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第2章 呪いを治す聖女
第37話 カマリ領主の館へ
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街の人に対してアリエスが聞き込みをすれば、領主の館の位置はすぐに判明した。
最初は領主代理の館の場所を聞いていると思われたので嫌な顔をされたらしいが、領主の館だと分かった瞬間に笑顔になったらしい。
本当に領主代理は歓迎されていないんだなと思いましたと、アリエスは苦笑いで話してくれた。
領主の家はカマリの街の北端にある大きな館だ。
大通りの道からその館を見て、レオとアリエスはこの後の流れを打合せする。
「その……どういう風に行きましょうか?
まさか正面から病気を治しに来ました、なんてことは言えませんし……」
困ったように見上げてくるアリエス。
彼女の所持する祝福ならば病を治すことも可能だが、その過程が問題だと考えているのだろう。
けれど、レオからしてみればそれは些細なことだった。
「大丈夫、姿を隠す祝福を持っているから、それで忍び込もう。
領主を見つけて、アリエスに治してもらえば問題はないよ」
「……そんな祝福も持っているんですね」
ああ、と言い、レオは自分とアリエスに姿を隠す祝福を行使する。
祝福を発動している人同士は見えるものの、これで第三者からは完全に見えなくなった。
よく戦闘で音や気配に敏感な敵を不意打ちで壊すときに使ったものだと過去を回想する。
アリエスは自身の体を見下ろしながら、体を動かしている。
自分の姿が誰にも見られていないのかは分からないものの、白い膜のようなものにレオもアリエスも覆われているので、それが証拠にはなるのだが。
やがてアリエスは自分の体を見るのを辞めて、ぽけーっとした顔でレオを見上げた。
「レオ様って、本当にすごいですね……でも、この祝福悪用しちゃダメですよ」
「悪用? 敵に対して不意打ちとかで使ったことはあるけど……」
不意打ちは卑怯という敵も居たが、戦闘技術に善も悪もないとレオは考えている。
けれども、アリエスはそういったことを気にするのかもしれないと少し心配になった。
ただそう答えられた白銀の少女は苦笑いをしながらレオから目を逸らしていたが。
「……レオ様がそんな低俗なことに使うわけがないですよね」
「なんて?」
良く聞こえなかったために聞き返したのだが、アリエスはなんでもありませんと言って深く息を吐いた。
「すみません、話が脱線しました。それではこの祝福を用いて館に入りましょう。
善は急げです」
「ああ」
アリエスの言葉にレオは頷き、彼女を引き連れて大通りを歩く。
既に祝福は発動しているために、誰もがレオ達に気づかない。
そのため、いつものように好奇や嫌悪の視線を向けられることもない。
(もしアリエスと出会わなければ、今頃こんな風に隠れて生きていたのかもな)
そう思うと後ろに居る少女には感謝してもしきれない。
少し感傷に浸りながらレオは領主の敷地にたどり着き、外壁を左手に東へと回り始める。
いくら姿を隠していても、正面から乗り込むようなそんな真似はしない。
少し歩き、敷地の東側へ。裏門も避けて外壁を跳び越えて入るのが吉だと考えた。
レオは高い壁を見上げ、隣に立つアリエスに声をかける。
「ここから突入する。しっかり掴まっていてくれ」
「え?あ、ちょーー」
アリエスの言葉を聞かずに、小さな彼女の体を持ち上げる。
大切に扱うように彼女の背中と足を両腕でしっかりと支え、胸に抱えた。
「こ、これ……これっ」
真っ赤になってあわあわとしているアリエスには気づかずに、レオは跳ぶ。
彼の脚力をもって外壁の上に一回の跳躍で登り、そのままなるべく衝撃を殺して敷地の中へと飛び降りる。
音も立てない完ぺきな侵入だった。
ただ、彼に大事に大事に抱きかかえられた白銀の少女が真っ赤になって目を回していたことは言うまでもないだろう。
レオはゆっくりとアリエスを下ろす。
「大丈夫? あまり衝撃は受けてないと思うけど」
「は、はい……ちょ、ちょっといきなりでびっくりしただけです」
「そうか、すまない。次からはちゃんと声をかけてから行うよ」
