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第2章 呪いを治す聖女

第35話 彼女は呪いを――

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 呪いを治すのではなく、移す。
 衝撃の一言に言葉を失ったレオとアリエスを見て、リベラはぽつぽつと自分の過去を話始めた。

「私はこの街で、商人の両親の元で生まれたの。シェラとは幼馴染の関係だった。
 けど幼い頃に両親は街の外で仕事中に一本角の魔物に襲われて亡くなってしまった。
 商店は潰れ、私はあの孤児院に世話になることになった。
 そして成長して、恩返しのつもりでシスターとして孤児院で過ごしていたの。
 ここまでは話したことだったかな?」

 彼女の生まれと育ちに関しては以前に聞いた通りだ。
 そういった意味を込めて頷くと、「そう」と短く告げて、リベラは続けた。

「そうしてからしばらくして、私は祝福に目覚めた。
 私はそれが呪いを治せる祝福だって、本気でそう思っていたの」

「……最初は、勘違いだったんですか?」

「偶然、孤児院の呪われた子供に祝福を使ったら、その子が楽になったって言ったから。
 使い方は分かっていたけど、詳しいことまでは分からなかったの」

 リベラの話は、よくある話だ。
 特に珍しい祝福の場合、自分の所持する祝福が一般的なものと同じだと勘違いしてしまう。
 祝福の種類は様々で、初めから詳細がどのくらい分かるかは個人差があるからだ。

 アリエスのようにどんな祝福か使用者が分かっている場合もあれば、リベラのように詳細が不明な場合もある。
 もちろんレオは前者であるために、自身が持つ祝福がどんな力を持つのかを完璧に把握している。

「けど祝福について当時のシスターに相談したとき、彼女にその力を使うことを強く止められた。
 私の持つ祝福は特殊で、たかだか孤児院のシスターがそんな力を持っていると知れ渡ったら、何をされるか分からないからと。
 だから、私は変身魔法を使って、私自身を偽ることにした」

「じゃあ路地裏の聖女の姿は、最初から……」

「そう、私の変装」

「……そして呪いを自分の体に移し続けて、ある日自分の本当の祝福に気づいたのか」

 レオの言葉に、リベラは力なく笑って答えた。

「うん、すぐ気づけばよかったけど、かなり多くの人を治してから私は異変に気付いた。
 強大な呪いを治したときが、そのきっかけ」

「……子供の呪いは小さいものがほとんどだからな」

 レオは戦場に出る関係上、呪いや祝福についてある程度詳しい。
 彼は自信がないためにアリエスに都度確認を取るが、この二つに関してはアリエス以上に熟知している。

「呪いは傷口からの感染が主だが空気からの感染もありうる。
 魔物から受けた怪我は呪いになりやすいが、一般的な傷だって治療が遅くなれば――特に免疫の低い子供であれば呪いになりうる。
 まあ、基本的に応急処置でもいいから行えば、呪いになることはないが……」

 その応急処置を、親も居ない孤児院の子供に要求するのは無理があるだろう。
 けれど、それで受けるのは本当に小さな呪いだ。
 移したところで問題はない。

 それに祝福は呪いに対して抵抗がある。
 リベラの場合はそれがどのように働くかは不明だが、子供達から移す最中にリベラの祝福によって消滅した可能性もあるだろう。

 だが、大の大人が受けた呪いはそれよりもはるかに強大で、リベラの祝福で消すことは絶対にできない筈だ。

「気づいたときにはもう手遅れ。
 私の祝福は自分に移した呪いが表に出ないものみたいで、調子を崩したときにはもう……。
 だから綺麗さっぱり辞めたの。路地裏の聖女は引退」

「でも、ならなぜまた活動を?」

 アリエスの言葉に、リベラは泣きそうな顔で笑った。

「前も話したけど、私の孤児院は本当にお金が無いの。
 支援金も打ち切られて、明日の生活も危うい。
 外も中も綺麗だけど、食べる物にも困る事態に陥った。
 あの孤児院を支えるには、どうしてもお金が必要だった。あの子たちを失わないために」

「だから両親の知り合いである商人を語って、聖女の活動で得た資金を渡していたんですね」

 自分がではなく、子供たちが生きていくために金銭が必要だった。
 その理由を聞いてアリエスは言葉を紡いだが、リベラは首を横に振った。

「それもあるけど、もういいやって思っていたのが本当のところ。
 シェラの話は聞いた? シェラのお父さんが、呪いで死んじゃったって話」

「はい」

 アリエスの返事に「そっか」とリベラは作られた笑顔を見せる。
 しかし、下ろした手の握り拳は震えていた。

「私ね……死ぬ寸前のシェラのお父さんに会っているの。
 呪いで苦しくて、今にも死んでしまいそうなおじさんに」

 リベラの目からついに涙がこぼれた。

「治したかったっ! 私の力で、おじさんを救いたかったっ!」

 声を張り上げるリベラ。彼女の叫び声の中に、悲痛な思いがこれでもかと詰まっていた。

「……でも見ただけで、おじさんの呪いを移したら私は死ぬって分かった。
 それでも移そうとしたけど、おじさんは最後に私の手を握ってそれを止めたの。
 おじさん……私が呪いを移せるってなんとなく気づいていたみたい。
 小さい頃からお世話になっていたからなのかな……シェラの幼馴染が居なくなっちまうって言って……そして……」

 ふと世界が暗くなるのを感じた。空を見上げると、暗い雲が覆っていた。
 先ほどまであれだけ晴れていたのに、今では雲に覆われて空の青さを見ることもできない。

「私が……私が移さなかったからっ!
 だから……だからっ……おじさん、死んじゃった……あんなに良くしてくれたのに、私のせいでっ!」

 膝をつき、リベラは両手を手のひらで覆う。彼女の過去の回想は、懺悔のようだった。
 彼女のせいでないのは彼女自身も分かっているだろう。
 けれど、それで納得できる問題ではない。

 リベラにはシェラの父を救う方法があった。
 その手段を取ればリベラは死んでしまうし、シェラの父はそれを望まなかった。
 けれど、それでも方法を持ってはいたのだ。

 救える力を持っていたのに救えなかった。
 それを、仕方ないという一言で片づけることなど出来はしないだろう。

 路地裏に響くリベラの嗚咽。それが止むまでレオもアリエスもただ黙ってそれを聞いていた。

 短い時間の筈なのに、リベラの魂の慟哭が止むまでの時間がやけに長く感じた。
 やがて落ち着いたリベラは袖で顔をぬぐい、また作った笑顔をレオ達に向ける。

「これが私の過去。そして、レオさん達が追ってきた聖女の正体。
 ごめんね、期待に沿えなくて……」

「シェラさんには……祝福のことは……」

「…………」

 レオの言葉に、リベラは俯く。

「言えないよ……こんなこと……」

「でも、言うべきだ。シェラさんに本当のことを。
 仮に近い未来に呪いを移して死んでしまうとしても、それでも――」

「怖いの!」

 大きな声が響き渡る。
 まるでリベラは子供のように泣きじゃくりながら、叫び続ける。

「何度も何度も言おうと思ったよ!
 でも、でもシェラを前にすると上手く言葉が出ないの!
 謝りたいのに……謝れない……どうすればいいのか……自分でも分からないよ……」

 膝をつき、流れる涙を拭うリベラを見ながら、レオは決心する。
 彼女はずっと悩んで、自分の中に真実を抱えて、今まで生きてきた。
 親しい人の大切な人を救えず、そして救えたはずの事実を誰にも言えずに。

 なら、レオに出来るのは背中を押すことしかない。
 リベラが、彼女自身の意志で、勇気で、シェラに真実を伝える時間を稼ぐしかない。

「なら、時間は稼いでやる。だから、呪いの聖女も今日で辞めろ。
 路地裏の聖女を辞めたときみたいに呪いを移すのを辞めれば、少なくとも今すぐ死ぬことはないだろ」

「でも……でもそれじゃあ……」

 リベラは言葉では納得しない。彼女が聖女として活動を再開したのは孤児院のためだ。
 聖女としての活動を辞めてしまえば金銭が入らずに、孤児院は崩壊するだろう。
 なら、その根本的な問題から解決してしまえばいい。

 レオは隣に立つ白銀の少女に目を向ける。
 彼女もまたレオと全く同じ気持ちのようで、目を見て強く頷いた。
 言葉にしなくても、「すべてはレオ様のものです」という声が聞こえた気がした。

「孤児院は何とかする。だから、シェラさんのことに集中しろ。
 彼女に真実を告げたいっていう気持ちは、今も変わらないんだろ?」

 レオの言葉にリベラは顔を上げ、涙に塗れた顔のまま力強く頷いた。
 あれだけ曇っていた空は一時的なものだったのだろう。
 雲の切れ目から射した日差しで、リベラの髪が輝いた。
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