魔王討伐の勇者は国を追い出され、行く当てもない旅に出る ~最強最悪の呪いで全てを奪われた勇者が、大切なものを見つけて呪いを解くまで~

紗沙

文字の大きさ
上 下
35 / 114
第2章 呪いを治す聖女

第35話 彼女は呪いを――

しおりを挟む
 呪いを治すのではなく、移す。
 衝撃の一言に言葉を失ったレオとアリエスを見て、リベラはぽつぽつと自分の過去を話始めた。

「私はこの街で、商人の両親の元で生まれたの。シェラとは幼馴染の関係だった。
 けど幼い頃に両親は街の外で仕事中に一本角の魔物に襲われて亡くなってしまった。
 商店は潰れ、私はあの孤児院に世話になることになった。
 そして成長して、恩返しのつもりでシスターとして孤児院で過ごしていたの。
 ここまでは話したことだったかな?」

 彼女の生まれと育ちに関しては以前に聞いた通りだ。
 そういった意味を込めて頷くと、「そう」と短く告げて、リベラは続けた。

「そうしてからしばらくして、私は祝福に目覚めた。
 私はそれが呪いを治せる祝福だって、本気でそう思っていたの」

「……最初は、勘違いだったんですか?」

「偶然、孤児院の呪われた子供に祝福を使ったら、その子が楽になったって言ったから。
 使い方は分かっていたけど、詳しいことまでは分からなかったの」

 リベラの話は、よくある話だ。
 特に珍しい祝福の場合、自分の所持する祝福が一般的なものと同じだと勘違いしてしまう。
 祝福の種類は様々で、初めから詳細がどのくらい分かるかは個人差があるからだ。

 アリエスのようにどんな祝福か使用者が分かっている場合もあれば、リベラのように詳細が不明な場合もある。
 もちろんレオは前者であるために、自身が持つ祝福がどんな力を持つのかを完璧に把握している。

「けど祝福について当時のシスターに相談したとき、彼女にその力を使うことを強く止められた。
 私の持つ祝福は特殊で、たかだか孤児院のシスターがそんな力を持っていると知れ渡ったら、何をされるか分からないからと。
 だから、私は変身魔法を使って、私自身を偽ることにした」

「じゃあ路地裏の聖女の姿は、最初から……」

「そう、私の変装」

「……そして呪いを自分の体に移し続けて、ある日自分の本当の祝福に気づいたのか」

 レオの言葉に、リベラは力なく笑って答えた。

「うん、すぐ気づけばよかったけど、かなり多くの人を治してから私は異変に気付いた。
 強大な呪いを治したときが、そのきっかけ」

「……子供の呪いは小さいものがほとんどだからな」

 レオは戦場に出る関係上、呪いや祝福についてある程度詳しい。
 彼は自信がないためにアリエスに都度確認を取るが、この二つに関してはアリエス以上に熟知している。

「呪いは傷口からの感染が主だが空気からの感染もありうる。
 魔物から受けた怪我は呪いになりやすいが、一般的な傷だって治療が遅くなれば――特に免疫の低い子供であれば呪いになりうる。
 まあ、基本的に応急処置でもいいから行えば、呪いになることはないが……」

 その応急処置を、親も居ない孤児院の子供に要求するのは無理があるだろう。
 けれど、それで受けるのは本当に小さな呪いだ。
 移したところで問題はない。

 それに祝福は呪いに対して抵抗がある。
 リベラの場合はそれがどのように働くかは不明だが、子供達から移す最中にリベラの祝福によって消滅した可能性もあるだろう。

 だが、大の大人が受けた呪いはそれよりもはるかに強大で、リベラの祝福で消すことは絶対にできない筈だ。

「気づいたときにはもう手遅れ。
 私の祝福は自分に移した呪いが表に出ないものみたいで、調子を崩したときにはもう……。
 だから綺麗さっぱり辞めたの。路地裏の聖女は引退」

「でも、ならなぜまた活動を?」

 アリエスの言葉に、リベラは泣きそうな顔で笑った。

「前も話したけど、私の孤児院は本当にお金が無いの。
 支援金も打ち切られて、明日の生活も危うい。
 外も中も綺麗だけど、食べる物にも困る事態に陥った。
 あの孤児院を支えるには、どうしてもお金が必要だった。あの子たちを失わないために」

