82 / 114
第4章 魔王の影を払う少女
第82話 彼女の持つ戦闘の才能
しおりを挟む
武器屋で必要なものを買い占め、南の街はずれの草原でレオ達は座り込んでいた。
彼らが囲む中心には二振りの刀が置かれている。
一つは白い柄に白い鞘で、柄の端には勾玉のようなものが紐で括りつけられていた。
もう一つは対照的に黒の柄に黒の鞘で、柄の端には何もない。
どちらもそれなりの名刀であることは一瞥すれば分かる。
手入れもしているようだが、追いつかなくなっているのだろうか?
「この刀はいつから?」
「……ずっと前から」
エリシアの言葉を聞いて納得し、黒い刀を手に取る。
刃は見事な出来ではあるが、やはり年季を感じさせる。
「……それは多分、エリーが生まれる前からある」
「なるほど」
エリシアが手にする前から魔物を斬ってきたのだろう。
手入れが追い付かなくなるのも納得の年季ものだ。再構成をした方が早いだろう。
そう結論付けたレオは武器屋で購入した材料を広げ、その中で一番良さそうなものを選んだ。
それを刃へと押し付け、祝福を開放させる。
「…………」
レオの普通とはまるで違う武器の研磨を、エリシアはただ黙って見ていた。
もしも知らない人がこの光景を見たならば、もっと真剣に研いでくれと言ってくるに違いない。
多少は信用してくれているということだろうか。
材料の構成そのものを祝福で強化し、素材そのものが変わってしまう段階まで引き上げたのちに、それを刃へと流し込む。
レオが手にした材料に呼応するかのように、エリシアの黒い刀が眩い光を発し始める。
黒い刀の刃の材質をさらに硬くし、欠けた部分を補うように材料を流し込んでいく。
(懐かしいな)
他の誰もできない手腕を行使しつつ、レオは感傷に浸った。
ザ・ブロンドを手にする前は自分の剣を同じように研磨したものだ。
この世ならざる現在の武器では必要ないためにしばらくしていなかったが、やはり武器を触っているときというのは心が躍る。
やがて刀の光は眩さを減らし、レオの手には小さくなってしまった材料と、刃が完全に戻った黒い刀が収まっていた。
太陽の光を反射させながら刃に傷や修復しきれていない部分がないか確認し、自分の仕事が完璧だと確信したレオはそれをエリシアへと差し出した。
「…………」
彼女は何も言わずに柄を握る。
けれど天に向けた刃を見る目は輝いているように見えた。
いつもは空虚な瞳の中にわずかだが光があるような、そんな気がした。
「……ありがとう」
言葉短く、そして先ほど見た光は嘘だったように消えた瞳でエリシアは礼を告げる。
しかし、その雰囲気が柔らかいことと、背後の尻尾がゆっくりとだが揺れていることをレオの目は捉えていた。
どうやら、喜んでくれているらしい。
「これでよければ白い方もやるが、いいか?」
「……おねがい」
エリシアから許可を得たので白い刀も同じように行えば、二振りの刀は長年使ってきたとは思えない程、輝きを取り戻した。
二つの刀を掲げ、握り具合を確かめたり刃を擦りあっている様子を見ながら、レオは内心で穏やかな笑みを浮かべた。
エリシアは相変わらずの無表情であるものの、雰囲気は喜びの色で満ちていたし、尻尾も少しだけ動きを速くしていた。
「……ねえレオ、あの刀、大丈夫なの? レオの力入れて、凄いことになったりしてない?」
そんなエリシアの様子を眺めていたリベラは小さな声でレオに耳打ちする。
どうやらリベラはレオの祝福が刀を別次元のものに変えていないか心配しているようだ。
「大丈夫だよ」
「……そう」
リベラは最初こそ納得いっていないようだったが、やがて「戦闘に関することでレオが言うことだし」と呟いて離れていった。
心配性だなぁと思いつつ、レオはエリシアに視線を戻す。
二振りの刀がリベラの言うように「凄い」というほど強化されたわけではない。
あくまでちょっと強化されたくらいである。
なお、この場合の「ちょっと」はレオ基準とする。
「神様の力が入った刀……神刀……はっ! それはつまり、神具ということなのでは――」
