魔王討伐の勇者は国を追い出され、行く当てもない旅に出る ~最強最悪の呪いで全てを奪われた勇者が、大切なものを見つけて呪いを解くまで~

紗沙

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第4章 魔王の影を払う少女

第99話 不可解な行動

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 視界に映る舞う鮮血が、レオの目にはやけにゆっくりに見えた。
 自分の祝福の事は自分が一番よく知っている。
 アトが刃を振るったところで、リベラを覆う鎧の祝福に弾かれるだけだと頭では分かっている。

 けれど刃に伝わっていた黒い靄を見て、それが間違いだと直感した。
 自分の祝福の事だからよく分かる。
 あの刃は、鎧の祝福を斬り裂いてリベラを壊すと。

 それは許されないことだ。一度救ったリベラを救えないことを、勇者である自分もレオも認めはしない。

 だから、気づいたときにはエリシアの手首を斬り飛ばしていた。
 あれだけ壊さないように丁寧に、可能な限り力を抜いて戦ってきたのに今この瞬間だけは手加減という気持ちを忘れた。
 リベラを救うために、エリシアを壊そうとした。
 もしも直前でレオが軌道を無意識で変えなければ彼女の腕ごと切断していた。

 斬り飛ばされたアトはというと、最初は振り下ろした腕をじっと見ていた。
 そして腕の先に刀がないことに、壊されたことに気づき痛みに呻くでもなく、唇を釣り上げた。

「ケケケケケケケケケッ!!」

 待ち望んだ瞬間が訪れた子供のように、喜び、はしゃいでいた。
 手首が飛んだのに、アトは歓喜の笑みを浮かべたあとに残った腕で斬りかかってくる。
 先ほどと同じように剣で防ぐものの、視界には常にエリシアの腕から流れるおびただしい血の量が映っている。

 他ならぬ自分が壊し、エリシアの命を消そうとしている赤。
 それに対してレオは初めて恐怖という感情を抱いた。
 あらゆる戦いでも、右目の見せる光景ですら想起されなかった恐怖で背筋が凍る。

 このままでは、エリシアが死ぬ。

「何をしようとしたのか知らないが無駄だ!」

 声高らかに叫ぶアトの言葉に、リベラの腕を掴んで離脱したアリエスが悔しそうに唇を噛みしめるのが見えた。
 リベラも俯き、もう打つ手がないことを伝えてくる。

 エリシアを救う手立てを、この場に居る誰もが持っていない。
 レオはおろかアリエスもリベラもパインも、エリシアを救えない。
 ただ白い獣人の少女の命が尽きることを、待つしかない。

(なにか……なにかないのか! なんでもいい、エリシアを救える何か!)

 必死に考えるものの、答えは出てこない。
 自分の得意な戦闘に関することなのに、エリシア一人救うことができない。

(……あ)

 ついにレオの目がそれを捉える。
 アトの背後、少し離れた場所で座り込むアリエスの瞳に灯った感情を読んでしまった。

 諦め。

 レオが最も信頼するアリエスでも、どうしようもないという答え。
 もうレオに、エリシアは救えない。
 強さを求め、自分に教えを請いた少女が壊れるのを黙って見ているしかないのか。

(そんな……)

 じっと見ても、アリエスの答えは変わらない。
 悲痛な表情のまま、打つ手がないことをずっと訴えかけてくる。

(そんな……こと……)

『……エリーの時間が減るの、いや』

 頭を過ぎるバランに訓練の時間を取られそうになった時のエリシアの一言。
 思えば、あの一言がもっともエリシアの気持ちが籠ったものだったのだろう。
 彼女が唯一彼女として楽しめる時間。

 それを、与えるはずだった自分が奪わなければならないのか。

 剣を握る手に力が入る。
 けれどどれだけ力を込めてもそれを壊すために振るうことが、どうしてもできなかった。

 ――ザッ

 そのとき感じたのは、身に覚えのある闘気。
 しかしそれが自分に向けられたものではないことを悟り、レオはその場を離れなかった。

 直後、レオとアトを分断するように水の壁が地面から湧き出た。
 二人は戦闘を一時中止せざるを得なくなり、それぞれが得物の動きを止めた。

 ――ザッ

 響く靴音に、レーヴァティを出たときに感じたのと同じ圧力。
 ゆっくりと右を向けば、そんな重圧を出せるこの世でたった一人が視界に入った。

「…………」

 レオが自分に並びうると考える唯一の人である灰色が、立っていた。
 右手に背の丈ほどある大剣を携え、いつものように無機質な瞳で立っていた。

 なぜここにシェイミが居るのかは分からない。
 けれどそれを聞くよりも先にレオは気づいた。
 彼女が無機質な目をアトに向けていることに。

(まずい……)

 自分とほぼ同じ力を持つシェイミ相手ならば、アトは一瞬で敗北するだろう。
 それこそ、エリシアの体などこの世界に塵も残らないはずだ。

 膨れ上がる重圧に併せてシェイミが左手に巨大な鎌を出現させた。
 漆黒の柄に、黒に近い紫色の刃。

 No.2 スタグ・アメジスタ
 右手に携える大剣と同じく水の理を内包した、星域装備。
 しかしそれは大剣とは大きく用途が異なることを、レオはよく知っている。

 そしてエリシアの体を壊すには十分すぎるということも。

 シェイミの影がブレる。
 その動きを追えたのは、レオだけ。
 人間には到底不可能な速度でアトの背後を取った灰色がその目に映すのは、これから壊される少女。

 それを、許すわけにはいかない。

「やめろ!!」

 叫び、レオはシェイミを止める為に動き出す。
 今ならまだ間に合う。自分なら彼女を止められる。
 あの紫紺の鎌が振るわれる前に、自分なら。

 シェイミはレオの叫びに顔色一つ変えることはなかった。
 その目に何か感情を映すこともなかった。

 けれど、彼女は鎌を振るうよりも先に大剣を振り上げた。
 その突然の行動に鎌の軌道に剣を滑り込ませようとしていたレオの動きが止まる。

 地面から飛び出すのは、天を貫くほどの高さの水の柱。
 それがアトを巻き込み、上へ上へと昇っていく。
 同時にアトの宿るエリシアの体も天高く昇っていく。

「…………」

 シェイミは次に体を翻して鎌を振るい、水の柱を斬った。
 その一撃で水の柱は動きを止め、崩れ落ちるように弾けた。
 はるか上空の天から、雨が降り注ぎ、火の手に包まれていたアルティスの街を濡らしていく。

 その一連の流れの中で、レオは天を見上げて言葉を失っていた。
 シェイミの芸当に驚いたのもあるが、それ以上に彼を戸惑わせたのは別の事。

 アルティスに降り注ぐのは雨のみで、打ち上げたアトは地上へと降ってこない。
 それがシェイミの仕業であることを、レオは知っていた。

 シェイミは、遥か天空でアトを水で包み、停滞させている。

 レオの願い通りにエリシアの体を壊すことなく、留めてくれている。
 なぜ彼女が自分に応じてくれたのか分からない。分からないけれど。

「……あ、ありがとう」

 降り注ぐ雨を考慮してやや大きな声で言えば、上空を見上げていたシェイミは振り返った。
 何の感情も読み取れない目は相変わらずだが、いつもの身を射すような重圧は感じなかった。
 ゆっくりと、シェイミがこちらに近づいてくる。
 近すぎるくらいの距離まで寄って、彼女は口を開いた。

「さっきの子は止めた」

 シェイミの言葉で自分の考えが正しいことを知り、レオは息を吐いた。
 これで、時間が出来た。エリシアを救うための時間が。

「そうか……本当に、ありがとう」

 仲が悪いことは承知だが、助けてくれたことは事実。
 ならばそれに対して礼を言わないわけにはいかない。
 しかしもう一度深く感謝して礼を伝えても、シェイミはとくに反応を示さなかった。
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