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第4章 魔王の影を払う少女
第92話 二人の少女の決意
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宿屋を抜け出し、リベラは走る、走る、走る。
そうしてアルティスの誰も居ない路地裏へと入り、拳を強く握りしめた。
体を震わせ、感情に任せて左の壁を力の限りに殴りつけた。
結果拳を痛めることも、血が出ることも、もうどうでもよかった。
「くっ……くぅっ……」
さまざまな感情が、声にならない音を発せさせる。
不安がないわけではなかった。
あらゆる呪いを治療するアリエスが移せないのならば、自分の祝福をもってしても移せないのではないか。
それを考えたことは何度もあった。
けれどこうして目の前に叩きつけられると、絶望する。
レオの体内の呪いは少しだけ反応を見せたものの、全くといっていい程彼の中から動かなかった。
これまであらゆる呪いを移してきたのに、レオの呪いだけダメだった。
「結局っ…私だけっ……」
なら、自分はレオに何を返せるというのか。
親友を救われ、過去を、今の自分を救われた。
にもかかわらずリベラがレオに返せたものなどありはしない。
呪いを移すことで、彼が幸せになればと思った。
自分が代わることで彼やアリエスが少しでも笑えるなら、これから先の人生が滅茶苦茶になってもいいと決めた。
なのに、結局出来たことは。
「レオにっ……呪いを渡しただけっ……」
涙がこぼれ、地面を濡らす。
貰ってばかりどころか、彼に自分の負債を押し付けた。
なぜ、ダメなのか。
自分の身を捧げても、神はレオの呪いを引き受けることを許してはくれないのか。
「うああああああぁぁぁぁっ!」
咆哮。
悔しさ、悲しさ、辛さ、もどかしさ、そして無力さ。
その全てを吐き出すために叫んでも、気持ちは少しも晴れはしない。
真夜中の路地裏には、魂の叫びを聞く人間は一人もいない。
たった一人を、除いては。
――ザッ
目を見開き、リベラは勢いよく振り返る。
涙で潤んだ視界の先に彼女は、アリエスは息を切らして心配そうな表情を浮かべて立っていた。
「なんっ……で……」
誰にも見られたくなかった。
だから宿をこっそりと抜け出し、少し離れたこの路地裏まで駆けてきたはずだ。
なのになぜ、アリエスがここに居るのか。
いや、そんなことよりも。
(見られた……)
誰かに見られたことではなく、よりにもよってアリエスに見られた。
今の自分を絶対に見られたくない二人のうちの一人に。
乱れきった気持ちをさらにかき乱されるリベラ。
「ご、ごめんねっ……きゅ、急に居なくなって驚いたよね。ちょっと夜風に当たりたくてさ」
あははと必死に作り笑いを浮かべて、リベラは取り繕う。
見られているし、聞かれてもいる。
けれど無かったことにしたい。そんな思いは。
「…………」
アリエスのまっすぐな視線に、打ち砕かれた。
「えっと、アリーー」
「その気持ちは」
リベラの声を遮り、アリエスは告げる。
「その気持ちは痛いほど分かります」
誰も居ない、何の音もしない夜の路地裏だからこそよく響いた声。
けれどそれだけではない理由で、その言葉はリベラの心を揺らした。
じっとリベラの空色の瞳から視線を外すことなく、アリエスは伝える。
「わたしも、自分の祝福がレオ様を救えると思っていました。
レオ様を苦しめる呪いを消せると。ですが……結果は見てのとおりです」
聡明なアリエスの事だ。
自分がついさっき何をしようとして、そして何をなせなかったのかを理解しているのだろう。
そしてそれはアリエス自身も痛いほど思い知らされたことなのだと、リベラは知った。
「……そっか。そう……だよね」
呪いを癒せる祝福に目覚めたアリエスがレオに対して祝福を使わない筈がない。
彼女はレオの呪いが解けると信じて、そして裏切られたはずだ。
今の自分と同じように。
「……アリエスは……強いね」
自分よりも多くの物を貰っている彼女が感じた絶望は、自分のものよりも大きかった筈だ。
