魔王討伐の勇者は国を追い出され、行く当てもない旅に出る ~最強最悪の呪いで全てを奪われた勇者が、大切なものを見つけて呪いを解くまで~

紗沙

文字の大きさ
上 下
98 / 114
第4章 魔王の影を払う少女

第98話 最悪の一撃

しおりを挟む
 深紅の瞳に最初に映ったものは、驚き。
 そして次に喜びと、狂気。やはりという確信。

「ケケケケッ! どうした!? どうしたぁ!?」

 防戦一方のレオがおかしいのか、アトは高らかに笑いながら刀を振り続ける。
 右、左、右、左と連続で振り下ろされる刀を、レオは難なく防ぐ。
 防ぎきってはいるが、今までに126回もアトを壊せる機会があったのにそれをしなかった。

 それだけでアトは満足のようだ。
 決定打を与えられなくても、攻撃が通用しなくても、防いでいるという段階でレオはアトに負けているも同然だった。

 今のレオには、エリシアは「殺せ」ない。

 アトの右手に持つ刀が呪いの黒い靄を纏い、振り下ろされる。
 吸収した魔物の力をすべて使えるのか、昨日倒した変身する魔物の力も再現していた。

 やや弱いものの魔王ミリアの力が凝縮された一撃は強力だ。
 だがそれをもってしても、レオには届かない。
 届かないけれど、レオの剣も届かない。届けられない。

「これでもダメとかとんだ化け物だな!
 でもお前でも護れないものがある! さあ、エリシアを殺せ!」

 防御など一切考えていない捨て身の特攻。
 自身の体力が限界を迎えようと、腕の筋肉がどれだけ疲弊しようとも、アトは剣を振るうのを辞めない。
 限界まで、いや限界を超えてもエリシアの体を酷使するだろう。

 そしてそれを止める術をレオは持たない。
 レオとエリシアの実力差は次元を画していて、さらにレオは他者を無力化する方法を持っていない。
 他者を壊す方法しか知らない彼にとって、この状況は最悪と言えた。

 このままでは、エリシアの体が先に限界を迎える。

「……っ!」

 最大の注意を払って剣を振るい、アトの右手に持つ刀を打ち付ける。
 エリシアの手のひらの骨が折れる嫌な音に、顔を顰めた。

 しかし結果として刀は宙を舞い、地面に突き刺さる。
 これで一本。あと一本を吹き飛ばせば少なくとも得物は。

 そう思ったとき、地面に突き刺さっていた刀がひとりでに動いて飛来し、エリシアの折れた手に再び舞い戻った。
 アトは痛みを感じないのか折れた手で平然と剣を握っている。

(クソっ!)

 内心でレオは舌打ちをした。
 得物を飛ばしても戻ってきてしまうなら、意味がない。
 それに先ほどは運がよく出来ただけで、もう一度同じことをすれば今度はエリシアの腕ごと斬り飛ばすかもしれない。

 体の中に呼びかけて敵の行動を阻害する祝福を作ろうとも考えたが、出来そうなものは全てエリシアを壊してしまいそうなものばかりだった。
 ここに来てレオは初めて今までの自分を悔いた。

 他者を壊すことしか考えていなかったために、それ以外の方法が取れない。

 技術がないのではなく、意思が持てない。
 少なくとも戦いにおいて、他者を壊すのではなく止めるという感覚が分からない。
 こうしている間にもエリシアの体は限界に向かって急速で突き進んでいく。
 それが分かっているからこそ、アトも笑みを崩さないのだろう。

「早く殺せよ、レオ!」

「くっ」

 叫び、命を捨てた特攻を仕掛けるアトに対してレオは奥歯を噛みしめることしかできない。

(何かないのか……なにか!)

 何度も何度も問いかけてみても、出てくる答えは一向に変わらない。
 エリシアを壊すという答えしか、出てこない。

「俺を殺さないとこの街の魔物は止まんねえぞ!」

 赤い瞳を宿す目を見開き、挑発を繰り返すアト。
 忌々しいその顔を睨もうとしたその時。
 彼女の後ろに金と白銀が現れ、その背に白銀が手を触れるのが見えた。



 ×××



 レオとアトと名乗った少女が斬り合いを始めてすぐにアリエスは異変に気付いた。
 そもそも、レオと斬り合っているという事が異常なのである。
 アトはレオに力では到底及ばないことはアリエスでも分かる。
 というよりも、自分の主に敵う人間などたった一人しか思いつかないのだ。

 けれどそれでも斬り合っているという事はレオが加減しているからに他ならない。
 そしてその理由など、斬り合っているのがエリシアの体だからという理由以外にはない。

「……まずいです」

 あのままではレオではなく、エリシアの体がもたない。
 アトは気にせずに、死に直行するように刀を振るっている。
 それに対してレオは防ぐという事しかできない。

 他者を無効化する術を持たないレオではエリシアを止められないと、アリエスは誰よりも早く気付いた。
 腕を組み、拳を作り、人差し指の付け根を唇に当てて必死に思考を回転させる。
 このままではレオは心に傷を負う。エリシアも助からない。

 そんなこと、させない。

 エリシアの体、アト、吸収した魔物の力、魔王ミリアの力、そして呪い。
 そこまで考えて、アリエスは一つの、いや二つの答えを得た。
 確信はないが、試す価値はある。

 彼女は隣に立つリベラの袖を掴み、見上げる。
 戦いを不安げに見ていたリベラも気づき、目線を合わせた。

「あれは自分が呪いだと言っていました」

「! それなら、私が移せば」

「それもですが、わたしが治すという方法もあります。
 アトという存在を消せれば、エリシアさんを助け出せます」

 この案にはあらゆる懸念を無視していることにアリエス自身が気付いていた。
 意志を持ち話せる呪いなど聞いたことがないし、あんな風に表層に出ている呪いを消せるのかも分からない。
 それにリベラが仮に移せたとして、その後彼女がどうなるかも分からない。

 けれどエリシアという体からアトを出せるのであれば、その後は何とかなるかもしれない。
 少なくともこの均衡状態を抜け出すことはできるはずだ。

「なら最初はアリエスで、次は私ね。
 もし私が私でなくなっても、殺さないでよ?」

「非戦闘員のリベラなら私が殴って気絶させます」

「お姉ちゃんは縄で縛るね」

「……あんた達ねぇ」

 頭を押さえ首を横に振ったリベラ。
 しかしふざけるのも少しの間だけ。
 レオとアトの戦いに目線を戻し、別の課題を指摘する。

「問題は、どうやってあれに触れるか。
 正直、戦っている時のエリシアさんに私達が触れるとか難しすぎると思うけど」

「それならお姉ちゃんが祝福で援護するね」

 不安を口にした傍からそれを解消するように、パインがアリエスとリベラの手を握った。
 彼女の体を金の光が包み、繋がれた手を伝って光が二人に流れ込む。
 他者を強化する祝福が、アリエスとリベラにいつも以上の力を与える。

 体の奥底から力が溢れてくる間隔を覚え、アリエスは「ほぅ」と息を吐いた。
 リベラも力を十分に感じているようで、得意げな表情だ。

「さすがお姉ちゃん。頼りになる」

「ありがとうございます、パイン」

「いえ、神様達のためならばどんなことでも!」

 微笑んだパインに対して、アリエスとリベラは頷きで返す。
 アリエスも目線をレオとアトに戻し、これから介入する戦いを凝視した。
 レオがアトの刀を吹き飛ばしたが、どういう原理になっているのか、やがて刀は再びアトの手に収まった。
 折れているにもかかわらず刀を握るその手が、悲鳴を上げた気がした。

「アリエス」

「はい」

 答え、二人は走り出す。
 パインの祝福を受けた体は驚くほどに軽く、大地をまるで風のように駆け抜けた。
 最初は自分の体ではないかのように驚いたが、すぐに慣れた二人。
 曲がったりすることなく直線で進むだけならば、問題はない。

 レオとの戦いに夢中になっているアトに気づかれることなく二人は駆け抜ける。

 素早い攻撃を繰り出すアトの後を取れば、それと斬り合うレオと目が合った。
 驚き、見開かれるレオの目。
 それを確認すると同時にアリエスはアトの背に手のひらを叩きつけた。

 同時、彼女の体から白銀の光が立ち上り、アトを包む。
 たった一つを除き、あらゆる悪を癒すアリエスの祝福は病も怪我も呪いすらも消す。
 この力を持って、アトを無力化しようと思ったのだが。

「……っ」

 深紅の瞳と目が合った。
 呪いを癒す手ごたえも感じぬままに、首だけを振り向いたアトに睨まれアリエスは手を引いた。
 呪いを治せないこともそうだが、このままでは命が危ないと脳が警鐘を鳴らした。

 せめてリベラと同時に手をつけばまた結末は変わったかもしれない。
 これではエリシアを、レオを助けることはできない。
 自分の失敗が悔しくて顔を歪めるアリエスは隣に立つリベラを連れて離脱を試みる。

 しかしその手をリベラ自身が拒んだ。

 彼女はアリエスの腕を拒み、彼女の肩を押した。
 もうすでにアトは体を半分ほど振り返らせている。
 あと少しで刀が現れ、リベラの体を狙うだろう。

 レオの祝福が護ってくれることは分かっている。
 けれど知っていて凶器になぜ身を晒すのか。
 それを考える間もなく、リベラがアトの腕に触れた。

「……っ」

 彼女の顔が歪み、呪いを移せなかったのであろうことが分かると同時に刃がリベラを狙う。
 魔王ミリアの力と説明された黒い靄が包む凶刃。
 レオの鎧があるから大丈夫だと、分かっている。

 だがアリエスの目には、その刃でリベラが死ぬように映った。

「ダメ――」

 最悪の予感で、アリエスは声を上げようとする。
 そのとき、彼女は気づいた。

 アリエスの目ではエリシアの体の動きを追うのがやっとで、レオの動きを追うことはできない。
 けれどそのときだけはやけに世界がゆっくりと感じられた。
 刃が振り下ろされるよりも速く、レオの剣がアトの、エリシアの手首を斬り飛ばした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います

しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

チートな嫁たちに囲まれて異世界で暮らしています

もぶぞう
ファンタジー
森でナギサを拾ってくれたのはダークエルフの女性だった。 使命が有る訳でも無い男が強い嫁を増やしながら異世界で暮らす話です(予定)。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

実験施設から抜け出した俺が伝説を超えるまでの革命記! 〜Light Fallen Angels〜

朝日 翔龍
ファンタジー
 それはある世界の、今よりずっと未来のこと。いくつもの分岐点が存在し、それによって分岐された世界線、いわゆるパラレルワールド。これは、そ無限と存在するパラレルワールドの中のひとつの物語。  その宇宙に危機を及ぼす脅威や魔族と呼ばれる存在が、何度も世界を消滅させようと襲撃した。そのたびに、最強無血と謳われるレジェンド世代と称されたデ・ロアーの8人集が全てを解決していった。やがては脅威や魔族を封印し、これ以上は世界の危機もないだろうと誰もが信じていた。  しかし、そんな彼らの伝説の幕を閉ざす事件が起き、封印されていたはずの脅威が蘇った。瞬く間に不安が見え隠れする世界。そこは、異世界線へと繋がるゲートが一般的に存在し、異世界人を流れ込ませたり、例の脅威をも出してしまう。  そんな世界の日本で、実験体としてとある施設にいた主人公ドンボ。ある日、施設から神の力を人工的に得られる薬を盗んだ上で脱走に成功し、外の世界へと飛び出した。  そして街中に出た彼は恐怖と寂しさを覆い隠すために不良となり、その日凌ぎの生き方をしていた。  そんな日々を過ごしていたら、世界から脅威を封印したファイター企業、“デ・ロアー”に属すると自称する男、フラットの強引な手段で険しい旅をすることに。  狭い視野となんの知識もないドンボは、道中でフラットに教えられた生きる意味を活かし、この世界から再び脅威を取り除くことができるのであろうか。

150年後の敵国に転生した大将軍

mio
ファンタジー
「大将軍は150年後の世界に再び生まれる」から少しタイトルを変更しました。 ツーラルク皇国大将軍『ラルヘ』。 彼は隣国アルフェスラン王国との戦いにおいて、その圧倒的な強さで多くの功績を残した。仲間を失い、部下を失い、家族を失っていくなか、それでも彼は主であり親友である皇帝のために戦い続けた。しかし、最後は皇帝の元を去ったのち、自宅にてその命を落とす。 それから約150年後。彼は何者かの意思により『アラミレーテ』として、自分が攻め入った国の辺境伯次男として新たに生まれ変わった。 『アラミレーテ』として生きていくこととなった彼には『ラルヘ』にあった剣の才は皆無だった。しかし、その代わりに与えられていたのはまた別の才能で……。 他サイトでも公開しています。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...