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第2章 呪いを治す聖女
第33話 カギを握る魔物
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カマリの街の西端の孤児院でリベラと別れ、大通りへと戻ってきたときには日が傾き始めたところだった。
夕暮れではないものの、しばらく待てば辺りは茜色になるだろう。
「アリエス、冒険者組合に行こう。一本角の魔物について、少し気になる」
「リベラさんの話に出てきた魔物ですよね?
わたし、その言葉を最近どこかで聞いた気がするんですけど……」
「アリエスもか」
自分の思い過ごしの可能性もあったが、彼女も聞いているなら確かに聞いたのだろう。
二人はまっすぐに冒険者組合に向かい、その建物の中へ足を踏み入れる。
ロビーには数多くの冒険者が居たが、その場の全員がすぐに目を逸らしたのもいつも通りだった。
特に気にすることなく受付へと近づけば、最初に対応してくれた時と同じ受付嬢が現れた。
「こ、こんばんはレオさん」
「ああ、ちょっと聞きたいことがある。一本角の魔物について聞きたい」
「一本角……あぁ、シェラさんの」
どこか納得が言った雰囲気で受付嬢は頷く。
その様子が気になったのか、思わず横からアリエスが質問した。
「ちょっと待ってください。シェラさんってどういうことですか?」
「え? 昨日お聞きしましたが、お二人ともシェラさんの宿屋に泊まっているんですよね?
だから以前来た時に隣で質問していたシェラさんの事が気になったのかなと」
確かに昨日、依頼の完了報告の際にこの街で使う宿屋がロズウェル亭だという事は受付嬢に話していた。
だが、それはあくまでも連絡手段として伝えただけだったのだが、今の受付嬢の一言でレオは思い出した。
そうだ、この場所だ。ここで一本角の魔物について聞いたのだ。
シェラが以前隣に立っていたから、どこか彼女に見覚えがあったのか。
隣のアリエスに視線を向けてみると、彼女もその時の状況を思い出したようで、レオを見上げて強く頷いた。
「教えていただけますか、一本角の魔物について」
「はい。といっても、分かっていることは少ないですよ。
名前の通り、一本の長い角を持った黒い大きな狼型の魔物です。
以前から存在は確認されているのですが、珍しい魔物で最近は目撃情報すらありません。
ただかなり強力な個体ですので、見た場合は逃げることを組合としては推奨しています」
「被害が出ているのか?」
「は、はい。記録に残っているだけでも30年前から約10件ほどです。
き、聞いているかもしれませんが、シェラさんのお父様もこの魔物のせいで亡くなっています」
受付嬢の言葉に、レオは衝撃を受けた。
自分たちがお世話になっている宿で穏やかな笑みを浮かべている彼女が、そんな過去を持っていたなんて。
けれど、レオはシェラからその魔物の名前を聞いたわけではない。
「リベラさんの両親もですよね?」
アリエスが金髪のシスターの名前を出せば、受付嬢は「ああ」と呟いた。
「リベラさんとも知り合いでしたか。
そうです、彼女のご両親もリベラさんが幼い頃に一本角の魔物に襲われて命を落としています」
「……そう……ですか」
目線を伏せるアリエスとレオの気持ちは同じだった。
リベラから話は聞いていたが、それに加えてシェラもだとは思っても見なかった。
「ハマルの街の実績を見るに、レオさんはとてもお強いようですが、注意してください。
一本角の魔物は強力な個体であり、それゆえに所持している呪いも強力です。
シェラさんのお父様はなんとか帰還したものの、呪いにより数日後に亡くなりましたから……」
受付嬢の言葉に、レオははっとする。
頭の中で蘇るのは、初めてロズウェル亭に訪れたときのシェラの強い言葉だった。
(だからあの時……絶対にって……)
彼女は呪いで客を追い出せという人を「絶対に」使わせないと言った。
それはシェラの父親が呪いゆえにこの世を去ったから。
彼女が自分の事を気遣うのも、父親と自分を重ねているからなのかもしれないとレオは思った。
「……その魔物の特徴を他にも教えてくれ。戦闘的な面で頼む」
「う、動きは素早く、鋭い牙と爪による攻撃が主です。
ただ記録の中では、角から黒い光を放ち、受けた者に強い呪いを付与したというものもあります」
「分かった、ありがとう」
「い、いえ……」
かしこまった状態の受付嬢に対して礼を述べ、レオは踵を返す。
聞きたいことは聞けたが、レオの中にはやるせなさが燻っていた。
一本角の魔物を見つけ出せれば、討伐するのは容易だろう。
けれど、聖女と同じで簡単に見つかるとは思えない。
それに魔物を倒したところで、シェラとリベラが救われるわけでもないのだから。
×××
「げっ」
冒険者組合を出てすぐ、レオ達は二人組の男女と出くわした。
出会い頭にどうかと思うような発言を耳にした瞬間、横に立つ白銀の少女の怒気を感じた。
