魔王討伐の勇者は国を追い出され、行く当てもない旅に出る ~最強最悪の呪いで全てを奪われた勇者が、大切なものを見つけて呪いを解くまで~

紗沙

文字の大きさ
上 下
109 / 114
第4章 魔王の影を払う少女

第109話 全てを失った少女

しおりを挟む
 エリシアはアトに体を奪われていても意識はあると、勝手にそう思い込んでいた。
 だから目を覚ましたときには、どうしようもなかったとはいえ、自分の体があの災害を引き起こしたことで自暴自棄になるかと心配していた。

 けれど、彼女はそのことをまるで覚えていなかった。
 アトが活動している間は、エリシアは眠りについているようなものだったのだと、知った。

 目の前で起きているのに止められない災厄を見ることはとても辛いことだろう。
 それを経験しなかったのは不幸中の幸いともいえる。
 けれどすべてが終わった後に第三者から取り返しのつかない事をした結末を聞くことは同じくらい辛いことなのではないのかとレオは思ってしまった。

「……どう……いうこと?」

 説明を切り出せずにいるレオの耳にエリシアの声が届く。
 自分の体を見下ろしていた彼女は目を見開いて驚いていて、自分の中にアトが居なくなったことを知ったのだとレオは気づいた。
 自分の体を抱きしめ、やや震えながらエリシアは顔を上げてレオを見る。

 その瞳にはいつもの無機質さはなく、恐怖の感情がありありと浮かんでいた。

「エリーは……エリーは……なにを……」

「……っ」

 話さなければならないのか。何も知らない、この少女に。
 言わないといけないのは分かっている。けれどなかなか言葉が出てこない。
 これから言うことが彼女を深い絶望に追いやると、レオは思ったから。

 目を瞑り、ゆっくりと息を吐いて気持ちを落ち着かせる。
 話しにくい事だ。叶うなら、このまま何も知らないのが幸せだろう。

「この街の塔の前で、エリシアはアトに体を奪われた」

 それでもレオは話すことを決めた。
 エリシアを救うと決めて皆を巻き込んだのは自分で、救ったのも自分だから。
 だから今この場でエリシアに話すべきなのは他でもない自分だとレオは思った。

「アトは……街中に魔物を放った。小さな魔物から大きな魔物まで本当に多く。
 魔物によって被害が出る中、俺達は塔の前に行ってアトと戦った」

「…………」

 服が皴になる程腕を強く掴み、エリシアは震えている。
 見ていて痛々しくなるくらいに絶望の最中に居る彼女を見れば、多くの人は話すことを辞めるだろう。
 けれどレオは話を止めなかった。
 彼女の手は腕を必死に押さえて震えてはいるが、耳を塞いではいなかったから。

「戦いの決着はつかなかった。けどある助けがあって、エリシアは封じられた状態になった。
 封じられたからだと思うけど、街の中に居る魔物の姿は消えた。
 これが昨日の夜中にあったことだ。だから街の被害は、比較的抑えられた」

「…………」

 アルティスの街の被害が最小限だったことを説明しても、エリシアは顔を上げない。
 俯いた顔は血色が悪く、瞳は滅茶苦茶に揺れ動いていた。
 彼女は最初から知らされていたのだろう。
 今の説明がアトによる災厄の始まりに過ぎないことを知っているようだった。

「その後、プリオル山脈まで封印されたアトを連れてきた俺達はそこでアトを壊した。
 だからアトが死に際に爆発したときは周りに人は居なかったし、俺達も無事だった。
 黒い華には驚いたけど、押し寄せる魔物は全部倒したからその後の被害者は居ない」

 極力言葉を選んで、ぼかしつつレオは説明を終えた。
 彼の説明は間違っていない。
 アトは確かに強大であったが、シェイミの協力があったおかげでレオ達の被害はゼロだ。

 ただしそこには致命的な過程が潜んでいる。
 そしてそれを一番わかっているのは、他ならぬエリシアだった。

「……エリーは……なんで……生きているの?」

 被害者は居ない。だが、被害を被った人は居る。
 彼女が死ななければアトは爆発しないし、黒い華が咲くこともない。
 だからその後の唯一の被害者の言葉は、当然のものだった。

