92 / 114
第4章 魔王の影を払う少女
第92話 二人の少女の決意
しおりを挟む
宿屋を抜け出し、リベラは走る、走る、走る。
そうしてアルティスの誰も居ない路地裏へと入り、拳を強く握りしめた。
体を震わせ、感情に任せて左の壁を力の限りに殴りつけた。
結果拳を痛めることも、血が出ることも、もうどうでもよかった。
「くっ……くぅっ……」
さまざまな感情が、声にならない音を発せさせる。
不安がないわけではなかった。
あらゆる呪いを治療するアリエスが移せないのならば、自分の祝福をもってしても移せないのではないか。
それを考えたことは何度もあった。
けれどこうして目の前に叩きつけられると、絶望する。
レオの体内の呪いは少しだけ反応を見せたものの、全くといっていい程彼の中から動かなかった。
これまであらゆる呪いを移してきたのに、レオの呪いだけダメだった。
「結局っ…私だけっ……」
なら、自分はレオに何を返せるというのか。
親友を救われ、過去を、今の自分を救われた。
にもかかわらずリベラがレオに返せたものなどありはしない。
呪いを移すことで、彼が幸せになればと思った。
自分が代わることで彼やアリエスが少しでも笑えるなら、これから先の人生が滅茶苦茶になってもいいと決めた。
なのに、結局出来たことは。
「レオにっ……呪いを渡しただけっ……」
涙がこぼれ、地面を濡らす。
貰ってばかりどころか、彼に自分の負債を押し付けた。
なぜ、ダメなのか。
自分の身を捧げても、神はレオの呪いを引き受けることを許してはくれないのか。
「うああああああぁぁぁぁっ!」
咆哮。
悔しさ、悲しさ、辛さ、もどかしさ、そして無力さ。
その全てを吐き出すために叫んでも、気持ちは少しも晴れはしない。
真夜中の路地裏には、魂の叫びを聞く人間は一人もいない。
たった一人を、除いては。
――ザッ
目を見開き、リベラは勢いよく振り返る。
涙で潤んだ視界の先に彼女は、アリエスは息を切らして心配そうな表情を浮かべて立っていた。
「なんっ……で……」
誰にも見られたくなかった。
だから宿をこっそりと抜け出し、少し離れたこの路地裏まで駆けてきたはずだ。
なのになぜ、アリエスがここに居るのか。
いや、そんなことよりも。
(見られた……)
誰かに見られたことではなく、よりにもよってアリエスに見られた。
今の自分を絶対に見られたくない二人のうちの一人に。
乱れきった気持ちをさらにかき乱されるリベラ。
「ご、ごめんねっ……きゅ、急に居なくなって驚いたよね。ちょっと夜風に当たりたくてさ」
あははと必死に作り笑いを浮かべて、リベラは取り繕う。
見られているし、聞かれてもいる。
けれど無かったことにしたい。そんな思いは。
「…………」
アリエスのまっすぐな視線に、打ち砕かれた。
「えっと、アリーー」
「その気持ちは」
リベラの声を遮り、アリエスは告げる。
「その気持ちは痛いほど分かります」
誰も居ない、何の音もしない夜の路地裏だからこそよく響いた声。
けれどそれだけではない理由で、その言葉はリベラの心を揺らした。
じっとリベラの空色の瞳から視線を外すことなく、アリエスは伝える。
「わたしも、自分の祝福がレオ様を救えると思っていました。
レオ様を苦しめる呪いを消せると。ですが……結果は見てのとおりです」
聡明なアリエスの事だ。
自分がついさっき何をしようとして、そして何をなせなかったのかを理解しているのだろう。
そしてそれはアリエス自身も痛いほど思い知らされたことなのだと、リベラは知った。
「……そっか。そう……だよね」
呪いを癒せる祝福に目覚めたアリエスがレオに対して祝福を使わない筈がない。
彼女はレオの呪いが解けると信じて、そして裏切られたはずだ。
今の自分と同じように。
「……アリエスは……強いね」
自分よりも多くの物を貰っている彼女が感じた絶望は、自分のものよりも大きかった筈だ。
それでも彼女は前を向けている。今にも崩れそうな自分とは大違いだ。
俯いたままでそう呟いたリベラの右手を、アリエスの手が包み込んだ。
驚いて少しだけ顔を上げてみれば、いつの間にか近づいてきていた彼女と目が合った。
蒼い瞳が、まっすぐにリベラを覗き込んでいる。
「これ以上は深く言いませんし、聞きません。けれど、一つだけ教えてください。
……わたし達二人で、レオ様を支えればいい……この言葉は今も変わりはないですか?」
「…………」
その言葉を、リベラはよく覚えている。
なにせ自分自身がアリエスに告げた言葉だ。
レオの右目の事で悩んでいたアリエスを励ますためにかけたその言葉に、過去の自分に、リベラは答えを得た。
――レオの呪いは解けなかったけど、その手助けはできる
少しだが、リベラの心の闇が晴れた気がした。
