魔王討伐の勇者は国を追い出され、行く当てもない旅に出る ~最強最悪の呪いで全てを奪われた勇者が、大切なものを見つけて呪いを解くまで~

紗沙

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第3章 神に愛された女教皇

第64話 レーヴァティ未発見の地下へ

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 朝方にエニフ谷を出立することができたために、夕暮れ時には法国の首都レーヴァティへと戻ってくることができた。
 帰りの道中もレオは警戒していたものの、結局ルシャを狙うような刺客などは現れなかった。

 何も起こらないことは良いことなのだが、これでいつ右目の光景に出会えるのか分からなくなった。
 そのためレオの乗る馬車は次第に空気が重くなり、行きと同じく同乗したララもどこか気遣うような視線を三人に向けていた。
 レーヴァティで馬車から降りる頃には、三人とも途方に暮れていたくらいだ。

「レオさん、お疲れさまでした」

 その原因、というと悪い意味に捉えられてしまうが、そんなルシャの一言にレオは「ああ」といつも通り感情表現なく答えた。
 穏やかな笑顔で微笑むルシャが逆に眩しい。右目の光景が見せる彼女は、一体どれくらい後の彼女なのか。
 仮に数年後なのだとしたら、悪いがそこまでこのレーヴァティで待っては居られない。

 勇者としてあるまじき行為に心が痛くなるが、それでもこの地を去ることを決心しようとしたとき。

「ルシャ教皇!」

 遠くから駆けてきた兵士の一人の声で、レオの思考は中断させられた。
 ちらりと目を向けてみれば、その兵士は何か急用でもあるようだった。
 兵士はレオ達に近づき、ルシャの目を見て報告を始める。

「お疲れさまでした。ファイ枢機卿より言伝を預かっております」

 彼は声量を小さくし、レオ達とルシャ、ララに聞こえるくらいの声量で言伝を伝え始める。

「一つ、サマカ枢機卿殺害の件ですが、ユリス枢機卿を容疑者として拘束しています。
 彼女の家から凶器と、祝福を使用した形跡が見つかったのが疑惑の一端のようです」

 ユリス枢機卿という言葉に、レオは思い出す。
 確か教会でサマカと話していたガーランド教皇派閥に属する女性枢機卿だったはずだ。
 彼女はサマカの派閥移動に強く反対している様子だった。

 けれど、サマカを亡き者にして、さらに塔を爆破するほどだったのだろうか?
 ふとそんな事を思ったが、レオとしても事件の調査に口を出すつもりはないし、そもそもユリス枢機卿とは会話をしたこともない。
 ここで口を挟んでしまえば、なぜユリス枢機卿の事を知っているのかと問い詰められてしまう。
 それゆえに、レオは口を噤んだ。

 そんなレオの内心など知る由もなく、兵士は続ける。

「2点目です、冒険者であるレオ様が以前に仰っていた地下について発見したとのことです。
 サマカ枢機卿殺害の重要な証拠になるかもしれないのでこれから来て欲しいとのことです。
 ファイ枢機卿も地下でお待ちです」

「……地下、ですか? そういえばそんなことを以前レオさんがおっしゃっていたような……まさか本当にあるなんて」

「こちらは発見したばかりで調査段階です。こちらへどうぞ」

 兵士に連れられる形で、ルシャとララは歩き出す。
 教会の地下という場所が気になり、レオ達もついていくことにした。
 待っていた兵士とも合流し、レオ達はやや大人数での移動となる。

 真っ赤な夕焼けで赤く染まった地面に、何人かの影が並んで映っていた。



 ×××



 それは、教会でも厳重に隠された場所だった。
 一階の図書室のような場所。その先にある小さな準備室の本棚が入り口だった。
 現在はその奥に空間が見えているが、祝福が使われた形跡がある。
 おそらく、少し前までは本来の用途として使われていたのだろう。

 その先は真っ暗なものの、下に階段が伸びているのが見える。
 レオはどこかその先の暗闇に既視感を覚えた。
 この感覚は、何度も見たものだ。自分ではなく、自分の右目がだが。
 もしかしたらと思ったが、この先がおそらく右目の――。

「……俺達が先行しても良いか?」

「……? 構いませんよ。中にはすでにファイ枢機卿が居ると思いますので」

 レオの提案にルシャは首を傾げたが、断るような理由もないのか受け入れてくれた。
 アリエスとリベラを引き連れてレオは階段に足を踏み入れ、下っていく。
 予想が正しければ、この先は右目が見た空間の筈だ。

 だが現段階では場所の把握をしたところで意味はない。
 そこで囚われているはずのルシャは、レオの後ろを歩いているからだ。

 けれど、これが彼女の囚われるきっかけにならないとも限らない。
 もし仮にファイ枢機卿がルシャに危害を加えるつもりならば、この状況は絶好の機会だ。

(……とはいえ)

 ちらりと後ろをついてくる兵士とララを確認する。
 会話した限り、ララはルシャの事を慕っているし、兵士からもルシャに対して恨むような感情は見受けられない。
 この状況では、仮にファイがルシャに危害を加えようとしても失敗に終わるとしか思えなかった。

 らせん状の階段を下れば、階にして2階ほど降りた形だろうか。
 地下はジメジメとしていて、土や岩の香りがした。だが壁には明かりが設置されていて、地面には足跡もある。
 誰かが長いことこの地下を使用しているのは間違いなさそうだった。

 そうして螺旋階段を降り切ったときに、目の前には通路が現れた。
 左手に王都のサルマンの館を彷彿とさせる牢屋が設置された通路だ。

「……教会の地下に、こんなところが」

「これは驚きました。まさかレオさんの言っていた場所があるなんて」

 目の前に広がった光景に、ルシャとララが目を見開いている。
 教皇と枢機卿という教会でも高い地位に就く彼女達でも、この場所の存在は本当に知らなかったようだ。
 こちらです、という兵士の声に従って、レオ達は歩みを進める。

 目線を左に向けるものの、牢屋の中は全て空だ。最近使われた形跡もない。
 そのままレオ達は通路の終わりにある鉄の扉を開き、中へと入る。
 扉の先は通路ではなく小部屋のようで、牢屋の前には見覚えのある男性が立っていた。

「ファイさん!」

「おや、お待ちしていましたよ皆さん」

 眼鏡をかけた誠実な面立ちの男性、ファイは部屋の真ん中に立っている。
 その表情は一昨日レーヴァティで見た時と同じだが、雰囲気には剣呑とした何かが混じっている。

「ファイさん、なぜ私たちをここに――」

 ファイに歩み寄ろうとしたララを、アリエスが手で制止した。
 彼女もまた、レオと同じく感じ取ったのだろう。このファイという男の、危ない雰囲気を。

「なぜここに、ですか……本当に呼んだのは私ではないんですけどね」

 ――カチャン

 鉄と石がぶつかる音が、レオの左耳に響く。
 とっさに牢屋の方向を向き、そしてその暗闇の中でレオは見た。

 右目と同じ光景を。

(……え?)

 レオは目を瞬かせる。
 ボロボロの服を身に纏い、伸びきった桃色の髪を放置し、鎖で壁に繋がれている一人の女性。
 それは確かに右目が今まで何度も見せてきた光景だ。

 けれどその光景で映っていた女性はルシャの筈で。
 そしてその彼女は自分たちの背後に居るはずで。

 ――ドサッ

 不意に音が聞こえて振り返ろうとした瞬間、レオの右手に誰かが触れた。
 しかしその手の持ち主を視認するよりも早く、それはレオからすぐに離れていく。
 一人の女性が、レオの横を通り過ぎてファイの横に並んだ。

 チラリと視界の隅で確認すれば、ララが床に伏している。
 その体は痙攣していて、正常ではないことを示していた。

「……どういう……ことだ」

 なぜこんなことをしたのか、ではなく、なぜこんなことになっているのかという意味でレオは尋ねた。
 けれど前者の意味だと思ったであろう彼女はいつもの穏やかな笑みを浮かべる。

「初めからあなたが狙いだったんです。レオさん」

 腕を後ろに回し、上半身を前に倒し、下から覗き込むようにルシャはレオを見る。

「どうですか? まだ気づきませんか?」

「……なに?」

 体に、痛みが走る。今まで押さえ込んでいた筈のリベラから受け取った呪いたちが暴れ出す。
 これまで抑えられていたうっ憤を晴らすかのように、祝福のなくなったレオの体内を暴走する。
 声も上げない、動きにも見せない。けれど僅かな表情の変化を捉えて、ルシャは笑った。

 邪悪を体現したような歪な、嗜虐的な笑みを浮かべた。

 それは普段の彼女からは予想もできないような表情。
 これまでの陽だまりのようだった目とは程遠い、極寒の冬のような冷たい目。
 今までのルシャにはなかった、いやレオ達には見抜くことができなかった悪意だ。

「……これで、ただ呪いで気持ち悪い人になっちゃいましたね」

 クスクスとまるでいたずらの成功した子供のように笑うルシャに、レオは背筋が凍る感覚を覚えた。
 こんな存在が居るなど、思いもしなかった。

 ――悪意を、隠していたのか

 アリエスが言うように全ての人に裏がない、なんてことはありえない。
 それはレオだって分かっている。けれどそれは、ルシャに関しては別だと考えていた。
 彼女はレオと目を合わせて自然体で話ができるアリエスやリベラと同じ種類の人間だと思ったからだ。

 他者に対してどうしようもなく恐怖や不快感を呼び起こす自分と、本心を完全に隠して話せる人が居るなんて思いもしなかった。
 だからこそレオはルシャを女神のような教皇だと評価したのだ。
 それが、今はどうだ。

 レオでも見抜けなかった仮面を外した彼女は、むしろ邪悪しかないではないか。

 生まれて初めて、レオは自分が把握できなかった精神構造を持つ人に出会った。
 カチャンという鎖と石がぶつかる音が、再び響いた。
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