そうじゃないんですけど!、とアリエスは心の中で叫んだに違いない。
けれど悲しいことに、彼女の心がレオに伝わることは残念ながらなかった。
アリエスの体のどこにも外傷がないことを一瞥して確認したレオは、周囲を警戒する。
領主の館だけあって見張りは居るが、このくらいの数では問題はない。
自分ならば、問題なく領主の部屋へとたどり着けるだろう。
そう思いながら、レオは館へと向かう。
自分とアリエスの足音を消し、なるべく静かに館へと近づく。
(侵入は……窓からにするか)
館の北側に少しだけ移動して侵入経路を窓に決める。
扉は音を立てる恐れがあるし、誰かが出てくる可能性もあるので選択肢から外した。
レオはアリエスの方を向き、彼女が来るのを待つ。
視線を向けられたアリエスは一瞬だけ硬直したものの、やや赤い顔でレオの元へとやってきた。
レオは何も言わずに自分とアリエスに清掃魔法をかけ、靴に着い土を落とした。
そしてそのまま流れるように窓の鍵を祝福で解錠し、ゆっくりと開く。
建物の鍵を開ける祝福もまた、アジトや廃城などを落とす際に重要なものの一つだ。
魔王ミリアの城でもかなり世話になった。
部屋の中が無人であることは既に確認しているが、念のためにレオが先に室内に入る。
その際、どこか光のない目をしたアリエスの事は気づかなかった。
「アリエス」
部屋に入り、窓から彼女に手を伸ばす。
レオから差し出された手を握って部屋に入るまで、アリエスはどこか遠い目をしていた。
「問題なく入れたな。領主の部屋は、あるとしたら二階か」
この建物が広いものの二階建てなのは外からでも分かることだった。
そのためアリエスに確認をしたのだが。
「はい、そうですね」
何の感情も籠っていない声で答えられてしまい、思わずレオはアリエスを見た。
よくよく見てみれば、彼女は無表情で遠くを見ていた。
「……アリエス?」
「レオ様、人間は動物と同じです。
そして動物は一度餌をあげると、次は餌をあげようとする動作だけで反応するのです」
「……何の話だ?」
「覚えておいてください」
「……あ、ああ」
いまいちよく分からないが、アリエスがそう言うならば覚えておこう。
そう思い、レオは意識を切り替える。足早に扉に近づき、外の気配を探れば、近くに人は居ないようだ。
扉を開き、アリエスの姿を確認しつつ廊下に出る。
そこから早歩きで移動し、階段を上って二階へ。
後は簡単だった。
(領主はベッドで横になっているはず。なら、その気配を辿ればいい)
二階の全体にいきわたるように祝福を発動すれば、すぐに気配を捉えられた。
一番奥の部屋の一つ手前に、ベッドに横たわる人の気配がある。
「見つけた」
そう小さく呟き、レオは一直線にその部屋へと向かう。
控えめながらも高貴な装飾の施された廊下をまっすぐに歩き、部屋の前へ。
そして扉に手をかけ、ゆっくりと開いた。
部屋の鍵はかかっていなかったものの、明かりは消されていた。
中は広めの一室で、テーブルの上には様々な薬が置かれている。
そして部屋の奥、カーテンの閉じた窓の近くの大きなベッドに、その人物は居た。
「この方が……領主」
遠くからベッドで横になる男性を見て、アリエスが呟く。
領主は黒髪の若い男性だった。聡明でありながらも優しげな雰囲気が出ている。
しかしそんな彼も今は苦しそうに顔を顰めて、病と闘っていた。
レオの左目が金色に光り輝く。
呪いを看破する祝福が、領主の体の呪いを捉える。
予想通り、領主の体はとても薄いものの黒い靄で包まれていた。
「……小さくだが、呪われているな」
「呪いと病気でしょうか。確かにそれでは治るものも厳しいかもしれませんね」
「アリエス、頼む」
「はい」
レオの言葉でアリエスがベッドに近づく。
彼女の白魚のような小さな両手が領主の男性の右手を握り、それと同時にアリエスの体を白い光が包んだ。
本日二度目の祝福の行使。
そのため、呪いの規模が小さくても、流石にリベラの時よりも時間がかかっているように思えた。
それでも時間をかけて白い光は領主を包み、彼から呪いを消し去っていく。
そしてアリエスの祝福は呪いのみならず、病すらも治す。
