魔王討伐の勇者は国を追い出され、行く当てもない旅に出る ~最強最悪の呪いで全てを奪われた勇者が、大切なものを見つけて呪いを解くまで~

紗沙

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第2章 呪いを治す聖女

第38話 リベラとシェラ

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 その日、カマリ孤児院のシスター、リベラ・エンティアは例年通りの一日を過ごすはずだった。
 朝早く起きて孤児院の掃除洗濯を行ったリベラは、この後に孤児たちの食事を作り、勉学を指導し、そして昼過ぎから買い出しに行く予定だった。
 レオとアリエスという二人により、一歩を踏み出すほんの少しの勇気は得たものの、まだ普通の一日を過ごすはずだった。

 自分の大切な幼馴染との邂逅は、いずれにせよ領主様がアリエスという奇跡の少女の手により全快してからだと考えていたからだ。

「お、おはよう……リベラ」

 だからこそ洗濯物を干したばかりのリベラは、孤児院の門のところにずっと頭の中で思っていた相手が立っていることに気づき、洗濯籠を落としてしまった。
 もう何年も会話をしていない筈のたった一人の幼馴染、シェラ・ロズウェルがどこか困った様子で立っていたからだ。

「シェ……シェラ……」

「……その……急に来てごめんね。
 アリエスさんとレオさんから昨日の夜に話を聞いて、それで……さ……」

「そ、そっか……あの二人が……」

 アリエスとレオ、二人に感謝しつつも、急に訪れたシェラの間接的な原因に、内心で少しだけ悪態をついた。
 あの二人、急すぎはしないだろうか。
 そりゃあシェラとは話したかったが、こっちにも心の準備があるのだが。

「あ、よ、よければ中に入る? 子供たちの朝ごはん作らないといけないから……」

「あ、うん……その……私も手伝っていいかな?」

「え……あ、う、うん」

(どんだけぎこちない会話しているの……って私もか……)

 シェラの事は嫌いではなく、むしろ好きなのだが、空きすぎた期間が二人の間に微妙な雰囲気を出している。
 リベラは籠を持ったまま孤児院の中に入る。もちろんそれにシェラも続いた。

「リベラ姉ちゃん! 朝ごはんなにー?」

「お姉ちゃん、このお姉ちゃん誰?」

「リベラ姉ちゃんのお友達?」

 孤児院の中に入ると、あっという間に子供たちに囲まれてしまった。
 皆元気いっぱいだが、他の子を思いやれる優しい子たちだ。
 そんな子供たちが、リベラの後ろから入ってきたシェラを見て不思議そうな顔をしている。

 リベラは体の横に籠を置き、しゃがみこんで子供達と視線を合わせる。

「この人はシェラお姉ちゃん。私の幼馴染だよ」

「幼馴染って何―?」

「君達のような小さなころからずっと一緒に居たってことだよ。
 皆みたいな関係かな」

 リベラの説明に子供たちは目を輝かせてシェラを見る。
 孤児院の中でもリベラは人気者で、そのリベラの幼馴染であるシェラに興味津々といった様子だ。

 シェラは笑顔で同じようにしゃがみ込み、視線の高さを孤児たちに合わせた。

「今日は孤児院に遊びに来たよ。皆、お腹すいているかな?
 私が朝食を作ってあげるよ! こう見えてもシェラお姉ちゃん、料理すっごく上手なんだよ」

「ほんと!」

「やったー!」

「食堂に行こ!」

 おいしい朝食が食べられることで孤児たちは喜び、そのまま食堂へと駆けていく。
 その様子を見ながら、リベラもシェラも微笑んでいた。

「……っと、洗濯籠置いてくるね。厨房は底の扉の先だから、先に入っていて」

「うん、分かったよ」

 リベラの言葉にシェラは返事をして厨房へと入っていく。
 その様子を見ながら小走りで別の部屋に入り、洗濯籠を所定の位置に置いたところでリベラは気づいた。

(シェラと……普通に話せている……)

 さっき会ったときはお互いに気まずさがあった。
 けれど先ほど子供達と話したときの自分達は、そんな雰囲気などどこにもなくて、むしろ。

 ――幼馴染って、言ったんだ

 無意識に言った言葉に、今更ながら気づいた。
 そうだ。たとえ時間が空いていても、自分とシェラの関係は変わらない。
 小さく微笑み、リベラは先ほどよりも歩幅を大きくして厨房に向かった。

 今、彼女の心は青空のように澄み渡っていた。
 こんな機会を与えてくれたレオとアリエスにも、感謝だ。

「おまたせ。ごめんね待たせちゃって。じゃあ、作ろうか」

「うん、まかせて」

 二人は厨房で朝食の準備に取り掛かる。
 しばらく出会っていない二人は、一緒に食事を作るのも初めてだ。
 にもかかわらず二人の動きは完璧で、まるで長く一緒に居たようだった。

 シェラは宿屋での手腕を発揮して次々とおいしそうな料理を手掛けていく。
 リベラもまた、この孤児院で培った経験で子供たちが喜ぶ食事を用意していた。

 特に会話などなくても、二人の間の雰囲気は穏やかなものだった。

「ねえ、リベラ」

「ん?」

「今日、何の日か知ってる?」

 けれどその雰囲気は、急に凍り付いた。
 恐る恐るといった様子でこちらを見るシェラに、リベラの動きが止まった。
 今日が一体何の日か。それを忘れたことなど、一日とてありはしない。

「……おじさんの……命日……」

 全てが終わった日。
 自分が救えたはずの大切な人を失い、そして大切なシェラを悲しみのどん底に突き落とした最悪の日。

「……覚えていて、くれたんだね」

「……うん」

 忘れるものか。例年、この日は午後に孤児院の奥の花畑でシェラの父に祈りを捧げている。
 それはシェラの父が亡くなった翌年から、例外なく続けていることだ。
 雨が降ろうと、リベラはそれを辞めなかった。

 今日の午後もまた、そうするつもりだった。

「…………」

 祈ったところで、自分の罪が消えないことは分かっている。
 けれど、それしかできなかった。
 いや他にもできることから、目を逸らしていただけだ。

 目の前の大切な人に真実を告げて、謝るということを。

 言わないといけない。
 自分にあの日何が出来て、そしてそれをしなくて、その結果あなたの最愛の家族は亡くなったのだと。
 そう告げなければ、ならないのに。

「……ぁ」

 言葉が、出ない。
 目の前の少女に怒鳴られるのが怖くて、また彼女の涙を見るのが怖くて。
 そして何よりも、せっかく良い雰囲気になれたのに、それを壊してしまうことが怖くて。
 怖くて怖くて怖くて、言葉が喉から先に出てこない。

 ――私は……私はなんて……

「リベラ、今日この後の予定は?」

「……え?」

 言わなくてはならない強迫観念と、言えないことの葛藤に苦しんでいたリベラにシェラは今後の予定を聞いてくる。
 先ほどとはあまりにも違う話の流れに、リベラは思わず声を上げてしまった。

「予定、教えて」

「えっと……この後は子供達に勉強を教えて、その後は……なにも……」

「そう……」

 今後の予定を答えると、シェラは一言呟いて視線を伏せた。
 拳を握り締め、何かを言おうとしている。
 次の瞬間、彼女はバっと顔を上げた。

「なら、そのあと私と一緒にお父さんのお墓参りに行かない?」

「……え?」

 おじさんの、墓参り。
 その言葉がリベラの頭の中でぐるぐると回る。けれど、彼女の答えはもう決まっていた。

「うん、行く。絶対行く」

「そう、良かった」

 そう言って微笑み、シェラは料理へと戻る。
 その様子を、リベラはしばらく黙って見つめていた。

(……そ、そうだよ。ゆっくり、心の準備をして、話そう)

 この後も、そしてその後もまだシェラとは一緒に居る。
 時間を見つけて、必ず話そう。そうリベラは決心した。
 それが先送りにしかならないことを理解しているが、それでも今はそうしたかった。

 その後、シェラとリベラによる朝食は孤児たちの胃袋を鷲掴みにした。
 さらに二人による勉強会は丁寧で優しく、シェラは瞬く間にシスター・リベラに並ぶほどの人気者になった。
 シェラはそのことに嬉しそうにしていたし、リベラも同じだった。
 けれどリベラの心の中にある不安は、少しずつ大きくなっていた。
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