崩れかけていた心が、ギリギリのところで見えない、けれど温かい何かに支えられた気がした。
「……ごめん、もう大丈夫。
そうだよね、例え呪いが移せなくてもレオの呪いが解ければ、それでいいんだよね。
にしても荒治療だなぁ。自分自身の言葉を投げかけてくるなんてさ」
「……すみません」
「ううん、いいの。心配してくれたんでしょ? アリエスなりに」
服の袖で涙を拭い、リベラは深く息を吐く。
まだ、心臓は高鳴っている。
先ほどの悲しみや悔しさといった負の感情が消えたわけではないけれど。
もう、これ以上そんな気持ちを抱く必要はない。
今回はダメだったが、それなら他の方法を探すまでだ。
それこそ、レオの呪いが解けるまで何度でも。
かつてアリエスと交わした約束を再び胸に、リベラは涙を拭う。
「戻ろうか。もしレオ達が起きてたら、心配しちゃうからね」
「はい」
少しだけ微笑んだアリエスを見て、リベラは歩き出す。
彼女の横をすり抜けて、レオ達の眠る宿の方へと。
後ろにアリエスが付き従う気配を感じた。
「アリエス……その、このことは……」
「大丈夫です。レオ様には言いません。
でも、今後はその祝福はレオ様に使ってはいけませんよ。
パインに強化してもらって使うのもダメです」
「あー……」
その手もあったか、という意味で声を出したのだが、やろうとしていたという意味でアリエスには捉えられたらしく、鋭い視線が背中に飛んできた。
「ち、違う違う。そんな方法もあるなって思っただけで。
それにこれからは呪いを移す以外の方法でレオの呪いを解く道を探すから大丈夫――」
大丈夫だよ、と言おうとしたところで見慣れた影を見てしまい、リベラは言葉を切った。
不思議に思ったアリエスがリベラの視線の先を辿る。
「エリシアさん?」
夜風に白い髪が遊ばれるように揺れていた。
夕方まで行動を共にしていたエリシアが一人で街を歩いている。
外套の色こそ違うものの、あの白い髪に獣耳、それに腰に差した刀はそれがエリシアであることを物語っていた。
なぜこんな時間に、外を出歩いているのか。
行き先はバランの宿の方向だろうか。
リベラはアリエスと顔を見合わせた後に、彼女の後を追うことにした。
×××
エリシアは歩くスピードが速かったために追いつくことはできなかったが、予想通りバランの宿へと入っていく姿を目撃した。
アリエスとリベラは追いかけるように宿屋に入れば、中の明かりは灯っているものの店主の姿は無い。
時刻は真夜中。寝静まっているのは間違いないだろう。
声をかけるのも忍びないが、勝手に入っているようなものなので申し訳ない気持ちながらも、アリエス達は階段を上った。
エリシアの姿は見えないが、おそらくはバランの部屋だろう。
なぜ彼女がこんな時間にバランの部屋を訪れるのかは分からない。
けれどリベラもアリエスも彼女の後を追わなければならないような、そんな気がしていた。
2階の廊下をゆっくりと歩き、バランの部屋の扉をノックをする。
すると中から「どうぞ」という声が聞こえたので、リベラが扉を開けた。
部屋の中は明かりが灯っていて、バランがベッドで上体を起こしていた。
その隣のメイドはまだ眠ったままだが、バランは不規則な生活なのかこんな時間でも起きていたようだ。
ベッド横の棚に置かれたランプは灯り、その近くに書類が重なっている。
「……お嬢さんたち? エリシアといい、こんな時間に男の部屋に来てはいけないよ?」
バランの言う通り、後ろ姿しか見えないがエリシアが部屋には居た。
彼女はバランの方を向いたままで、アリエス達の方を向きはしない。
けれど彼女の纏う雰囲気はどこか緊張しているかのようなピリピリとした張り詰めた感触があった。
「すみません、街中でエリシアさんを見かけてしまったので、つい」
「街中って……こんな夜中に危ないだろう。レオは知っているのかい?」
「……い、いえ」
非難するようなバランの言葉にアリエスの声が尻すぼみになる。
リベラを追って飛び出してきたものの、よくよく考えれば女性二人で真夜中のアルティスの街を移動してきたのは軽率だったと気づいたのだろう。
大本の原因であるリベラは苦笑いをしながらすまなそうに視線を下げていた。
「全く。本来なら俺が送るところだけれど、絶対安静を言い渡されていてね。
仕方ないから他の人に頼――エリシア?」
不意にバランの言葉が途切れ、心配するような声が部屋に響いた。
後ろ姿しか見えないものの、エリシアの両手は震えていた。
正面から顔を覗いているバランは何が見えているのだろうか。
エリシアは震えたまま立ち尽くし、何も言うことなく時間が過ぎていく。
瞬間、エリシアの震えは止まり、バランが息を呑むのを感じた。
その中で、アリエスは確かな違和感に気づいた。
――誰?