やがて光は消え、レオの目には全く黒のない、一人の男性がベッドに横たわっている光景だけが映った。
先ほどまであれほど苦しんでいたのに、今では安らかな表情すら浮かべているくらいだ。
「……んっ」
ふと、男性が身じろぎする音を聞き、レオは咄嗟に前に出た。
アリエスを護るように背後に隠し、領主の目線の先に割り込む。
「……だれ……だ……」
「……領主代理に気を付けろ」
一言だけそう告げれば、領主は起き上がろうとした体を再びベッドへと落とした。
気配を感じて起きたものの、体力は限界だったらしい。
(……ふぅ)
危なかった。あのままではアリエスを見られていただろう。
けれどこれで仮に領主が今日の事を覚えていたとしても、彼を治したのは自分になるはずだ。
「よし、戻ろう」
「……はい」
背後のアリエスに声をかけ、レオは部屋の出口を目指す。
アリエスの返事は小さく、そして彼女の顔が少しだけ赤らんでいることには、暗くてレオは気づけなかった。
×××
入ってきた時と同じ道を通り、誰にも気づかれることなくレオとアリエスは領主の屋敷を後にすることができた。
もう夜になっていて辺りは暗く、人通りのやや少なくなった大通りを通って、路地裏へと一旦入る。
そこで祝福を解除し、ようやく二人は一息つくことができた。
ちなみに帰りに敷地の外壁を跳び越える際、レオは再びアリエスを抱きかかえたのだが、彼女がまるで借りてきた猫のようにおとなしくしていたことをここに記しておく。
ついでに、心臓の音がうるさくてレオに聞こえないかとても心配していたことも追記しておく。
「これで今日の深夜か、遅くても明日には領主が全快していることが街に伝わるはずだ」
「しばらくは安静という形になるかもしれませんが、今はこれで十分だと思います。
リベラさんの孤児院の支援金が戻るのはもう少し後になるかもしれませんね。
とにかく、お疲れさまでした。これでようやく一安心ですね」
「そうだな……とりあえず今日はもう遅いし、シェラさんの宿屋に戻ろう」
レオの言葉にアリエスは頷き、再び大通りを通ってシェラの宿屋に向かう。
先ほどと違い、好奇や嫌悪の視線にさらされるが、それ以上にやり切ったという達成感の方が強かった。
これでリベラは祝福を使う必要がなくなる。彼女が死ぬ未来も回避できただろう。
二人は大通りを南下し、シェラの宿屋へと入る。
受付には昼前に出たときと同じように、シェラの姿があった。
「おかえりなさい、アリエスさん、レオさん」
「ただいまですシェラさん」
「お二人に会えてよかったです。
私、明日は朝から居ないので別の人が店番をすることになっています。
アリエスさん達のことは事前に話しているので、特に話しかけたりする必要はありませんよ」
「分かりました。何か外せない用事なのですか?」
アリエスの問いに、シェラは微笑んで答えた。
「明日は父の命日ですので、その墓参りです」
「……そうですか」
父の命日ということで、アリエスは押し黙ってしまった。
シェラとリベラの関係に溝ができ始めたきっかけでもある人物の死。
それはシェラとリベラの両方に深い悲しみを刻んだ。
けれどリベラはシェラに真実を伝えたがっている。
それなら、後押しをしても良いのではないかとレオは思った。
「今日、またリベラさんに会った」
「リベラに……ですか?」
「あぁ、彼女はあなたと距離を置いていることを悔いていた。
けれど会わなくなっても、貴女を想っているようだった」
「…………」
レオの口から真実を告げることはできない。
けれど、リベラとシェラの関係を元に戻す手伝いをすることはできる。
だから、これが自分に出来る精いっぱいの事だと思い、レオは自分の部屋へと向かう。
その間、シェラは一言も発することはなかった。
けれど彼女は拳を握り締め、何かを決意したような、そんな目をしていた。
最初は領主代理の館の場所を聞いていると思われたので嫌な顔をされたらしいが、領主の館だと分かった瞬間に笑顔になったらしい。
本当に領主代理は歓迎されていないんだなと思いましたと、アリエスは苦笑いで話してくれた。
領主の家はカマリの街の北端にある大きな館だ。
大通りの道からその館を見て、レオとアリエスはこの後の流れを打合せする。
「その……どういう風に行きましょうか?