「はいはーい、パインはちょっと黙ってようねー」
何故か急にエリシアの刀を喉から手が出るほど欲しそうな目で見はじめたパインを止めるリベラの構図を視界の隅に入れつつ、レオは思案する。
じたばたする羽交い絞めされたパインには慣れてしまったので、今考えるのはエリシアのこと。
今もそうだが、彼女は戦いに関してかなり興味というか、熱意があるように見える。
表には出ないけれど、今も彼女は嬉しそうな雰囲気を出していて、加えて戦闘時はピリピリとした武人特有の闘気をみなぎらせている。
バランもそのくくりには入るのだが、エリシアはバランをはじめとする冒険者とは何かが違う気がしていた。
どちらかというと自分に近いような、そんな気がする。
「エリシア、もっと強くなりたくはないか?」
だからだろう、自然とそんな言葉が出ていた。
レオからすれば、エリシアはどこか放っておけないのだ。
声を掛けられたエリシアは刀からレオへと空虚な瞳を向ける。
雰囲気が明るくなったように見えたのも一瞬で、すぐにそれは収まってしまった。
その切り替えはあまりにも早く、レオの動体視力をもってしても感じ間違えたと思うくらいだった。
「……強く、してくれるの?」
その言葉には、レオでは測り知れないほどの複雑な感情が込められているように思えた。
だからこそレオは何も言わず、ただしっかりと頷くことで返答とした。
「…………」
じっと視線をぶつけあうレオとエリシア。
二人の雰囲気に、アリエス達が少しそわそわした雰囲気を見せ始めた時。
「……お願い」
エリシアが小さくだが、答えてくれた。
レオは内心で安堵の息を吐く。
「ああ、わかった」
「……エリーは強くあれと言われたし、そうありたい」
珍しく長いエリシアの呟きに、レオは心のどこかで引っ掛かりを覚えた。
強くあれと言われたし強くありたい。それは、彼女の本心なのだろう。
だから彼女は刀を直すことで喜んでくれたし、戦闘に対して熱意を出している。
けれど、黒い鎧との戦いで見せた死ぬことを恐れるようなあの姿。
そして今の言葉の節々に見えた、その言葉をあざ笑うような感情。
それらが、エリシアをただの戦いが好きな少女ではないとレオに訴えていた。
×××
平原で向かい合い、レオとエリシアは対峙する。
エリシアの両手にはレオが修復した刀。
そしてレオの手には、いつもの剣が握られていた。
「……それ、使うの?」
眉を吊り上げ、レオの剣を見るエリシア。
その瞳には、どこか恐れのようなものが映っていた。
「え? ああ、使い慣れているからな」
「……殺さないでね」
「も、もちろん」
会話の不思議さに内心で首を傾げつつも、レオは間違ってエリシアを殺すほどの力を出すつもりはないために、はっきりと返答した。
エリシアはレオの返事に恐怖を霧散させ、刀を抜き放って構える。
その構えを見て、レオは自分の意見を少し変えた。
(我流かと思ったけど、かすかに元の型のようなものが見える)
黒い鎧との戦いを見てレオはエリシアの剣技を我流だと判断していたが、こうして正面から見てみるとそれは少し間違いのように思われた。
元々習得している型があって、それをエリシアなりに戦闘の中で進化させたように見受けられる。
「いつでもいいよ」
レオがそう告げた瞬間、エリシアは地面を蹴って迫る。
常人ならば目を見張る程の脚力を乗せた刃が風を切り、レオの首を捉えんとする。
人間にとって致命的な急所を狙った速く鋭い一撃。
しかし、レオからすればそれは遅すぎる。
「……っ!?」
あっさりと剣で防いだ時に、珍しくエリシアが目を見開いた。
しかし、その驚きが防がれたことではないことはレオにも分かっていた。
彼女はすぐに距離を取り、興味深そうな瞳を右手の白い刀に向けている。
「……これ」
これまでの刀との違いに驚いているのだろう。
レオも昔だが、感じたことがある。
刃こぼれした刀と修復した刀は、大きすぎる違いがあるのだ。
さまざまな方向から刀を見ていたエリシアだが、すぐに首を横に振り、再び戦闘へと意識を切り替えたのが分かった。