頭に急に沸き上がった疑問。
姿かたちは昼間に出会ったエリシアと同じ。そして震えていたのもエリシアだ。
けれどたった今、彼女はエリシアではなくなった。
彼女は、エリシアではない。
「だ――」
誰なのかを尋ねるよりも早くエリシアの姿をした何かが振り返り、空虚な淡い紫ではなく、狂気に満ちた深紅の瞳が線を引いた。
そうしてアルティスの誰も居ない路地裏へと入り、拳を強く握りしめた。
体を震わせ、感情に任せて左の壁を力の限りに殴りつけた。
結果拳を痛めることも、血が出ることも、もうどうでもよかった。
「くっ……くぅっ……」
さまざまな感情が、声にならない音を発せさせる。
不安がないわけではなかった。
あらゆる呪いを治療するアリエスが移せないのならば、自分の祝福をもってしても移せないのではないか。
それを考えたことは何度もあった。
けれどこうして目の前に叩きつけられると、絶望する。
レオの体内の呪いは少しだけ反応を見せたものの、全くといっていい程彼の中から動かなかった。
これまであらゆる呪いを移してきたのに、レオの呪いだけダメだった。
「結局っ…私だけっ……」
なら、自分はレオに何を返せるというのか。
親友を救われ、過去を、今の自分を救われた。
にもかかわらずリベラがレオに返せたものなどありはしない。
呪いを移すことで、彼が幸せになればと思った。
自分が代わることで彼やアリエスが少しでも笑えるなら、これから先の人生が滅茶苦茶になってもいいと決めた。
なのに、結局出来たことは。
「レオにっ……呪いを渡しただけっ……」
涙がこぼれ、地面を濡らす。
貰ってばかりどころか、彼に自分の負債を押し付けた。
なぜ、ダメなのか。
自分の身を捧げても、神はレオの呪いを引き受けることを許してはくれないのか。
「うああああああぁぁぁぁっ!」
咆哮。
悔しさ、悲しさ、辛さ、もどかしさ、そして無力さ。
その全てを吐き出すために叫んでも、気持ちは少しも晴れはしない。
真夜中の路地裏には、魂の叫びを聞く人間は一人もいない。
たった一人を、除いては。
――ザッ
目を見開き、リベラは勢いよく振り返る。
涙で潤んだ視界の先に彼女は、アリエスは息を切らして心配そうな表情を浮かべて立っていた。
「なんっ……で……」
誰にも見られたくなかった。
だから宿をこっそりと抜け出し、少し離れたこの路地裏まで駆けてきたはずだ。
なのになぜ、アリエスがここに居るのか。
いや、そんなことよりも。
(見られた……)
誰かに見られたことではなく、よりにもよってアリエスに見られた。
今の自分を絶対に見られたくない二人のうちの一人に。
乱れきった気持ちをさらにかき乱されるリベラ。
「ご、ごめんねっ……きゅ、急に居なくなって驚いたよね。ちょっと夜風に当たりたくてさ」
あははと必死に作り笑いを浮かべて、リベラは取り繕う。
見られているし、聞かれてもいる。
けれど無かったことにしたい。そんな思いは。
「…………」
アリエスのまっすぐな視線に、打ち砕かれた。
「えっと、アリーー」
「その気持ちは」
リベラの声を遮り、アリエスは告げる。
「その気持ちは痛いほど分かります」
誰も居ない、何の音もしない夜の路地裏だからこそよく響いた声。
けれどそれだけではない理由で、その言葉はリベラの心を揺らした。
じっとリベラの空色の瞳から視線を外すことなく、アリエスは伝える。
「わたしも、自分の祝福がレオ様を救えると思っていました。
レオ様を苦しめる呪いを消せると。ですが……結果は見てのとおりです」
聡明なアリエスの事だ。
自分がついさっき何をしようとして、そして何をなせなかったのかを理解しているのだろう。
そしてそれはアリエス自身も痛いほど思い知らされたことなのだと、リベラは知った。
「……そっか。そう……だよね」
呪いを癒せる祝福に目覚めたアリエスがレオに対して祝福を使わない筈がない。
彼女はレオの呪いが解けると信じて、そして裏切られたはずだ。
今の自分と同じように。
「……アリエスは……強いね」
自分よりも多くの物を貰っている彼女が感じた絶望は、自分のものよりも大きかった筈だ。
それでも彼女は前を向けている。今にも崩れそうな自分とは大違いだ。
俯いたままでそう呟いたリベラの右手を、アリエスの手が包み込んだ。