まさか正面から病気を治しに来ました、なんてことは言えませんし……」
困ったように見上げてくるアリエス。
彼女の所持する祝福ならば病を治すことも可能だが、その過程が問題だと考えているのだろう。
けれど、レオからしてみればそれは些細なことだった。
「大丈夫、姿を隠す祝福を持っているから、それで忍び込もう。
領主を見つけて、アリエスに治してもらえば問題はないよ」
「……そんな祝福も持っているんですね」
ああ、と言い、レオは自分とアリエスに姿を隠す祝福を行使する。
祝福を発動している人同士は見えるものの、これで第三者からは完全に見えなくなった。
よく戦闘で音や気配に敏感な敵を不意打ちで壊すときに使ったものだと過去を回想する。
アリエスは自身の体を見下ろしながら、体を動かしている。
自分の姿が誰にも見られていないのかは分からないものの、白い膜のようなものにレオもアリエスも覆われているので、それが証拠にはなるのだが。
やがてアリエスは自分の体を見るのを辞めて、ぽけーっとした顔でレオを見上げた。
「レオ様って、本当にすごいですね……でも、この祝福悪用しちゃダメですよ」
「悪用? 敵に対して不意打ちとかで使ったことはあるけど……」
不意打ちは卑怯という敵も居たが、戦闘技術に善も悪もないとレオは考えている。
けれども、アリエスはそういったことを気にするのかもしれないと少し心配になった。
ただそう答えられた白銀の少女は苦笑いをしながらレオから目を逸らしていたが。
「……レオ様がそんな低俗なことに使うわけがないですよね」
「なんて?」
良く聞こえなかったために聞き返したのだが、アリエスはなんでもありませんと言って深く息を吐いた。
「すみません、話が脱線しました。それではこの祝福を用いて館に入りましょう。
善は急げです」
「ああ」
アリエスの言葉にレオは頷き、彼女を引き連れて大通りを歩く。
既に祝福は発動しているために、誰もがレオ達に気づかない。
そのため、いつものように好奇や嫌悪の視線を向けられることもない。
(もしアリエスと出会わなければ、今頃こんな風に隠れて生きていたのかもな)
そう思うと後ろに居る少女には感謝してもしきれない。
少し感傷に浸りながらレオは領主の敷地にたどり着き、外壁を左手に東へと回り始める。
いくら姿を隠していても、正面から乗り込むようなそんな真似はしない。
少し歩き、敷地の東側へ。裏門も避けて外壁を跳び越えて入るのが吉だと考えた。
レオは高い壁を見上げ、隣に立つアリエスに声をかける。
「ここから突入する。しっかり掴まっていてくれ」
「え?あ、ちょーー」
アリエスの言葉を聞かずに、小さな彼女の体を持ち上げる。
大切に扱うように彼女の背中と足を両腕でしっかりと支え、胸に抱えた。
「こ、これ……これっ」
真っ赤になってあわあわとしているアリエスには気づかずに、レオは跳ぶ。
彼の脚力をもって外壁の上に一回の跳躍で登り、そのままなるべく衝撃を殺して敷地の中へと飛び降りる。
音も立てない完ぺきな侵入だった。
ただ、彼に大事に大事に抱きかかえられた白銀の少女が真っ赤になって目を回していたことは言うまでもないだろう。
レオはゆっくりとアリエスを下ろす。
「大丈夫? あまり衝撃は受けてないと思うけど」
「は、はい……ちょ、ちょっといきなりでびっくりしただけです」
「そうか、すまない。次からはちゃんと声をかけてから行うよ」
そうじゃないんですけど!、とアリエスは心の中で叫んだに違いない。
けれど悲しいことに、彼女の心がレオに伝わることは残念ながらなかった。
アリエスの体のどこにも外傷がないことを一瞥して確認したレオは、周囲を警戒する。
領主の館だけあって見張りは居るが、このくらいの数では問題はない。
自分ならば、問題なく領主の部屋へとたどり着けるだろう。
そう思いながら、レオは館へと向かう。
自分とアリエスの足音を消し、なるべく静かに館へと近づく。
(侵入は……窓からにするか)
館の北側に少しだけ移動して侵入経路を窓に決める。
扉は音を立てる恐れがあるし、誰かが出てくる可能性もあるので選択肢から外した。
レオはアリエスの方を向き、彼女が来るのを待つ。
視線を向けられたアリエスは一瞬だけ硬直したものの、やや赤い顔でレオの元へとやってきた。
レオは何も言わずに自分とアリエスに清掃魔法をかけ、靴に着い土を落とした。
そしてそのまま流れるように窓の鍵を祝福で解錠し、ゆっくりと開く。
建物の鍵を開ける祝福もまた、アジトや廃城などを落とす際に重要なものの一つだ。