「だから両親の知り合いである商人を語って、聖女の活動で得た資金を渡していたんですね」

 自分がではなく、子供たちが生きていくために金銭が必要だった。
 その理由を聞いてアリエスは言葉を紡いだが、リベラは首を横に振った。

「それもあるけど、もういいやって思っていたのが本当のところ。
 シェラの話は聞いた? シェラのお父さんが、呪いで死んじゃったって話」

「はい」

 アリエスの返事に「そっか」とリベラは作られた笑顔を見せる。
 しかし、下ろした手の握り拳は震えていた。

「私ね……死ぬ寸前のシェラのお父さんに会っているの。
 呪いで苦しくて、今にも死んでしまいそうなおじさんに」

 リベラの目からついに涙がこぼれた。

「治したかったっ! 私の力で、おじさんを救いたかったっ!」

 声を張り上げるリベラ。彼女の叫び声の中に、悲痛な思いがこれでもかと詰まっていた。

「……でも見ただけで、おじさんの呪いを移したら私は死ぬって分かった。
 それでも移そうとしたけど、おじさんは最後に私の手を握ってそれを止めたの。
 おじさん……私が呪いを移せるってなんとなく気づいていたみたい。
 小さい頃からお世話になっていたからなのかな……シェラの幼馴染が居なくなっちまうって言って……そして……」

 ふと世界が暗くなるのを感じた。空を見上げると、暗い雲が覆っていた。
 先ほどまであれだけ晴れていたのに、今では雲に覆われて空の青さを見ることもできない。

「私が……私が移さなかったからっ!
 だから……だからっ……おじさん、死んじゃった……あんなに良くしてくれたのに、私のせいでっ!」

 膝をつき、リベラは両手を手のひらで覆う。彼女の過去の回想は、懺悔のようだった。
 彼女のせいでないのは彼女自身も分かっているだろう。
 けれど、それで納得できる問題ではない。

 リベラにはシェラの父を救う方法があった。
 その手段を取ればリベラは死んでしまうし、シェラの父はそれを望まなかった。
 けれど、それでも方法を持ってはいたのだ。

 救える力を持っていたのに救えなかった。
 それを、仕方ないという一言で片づけることなど出来はしないだろう。

 路地裏に響くリベラの嗚咽。それが止むまでレオもアリエスもただ黙ってそれを聞いていた。

 短い時間の筈なのに、リベラの魂の慟哭が止むまでの時間がやけに長く感じた。
 やがて落ち着いたリベラは袖で顔をぬぐい、また作った笑顔をレオ達に向ける。

「これが私の過去。そして、レオさん達が追ってきた聖女の正体。
 ごめんね、期待に沿えなくて……」

「シェラさんには……祝福のことは……」

「…………」

 レオの言葉に、リベラは俯く。

「言えないよ……こんなこと……」

「でも、言うべきだ。シェラさんに本当のことを。
 仮に近い未来に呪いを移して死んでしまうとしても、それでも――」

「怖いの!」

 大きな声が響き渡る。
 まるでリベラは子供のように泣きじゃくりながら、叫び続ける。

「何度も何度も言おうと思ったよ!
 でも、でもシェラを前にすると上手く言葉が出ないの!
 謝りたいのに……謝れない……どうすればいいのか……自分でも分からないよ……」

 膝をつき、流れる涙を拭うリベラを見ながら、レオは決心する。
 彼女はずっと悩んで、自分の中に真実を抱えて、今まで生きてきた。
 親しい人の大切な人を救えず、そして救えたはずの事実を誰にも言えずに。

 なら、レオに出来るのは背中を押すことしかない。
 リベラが、彼女自身の意志で、勇気で、シェラに真実を伝える時間を稼ぐしかない。

「なら、時間は稼いでやる。だから、呪いの聖女も今日で辞めろ。
 路地裏の聖女を辞めたときみたいに呪いを移すのを辞めれば、少なくとも今すぐ死ぬことはないだろ」

「でも……でもそれじゃあ……」

 リベラは言葉では納得しない。彼女が聖女として活動を再開したのは孤児院のためだ。
 聖女としての活動を辞めてしまえば金銭が入らずに、孤児院は崩壊するだろう。
 なら、その根本的な問題から解決してしまえばいい。

 レオは隣に立つ白銀の少女に目を向ける。
 彼女もまたレオと全く同じ気持ちのようで、目を見て強く頷いた。
 言葉にしなくても、「すべてはレオ様のものです」という声が聞こえた気がした。

「孤児院は何とかする。だから、シェラさんのことに集中しろ。
 彼女に真実を告げたいっていう気持ちは、今も変わらないんだろ?」

 レオの言葉にリベラは顔を上げ、涙に塗れた顔のまま力強く頷いた。
 あれだけ曇っていた空は一時的なものだったのだろう。
 雲の切れ目から射した日差しで、リベラの髪が輝いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

処理中です...