのだと聞いているし。母上はと言うと、いつも「父上はそんな人では無いのよ」と、決まって笑いながら答える。

 本当のところはどうなのだろう?
 気になりはするが、父上は昔から秘密主義で、私がよく知らない部分がある。
 そのせいなのか、娘の私としてはそんな昔の噂を聞く度に複雑な気分になるのだ。

 私がクラウス様の軽口と口説き文句に苦手意識を覚える理由は、この父上の昔の噂とイメージが重なる部分があるから。
 私が生まれる前の父上と、父上がドロドロに溺愛する母上とのやりとりなんかを見てるとねぇ……

の父上は、母上命だから浮気なんて絶対に無いと断言出来るのだけど、クラウス様みたいな感じだったのかなぁって、どうしても想像してしまうと言うか……)

 














 それに……先程の言葉の端々にも垣間見えたけれど、クラウス様のあの自信満々な素振りがまた気に入らない。

(何が『……貴女が、レナード殿を伴っていらっしゃるのなら、思い切って私がお誘いしてみれば良かった』だ。そう言った時の、彼の顔と来たら……)

 一見、自分に自信が無いような口振りだったけれど、あの人の目は笑って無かった。まるで自分が私を誘ったなら、断るはずが無いとでも思ってるような表情を浮かべていたのを、私は見逃さなかった。

(あー、思い出したら、段々腹が立ってきた……あの人は、女の子を馬鹿にしてる)

 そんな訳で……クラウス様は、やっぱりちょっと苦手だ。

 女性の地位が随分向上して来たこのアルディア王国であっても、まだまだ男性優位の古い考え方は根強い。アルディアに限ったことでは無いが、根本的に、女性は控え目であるのが美徳だと言う考え方をする風習が昔からある。それを拗らせ、今尚、男尊女卑の極端な考え方を持つ……つまりは、女性を下に見て、軽んじる男もいるのだ。
 クラウス様は口には出さないけれど、そう言った考え方をする部類なのでは無いだろうか?

 彼の、どこか空虚で無感情な瞳を思い出す。

(ちょっとで無く、だいぶ……苦手かも?)

 いずれにせよ。このまま、一人で居ては再び遭遇したら逃げられない。

(っ、もう! レナードったら、どこに行っちゃったのよ……こんな時に!)
 一緒に来たはずの弟は、先程から全く姿が見えない。
 こうなったら、一先ず、父上の言う通り、母上の元へ急がなくては。

 広い広間の端を、重たいフリフリしたドレスの裾を少し持ち上げながら、高さのある靴で優雅に、人目に付かぬよう、なるべく速足で歩く。
 中央付近では、人々のさざめきが聞こえている。

 このドレスは、今回の舞踏会の為に誂えたもの。
 私よりも普段から社交の場に積極的では無い彼女に業を煮やした、公爵家の侍女達が『うちのお嬢様の為に!』と、ああだこうだと仕立て屋が来る度に目を輝かせて張り切った結果が――これだったりする。
 気付いた時には、えらく可愛らしいものが出来ていた。

 薄紅色を基調とした色合いに、質の良い滑らかな布と、小さな宝石、さり気なく施された凝った刺繍やレース、それにリボンをたっぷり使って重ねたこのドレスは、薔薇の花のように優雅だ。

(残念なのは可愛らし過ぎるってことなのよね……)

 もうじき適齢期と言う年齢を過ぎてしまう、少しとうのたってしまった自分には、まるで社交界にデビューしたての若い子が着るような初々しさのあるこのドレスは……少々気恥ずかしく、不似合いな気がして無意識に逃げをうつのか、次第に歩調が早くなって行く。

 元々、アイリスはこういった社交の場が好きでは無い。つまり、必要最低限の場にしか参加しない彼女に、いつも残念な思いをしていたのは、彼女の周囲の侍女達だ。
 久しぶりの舞踏会に張り切ってしまった結果が、このドレスなのだから、彼女達を責めるつもりは毛頭無い。毛頭無いのだが……

(……私ももう二十歳なのよ。十五、六の初々しさは無いのよ……みんな)

 そっと手に持っていた扇子で顔を隠したくなったのは……仕方ないじゃない?

(母上はどこかしら? 王妃様とご一緒なら、取り巻きが沢山居るから目立つはずだけど……)

「おや、これは……もしや、エーディス公爵家のご令嬢ではありませんか?」

 のは、私も同じだった。

 元々、うちの家族の外見は目立つ色が多い。母上の白銀髪も珍しい紫水晶のような瞳の色も、父上の白金髪と王家に多い青灰色の瞳も……
 私は白金髪に紫瞳と言う、父上の髪色と母上の瞳の色の容姿だが、アルディア王家直系の血筋は色が出やすいのか、レナードは父上の色をそのまま引き継いでいる。
(さっさと母上の元に辿り着きたかったのに……)
 引き攣った口元を隠すように、手に持っていた扇子をさり気なく持ち直しながら振り返る。

「あら? どなたでしたかしら?」

 顔立ちもまた、両親に似ているので、良く褒められるが、私はこの自分の容姿を持て余しているところがある。
 つまりは、少々持て余し気味の可愛らしいドレスと、両親に良く似た容姿のせいで、こう言った場所では悪目立ちしてしまうのだ。

 娘とは言え、公爵家は公爵家。
 野心のある者たちは、どこにでもいる。

 私は、うっかりその場に立ち止まってしまったことを後悔した。
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