魔王討伐の勇者は国を追い出され、行く当てもない旅に出る ~最強最悪の呪いで全てを奪われた勇者が、大切なものを見つけて呪いを解くまで~

紗沙

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第4章 魔王の影を払う少女

第83話 彼女が譲らなかったもの

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 エリシアとの訓練を終え、宿へと戻ってきたレオ達。
 訓練時は無表情だったエリシアだが、訓練そのものにはかなり満足しているらしく、明日も約束を取り付けられてしまった。
 というよりも、訓練をするのが当然のような形で言われてしまったのであるが。

 そんなわけでこのアルティスに滞在するにはちょうど良い理由と関係性が出来たのであるが、宿の滞在期間という問題があったのも事実。
 しかし昨日の時点でバランから宿に話を通してくれると言っていたためにアリエスが現在、店主へと確認へ行ってくれている途中だ。

「ただいま戻りました」

 扉を開け、アリエスが部屋へと入ってくる。
 その表情は明るく、上手くいったことを示していた。

「店主さんに話を聞きましたが、バランさんが今日話をしてくれたらしく、居ても良いということでした。
 これで滞在に関する問題は解決ですね」

「よかったよ」

 バランには感謝しかない。
 何はともあれ、これでエリシアの問題に集中できる。

「それにしても、エリシアさんは良い人ですね。
 神様の啓示に熱心に耳を傾けていました。あれは信徒に相応しい人材です」

「相変わらずのパインは置いておくとしても……戦闘に関してはかなり興味があるみたいだったね。
 表情の変化は見られなかったけど、私でもあの子が喜んでるって感じられたよ。
 まあ、アリエスからすると微妙かもしれないけど」

 リベラの言葉に、アリエスがピクリと反応した。
 そちらに目を向けてみると、ジトっとした目でリベラを睨んでいる。

「レオ様は右目の光景でエリシアさんが死ぬ可能性があるから気にかけています。
 それにエリシアさんはレオ様が強いから、師匠のように仰いでいるだけです。
 二人の間には戦いの関係があるだけです」

「いやでも結構いい雰囲――」

「リベラ?」

 凍えるほど低いアリエスの声にリベラは苦笑いして「ごめんごめん」と言い、顔を背けた。
 その後、寂しげな表情で彼女は何かを呟いたが、レオはその言葉を聞き取ることはできなかった。

「まあ、エリシアさんの事は良いとして、今日ちょっと考えたことがあるのですが、レオ様が視たのは一人の少女が魔物たちに……その、食べられるところなんですよね?」

 喰い殺されるという表現がアリエスには刺激の強すぎるものだったのだろう。
 柔らかい表現に変えて尋ねられた問いかけに、レオは答える。

「ああ」

「そうすると、魔物たちはこのアルティスの周辺から来たことが考えられます。
 バランさんの魔物の数の増加に魔物が強くなっているという言葉、これが関係するのではないでしょうか?」

「そうすると、本当に近いうちに起こる可能性があるってことだね」

 うんうんと頷くリベラ。
 ベッドに座って足をぶらぶらさせていた彼女は、その足を止め、考え込み始めた。

「でもレオは見た光景がこのアルティスである確信は持てないんでしょ?
 ひょっとしたら他の場所ってこともあるんじゃない?」

「……どうだろうな」

 レオとしては右目の光景よりも、誰を見て右目が光景を見せたかの方が気になっている。
 彼は光景に出てくる褐色の少女がエリシアでないと確信しているが、同時にエリシアを見たときにその光景が流れたのではないかとも思っている。

「前にリベラとアリエスは俺がエリシアではなく他の人を見たときに光景を見たかもしれないって言ったけど、俺はあの時エリシアに右目が反応したように思えるんだ」

「神様が言うなら、そうだと思います。いえ、そうです」

「……えっと、でも右目の光景に出てくる少女はエリシアじゃないと思うんだ」

 パインの言葉に一瞬戸惑ったものの、レオは言葉を続けた。
 この信徒は誰かに簡単に騙されそうで、レオは自分の事を棚に上げて心配になっていた。
 ちなみにパインが肯定するのはレオとアリエスのみなので、他の人物の言葉は流されるか、レオ達へと強制的に変換されることを彼は知らない。

「右目はエリシアに反応したけど、見せたのはエリシアじゃない。
 本当に、レーヴァティでのルシャ教皇みたいだね」

「……どうだろう」

 ルシャ教皇のようにエリシアが誰かの力を盗んでいるようには見えなかった。
 それに、どうしても彼女がそういった邪な力を求めるとは思いたくなかった。

「それなら、今まで通りエリシアさんと付き合いつつ様子を見るのが良さそうですね。
 そのうち魔物の数の増加や魔物が強くなっていることに関しても何か分かるかもしれませんし。
 さて、レオ様、本日も呪いを治しますね」