魔王ミリアの城でもかなり世話になった。
部屋の中が無人であることは既に確認しているが、念のためにレオが先に室内に入る。
その際、どこか光のない目をしたアリエスの事は気づかなかった。
「アリエス」
部屋に入り、窓から彼女に手を伸ばす。
レオから差し出された手を握って部屋に入るまで、アリエスはどこか遠い目をしていた。
「問題なく入れたな。領主の部屋は、あるとしたら二階か」
この建物が広いものの二階建てなのは外からでも分かることだった。
そのためアリエスに確認をしたのだが。
「はい、そうですね」
何の感情も籠っていない声で答えられてしまい、思わずレオはアリエスを見た。
よくよく見てみれば、彼女は無表情で遠くを見ていた。
「……アリエス?」
「レオ様、人間は動物と同じです。
そして動物は一度餌をあげると、次は餌をあげようとする動作だけで反応するのです」
「……何の話だ?」
「覚えておいてください」
「……あ、ああ」
いまいちよく分からないが、アリエスがそう言うならば覚えておこう。
そう思い、レオは意識を切り替える。足早に扉に近づき、外の気配を探れば、近くに人は居ないようだ。
扉を開き、アリエスの姿を確認しつつ廊下に出る。
そこから早歩きで移動し、階段を上って二階へ。
後は簡単だった。
(領主はベッドで横になっているはず。なら、その気配を辿ればいい)
二階の全体にいきわたるように祝福を発動すれば、すぐに気配を捉えられた。
一番奥の部屋の一つ手前に、ベッドに横たわる人の気配がある。
「見つけた」
そう小さく呟き、レオは一直線にその部屋へと向かう。
控えめながらも高貴な装飾の施された廊下をまっすぐに歩き、部屋の前へ。
そして扉に手をかけ、ゆっくりと開いた。
部屋の鍵はかかっていなかったものの、明かりは消されていた。
中は広めの一室で、テーブルの上には様々な薬が置かれている。
そして部屋の奥、カーテンの閉じた窓の近くの大きなベッドに、その人物は居た。
「この方が……領主」
遠くからベッドで横になる男性を見て、アリエスが呟く。
領主は黒髪の若い男性だった。聡明でありながらも優しげな雰囲気が出ている。
しかしそんな彼も今は苦しそうに顔を顰めて、病と闘っていた。
レオの左目が金色に光り輝く。
呪いを看破する祝福が、領主の体の呪いを捉える。
予想通り、領主の体はとても薄いものの黒い靄で包まれていた。
「……小さくだが、呪われているな」
「呪いと病気でしょうか。確かにそれでは治るものも厳しいかもしれませんね」
「アリエス、頼む」
「はい」
レオの言葉でアリエスがベッドに近づく。
彼女の白魚のような小さな両手が領主の男性の右手を握り、それと同時にアリエスの体を白い光が包んだ。
本日二度目の祝福の行使。
そのため、呪いの規模が小さくても、流石にリベラの時よりも時間がかかっているように思えた。
それでも時間をかけて白い光は領主を包み、彼から呪いを消し去っていく。
そしてアリエスの祝福は呪いのみならず、病すらも治す。
やがて光は消え、レオの目には全く黒のない、一人の男性がベッドに横たわっている光景だけが映った。
先ほどまであれほど苦しんでいたのに、今では安らかな表情すら浮かべているくらいだ。
「……んっ」
ふと、男性が身じろぎする音を聞き、レオは咄嗟に前に出た。
アリエスを護るように背後に隠し、領主の目線の先に割り込む。
「……だれ……だ……」
「……領主代理に気を付けろ」
一言だけそう告げれば、領主は起き上がろうとした体を再びベッドへと落とした。
気配を感じて起きたものの、体力は限界だったらしい。
(……ふぅ)
危なかった。あのままではアリエスを見られていただろう。
けれどこれで仮に領主が今日の事を覚えていたとしても、彼を治したのは自分になるはずだ。
「よし、戻ろう」
「……はい」
背後のアリエスに声をかけ、レオは部屋の出口を目指す。
アリエスの返事は小さく、そして彼女の顔が少しだけ赤らんでいることには、暗くてレオは気づけなかった。
×××
入ってきた時と同じ道を通り、誰にも気づかれることなくレオとアリエスは領主の屋敷を後にすることができた。
もう夜になっていて辺りは暗く、人通りのやや少なくなった大通りを通って、路地裏へと一旦入る。
そこで祝福を解除し、ようやく二人は一息つくことができた。
ちなみに帰りに敷地の外壁を跳び越える際、レオは再びアリエスを抱きかかえたのだが、彼女がまるで借りてきた猫のようにおとなしくしていたことをここに記しておく。
