魔王討伐の勇者は国を追い出され、行く当てもない旅に出る ~最強最悪の呪いで全てを奪われた勇者が、大切なものを見つけて呪いを解くまで~

紗沙

文字の大きさ
上 下
88 / 114
第4章 魔王の影を払う少女

第88話 あの城で最も強かった者

しおりを挟む
 黒い毛並みに漆黒の馬具を着けた筋骨隆々の馬は人為的なものではない。
 その体全てを魔王ミリアの力が覆った、もはや馬ではなく一体の魔物。
 そしてそれと同じ力を纏う黒い甲冑の騎士もまた、人ではなく魔物だ。

 ――黒騎士

 もしも形容するのならばそんな名前になるだろう。
 2体なのか1体なのか分からない禍々しい魔物は、魔王城にて魔王ミリアの居た謁見の間の前を守護していたものだ。

 これまでアルティス周辺に出現していた魔物は、次第にかつて魔王城の深部に配置されていたものになっていった。
 黒い鎧は城の門番であったし、骸骨の仮面の魔導士は2階の大広間で遭遇した。
 黒衣の暗殺者は4階に向かう階段の途中で戦闘になったし、今回のは最上階で対峙した敵だ。

 ならば、これ以上はないとレオは結論付ける。
 魔王城に居た魔物の中で目の前の黒騎士よりも強い個体は居なかったからだ。

「レオ様、一つ提案があります」

 じっと黒騎士を見続けるレオに背後からアリエスが声をかけた。

「逃がさないようにしてください。
 仮に倒したとしても、何があってもこの場から逃げられないように」

「……? あぁ、分かった」

 指示の意図こそわからなかったものの、アリエスの要望ならば聞かない理由はない。
 レオは外からも中からも侵入を遮断する広場程度の小さな結界を祝福で張った。

(さて、どうするか)

 右へと視線を向ければ、刀を抜き放つエリシアの姿が映る。
 黒衣の暗殺者を任せた以上、この黒騎士に関してもエリシアに任せるのが道理ではある。
 しかし。

「エリシアさん、少し確認したいことがあるのであの魔物だけはレオ様に任せてはいただけないでしょうか?」

 レオが聞く前にアリエスがそう問いかけた。
 エリシアは首だけでアリエスを振り返り視線を交差させるものの、やがてゆっくりと頷いた。
 戦いたいという気持ちはあるのか、その反応は渋々了承したといった感じであったが。

 アリエスはエリシアのそんな雰囲気を全く気にすることなく、レオに告げる。

「レオ様、お願いします」

「……ああ」

 背後からアリエスとエリシアの強い視線を感じてやや戸惑うものの、レオは頷いて剣を取り出した。
 柄を握ると同時、体中の祝福を解放し、地を蹴った。

 黒騎士が馬を使って瞬時に詰める距離を、それよりも速く詰め。
 鋭く、重い槍が振るわれるよりも遥かに速く。
 どんな冒険者の刃でも通さない漆黒の甲冑を、まるで紙のように斬り裂いて。
 そのまま馬の首も一緒に斬り落とした。

 魔王城での戦いを完全に再現した決着を迎え、レオは再び立っていた位置へと戻った。
 たった一瞬の、出来事だった。

「……やっぱり、レオって本当にすごいわ」

 呆れたようなリベラの声に呼応するように、他の三つの視線に込められた感情が変わる。
 二つは誇らしいものに、そしてもう一つは、驚愕するものに。

 ――さて

 崩れて黒い灰になっていく魔物を見ながら、レオはそれをじっと観察する。
 いつも通り壊すことはできた。それならばこのあと、何が起こるのか。

 地面へと転がり落ちた魔石を見てふと違和感を覚えた次の瞬間。
 体内の祝福が、ざわついた。
 何者かが、中から外に出ようとしたことを伝えてくる。

「……? ???」

 レオは内心で首を傾げることしかできない。
 結界は目に見える狭い範囲に張った。
 けれど誰も外に出ようとはしていない。

 レオはもちろんことアリエス達も、エリシアもじっとその場に留まっている。
 けれども、何かが先ほどから外に出ようと藻掻いている。

 やがて無駄だと諦めたのか、祝福のざわつきが消えた後、レオの目の前に異変が訪れた。
 まず、地面に転がっていた魔石が解けた。
 風に運ばれたのでもなく、砕けたのでもなく、急に赤ではなく、黒い粉のような山へと変わってしまった。
 それは宙へと浮かび、円を描き始める。
 そしてそこに、どこから現れたのか黒い灰が吸い込まれるように集まっていく。

「……黒い鎧も、骸骨の仮面の魔導士も、黒衣の暗殺者も、そして今のも、一つの魔物だったんです」

 確信を得たであろうアリエスがはっきりと告げる。

「他の魔物に化けるその魔物は、魔石すらも偽装して倒されたように見せかけた。
 そして次は別の魔物に化けて再び姿を現したんです。
 きっと今頃、冒険者組合に提出したこれまでの魔石も消えているでしょう」

(……そうだったのか)

 アリエスの説明通りならば納得がいく。
 これまでなぜ魔王城の魔物ばかりと思っていたが、それが一体ならば深く考える必要はない。
 ただ強い魔物に化けているだけなのだから。

 そこまで考えて、レオはまた別の事を考え始めた。

(ってことは、これからは変身魔法だけじゃなくて、魔石の偽装を見抜く祝福とかも作らないとか)

 やや明後日の方向へと思考を飛ばしたレオは剣を構える。
 ちなみにその祝福を作ったところで、これから先に一度も使わないのは言うまでもない。

 黒い灰は渦を描いて形を取っていく。
 レオは魔王城の魔物の別個体が集まっているから、これ以上は無いと考えていた。
 だがアリエスの言うように化けているだけならば、あと一つだけ先がある。

 それを魔物と呼称していいのかは分からないが、魔王城には先ほどの黒騎士よりも強い者が一人だけ居た。

 黒が、姿を作っていく。
 影だけながらもそれが何なのか、誰なのかよく分かる。
 人型のフォルム、女性の体、長い髪に、右手に握る装飾の施された細剣。

「……そうなるに、決まっているか」

 表面が風で剥がされ、現れた一人の女性を見てレオは呟いた。
 あの城で最も強かった者、魔王ミリアが立っていた。

(けれど、することは変わらない)

 これまでの傾向から、目の前の魔物は化けた元の魔物の能力を完全には再現できない。
 必ず元の個体よりも弱く再現されてしまうようだ。
 それならば、本物の魔王ミリアを倒したレオの敵ではない。

 それに魔王ミリアの力を再現するのは無理があるのか、今もところどころがぼやけて崩れそうになっている。
 正体には驚いたが、レオがこの街に来た時点でこの魔物に勝ち目はない。
 今回も一瞬で壊す。そう思って飛びだし、がら空きの胸に向けて剣を突き出す。

 本物ですら反応できなかった一撃を偽物が反応できるはずもない。
 目視できない一撃は的確に魔王ミリアの胸を、心臓を貫き、本物と同じ運命を辿らせる。
 壊しきった。そう確信し、これでアルティスの騒動も一段落だと思ったとき。

「……せん……せい?」

 アリエスの震える声が、耳に響いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

処理中です...