「ああ、頼むよ」

 話が一段落ついたところでアリエスは立ち上がり、レオの隣へと移動する。
 左手を両手で握ると同時、パインがアリエスの背中に恐る恐る触れた。

 最近では日課になりつつあるアリエスによる呪いの解除。
 パインの力を借りてさらに効率が良くなったアリエスの祝福が、レオを包む。
 体内の呪いが、動きを見せたのち消えていくのを感じる。

「レオ、あとどのくらい?」

 身を乗り出し、いつもとは違う雰囲気で聞いてくるリベラ。
 しかしレオはエリシアの事に気を取られていたために、そのことには気づかずに答えた。

「もうすぐだ。おそらくあと1回か2回で全部消えると思う」

「長かったですが、ようやくといった感じですね」

 祝福をかけ終わったアリエスがほっと息を吐いて嬉しそうに言った。

「ああ、ありがとう、アリエス」

「いえ」

 二人して穏やかな笑みを浮かべる。
 レオとしても、アリエスやリベラが気にしている呪いを体内から消せることは嬉しいことである。
 これでようやくリベラも過去の呪縛から解き放たれる、そう思った。



 ×××



 翌日、相変わらず呪いが見せる光景に辟易するレオだが、それを表には出さずに冒険者組合へと向かっていた。
 呪いの見せる光景は変わることなく、新しく得られる情報もない。
 ただ同じ光景を流してレオの心を蝕んでいるだけだ。

 時刻としては昼前で、冒険者組合の前には昨日ともに訓練をしたエリシアと、忙しくて会っていなかったバランが居た。

「こんにちはレオ、皆さん。
 適当に依頼は受けてきたけど、それでもこなすかい?」

 右手に持った依頼書をひらひらと揺らすバランの言葉にレオは頷いて賛成する。
 特にすることもないし、エリシアと共に行動できるなら問題はなかった。

「そういえば宿は大丈夫だったか? 一応昨日のうちに話は付けたんだが」

 街の北側へと移動を開始しながら、バランは尋ねてくる。

「ああ、助かった」

「そうか、それは良かった。昨日は何したんだ?」

「昨日はエリシアの刀を直した後に、訓練をしたな」

「訓練? 本当か?」

 驚いたように目を見張り、バランはじっとレオを見る。

「元勇者の訓練か、俺も受けたいな」

「え」

 レオとしてはバランの事を考えていなかったために、予想外の言葉に思わず反応してしまった。
 それが意外に感じたのか、「おいおい」とやや不満を感じたように口を開く。

「そりゃあ強くなれるんだったら俺だって受けたいさ」

「……そ、そうか」

 言われてみればそうなのだが、どうもレオとしてはバランを訓練するというのがしっくりこない。

「い、いやでもバランはきちんと剣の型があるし、魔法も……」

「いやいや、レオに教えてもらえるならそんなの些細なことだって」

 珍しく一歩も引かず、やや熱の入っているバランに戸惑うレオ。
 しかしバランはレオとの訓練という単語に我を失っているような雰囲気だ。

「強くなりたいんだ。頼むよレオ、私にも稽古つけてくれよ。エリシアと一日交替でどうだ?」

 ついに熱が入りすぎて一人称まで変わり始めたバランに対し、何と答えようかレオが迷っていると、思いもよらぬところから助け船が出た。

「やだ」

 ただしそれは、バランという船にぶつかるような形だったが。
 前方を歩いていたエリシアは体ごとバランへと振り返り、空虚な目を向けている。
 その視線を正面から受けて、バランも驚いて足を止めていた。

 一触即発の雰囲気かと思い、内心で焦るレオ。
 戸惑っているのはアリエス達も同じだろう。
 視線を向けてみるものの、アリエスもリベラも目の前の状況に困っているようだった。

「エリシア、それはなぜ?」

 しかし、バランから発せられたのは驚くほど優しい声だった。
 エリシアの真意を聞くために、優しく尋ねる様はまるで彼女の母のようでもあった。

「……エリーの時間が減るの、いや」

 あまりにも強い主張をするエリシア。
 しかしバランは穏やかな笑みを浮かべ、頷いた。

「そっか」

 そう短く呟いたバランは視線をレオに向け、おおらかに笑った。

「ならエリシアにこれまで通り稽古をつけてやってくれ。
 なに、俺はレオの戦いを見て勝手に盗むさ」

「……ごめん」

 エリシアとしても自分が勝手なことを言っていることに気づいたのか謝罪をするが、バランは気にしない様子で笑っている。

「いいんだいいんだ。エリシアが強くなってくれればこの国にとっても有益だしな」

「…………」

 レオはバランとエリシアのやり取りを見て二人の関係性がよく分からなくなっていた。
 いや、正確にはバランがなぜそこまでエリシアを気にかけるのかがだ。
 しかしエリシアが居る手前、この場でバランに聞くことなどできない。

 結局、深いことを聞くことはできないままレオ達は北の草原へと依頼を遂行するために向かうだけだった。
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