同時に背後からリベラの刺すような視線が背中に突き刺さるのも感じたが、レオは無視した。
何をそんなに怒っているのだろうか。
「……ごめん、取り乱した」
「ああ、いいぞ」
短く言葉を交わせば、また戦いが再開される。
エリシアは持ち前の俊敏さを存分に使い、さまざまな角度からレオに斬りこむ。
その全ての斬撃を的確に防ぎながら、レオは内心で改善できる点を思い浮かべていった。
打ち合いは長い時間続いた。
その間、レオは全ての攻撃を息一つ上がることなく防ぎきった。
けれど全力で打ち込んだエリシアは息が上がってきている。
「もういいよ」
そう告げるとエリシアは攻撃を止め、少しだけ離れた。
荒くなっていた息もすぐに整えていたため、どうやらまだ余裕はありそうだ。
「うん、エリシアの実力は冒険者の中でずば抜けてると思う。
戦い方次第だけど、バランにだって勝つこともできるはずだ。
でも改善できる点が2つある」
「…………」
エリシアは黙ったままじっとレオの言葉に耳を傾けている。
それは聞くことを放棄しているのではなく、むしろ一言一句聞き逃さないようにしているように思えた。
「まず1点目、エリシアは速いけどたまに攻撃が雑になるんだ。
以前黒い鎧との戦いを見た時も思ったけど、まだ敵を見きれていない。
どこに刀を打ち込めば一番良いか、どこなら敵が反応しづらいか、そういったことを考えると、より効率的に戦えると思う」
「相手の事を、よく見る」
食い気味に返してくるエリシアに少し気おされつつも、レオは続けた。
「そして2点目。速い戦士にありがちだけど、一撃が軽い。
とはいえそれを重くすると逆に速さが失われるから、事前に準備出来る強大な一撃を持つのがおススメだ」
2点目に関しては同じような答えをカイルやスイードに一度話したことがある。
結果として彼らはその強力な一撃を星域装備にしてしまったために、レオの意図はくみ取られなかったのだが。
「例えば、今身体強化に使っている魔法の一部を刀の刃に流し込んで強化するとか」
右手に持った剣を持ち上げ、刃に指を沿わせて魔力を送り込む。
レオの持っている剣が光り輝き、その鋭さを増したことをエリシアに見せると同時、反発するような力を感じてレオは指を離した。
「こんな感じ」
「……なるほど」
相変わらずの無表情に空虚な瞳だが、雰囲気は凛としている。
嬉しいことにどちらの指摘もエリシアの助けになったようだ。
ここから先、それらを物にできるかどうかは彼女次第ではあるが。
そんな事を思ったのち、レオは魔力に反発した自分の剣へと視線を下ろす。
ザ・ブロンドは他の力を嫌う。
今のように魔力のみならず、祝福すらこの剣は受け入れない。
拒絶するかのように、反発する力を放出するのが常だった。
「…………」
エリシアはレオの目の前で白い刀に指を沿わせ、彼がやったのと同じように魔力を流し始める。
金色の光が刃を包むものの、それはレオが行ったときよりは薄く、暗く、不安定だった。
指を離し、難しそうな雰囲気を出したエリシアに対して、レオは内心で苦笑いをした。
「何度もやっていればそのうち出来るようになる。
体には魔力を流せるんだから、あとは武器に魔力を流すことに慣れるだけさ」
「……頑張る」
短く言って、エリシアは再び魔力を流す作業へと戻ろうと指を刃へと動かす。
かと思いきや、不意にその動きを止め、じっとレオを見つめた。
「……?」
「…………」
しかし結局はエリシアは何も言うことなく、視線を自分の刀へと落とした。
何かを聞こうとしているのではないかと思ったものの、結局レオはエリシアに聞くことはなく、彼女の訓練を眺め続けた。
彼らが囲む中心には二振りの刀が置かれている。
一つは白い柄に白い鞘で、柄の端には勾玉のようなものが紐で括りつけられていた。
もう一つは対照的に黒の柄に黒の鞘で、柄の端には何もない。
どちらもそれなりの名刀であることは一瞥すれば分かる。
手入れもしているようだが、追いつかなくなっているのだろうか?