驚いて少しだけ顔を上げてみれば、いつの間にか近づいてきていた彼女と目が合った。
蒼い瞳が、まっすぐにリベラを覗き込んでいる。
「これ以上は深く言いませんし、聞きません。けれど、一つだけ教えてください。
……わたし達二人で、レオ様を支えればいい……この言葉は今も変わりはないですか?」
「…………」
その言葉を、リベラはよく覚えている。
なにせ自分自身がアリエスに告げた言葉だ。
レオの右目の事で悩んでいたアリエスを励ますためにかけたその言葉に、過去の自分に、リベラは答えを得た。
――レオの呪いは解けなかったけど、その手助けはできる
少しだが、リベラの心の闇が晴れた気がした。
崩れかけていた心が、ギリギリのところで見えない、けれど温かい何かに支えられた気がした。
「……ごめん、もう大丈夫。
そうだよね、例え呪いが移せなくてもレオの呪いが解ければ、それでいいんだよね。
にしても荒治療だなぁ。自分自身の言葉を投げかけてくるなんてさ」
「……すみません」
「ううん、いいの。心配してくれたんでしょ? アリエスなりに」
服の袖で涙を拭い、リベラは深く息を吐く。
まだ、心臓は高鳴っている。
先ほどの悲しみや悔しさといった負の感情が消えたわけではないけれど。
もう、これ以上そんな気持ちを抱く必要はない。
今回はダメだったが、それなら他の方法を探すまでだ。
それこそ、レオの呪いが解けるまで何度でも。
かつてアリエスと交わした約束を再び胸に、リベラは涙を拭う。
「戻ろうか。もしレオ達が起きてたら、心配しちゃうからね」
「はい」
少しだけ微笑んだアリエスを見て、リベラは歩き出す。
彼女の横をすり抜けて、レオ達の眠る宿の方へと。
後ろにアリエスが付き従う気配を感じた。
「アリエス……その、このことは……」
「大丈夫です。レオ様には言いません。
でも、今後はその祝福はレオ様に使ってはいけませんよ。
パインに強化してもらって使うのもダメです」
「あー……」
その手もあったか、という意味で声を出したのだが、やろうとしていたという意味でアリエスには捉えられたらしく、鋭い視線が背中に飛んできた。
「ち、違う違う。そんな方法もあるなって思っただけで。
それにこれからは呪いを移す以外の方法でレオの呪いを解く道を探すから大丈夫――」
大丈夫だよ、と言おうとしたところで見慣れた影を見てしまい、リベラは言葉を切った。
不思議に思ったアリエスがリベラの視線の先を辿る。
「エリシアさん?」
夜風に白い髪が遊ばれるように揺れていた。
夕方まで行動を共にしていたエリシアが一人で街を歩いている。
外套の色こそ違うものの、あの白い髪に獣耳、それに腰に差した刀はそれがエリシアであることを物語っていた。
なぜこんな時間に、外を出歩いているのか。
行き先はバランの宿の方向だろうか。
リベラはアリエスと顔を見合わせた後に、彼女の後を追うことにした。
×××
エリシアは歩くスピードが速かったために追いつくことはできなかったが、予想通りバランの宿へと入っていく姿を目撃した。
アリエスとリベラは追いかけるように宿屋に入れば、中の明かりは灯っているものの店主の姿は無い。
時刻は真夜中。寝静まっているのは間違いないだろう。
声をかけるのも忍びないが、勝手に入っているようなものなので申し訳ない気持ちながらも、アリエス達は階段を上った。
エリシアの姿は見えないが、おそらくはバランの部屋だろう。
なぜ彼女がこんな時間にバランの部屋を訪れるのかは分からない。
けれどリベラもアリエスも彼女の後を追わなければならないような、そんな気がしていた。
2階の廊下をゆっくりと歩き、バランの部屋の扉をノックをする。
すると中から「どうぞ」という声が聞こえたので、リベラが扉を開けた。
部屋の中は明かりが灯っていて、バランがベッドで上体を起こしていた。
その隣のメイドはまだ眠ったままだが、バランは不規則な生活なのかこんな時間でも起きていたようだ。
ベッド横の棚に置かれたランプは灯り、その近くに書類が重なっている。
「……お嬢さんたち? エリシアといい、こんな時間に男の部屋に来てはいけないよ?」
バランの言う通り、後ろ姿しか見えないがエリシアが部屋には居た。
彼女はバランの方を向いたままで、アリエス達の方を向きはしない。
