魔王討伐の勇者は国を追い出され、行く当てもない旅に出る ~最強最悪の呪いで全てを奪われた勇者が、大切なものを見つけて呪いを解くまで~

紗沙

文字の大きさ
上 下
99 / 114
第4章 魔王の影を払う少女

第99話 不可解な行動

しおりを挟む
 視界に映る舞う鮮血が、レオの目にはやけにゆっくりに見えた。
 自分の祝福の事は自分が一番よく知っている。
 アトが刃を振るったところで、リベラを覆う鎧の祝福に弾かれるだけだと頭では分かっている。

 けれど刃に伝わっていた黒い靄を見て、それが間違いだと直感した。
 自分の祝福の事だからよく分かる。
 あの刃は、鎧の祝福を斬り裂いてリベラを壊すと。

 それは許されないことだ。一度救ったリベラを救えないことを、勇者である自分もレオも認めはしない。

 だから、気づいたときにはエリシアの手首を斬り飛ばしていた。
 あれだけ壊さないように丁寧に、可能な限り力を抜いて戦ってきたのに今この瞬間だけは手加減という気持ちを忘れた。
 リベラを救うために、エリシアを壊そうとした。
 もしも直前でレオが軌道を無意識で変えなければ彼女の腕ごと切断していた。

 斬り飛ばされたアトはというと、最初は振り下ろした腕をじっと見ていた。
 そして腕の先に刀がないことに、壊されたことに気づき痛みに呻くでもなく、唇を釣り上げた。

「ケケケケケケケケケッ!!」

 待ち望んだ瞬間が訪れた子供のように、喜び、はしゃいでいた。
 手首が飛んだのに、アトは歓喜の笑みを浮かべたあとに残った腕で斬りかかってくる。
 先ほどと同じように剣で防ぐものの、視界には常にエリシアの腕から流れるおびただしい血の量が映っている。

 他ならぬ自分が壊し、エリシアの命を消そうとしている赤。
 それに対してレオは初めて恐怖という感情を抱いた。
 あらゆる戦いでも、右目の見せる光景ですら想起されなかった恐怖で背筋が凍る。

 このままでは、エリシアが死ぬ。

「何をしようとしたのか知らないが無駄だ!」

 声高らかに叫ぶアトの言葉に、リベラの腕を掴んで離脱したアリエスが悔しそうに唇を噛みしめるのが見えた。
 リベラも俯き、もう打つ手がないことを伝えてくる。

 エリシアを救う手立てを、この場に居る誰もが持っていない。
 レオはおろかアリエスもリベラもパインも、エリシアを救えない。
 ただ白い獣人の少女の命が尽きることを、待つしかない。

(なにか……なにかないのか! なんでもいい、エリシアを救える何か!)

 必死に考えるものの、答えは出てこない。
 自分の得意な戦闘に関することなのに、エリシア一人救うことができない。

(……あ)

 ついにレオの目がそれを捉える。
 アトの背後、少し離れた場所で座り込むアリエスの瞳に灯った感情を読んでしまった。

 諦め。

 レオが最も信頼するアリエスでも、どうしようもないという答え。
 もうレオに、エリシアは救えない。
 強さを求め、自分に教えを請いた少女が壊れるのを黙って見ているしかないのか。

(そんな……)

 じっと見ても、アリエスの答えは変わらない。
 悲痛な表情のまま、打つ手がないことをずっと訴えかけてくる。

(そんな……こと……)

『……エリーの時間が減るの、いや』

 頭を過ぎるバランに訓練の時間を取られそうになった時のエリシアの一言。
 思えば、あの一言がもっともエリシアの気持ちが籠ったものだったのだろう。
 彼女が唯一彼女として楽しめる時間。