「この刀はいつから?」
「……ずっと前から」
エリシアの言葉を聞いて納得し、黒い刀を手に取る。
刃は見事な出来ではあるが、やはり年季を感じさせる。
「……それは多分、エリーが生まれる前からある」
「なるほど」
エリシアが手にする前から魔物を斬ってきたのだろう。
手入れが追い付かなくなるのも納得の年季ものだ。再構成をした方が早いだろう。
そう結論付けたレオは武器屋で購入した材料を広げ、その中で一番良さそうなものを選んだ。
それを刃へと押し付け、祝福を開放させる。
「…………」
レオの普通とはまるで違う武器の研磨を、エリシアはただ黙って見ていた。
もしも知らない人がこの光景を見たならば、もっと真剣に研いでくれと言ってくるに違いない。
多少は信用してくれているということだろうか。
材料の構成そのものを祝福で強化し、素材そのものが変わってしまう段階まで引き上げたのちに、それを刃へと流し込む。
レオが手にした材料に呼応するかのように、エリシアの黒い刀が眩い光を発し始める。
黒い刀の刃の材質をさらに硬くし、欠けた部分を補うように材料を流し込んでいく。
(懐かしいな)
他の誰もできない手腕を行使しつつ、レオは感傷に浸った。
ザ・ブロンドを手にする前は自分の剣を同じように研磨したものだ。
この世ならざる現在の武器では必要ないためにしばらくしていなかったが、やはり武器を触っているときというのは心が躍る。
やがて刀の光は眩さを減らし、レオの手には小さくなってしまった材料と、刃が完全に戻った黒い刀が収まっていた。
太陽の光を反射させながら刃に傷や修復しきれていない部分がないか確認し、自分の仕事が完璧だと確信したレオはそれをエリシアへと差し出した。
「…………」
彼女は何も言わずに柄を握る。
けれど天に向けた刃を見る目は輝いているように見えた。
いつもは空虚な瞳の中にわずかだが光があるような、そんな気がした。
「……ありがとう」
言葉短く、そして先ほど見た光は嘘だったように消えた瞳でエリシアは礼を告げる。
しかし、その雰囲気が柔らかいことと、背後の尻尾がゆっくりとだが揺れていることをレオの目は捉えていた。
どうやら、喜んでくれているらしい。
「これでよければ白い方もやるが、いいか?」
「……おねがい」
エリシアから許可を得たので白い刀も同じように行えば、二振りの刀は長年使ってきたとは思えない程、輝きを取り戻した。
二つの刀を掲げ、握り具合を確かめたり刃を擦りあっている様子を見ながら、レオは内心で穏やかな笑みを浮かべた。
エリシアは相変わらずの無表情であるものの、雰囲気は喜びの色で満ちていたし、尻尾も少しだけ動きを速くしていた。
「……ねえレオ、あの刀、大丈夫なの? レオの力入れて、凄いことになったりしてない?」
そんなエリシアの様子を眺めていたリベラは小さな声でレオに耳打ちする。
どうやらリベラはレオの祝福が刀を別次元のものに変えていないか心配しているようだ。
「大丈夫だよ」
「……そう」
リベラは最初こそ納得いっていないようだったが、やがて「戦闘に関することでレオが言うことだし」と呟いて離れていった。
心配性だなぁと思いつつ、レオはエリシアに視線を戻す。
二振りの刀がリベラの言うように「凄い」というほど強化されたわけではない。
あくまでちょっと強化されたくらいである。
なお、この場合の「ちょっと」はレオ基準とする。
「神様の力が入った刀……神刀……はっ! それはつまり、神具ということなのでは――」
「はいはーい、パインはちょっと黙ってようねー」
何故か急にエリシアの刀を喉から手が出るほど欲しそうな目で見はじめたパインを止めるリベラの構図を視界の隅に入れつつ、レオは思案する。
じたばたする羽交い絞めされたパインには慣れてしまったので、今考えるのはエリシアのこと。
