魔王討伐の勇者は国を追い出され、行く当てもない旅に出る ~最強最悪の呪いで全てを奪われた勇者が、大切なものを見つけて呪いを解くまで~

紗沙

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第4章 魔王の影を払う少女

第85話 動き出した闇

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 月は雲に隠されたことにより、夜は闇に包まれていた。
 風は弱く、木々の葉の擦れる音も耳を澄まさなければ聞こえないほどだ。

 アルティスの西にある開拓されていない自然そのままの森のさらに奥。
 倒壊した樹木や魔法で焼き焦げた地面の形跡は、ここで激戦があったことを示している。
 そしてそれが今日行われたものであることを、知っていた。

 けれど、ここにはもう何もない。
 人々を脅かす骸骨の仮面をつけた人型の魔物は討伐された。
 それが落とす魔石は既に回収された。
 だから、この場に来ても得られるものなど何もない筈だった。

 漆黒の外套を纏った人物以外は。

 着慣れた黒い外套のフードを深く被り、その人物は右手を上げて魔物の「痕跡」を集め、体内へと吸収する。
 正確にはその小さな体のさらにその奥に潜むものへと、捧げる。

 ハマルでもカマリでも行ってきたこの行動に、漆黒の外套の人物の意志が介入する余地はない。
 そんなものはないと、何年も前に思い知らされたからだ。

 死ぬことは、それが災厄の種となるために封じられた。
 誰かに話すことは、その人物を殺すことになるために封じられた。
 頼ることは、頼りたい誰かに殺されるために封じられた。
 持てる全ての選択肢を潰された結果、残ったのは生きることだけだった。

 いつか来る終わりを知りながらもそれから目を背け、ただ生き続けることだけだ。
 それは生きることではなく、死なないというだけだと知っている。分かっている。

『ちっ、こいつも少ねえな。なんなんだこれ? なんでこんなに少ないんだ?』

 体内から聞こえる忌々しい声を無視する。
 会話などするつもりもない。本当ならば聞きたくもない声。
 けれどそれを消すことも、自分が消えることもできはしない。

『まあいいか、あの勇者と一緒に居れば、そのうち大物に出会えるだろ』

 ケケケ、と体内の異形の邪悪な笑い声を聞きながら、漆黒の外套の人物は踵を返して街へと戻っていく。
 新しく新調した灰色ではなく、以前から身に着けていた漆黒の外套を揺らしながら、闇へと消えていった。



 ×××



 日もまだ登り始めていない夜の深まった真夜中。
 アルティスの街を、バランとメイドの二人が歩いていた。
 レオ達と会話をした後に骸骨の仮面をつけた黒魔導士の魔物の件で、城で様々な仕事を行っていた結果、かなり時間が取られてしまい遅くなってしまった。

 城で休むことも考えたが、冒険者バランとして活動すると決めた以上、彼は宿に戻ってから休むことにしていた。
 夜中の街は昼間と違って静まり返り、人の姿も見受けられない。
 闇と静寂が満ちている、アルティスが見せる昼とは全く違う顔もバランは好きだった。

「エリシア様の件ですが、レオ様も了承していただけたので一つ不安が解消しましたね」

 幼い時から一緒に居る姉のような存在であるメイドの言葉に、バランはしっかりと頷く。
 普通であればメイドから仕える主に世間話を振ることは失礼にあたるのだが、二人はそんなことを気にしない関係性である。

「ああ、エリシアが前を向くきっかけになればいいと、そう思うよ」

「メディア姫様もお喜びになります」

「そうだといいんだけどな」

 今は亡き妹姫の姿を脳裏に浮かべたバランは短くそう答える。
 過去を想起して少し気持ちが沈んだことを雰囲気から感じたのか、メイドはすぐに話題を変えてきた。

「それにしても、レオ様は驚嘆するほどの強さをお持ちですね。
 元勇者というのは伊達ではないと、戦闘に詳しくない身ながらも思いました」

「本当にな、召し抱えたいくらいだ」

「王族お付きということであれば納得しないでしょうか?」

「無理だろ。レオは今の環境が一番合っている。呪いの件だってあるしな。
 それにお嬢さんたちが許してくれないだろう」

 今、自分がレオと仲良く出来ているのは冒険者バランとして付き合っているからだ。
 これが王族として付き合うとなればレオとしてもいつかは良い気がしなくなるだろうし、なによりも彼の周りを固める3人の少女、特に白銀の少女は許さないだろう。