 それを、与えるはずだった自分が奪わなければならないのか。

 剣を握る手に力が入る。
 けれどどれだけ力を込めてもそれを壊すために振るうことが、どうしてもできなかった。

 ――ザッ

 そのとき感じたのは、身に覚えのある闘気。
 しかしそれが自分に向けられたものではないことを悟り、レオはその場を離れなかった。

 直後、レオとアトを分断するように水の壁が地面から湧き出た。
 二人は戦闘を一時中止せざるを得なくなり、それぞれが得物の動きを止めた。

 ――ザッ

 響く靴音に、レーヴァティを出たときに感じたのと同じ圧力。
 ゆっくりと右を向けば、そんな重圧を出せるこの世でたった一人が視界に入った。

「…………」

 レオが自分に並びうると考える唯一の人である灰色が、立っていた。
 右手に背の丈ほどある大剣を携え、いつものように無機質な瞳で立っていた。

 なぜここにシェイミが居るのかは分からない。
 けれどそれを聞くよりも先にレオは気づいた。
 彼女が無機質な目をアトに向けていることに。

(まずい……)

 自分とほぼ同じ力を持つシェイミ相手ならば、アトは一瞬で敗北するだろう。
 それこそ、エリシアの体などこの世界に塵も残らないはずだ。

 膨れ上がる重圧に併せてシェイミが左手に巨大な鎌を出現させた。
 漆黒の柄に、黒に近い紫色の刃。

 No.2 スタグ・アメジスタ
 右手に携える大剣と同じく水の理を内包した、星域装備。
 しかしそれは大剣とは大きく用途が異なることを、レオはよく知っている。

 そしてエリシアの体を壊すには十分すぎるということも。

 シェイミの影がブレる。
 その動きを追えたのは、レオだけ。
 人間には到底不可能な速度でアトの背後を取った灰色がその目に映すのは、これから壊される少女。

 それを、許すわけにはいかない。

「やめろ!!」

 叫び、レオはシェイミを止める為に動き出す。
 今ならまだ間に合う。自分なら彼女を止められる。
 あの紫紺の鎌が振るわれる前に、自分なら。

 シェイミはレオの叫びに顔色一つ変えることはなかった。
 その目に何か感情を映すこともなかった。

 けれど、彼女は鎌を振るうよりも先に大剣を振り上げた。
 その突然の行動に鎌の軌道に剣を滑り込ませようとしていたレオの動きが止まる。

 地面から飛び出すのは、天を貫くほどの高さの水の柱。
 それがアトを巻き込み、上へ上へと昇っていく。
 同時にアトの宿るエリシアの体も天高く昇っていく。

「…………」

 シェイミは次に体を翻して鎌を振るい、水の柱を斬った。
 その一撃で水の柱は動きを止め、崩れ落ちるように弾けた。
 はるか上空の天から、雨が降り注ぎ、火の手に包まれていたアルティスの街を濡らしていく。

 その一連の流れの中で、レオは天を見上げて言葉を失っていた。
 シェイミの芸当に驚いたのもあるが、それ以上に彼を戸惑わせたのは別の事。

 アルティスに降り注ぐのは雨のみで、打ち上げたアトは地上へと降ってこない。
 それがシェイミの仕業であることを、レオは知っていた。

 シェイミは、遥か天空でアトを水で包み、停滞させている。

 レオの願い通りにエリシアの体を壊すことなく、留めてくれている。
 なぜ彼女が自分に応じてくれたのか分からない。分からないけれど。

「……あ、ありがとう」

 降り注ぐ雨を考慮してやや大きな声で言えば、上空を見上げていたシェイミは振り返った。
 何の感情も読み取れない目は相変わらずだが、いつもの身を射すような重圧は感じなかった。
 ゆっくりと、シェイミがこちらに近づいてくる。
 近すぎるくらいの距離まで寄って、彼女は口を開いた。

「さっきの子は止めた」

 シェイミの言葉で自分の考えが正しいことを知り、レオは息を吐いた。
 これで、時間が出来た。エリシアを救うための時間が。

「そうか……本当に、ありがとう」

 仲が悪いことは承知だが、助けてくれたことは事実。
 ならばそれに対して礼を言わないわけにはいかない。
 しかしもう一度深く感謝して礼を伝えても、シェイミはとくに反応を示さなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

処理中です...