今もそうだが、彼女は戦いに関してかなり興味というか、熱意があるように見える。
表には出ないけれど、今も彼女は嬉しそうな雰囲気を出していて、加えて戦闘時はピリピリとした武人特有の闘気をみなぎらせている。
バランもそのくくりには入るのだが、エリシアはバランをはじめとする冒険者とは何かが違う気がしていた。
どちらかというと自分に近いような、そんな気がする。
「エリシア、もっと強くなりたくはないか?」
だからだろう、自然とそんな言葉が出ていた。
レオからすれば、エリシアはどこか放っておけないのだ。
声を掛けられたエリシアは刀からレオへと空虚な瞳を向ける。
雰囲気が明るくなったように見えたのも一瞬で、すぐにそれは収まってしまった。
その切り替えはあまりにも早く、レオの動体視力をもってしても感じ間違えたと思うくらいだった。
「……強く、してくれるの?」
その言葉には、レオでは測り知れないほどの複雑な感情が込められているように思えた。
だからこそレオは何も言わず、ただしっかりと頷くことで返答とした。
「…………」
じっと視線をぶつけあうレオとエリシア。
二人の雰囲気に、アリエス達が少しそわそわした雰囲気を見せ始めた時。
「……お願い」
エリシアが小さくだが、答えてくれた。
レオは内心で安堵の息を吐く。
「ああ、わかった」
「……エリーは強くあれと言われたし、そうありたい」
珍しく長いエリシアの呟きに、レオは心のどこかで引っ掛かりを覚えた。
強くあれと言われたし強くありたい。それは、彼女の本心なのだろう。
だから彼女は刀を直すことで喜んでくれたし、戦闘に対して熱意を出している。
けれど、黒い鎧との戦いで見せた死ぬことを恐れるようなあの姿。
そして今の言葉の節々に見えた、その言葉をあざ笑うような感情。
それらが、エリシアをただの戦いが好きな少女ではないとレオに訴えていた。
×××
平原で向かい合い、レオとエリシアは対峙する。
エリシアの両手にはレオが修復した刀。
そしてレオの手には、いつもの剣が握られていた。
「……それ、使うの?」
眉を吊り上げ、レオの剣を見るエリシア。
その瞳には、どこか恐れのようなものが映っていた。
「え? ああ、使い慣れているからな」
「……殺さないでね」
「も、もちろん」
会話の不思議さに内心で首を傾げつつも、レオは間違ってエリシアを殺すほどの力を出すつもりはないために、はっきりと返答した。
エリシアはレオの返事に恐怖を霧散させ、刀を抜き放って構える。
その構えを見て、レオは自分の意見を少し変えた。
(我流かと思ったけど、かすかに元の型のようなものが見える)
黒い鎧との戦いを見てレオはエリシアの剣技を我流だと判断していたが、こうして正面から見てみるとそれは少し間違いのように思われた。
元々習得している型があって、それをエリシアなりに戦闘の中で進化させたように見受けられる。
「いつでもいいよ」
レオがそう告げた瞬間、エリシアは地面を蹴って迫る。
常人ならば目を見張る程の脚力を乗せた刃が風を切り、レオの首を捉えんとする。
人間にとって致命的な急所を狙った速く鋭い一撃。
しかし、レオからすればそれは遅すぎる。
「……っ!?」
あっさりと剣で防いだ時に、珍しくエリシアが目を見開いた。
しかし、その驚きが防がれたことではないことはレオにも分かっていた。
彼女はすぐに距離を取り、興味深そうな瞳を右手の白い刀に向けている。
「……これ」
これまでの刀との違いに驚いているのだろう。
レオも昔だが、感じたことがある。
刃こぼれした刀と修復した刀は、大きすぎる違いがあるのだ。
さまざまな方向から刀を見ていたエリシアだが、すぐに首を横に振り、再び戦闘へと意識を切り替えたのが分かった。
同時に背後からリベラの刺すような視線が背中に突き刺さるのも感じたが、レオは無視した。