けれど彼女の纏う雰囲気はどこか緊張しているかのようなピリピリとした張り詰めた感触があった。
「すみません、街中でエリシアさんを見かけてしまったので、つい」
「街中って……こんな夜中に危ないだろう。レオは知っているのかい?」
「……い、いえ」
非難するようなバランの言葉にアリエスの声が尻すぼみになる。
リベラを追って飛び出してきたものの、よくよく考えれば女性二人で真夜中のアルティスの街を移動してきたのは軽率だったと気づいたのだろう。
大本の原因であるリベラは苦笑いをしながらすまなそうに視線を下げていた。
「全く。本来なら俺が送るところだけれど、絶対安静を言い渡されていてね。
仕方ないから他の人に頼――エリシア?」
不意にバランの言葉が途切れ、心配するような声が部屋に響いた。
後ろ姿しか見えないものの、エリシアの両手は震えていた。
正面から顔を覗いているバランは何が見えているのだろうか。
エリシアは震えたまま立ち尽くし、何も言うことなく時間が過ぎていく。
瞬間、エリシアの震えは止まり、バランが息を呑むのを感じた。
その中で、アリエスは確かな違和感に気づいた。
――誰?
頭に急に沸き上がった疑問。
姿かたちは昼間に出会ったエリシアと同じ。そして震えていたのもエリシアだ。
けれどたった今、彼女はエリシアではなくなった。
彼女は、エリシアではない。
「だ――」
誰なのかを尋ねるよりも早くエリシアの姿をした何かが振り返り、空虚な淡い紫ではなく、狂気に満ちた深紅の瞳が線を引いた。
0
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
異世界転移したよ!
八田若忠
ファンタジー
日々鉄工所で働く中年男が地球の神様が企てた事故であっけなく死亡する。
主人公の死の真相は「軟弱者が嫌いだから」と神様が明かすが、地球の神様はパンチパーマで恐ろしい顔つきだったので、あっさりと了承する主人公。
「軟弱者」と罵られた原因である魔法を自由に行使する事が出来る世界にリストラされた主人公が、ここぞとばかりに魔法を使いまくるかと思えば、そこそこ平和でお人好しばかりが住むエンガルの町に流れ着いたばかりに、温泉を掘る程度でしか活躍出来ないばかりか、腕力に物を言わせる事に長けたドワーフの三姉妹が押しかけ女房になってしまったので、益々活躍の場が無くなりさあ大変。
基本三人の奥さんが荒事を片付けている間、後ろから主人公が応援する御近所大冒険物語。
この度アルファポリス様主催の第8回ファンタジー小説大賞にて特別賞を頂き、アルファポリス様から書籍化しました。

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います
しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが……
アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編

スキル喰らい(スキルイーター)がヤバすぎた 他人のスキルを食らって底辺から最強に駆け上がる
けんたん
ファンタジー
レイ・ユーグナイト 貴族の三男で産まれたおれは、12の成人の儀を受けたら家を出ないと行けなかった だが俺には誰にも言ってない秘密があった 前世の記憶があることだ
俺は10才になったら現代知識と貴族の子供が受ける継承の義で受け継ぐであろうスキルでスローライフの夢をみる
だが本来受け継ぐであろう親のスキルを何一つ受け継ぐことなく能無しとされひどい扱いを受けることになる だが実はスキルは受け継がなかったが俺にだけ見えるユニークスキル スキル喰らいで俺は密かに強くなり 俺に対してひどい扱いをしたやつを見返すことを心に誓った
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。

チートな嫁たちに囲まれて異世界で暮らしています
もぶぞう
ファンタジー
森でナギサを拾ってくれたのはダークエルフの女性だった。
使命が有る訳でも無い男が強い嫁を増やしながら異世界で暮らす話です(予定)。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる