魔王討伐の勇者は国を追い出され、行く当てもない旅に出る ~最強最悪の呪いで全てを奪われた勇者が、大切なものを見つけて呪いを解くまで~

紗沙

文字の大きさ
上 下
111 / 114
第4章 魔王の影を払う少女

第111話 二人は、お互いを知るために

しおりを挟む
 夜のアルティスの街をレオは歩く。
 宿屋でアリエス達と休憩していた彼は、バランのメイドに呼び出され城へと向かっていた。
 アリエス達は同行しようとしていたが、メイドの発した「エリシア様がレオ様のみをお望みです」との言葉を聞いて、レオ自身が今回だけは同行しないように頼み込んだ。

 あれから時間は経っているものの、エリシアが自分を呼ぶ理由は分からない。
 けれど自分だけを呼ぶという事から、何かあるのは間違いなかった。
 一人にしてと言われたために顔を合わせにくいというのもあるが、彼女が望んでいるならばレオとしてはエリシアと話をしたかった。

 そうしないと彼女は消えてしまいそうな、そんな気がしていたから。

「こちらです。では私は離れていますので」

 城のエリシアの病室まで案内してくれたメイドはそう告げるとレオの横を歩き去ってしまった。
 今回は部屋の前で待機するつもりはないらしく、そのまま角を曲がって姿が見えなくなってしまった。

 その様子を最後まで確認し、振り返ってレオは扉をノックする。
 すると中から「どうぞ」というエリシアの声が聞こえた。
 これまでのような無機質な声ではなく、まっすぐな声だった。

 レオは扉を開き、中へと入る。
 当然ではあるが、ベッドには上体を起こした状態でエリシアが居た。
 しかし先ほどとは違い、彼女はしっかりとレオと目を合わせ、弱くだが光の灯った瞳をしていた。
 それは以前数回しか見ていないにもかかわらず、レオからして好ましいと思える輝きだった。

「レオさん、さっきは……ごめん」

「いや無理もない。大丈夫か?」

「うん」

 エリシアが問題ないことを確認し、レオはバランが座っていた椅子に腰を下ろした。
 必然的に、エリシアとは目が合うような形になる。
 彼女は何かをレオに尋ねようとして、そして言葉を詰まらせた。
 俯き、布団を握り締め、深く息を吐く。それは、何かを決心しているようにレオには見えた。

「聞いて欲しい。エリーのこと。エリーが今まで、何をしてきたのか」

「…………」

 とてもまっすぐな視線で、エリシアはそう告げた。
 けれど視線は外さなくても、瞳は不安に揺れていた。
 何がきっかけでエリシアをそうさせたのかは分からないけれど、レオは深く頷いた。

 一旦視線を外し、エリシアは自身の指先を見つめる。
 そうしてぽつりぽつりと、自身の過去を話し始めた。

「エリーは本当に小さな村で生まれ育ったの。
 お父さんは鍛冶師で、お母さんは優しい人だった。
 お父さんは剣も嗜んでいて、その影響でエリーも剣にのめり込んでいった。
 そこにある二つの刀も、お父さんの作ったものなの」

 壁に立てかけてある二振りの刀に視線を向けて、エリシアはこれまでからは信じられないくらい流暢に昔話を続ける。
 それをレオはただ黙って、けれど真剣に聞いていた。

「ある日、何がきっかけなのかはもう覚えていないけど、エリーの中にアトが入った。
 アトは魔物をひたすら殺せって命令してきて、意味が分からなかったから少しの間だけ従っていた。
 でもそのうち、アトはエリーが死ぬと世界が滅ぶから死んじゃいけないって言った。
 ますます意味が分からなかったし、やがては体を貰うっていう事まで言われて……怖くなったエリーはお父さんとお母さんに助けを求めた」

 力なくため息を吐いたエリシアは、「馬鹿だよね」と告げて泣きそうな声を出した。

「お父さんに言うまでが、エリーの覚えている幸せの最後。
 次の瞬間には村は火に包まれていて、目の前にはお父さんとお母さんが血まみれで倒れていた。
 右手にお父さんの刀を持っていたエリーは意味が分からなくなってその場に蹲ったけど、アトはこう言ってきたの。
 もしも誰かに話したり、助けを求めればそいつを殺すって。
 エリーの体は知らないうちにエリーのものじゃなくなって、エリーの今も未来も、その時になくなったんだって思った。
 同時に、アトは本当のことを言っているんだって。
 エリーが死ねば世界は滅ぶし、死ななくてもいつかエリーはエリーでなくなるんだって分かった」

 生まれ育った村を自分の手で滅ぼされ、今も未来も奪われたエリシアの過去は壮絶の一言に尽きた。
 そんな思いをさせたアトに怒りが溜まる。
 アトさえいなければエリシアは今も幸せでいられたはずだ。
 たった一つの呪いがここまで人の未来を狂わせるのかと、レオは人知れず奥歯を噛みしめた。

「だからエリーは何も考えないことにした。
 何も考えないし、何も言わない。そうすれば、楽だと思ったから」

 生も死も封じられた彼女に残ったのは、残酷にも自分の心を壊すことだけだった。
 そうすることでしか、彼女は自分の置かれた境遇に耐えられなかった。
 目を背けることしか、出来なかったのだろう。

「でもこの街でレオさんに会った。
 お父さんの影響で剣に興味があったエリーは、強くなりたかった。
 だから勇者は尊敬していたし、特に魔王を倒した勇者は憧れだったの」

 その言葉で、レオは納得がいった。
 なぜエリシアが良くしてくれたバランではなく自分に心を開いたのか。
 自分が元勇者で、魔王ミリアを倒したからだ。

 たった二つの、だがレオにしか持っていないものはエリシアにとっては心を揺さぶられるものだったのだろう。

「でもアトに、もしレオさんに話せば体を奪ってレオさんに斬りかかって、レオさんにエリーを殺させるって脅された。
 レオさんに殺されるなら本望だったけど、そうすると大勢の人に迷惑がかかるから出来なかった」

「そんな……本望だなんて……」

 そんなこと言うなよ、と言おうとしたが、そう言う前にエリシアは首を横に振った。

「アトが魔物を吸収するとき、それがどんな魔物なのかが分かるの。
 だからレオさんが今まで倒してきた魔物を聞いたとき、それが倒した後でエリーが吸収した魔物だって知った。
 それにエリーは黒い鎧を吸収した段階で、あれがまだ倒されていないことを知っていたけど、黙っているように言われて言わなかったの。だから、邪魔ばかりしてきたんだよ」

「…………」

 いくつか思い当たる節があると思うと同時に、部屋の壁にかけてある灰色の外套に目が行った。
 あるタイミングで急に外套を変えたことに思い至り、以前の外套を思い出して。

「エリーは覚えていないけど、ひょっとしたらレオさんともすれ違っているかも」

 そうだ。
 ハマルの街でも、カマリの街でも、そしてレーヴァティでもすれ違った。
 フードを被っているか否かという違いがあったために気づかなかったが、あの黒い外套の人物は、エリシアだったのか。

「あとはレオさんの知っている通り。
 レオさんには本当に迷惑をかけたけど、お陰でまだ生きてる。
 ありがとう……って、これは最初に言うべきだったね」

 寂しげな表情でそう告げるエリシアを見て、レオは「いや」とだけ口にする。
 エリシアの過去についてはよく分かった。
 彼女を苦しめていたアトは消えたけれど、それで彼女が全てから解放されたわけではない。
 今も、暗い表情をしているのがその証拠だ。

 レオの目には、まるで彼女が道に迷って親を探している子供のようにも見えた。

「あの……ね……」

 エリシアは不安が消えない表情のままで、何かを探すようにレオに話しかける。
 彼女が何を探しているのか、それはレオには分からない。

「レオさんの事、聞かせて欲しい。
 エリーみたいに詳しくじゃなくていいし、言いたいことは言わなくていい。
 でも、レオさんが抱えているものを教えて欲しい」

 探している。
 迷っている。
 不安になっている。

 けれどエリシアはしっかりとレオの「右目」を見ていた。
 これまでは右目に恐怖を感じないものの、同時に興味もなかったであろう。
 しかし今、エリシアはそれを知りたがっている。

 彼女が何を探しているのかはレオは分からないけれど、自分の事を話すことはできる。

「分かった」

 レオは自分の事を話すのがあまり得意ではない。
 今までも、アリエスに任せてきたことの方が多かった。
 けれど今この時だけは話さねばならないと、いや話したいと思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

スキル喰らい(スキルイーター)がヤバすぎた 他人のスキルを食らって底辺から最強に駆け上がる

けんたん
ファンタジー
レイ・ユーグナイト 貴族の三男で産まれたおれは、12の成人の儀を受けたら家を出ないと行けなかった だが俺には誰にも言ってない秘密があった 前世の記憶があることだ  俺は10才になったら現代知識と貴族の子供が受ける継承の義で受け継ぐであろうスキルでスローライフの夢をみる  だが本来受け継ぐであろう親のスキルを何一つ受け継ぐことなく能無しとされひどい扱いを受けることになる だが実はスキルは受け継がなかったが俺にだけ見えるユニークスキル スキル喰らいで俺は密かに強くなり 俺に対してひどい扱いをしたやつを見返すことを心に誓った

チートな嫁たちに囲まれて異世界で暮らしています

もぶぞう
ファンタジー
森でナギサを拾ってくれたのはダークエルフの女性だった。 使命が有る訳でも無い男が強い嫁を増やしながら異世界で暮らす話です(予定)。

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

実験施設から抜け出した俺が伝説を超えるまでの革命記! 〜Light Fallen Angels〜

朝日 翔龍
ファンタジー
 それはある世界の、今よりずっと未来のこと。いくつもの分岐点が存在し、それによって分岐された世界線、いわゆるパラレルワールド。これは、そ無限と存在するパラレルワールドの中のひとつの物語。  その宇宙に危機を及ぼす脅威や魔族と呼ばれる存在が、何度も世界を消滅させようと襲撃した。そのたびに、最強無血と謳われるレジェンド世代と称されたデ・ロアーの8人集が全てを解決していった。やがては脅威や魔族を封印し、これ以上は世界の危機もないだろうと誰もが信じていた。  しかし、そんな彼らの伝説の幕を閉ざす事件が起き、封印されていたはずの脅威が蘇った。瞬く間に不安が見え隠れする世界。そこは、異世界線へと繋がるゲートが一般的に存在し、異世界人を流れ込ませたり、例の脅威をも出してしまう。  そんな世界の日本で、実験体としてとある施設にいた主人公ドンボ。ある日、施設から神の力を人工的に得られる薬を盗んだ上で脱走に成功し、外の世界へと飛び出した。  そして街中に出た彼は恐怖と寂しさを覆い隠すために不良となり、その日凌ぎの生き方をしていた。  そんな日々を過ごしていたら、世界から脅威を封印したファイター企業、“デ・ロアー”に属すると自称する男、フラットの強引な手段で険しい旅をすることに。  狭い視野となんの知識もないドンボは、道中でフラットに教えられた生きる意味を活かし、この世界から再び脅威を取り除くことができるのであろうか。

処理中です...