それでも彼女は前を向けている。今にも崩れそうな自分とは大違いだ。
俯いたままでそう呟いたリベラの右手を、アリエスの手が包み込んだ。
驚いて少しだけ顔を上げてみれば、いつの間にか近づいてきていた彼女と目が合った。
蒼い瞳が、まっすぐにリベラを覗き込んでいる。
「これ以上は深く言いませんし、聞きません。けれど、一つだけ教えてください。
……わたし達二人で、レオ様を支えればいい……この言葉は今も変わりはないですか?」
「…………」
その言葉を、リベラはよく覚えている。
なにせ自分自身がアリエスに告げた言葉だ。
レオの右目の事で悩んでいたアリエスを励ますためにかけたその言葉に、過去の自分に、リベラは答えを得た。
――レオの呪いは解けなかったけど、その手助けはできる
少しだが、リベラの心の闇が晴れた気がした。
崩れかけていた心が、ギリギリのところで見えない、けれど温かい何かに支えられた気がした。
「……ごめん、もう大丈夫。
そうだよね、例え呪いが移せなくてもレオの呪いが解ければ、それでいいんだよね。
にしても荒治療だなぁ。自分自身の言葉を投げかけてくるなんてさ」
「……すみません」
「ううん、いいの。心配してくれたんでしょ? アリエスなりに」
服の袖で涙を拭い、リベラは深く息を吐く。
まだ、心臓は高鳴っている。
先ほどの悲しみや悔しさといった負の感情が消えたわけではないけれど。
もう、これ以上そんな気持ちを抱く必要はない。
今回はダメだったが、それなら他の方法を探すまでだ。
それこそ、レオの呪いが解けるまで何度でも。
かつてアリエスと交わした約束を再び胸に、リベラは涙を拭う。
「戻ろうか。もしレオ達が起きてたら、心配しちゃうからね」
「はい」
少しだけ微笑んだアリエスを見て、リベラは歩き出す。
彼女の横をすり抜けて、レオ達の眠る宿の方へと。
後ろにアリエスが付き従う気配を感じた。
「アリエス……その、このことは……」
「大丈夫です。レオ様には言いません。
でも、今後はその祝福はレオ様に使ってはいけませんよ。
パインに強化してもらって使うのもダメです」
「あー……」
その手もあったか、という意味で声を出したのだが、やろうとしていたという意味でアリエスには捉えられたらしく、鋭い視線が背中に飛んできた。
「ち、違う違う。そんな方法もあるなって思っただけで。
それにこれからは呪いを移す以外の方法でレオの呪いを解く道を探すから大丈夫――」
大丈夫だよ、と言おうとしたところで見慣れた影を見てしまい、リベラは言葉を切った。
不思議に思ったアリエスがリベラの視線の先を辿る。
「エリシアさん?」
夜風に白い髪が遊ばれるように揺れていた。
夕方まで行動を共にしていたエリシアが一人で街を歩いている。
外套の色こそ違うものの、あの白い髪に獣耳、それに腰に差した刀はそれがエリシアであることを物語っていた。
なぜこんな時間に、外を出歩いているのか。
行き先はバランの宿の方向だろうか。
リベラはアリエスと顔を見合わせた後に、彼女の後を追うことにした。
×××
エリシアは歩くスピードが速かったために追いつくことはできなかったが、予想通りバランの宿へと入っていく姿を目撃した。
アリエスとリベラは追いかけるように宿屋に入れば、中の明かりは灯っているものの店主の姿は無い。
時刻は真夜中。寝静まっているのは間違いないだろう。
声をかけるのも忍びないが、勝手に入っているようなものなので申し訳ない気持ちながらも、アリエス達は階段を上った。
エリシアの姿は見えないが、おそらくはバランの部屋だろう。
なぜ彼女がこんな時間にバランの部屋を訪れるのかは分からない。
けれどリベラもアリエスも彼女の後を追わなければならないような、そんな気がしていた。
2階の廊下をゆっくりと歩き、バランの部屋の扉をノックをする。
すると中から「どうぞ」という声が聞こえたので、リベラが扉を開けた。
部屋の中は明かりが灯っていて、バランがベッドで上体を起こしていた。
その隣のメイドはまだ眠ったままだが、バランは不規則な生活なのかこんな時間でも起きていたようだ。
ベッド横の棚に置かれたランプは灯り、その近くに書類が重なっている。