何をそんなに怒っているのだろうか。
「……ごめん、取り乱した」
「ああ、いいぞ」
短く言葉を交わせば、また戦いが再開される。
エリシアは持ち前の俊敏さを存分に使い、さまざまな角度からレオに斬りこむ。
その全ての斬撃を的確に防ぎながら、レオは内心で改善できる点を思い浮かべていった。
打ち合いは長い時間続いた。
その間、レオは全ての攻撃を息一つ上がることなく防ぎきった。
けれど全力で打ち込んだエリシアは息が上がってきている。
「もういいよ」
そう告げるとエリシアは攻撃を止め、少しだけ離れた。
荒くなっていた息もすぐに整えていたため、どうやらまだ余裕はありそうだ。
「うん、エリシアの実力は冒険者の中でずば抜けてると思う。
戦い方次第だけど、バランにだって勝つこともできるはずだ。
でも改善できる点が2つある」
「…………」
エリシアは黙ったままじっとレオの言葉に耳を傾けている。
それは聞くことを放棄しているのではなく、むしろ一言一句聞き逃さないようにしているように思えた。
「まず1点目、エリシアは速いけどたまに攻撃が雑になるんだ。
以前黒い鎧との戦いを見た時も思ったけど、まだ敵を見きれていない。
どこに刀を打ち込めば一番良いか、どこなら敵が反応しづらいか、そういったことを考えると、より効率的に戦えると思う」
「相手の事を、よく見る」
食い気味に返してくるエリシアに少し気おされつつも、レオは続けた。
「そして2点目。速い戦士にありがちだけど、一撃が軽い。
とはいえそれを重くすると逆に速さが失われるから、事前に準備出来る強大な一撃を持つのがおススメだ」
2点目に関しては同じような答えをカイルやスイードに一度話したことがある。
結果として彼らはその強力な一撃を星域装備にしてしまったために、レオの意図はくみ取られなかったのだが。
「例えば、今身体強化に使っている魔法の一部を刀の刃に流し込んで強化するとか」
右手に持った剣を持ち上げ、刃に指を沿わせて魔力を送り込む。
レオの持っている剣が光り輝き、その鋭さを増したことをエリシアに見せると同時、反発するような力を感じてレオは指を離した。
「こんな感じ」
「……なるほど」
相変わらずの無表情に空虚な瞳だが、雰囲気は凛としている。
嬉しいことにどちらの指摘もエリシアの助けになったようだ。
ここから先、それらを物にできるかどうかは彼女次第ではあるが。
そんな事を思ったのち、レオは魔力に反発した自分の剣へと視線を下ろす。
ザ・ブロンドは他の力を嫌う。
今のように魔力のみならず、祝福すらこの剣は受け入れない。
拒絶するかのように、反発する力を放出するのが常だった。
「…………」
エリシアはレオの目の前で白い刀に指を沿わせ、彼がやったのと同じように魔力を流し始める。
金色の光が刃を包むものの、それはレオが行ったときよりは薄く、暗く、不安定だった。
指を離し、難しそうな雰囲気を出したエリシアに対して、レオは内心で苦笑いをした。
「何度もやっていればそのうち出来るようになる。
体には魔力を流せるんだから、あとは武器に魔力を流すことに慣れるだけさ」
「……頑張る」
短く言って、エリシアは再び魔力を流す作業へと戻ろうと指を刃へと動かす。
かと思いきや、不意にその動きを止め、じっとレオを見つめた。
「……?」
「…………」
しかし結局はエリシアは何も言うことなく、視線を自分の刀へと落とした。
何かを聞こうとしているのではないかと思ったものの、結局レオはエリシアに聞くことはなく、彼女の訓練を眺め続けた。
0
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが……
アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる