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第3章 神に愛された女教皇

第50話 見覚えのある姿

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 太陽が西に沈み始め、辺りが緋色になった時間帯に、レオは大通りに立って一人の少女を見守っていた。
 白いローブの上から外套を身に着け、同じく白銀の髪を夕日の橙色に染めたアリエスは、この街や教会について聞き込みをしてくれている真っ最中だ。
 カマリの街と同じようにレオは遠くから彼女を見守り、何か危険があればすぐに駆けつけるつもりだった。

「おぉ、これ美味しい。レオもどう?」

 だが、そんなある意味で気の抜けない場面で、緊張感のない声が響く。
 横に立つ一人の女性に声を掛けられ、レオは内心で呆れながらそちらを向いた。
 壁に背を預けたリベラは、どこで買ったのか菓子の入った袋を片手に、甘味に舌鼓を打っていた。

「要らないというか……リベラも情報を集めていた筈なんだけど……せめてアリエスに残しておきなよ」

 レオの言う通り、最初はアリエスだけでなくリベラも情報を集めていた。
 しかし、しばらくしてから彼女は戻ってきて菓子にうつつを抜かし始めた。
 レオとしては自分が情報収集に関われないために強くは言えないが、流石に目に余るので注意の意味も込めて告げる。

 ちなみにレオとしてはそこまで甘いものは好みではないが、リベラは大好物らしい。
 女性は甘いものが好きだと以前王国の衛生兵のエバに聞いた気がするが、アリエスもそうなのだろうか。

 するとリベラは菓子を口に含んだ状態できょとんとした顔をする。
 しばし味を堪能した後にそれを飲み込み、口を開いた。

「情報なら手に入れてきたよ。この国には教皇様が3人居るんだけど、ルシャ教皇以外の2人は結構長いこと教皇をしていて、ルシャ教皇が最近就任したみたい」

 情報を得て来たならそれを教えてくれても良かったのではないかと思ったが、レオは口にしなかった。
 余計なことを言ったところで、情報を得るのが遅くなるだけだ。

「なんでもルシャ教皇はこの国でも歴代最高の祝福所持数の教皇様って有名らしいよ。
 まだなって間もないみたいだけど、民衆からの支持は絶大だね」

「だろうね」

 一度しか会っていないレオでもルシャが人気になるのは理解できる。
 容姿がよく、性格がよく、善性に満ち溢れ、弱った者にも寄り添える。
 それがレオから見たルシャの評価だった。少なくともその瞳の奥に、後ろ暗いものは何一つ見えなかったくらいだ。

 祝福の多さを神にどれだけ愛されているか、と例える人も居るが、その例えからすると彼女はまさに神に愛された子とでも呼ぶのだろう。

「ルシャ教皇は元々、教会のシスターとして入ったらしいけど、すぐに祝福の量で異例の出世をして今の地位に上り詰めたみたいだね。
 あ、ちなみに名前はルシャ・レプラコーンだって」

(……まあ、あの祝福の大きさならな)

 正直、レオからしても自分ほどではないもののルシャの祝福の量は規格外に映る。
 それこそ勇者仲間を引き合いに出しても渡り合えるほどだろう。
 普通の人の数倍の祝福を持つことが、祝福を重視すると言われるこの国でどれだけ有利なのか、想像に難くない。

「で、彼女を支える枢機卿があの場に居た3人ね。
 サマカ枢機卿、ファイ枢機卿、そしてララ枢機卿。とくにファイ枢機卿は優秀な人で、他の教皇からの信頼も厚いみたいだよ」

 リベラの説明を聞きながら、レオは納得する。
 第一印象でしかないが、ルシャ教皇の派閥の中でファイ枢機卿が核を担っていると感じていたからだ。

「あと残り2人の教皇はどっちも男性で、一人は初老のお爺さん、そしてもう一人は40歳くらいのおじさんって話だよ。
 この2人も長く勤めているだけあって、変わらず信頼されているみたい」

「……なるほど」

 3人しかいない教皇。ならルシャが壊れるのは、残りの2人に原因があるのではと考えていたが、どうやらそうでもなさそうだ。
 なら、考えられるのは。

「ルシャ教皇の前任……と言っていいのか分からないけれど、前教皇はどんな人なのか分かる?」

 もしも考えられるとしたら、その地位をルシャに追われた人物かと考え、レオは問いを投げかけた。
 かなり可能性のある線だけにじっとリベラを見つめるものの、彼女は首を横に振った。

「教皇の3番目の席はかなり年老いたお婆さんだったみたいで、円満に交代したみたいだよ」

「そうか……そうすると、ルシャ教皇に危害を加える可能性のある人は居ないと」

 そう考えると、ルシャの知らない教会地下の牢屋を知っているサマカが一番怪しくなる。
 ただ、安直に考えるのは危険だ。やはり情報を集め、アリエスやリベラと相談をする必要がある。