「……お嬢さんたち? エリシアといい、こんな時間に男の部屋に来てはいけないよ?」
バランの言う通り、後ろ姿しか見えないがエリシアが部屋には居た。
彼女はバランの方を向いたままで、アリエス達の方を向きはしない。
けれど彼女の纏う雰囲気はどこか緊張しているかのようなピリピリとした張り詰めた感触があった。
「すみません、街中でエリシアさんを見かけてしまったので、つい」
「街中って……こんな夜中に危ないだろう。レオは知っているのかい?」
「……い、いえ」
非難するようなバランの言葉にアリエスの声が尻すぼみになる。
リベラを追って飛び出してきたものの、よくよく考えれば女性二人で真夜中のアルティスの街を移動してきたのは軽率だったと気づいたのだろう。
大本の原因であるリベラは苦笑いをしながらすまなそうに視線を下げていた。
「全く。本来なら俺が送るところだけれど、絶対安静を言い渡されていてね。
仕方ないから他の人に頼――エリシア?」
不意にバランの言葉が途切れ、心配するような声が部屋に響いた。
後ろ姿しか見えないものの、エリシアの両手は震えていた。
正面から顔を覗いているバランは何が見えているのだろうか。
エリシアは震えたまま立ち尽くし、何も言うことなく時間が過ぎていく。
瞬間、エリシアの震えは止まり、バランが息を呑むのを感じた。
その中で、アリエスは確かな違和感に気づいた。
――誰?
頭に急に沸き上がった疑問。
姿かたちは昼間に出会ったエリシアと同じ。そして震えていたのもエリシアだ。
けれどたった今、彼女はエリシアではなくなった。
彼女は、エリシアではない。
「だ――」
誰なのかを尋ねるよりも早くエリシアの姿をした何かが振り返り、空虚な淡い紫ではなく、狂気に満ちた深紅の瞳が線を引いた。
そうしてアルティスの誰も居ない路地裏へと入り、拳を強く握りしめた。
体を震わせ、感情に任せて左の壁を力の限りに殴りつけた。
結果拳を痛めることも、血が出ることも、もうどうでもよかった。
「くっ……くぅっ……」
さまざまな感情が、声にならない音を発せさせる。
不安がないわけではなかった。
あらゆる呪いを治療するアリエスが移せないのならば、自分の祝福をもってしても移せないのではないか。
それを考えたことは何度もあった。
けれどこうして目の前に叩きつけられると、絶望する。
レオの体内の呪いは少しだけ反応を見せたものの、全くといっていい程彼の中から動かなかった。
これまであらゆる呪いを移してきたのに、レオの呪いだけダメだった。
「結局っ…私だけっ……」
なら、自分はレオに何を返せるというのか。
親友を救われ、過去を、今の自分を救われた。
にもかかわらずリベラがレオに返せたものなどありはしない。
呪いを移すことで、彼が幸せになればと思った。
自分が代わることで彼やアリエスが少しでも笑えるなら、これから先の人生が滅茶苦茶になってもいいと決めた。
なのに、結局出来たことは。
「レオにっ……呪いを渡しただけっ……」
涙がこぼれ、地面を濡らす。
貰ってばかりどころか、彼に自分の負債を押し付けた。
なぜ、ダメなのか。
自分の身を捧げても、神はレオの呪いを引き受けることを許してはくれないのか。
「うああああああぁぁぁぁっ!」
咆哮。
悔しさ、悲しさ、辛さ、もどかしさ、そして無力さ。
その全てを吐き出すために叫んでも、気持ちは少しも晴れはしない。
真夜中の路地裏には、魂の叫びを聞く人間は一人もいない。
たった一人を、除いては。
――ザッ
目を見開き、リベラは勢いよく振り返る。
涙で潤んだ視界の先に彼女は、アリエスは息を切らして心配そうな表情を浮かべて立っていた。
「なんっ……で……」
誰にも見られたくなかった。
だから宿をこっそりと抜け出し、少し離れたこの路地裏まで駆けてきたはずだ。
なのになぜ、アリエスがここに居るのか。
いや、そんなことよりも。
(見られた……)
誰かに見られたことではなく、よりにもよってアリエスに見られた。
今の自分を絶対に見られたくない二人のうちの一人に。
乱れきった気持ちをさらにかき乱されるリベラ。