 それがよく分かっているバランの言葉に、メイドとしても叶う確率は低いと考えていたのか、すぐに引き下がった。

「レオ様の呪いが解ければ、アルティス専属の超高位冒険者として厚遇して、滞在していただけるかもしれなかったのですが……」

「なんでお前はいつも俺に権力を使わせようとするんだ。
 例えレオの呪いが解けていても……まあ打診はするかもしれないが……」

「アルティス帝国初のSSSSSランク冒険者に認定しましょう」

「すごい馬鹿っぽいから辞めておけ……」

 疲れたような声を出してバランはばっさりとメイドの意見を切り捨てる。
 長い付き合いだが、このメイドはどことなく頭のネジが緩いときがあるというかなんというか。
 もちろん、本人に言ったところで思わぬ反撃が来るのでバランは言いはしなかった。

(なぜこうなってしまったのか……昔は頼れるお姉ちゃんだったはずなのに――)

 闇が、蠢いた。
 バランは立ち止まり、右手を上げてメイドを静止する。
 気配を感じる。数は一人、いや一体か。

「俺の国に、お前のような殺気をまき散らす輩はお呼びじゃないぞ」

 バランが剣を抜き放って告げると同時、闇の中からそれは姿を現した。
 体中を黒い布で覆った背の高さ的には男性くらいの1つの影。
 人型の魔物で、体を黒い靄が覆っているのもバランは確認した。
 フードを被っているだけなのにその顔が見えないのも魔物の特徴なのか。

(これもレオの言っていた、魔王城に居た魔物ってやつか)

 レオから彼の倒した全ての魔物の情報を得たわけではないが、人型であることや黒い靄など共通点は多い。
 いずれにせよ、今この場で倒さないという選択肢はないように思えた。

(黒い鎧の時は負けたが、今回は勝たせてもらう)

 王家の剣に、背後にはメイドも居る。
 前回は他の冒険者が居ることで出せなかった手札が、今回は切れる。

「頼む」

「かしこまりました」

 背後のメイドに声をかけ、魔法で王家に伝わる宝剣を出現させ、空いている手に握ったバランは息を大きく吸う。
 気持ちを、体を一度落ち着かせ、その全てを一気に戦闘へと切り替える。
 瞬間、バランは地を蹴って勢いよく黒衣の暗殺者に斬りかかった。



 ×××



 翌日の昼前、昨日と同じように最悪の光景を見続けたレオは沈んだ気持ちのまま宿屋の階段を降りる。
 表には出さないものの、戦闘で慣れているレオですら気分が悪くなる光景を何度も見せられるのは堪えるものがある。

 そんなレオの背後には、何かを考え込んでいるアリエス。
 そして今日の夜か明日の夜にはレオの体内から呪いが消えることを聞いてやや嬉しそうなリベラが続いた。
 もちろんその背後にはパインも続いている。

 一行は階段を降りたところ、受付の前に見知った人物を見つけて足を止めた。

「エリシア?」

 昨日バランから任されたばかりの白い獣人の少女は、いつものように無表情のまま無機質な瞳をレオに向けた。

「……おはよう」

「ああ、おはよう」

 挨拶を交わして近づこうとしたとき、エリシアは静かに問いを投げかけた。

「……黒い衣の暗殺者に聞き覚えは?」

「…………」

 脚が止まる。黒い鎧の兵士に骸骨の仮面をつけた黒魔導士。
 そして今エリシアが言った言葉に該当する姿の魔物をレオは知っている。

「魔王城に居たやつだ」

「……バランがそれにやられた。こっち」

 レオの答えを聞くことなく、エリシアはまっすぐに出口へと向かう。
 嫌な予感がしつつも、レオ達は彼女の小さな背中を追いかけた。
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