「壊れたエリシアに、俺が命を分け与えて蘇らせたんだ」

 そう告げた瞬間、エリシアの震えが急に収まった。
 顔を上げたエリシアを見て、レオは心臓が止まる錯覚に陥った。
 彼女は蘇ったことに喜ぶでもなく、目を見開き、信じられないものを見る目でレオを見ていた。

 そしてレオの左右を、悲痛の表情で話を聞いていたアリエスとリベラを見て、次に自分の体を見下ろした。
 そこにあるものが自分のものでないとしても、アトと違う温かいものであると分かり、自分が何を犠牲にして生きているのかを悟ってしまったことをレオは知る由もない。

「エリーは……エリーは……」

 うわごとのように呟いたエリシアは布団を強く握りしめている。

「ひとりに……して……」

 震える声で絞り出したのは、あまりにも弱々しい言葉。
 そんな状態のエリシアを放っておくことなどできるはずもなく。

「エリシ――」

「ひとりにして!!」

 それは悲鳴のような、叫びのような。
 今まで聞いたこともない大声に、レオは唖然として押し黙るしかなかった。

「……皆さん、ここはひとまず。バラン様もです」

 沈黙の下りた部屋にメイドの冷静な声が嫌に響いた。
 視線で扉を指し示した彼女は、真っ先にレオを部屋から出そうとした。
 有無を言わさぬ視線にレオはひとまず頷き、部屋を後にするしかなかった。

 後についてくるアリエス達の足音を聞きながら、後ろ髪を引かれる思いながらも扉を開いて部屋を出た。

「念のため私は扉の前に残ります。皆さんは一旦解散でお願いします」

「……そうだな、任せる」

 扉の前に番人のように待機するメイドの言葉に、バランはそう返す。
 レオ達としても、反対することはできなかった。



 ×××



 誰も居ない部屋でエリシアはベッドの布団を強く握りしめ、俯く。
 レオ達に強く当たってしまったという事は分かっているが、そうでもしないとおかしくなりそうだった。

「エリーは……エリーは……」

 エリシアはアトから全てを聞かされていた。
 自分が死ねば災厄が起きることも、いつか自分がアトに奪われることも、そしてそれを誰にも話してはいけないことも。
 だからエリシアは自分の事を人形だと思うようにした。

 アトに操られるだけの、意思の持たない人形だと。

「エリーは……どうすれば……」

 レオから事の顛末は聞いた。
 アトは失敗し、災害は起きたものの被害は最小限に抑えられ、自分は蘇った。
 だが、だからといってエリシアの心が晴れるわけではない。

 災害はアトがやったことだ。だがそれは自分がやったことでもある。
 それにエリシアはそうなることを知っていた。知っていて何も手を打たなかった。
 話せなかった。手の打ちようがなかった。それは事実だ。

 だが、それでもエリシアは何かできたのではないかと思ってしまう。
 そして仮に、もしも仮に打つ手が全くなかったとしても、それでも自分を責めるのを辞められなかった。

「それに……エリーは……」

 それ以上にエリシアの心に重くのしかかっていたのはレオに多大な迷惑をかけたという事だった。
 彼は何でもない事のように告げたが、近くに居た彼の大切な人達の姿を見ればよく分かる。
 自分はレオから奪ってしまったのだと。

 憧れていた。尊敬していた。
 そんな彼から奪ったということが、エリシアの心を激痛が走るくらいに締め付けていた。

「はぁ……っ……くぁ……」

 胸を右手で押さえ、エリシアは不自然な呼吸を繰り返す。
 目の前がチカチカと点滅し、上手く息が出来ない。
 視界がぼやけ初め、頭が重くなってくる。

「う……ぁ……」

 居てもたってもいられなくなり、エリシアは脱力した。
 押さえていた手がだらりとベッドの布団の上に落ち、頭を冷たい感触が包んだ。

(エリーは……空っぽ……)

 そう思い込んできた。そうだと信じてきた。そうすることでしか心を保てなかった。

(本当に……空っぽだった……)

 けれどもアトが居なくなった今、エリシアはそれが思い込みではなく事実であることを知った。
 自分には何もない。夢にまで見ることすら諦めた生と自由を手に入れたのに、心の中を巡るのは暗く重いものばかり。

 なぜ自分が生きているのか分からない。
 これから先どうすればいいのか、分からない。
 空っぽな自分には、とてもじゃないが耐えられない。

 薄れていく意識の中、まるでエリシアは親を見失った子供のように何かを求めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

処理中です...