「ご、ごめんねっ……きゅ、急に居なくなって驚いたよね。ちょっと夜風に当たりたくてさ」
あははと必死に作り笑いを浮かべて、リベラは取り繕う。
見られているし、聞かれてもいる。
けれど無かったことにしたい。そんな思いは。
「…………」
アリエスのまっすぐな視線に、打ち砕かれた。
「えっと、アリーー」
「その気持ちは」
リベラの声を遮り、アリエスは告げる。
「その気持ちは痛いほど分かります」
誰も居ない、何の音もしない夜の路地裏だからこそよく響いた声。
けれどそれだけではない理由で、その言葉はリベラの心を揺らした。
じっとリベラの空色の瞳から視線を外すことなく、アリエスは伝える。
「わたしも、自分の祝福がレオ様を救えると思っていました。
レオ様を苦しめる呪いを消せると。ですが……結果は見てのとおりです」
聡明なアリエスの事だ。
自分がついさっき何をしようとして、そして何をなせなかったのかを理解しているのだろう。
そしてそれはアリエス自身も痛いほど思い知らされたことなのだと、リベラは知った。
「……そっか。そう……だよね」
呪いを癒せる祝福に目覚めたアリエスがレオに対して祝福を使わない筈がない。
彼女はレオの呪いが解けると信じて、そして裏切られたはずだ。
今の自分と同じように。
「……アリエスは……強いね」
自分よりも多くの物を貰っている彼女が感じた絶望は、自分のものよりも大きかった筈だ。
それでも彼女は前を向けている。今にも崩れそうな自分とは大違いだ。
俯いたままでそう呟いたリベラの右手を、アリエスの手が包み込んだ。
驚いて少しだけ顔を上げてみれば、いつの間にか近づいてきていた彼女と目が合った。
蒼い瞳が、まっすぐにリベラを覗き込んでいる。
「これ以上は深く言いませんし、聞きません。けれど、一つだけ教えてください。
……わたし達二人で、レオ様を支えればいい……この言葉は今も変わりはないですか?」
「…………」
その言葉を、リベラはよく覚えている。
なにせ自分自身がアリエスに告げた言葉だ。
レオの右目の事で悩んでいたアリエスを励ますためにかけたその言葉に、過去の自分に、リベラは答えを得た。
――レオの呪いは解けなかったけど、その手助けはできる
少しだが、リベラの心の闇が晴れた気がした。
崩れかけていた心が、ギリギリのところで見えない、けれど温かい何かに支えられた気がした。
「……ごめん、もう大丈夫。
そうだよね、例え呪いが移せなくてもレオの呪いが解ければ、それでいいんだよね。
にしても荒治療だなぁ。自分自身の言葉を投げかけてくるなんてさ」
「……すみません」
「ううん、いいの。心配してくれたんでしょ? アリエスなりに」
服の袖で涙を拭い、リベラは深く息を吐く。
まだ、心臓は高鳴っている。
先ほどの悲しみや悔しさといった負の感情が消えたわけではないけれど。
もう、これ以上そんな気持ちを抱く必要はない。
今回はダメだったが、それなら他の方法を探すまでだ。
それこそ、レオの呪いが解けるまで何度でも。
かつてアリエスと交わした約束を再び胸に、リベラは涙を拭う。
「戻ろうか。もしレオ達が起きてたら、心配しちゃうからね」
「はい」
少しだけ微笑んだアリエスを見て、リベラは歩き出す。
彼女の横をすり抜けて、レオ達の眠る宿の方へと。
後ろにアリエスが付き従う気配を感じた。
「アリエス……その、このことは……」
「大丈夫です。レオ様には言いません。
でも、今後はその祝福はレオ様に使ってはいけませんよ。
パインに強化してもらって使うのもダメです」
「あー……」
その手もあったか、という意味で声を出したのだが、やろうとしていたという意味でアリエスには捉えられたらしく、鋭い視線が背中に飛んできた。
「ち、違う違う。そんな方法もあるなって思っただけで。
それにこれからは呪いを移す以外の方法でレオの呪いを解く道を探すから大丈夫――」
大丈夫だよ、と言おうとしたところで見慣れた影を見てしまい、リベラは言葉を切った。
不思議に思ったアリエスがリベラの視線の先を辿る。
「エリシアさん?」
夜風に白い髪が遊ばれるように揺れていた。
夕方まで行動を共にしていたエリシアが一人で街を歩いている。
外套の色こそ違うものの、あの白い髪に獣耳、それに腰に差した刀はそれがエリシアであることを物語っていた。
なぜこんな時間に、外を出歩いているのか。
行き先はバランの宿の方向だろうか。
リベラはアリエスと顔を見合わせた後に、彼女の後を追うことにした。
×××
エリシアは歩くスピードが速かったために追いつくことはできなかったが、予想通りバランの宿へと入っていく姿を目撃した。
アリエスとリベラは追いかけるように宿屋に入れば、中の明かりは灯っているものの店主の姿は無い。
時刻は真夜中。寝静まっているのは間違いないだろう。
声をかけるのも忍びないが、勝手に入っているようなものなので申し訳ない気持ちながらも、アリエス達は階段を上った。
エリシアの姿は見えないが、おそらくはバランの部屋だろう。
なぜ彼女がこんな時間にバランの部屋を訪れるのかは分からない。
けれどリベラもアリエスも彼女の後を追わなければならないような、そんな気がしていた。
2階の廊下をゆっくりと歩き、バランの部屋の扉をノックをする。
すると中から「どうぞ」という声が聞こえたので、リベラが扉を開けた。
部屋の中は明かりが灯っていて、バランがベッドで上体を起こしていた。
その隣のメイドはまだ眠ったままだが、バランは不規則な生活なのかこんな時間でも起きていたようだ。
ベッド横の棚に置かれたランプは灯り、その近くに書類が重なっている。
「……お嬢さんたち? エリシアといい、こんな時間に男の部屋に来てはいけないよ?」
バランの言う通り、後ろ姿しか見えないがエリシアが部屋には居た。
彼女はバランの方を向いたままで、アリエス達の方を向きはしない。
けれど彼女の纏う雰囲気はどこか緊張しているかのようなピリピリとした張り詰めた感触があった。
「すみません、街中でエリシアさんを見かけてしまったので、つい」
「街中って……こんな夜中に危ないだろう。レオは知っているのかい?」
「……い、いえ」
非難するようなバランの言葉にアリエスの声が尻すぼみになる。
リベラを追って飛び出してきたものの、よくよく考えれば女性二人で真夜中のアルティスの街を移動してきたのは軽率だったと気づいたのだろう。
大本の原因であるリベラは苦笑いをしながらすまなそうに視線を下げていた。
「全く。本来なら俺が送るところだけれど、絶対安静を言い渡されていてね。
仕方ないから他の人に頼――エリシア?」
不意にバランの言葉が途切れ、心配するような声が部屋に響いた。
後ろ姿しか見えないものの、エリシアの両手は震えていた。
正面から顔を覗いているバランは何が見えているのだろうか。
エリシアは震えたまま立ち尽くし、何も言うことなく時間が過ぎていく。
瞬間、エリシアの震えは止まり、バランが息を呑むのを感じた。
その中で、アリエスは確かな違和感に気づいた。
――誰?
頭に急に沸き上がった疑問。
姿かたちは昼間に出会ったエリシアと同じ。そして震えていたのもエリシアだ。
けれどたった今、彼女はエリシアではなくなった。
彼女は、エリシアではない。
「だ――」
誰なのかを尋ねるよりも早くエリシアの姿をした何かが振り返り、空虚な淡い紫ではなく、狂気に満ちた深紅の瞳が線を引いた。
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ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。
馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。
大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。
精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。
人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。
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