「っていうか、この短時間でよくそれだけ情報を集められたな」

「カマリの街でシスターしてましたって言ったら、色々話してくれたよ」

 確かに教会の総本山のあるこの都市において、リベラの経歴は好ましいものだろう。
 それこそ別の街に言っていた同じ信徒として捉えられていてもおかしくないくらいだ。

「…………」

 そう思ったところで、レオは自分をじっと見つめるリベラの視線に気づいた。
 視界の隅に聞き込み調査をし続けるアリエスを捉えながら、そちらに目線を向ける。
 するとリベラは先ほどまでこちらを見ていた筈なのに、視線を明後日の方向に飛ばしてしまった。

「……レオはさ」

「……?」

 目を合わせることのないまま下を見て、自分の靴に目線を向けた状態でリベラは小さく呟く。

「レオはもし右目の呪いが治ったら、どうするの?」

「……治ったら?」

 そんなこと、考えたこともなかった。
 レオはこれからの事を考える。もしも呪いが解けたら、その時は。

「どうだろう、先のことは分からないよ。でも、多分誰かを救う旅でもするんじゃないかな。
 もう勇者じゃないけど、それもいいのかなって思う」

「……レオらしいね。でもレオは今までずっと頑張ってきたんでしょ?
 だから、立ち止まって休むのもいいと思うよ。ゆっくり、田舎で過ごすのも、ね」

「田舎でゆっくりと……か」

 リベラの言葉に、レオは思いを巡らせる。
 王都ではなく、カマリの街やハマルの街みたいな場所でのんびりと過ごす。
 けれど言葉にしてもレオには実感が沸かなかった。

「……それも悪くないのかもな」

 リベラの言葉を否定するのも悪い気がして、レオは曖昧な返事をした。

「もしその時には、私が先輩として色々と教えてあげるよ。
 ゆったりとした生活の極意ってやつをね」

「頼もしいな」

 そう返すと、リベラは花が咲いたように微笑んだ。
 カマリの街で見たような作った笑顔ではなく、彼女の心からの笑顔だと思えた。

「レオ様、情報を集めてきました……リベラ、何を食べているのですか?」

 そんなことを話しているうちに、アリエスが情報収集を終えて戻ってきた。
 彼女はレオに声をかけ、そしてその近くに居るリベラを見つめ、尋ねる。

「あ、おかえりアリエス。これお菓子だけど、食べる?」

 当のリベラはあっけからんとした態度でアリエスにお菓子の入った袋を振って見せびらからす。

「……わたし、甘いもの好きじゃないので」

 その言葉に、レオは内心で驚いた。
 王都で聞いた話から、女性は皆そうなのかと思ったが、例外もあるらしい。

「ところで、ルシャ教皇ではなくサマカ枢機卿とファイ枢機卿について面白い話を聞きました。
 どうやら彼らはルシャ教皇が教会に入ったときから関係があるようで、彼女をずっと支えているようです」

「ありゃ、それだと長い付き合いだから本当に側近みたいな感じだね。
 まあ、サマカ枢機卿だけ牢屋のような場所を知っているような様子からすると、逆に恨みでもあるのかもしれないけどね」

「他の2人の教皇についても色々と聞きましたが、正直関連はあまりなさそうですね。
 教会の現状を聞いても、ルシャ教皇は歓迎こそされど、排除されるような立場にはないように思えます」

 アリエスとリベラ、2人の話を聞けば聞くほどに、ルシャに対して害意を持っている可能性のある人物が一人に絞られてくる。
 枢機卿サマカ。仮に彼が将来ルシャを壊すとしても。

「まだ時間はかなりあるように思える……今日はここまでかな」

 日も落ちて夜になっている。時間的には宿に戻るのにちょうどよい時間だ。
 2人も賛成のようで、頷いていた。

 方向的な関係性から、先陣を切って進んでいくリベラとそれに続くアリエス。

 彼女達についていこうと、一歩前に踏み出したとき。
 一つの人影が、レオの後ろを横切った。
 思わず立ち止まり、左に視線を向ける。その人影は、レオから離れるように歩き去っている。

 外套にフードを被り、姿は伺い知れない。
 けれどその姿を、レオは目線で無意識に追っていた。
 なぜか、見覚えがある気がする。あのフードに外套は、確か。

(カマリの街で……いや、そんな筈ないか)

 過去にカマリの街で出会った気がしたが、それを考慮しても今この場に居るはずがない。
 カマリとレーヴァティは距離があり、馬車を利用してもそれなりの時間がかかる。
 自分たちの後を意図的に追ってこない限り、出会うことはない筈だ。

 それに外套にフード姿など珍しくはあるが、居ないわけでもないだろう。

「レオ様?」

 遠くから声を掛けられ、レオは慌ててそちらへ向かう。
 その途中、一回だけ人影の方を振り向いたが、それは段々と小さくなっていくだけだった。
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