ついでに、心臓の音がうるさくてレオに聞こえないかとても心配していたことも追記しておく。
「これで今日の深夜か、遅くても明日には領主が全快していることが街に伝わるはずだ」
「しばらくは安静という形になるかもしれませんが、今はこれで十分だと思います。
リベラさんの孤児院の支援金が戻るのはもう少し後になるかもしれませんね。
とにかく、お疲れさまでした。これでようやく一安心ですね」
「そうだな……とりあえず今日はもう遅いし、シェラさんの宿屋に戻ろう」
レオの言葉にアリエスは頷き、再び大通りを通ってシェラの宿屋に向かう。
先ほどと違い、好奇や嫌悪の視線にさらされるが、それ以上にやり切ったという達成感の方が強かった。
これでリベラは祝福を使う必要がなくなる。彼女が死ぬ未来も回避できただろう。
二人は大通りを南下し、シェラの宿屋へと入る。
受付には昼前に出たときと同じように、シェラの姿があった。
「おかえりなさい、アリエスさん、レオさん」
「ただいまですシェラさん」
「お二人に会えてよかったです。
私、明日は朝から居ないので別の人が店番をすることになっています。
アリエスさん達のことは事前に話しているので、特に話しかけたりする必要はありませんよ」
「分かりました。何か外せない用事なのですか?」
アリエスの問いに、シェラは微笑んで答えた。
「明日は父の命日ですので、その墓参りです」
「……そうですか」
父の命日ということで、アリエスは押し黙ってしまった。
シェラとリベラの関係に溝ができ始めたきっかけでもある人物の死。
それはシェラとリベラの両方に深い悲しみを刻んだ。
けれどリベラはシェラに真実を伝えたがっている。
それなら、後押しをしても良いのではないかとレオは思った。
「今日、またリベラさんに会った」
「リベラに……ですか?」
「あぁ、彼女はあなたと距離を置いていることを悔いていた。
けれど会わなくなっても、貴女を想っているようだった」
「…………」
レオの口から真実を告げることはできない。
けれど、リベラとシェラの関係を元に戻す手伝いをすることはできる。
だから、これが自分に出来る精いっぱいの事だと思い、レオは自分の部屋へと向かう。
その間、シェラは一言も発することはなかった。
けれど彼女は拳を握り締め、何かを決意したような、そんな目をしていた。
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レイ・ユーグナイト 貴族の三男で産まれたおれは、12の成人の儀を受けたら家を出ないと行けなかった だが俺には誰にも言ってない秘密があった 前世の記憶があることだ
俺は10才になったら現代知識と貴族の子供が受ける継承の義で受け継ぐであろうスキルでスローライフの夢をみる
だが本来受け継ぐであろう親のスキルを何一つ受け継ぐことなく能無しとされひどい扱いを受けることになる だが実はスキルは受け継がなかったが俺にだけ見えるユニークスキル スキル喰らいで俺は密かに強くなり 俺に対してひどい扱いをしたやつを見返すことを心に誓った
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加工を極めし転生者、チート化した幼女たちとの自由気ままな冒険ライフ
犬社護
ファンタジー
交通事故で不慮の死を遂げてしまった僕-リョウトは、死後の世界で女神と出会い、異世界へ転生されることになった。事前に転生先の世界観について詳しく教えられ、その場でスキルやギフトを練習しても構わないと言われたので、僕は自分に与えられるギフトだけを極めるまで練習を重ねた。女神の目的は不明だけど、僕は全てを納得した上で、フランベル王国王都ベルンシュナイルに住む貴族の名門ヒライデン伯爵家の次男として転生すると、とある理由で魔法を一つも習得できないせいで、15年間軟禁生活を強いられ、15歳の誕生日に両親から追放処分を受けてしまう。ようやく自由を手に入れたけど、初日から幽霊に憑かれた幼女ルティナ、2日目には幽霊になってしまった幼女リノアと出会い、2人を仲間にしたことで、僕は様々な選択を迫られることになる。そしてその結果、子供たちが意図せず、どんどんチート化してしまう。
僕の夢は、自由気ままに世界中を冒険すること…なんだけど、いつの間にかチートな子供たちが主体となって、冒険が進んでいく。
僕の夢……どこいった?
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