レオとアリエスが出会ったのは、カイルとヘレナの二人の勇者だった。
カイルは嬉しそうな表情を浮かべ、言葉を発したヘレナは心底嫌そうな顔をしている。
「レオさん、こんばんは。聖女についてはなにか分かりましたか?」
「いや、そっちは全然。ところで一本角の魔物について何か知らないか?」
勇者の主な仕事は魔物や盗賊を人々のために対峙することだ。
カイル達のような勇者は街に駐在し、人々を救うために魔物や盗賊といった悪を倒している。
特に強い個体や、大勢の盗賊集団相手に活動するという点では、冒険者の上位集団ともいえる。
そんな勇者の一員のカイルならば知っているかと思ったのだが。
「うーん、噂には聞いたことありますけど、見たことはないですね。
ヘレナは何か知ってる?」
「知らないし、もし出会っていたらもう討伐しているわよ」
言い方は刺々しいものの、ヘレナの言う通りだなとレオは思った。
一本角の魔物がどれくらい強いのかは知らないが、少なくともこの二人が後れを取るようなことはないだろう。
二人で一組とはいえ、その力はそこら辺の冒険者とは一線を画している。
「ほらカイル、中入るわよ。ぼさっとしない!」
「わっ、ヘレナ押さないでって! じゃ、じゃあレオさん、また!」
背中をヘレナの強く押され、前のめりになりながらカイルは冒険者組合の中に消えていった。
その様子をレオの後ろに隠れるようにしていたアリエスはじーっと見つめていた。
目線は鋭く、そして冷たい。
「……わたし、あの人嫌いです」
あの人というのが誰を指しているのかが分かり、レオは苦笑いする。
アリエスとヘレナが喧嘩せずに話せる未来は訪れない気がした。
別に仲良くして欲しいわけではないが。
「シェラさんの宿屋に戻るか」
「そうですね。もう夜になりますし、シェラさんにも少し話を聞いておきたいですから」
アリエスの言う、聞いておきたい話というのはシェラの父親についてだろう。
シェラとリベラは幼馴染であり、一本角の魔物という共通点がある。
その魔物について追っていくうちにリベラの死の光景の真相が見えてくるかもしれない。
レオは深く頷き、宿屋に向けて足を向けた。
時間はもう夜になりかけているので、人通りは多くない。
夜風に揺られる白銀の錦糸を視界の隅に入れながら歩けば、すぐに宿へと辿り着いた。
扉を開き、ベルの音を鳴らしながら中へと足を踏み入れれば、受付に立つシェラが出迎えてくれた。
向ける視線はぎこちないものの、彼女もまたレオを直視できる数少ない人物の一人である。
「おかえりなさい、レオさん、アリエスさん」
「ただいま戻りました。その、シェラさんに少し聞きたいことがあるのですが……」
受付に歩み寄りながら、アリエスが静かな声で聞けば、シェラは首を傾げた。
「どうしましたか? なんでも聞いてください」
微笑むシェラに対して、恐る恐るといった形でアリエスは言葉を紡ぐ。
「その……一本角の魔物についてなんです。
以前冒険者組合でシェラさんの話を聞いてしまって、それで……」
「……そうだったんですね」
悲しげに微笑み、シェラはアリエスから視線を外す。
「私の父が一本角の魔物に襲われた話は聞きましたか?」
視界の端で頷いたアリエスを確認し、シェラは当時の状況を思い返すように天井を見上げ、ゆっくりと話し始めた。
「父はこの街に帰ってきたときはまだ生きていました。
けれど酷い呪いに犯されていて、いつ死んでもおかしくない状態でした。
痛みに悶え苦しみ、体中に黒いあざが現れ、それがどんどん広がっていくんです」
ぐっと、受付に置かれたシェラの拳に力が入った。
「もうその頃には路地裏の聖女は姿を現さなくなっていて、父の呪いは治ることはありませんでした。
色んな人が見舞いに来ましたが、結局数日後には……。
だから、アリエスさんとレオさんを放っておけないんです。
お二人とも、呪いを治すために必死ですから」
「シェラさん……」
アリエスの言葉に、シェラは服の袖で顔を一回だけ拭い、笑みを浮かべた。
「聖女を探すのは大変だと思いますけど、頑張ってください。
お金さえ払ってくれれば、いくらでもこの宿は使って構いませんからね」
「……ありがとう」
シェラの言葉にレオはそう返すしかなかった。
もしもそのときに路地裏の聖女が居てくれれば、父は助かったかもしれない。
そう思ったであろうシェラが「路地裏の聖女」という言葉に複雑な感情を抱くのも無理はないと思った。
×××
誰も居ない一室のベッドに横になり、静かに息を引き取ろうとしている金髪の女性。
リベラの「死」の瞬間をレオはまた見ていた。いや、見せられていた。
もう何度も何度も見た光景。上から彼女を見下ろすような姿勢だ。
(なんで……リベラさんは死ぬ?)
ベッドに横たわるリベラにやつれている様子はなく、病気というわけではなさそうだった。
だからこそ、なぜ彼女が死ぬのかが分からない。
アリエスのように魔物の攻撃で即死するといったことならば分かる。
けれどリベラの死に方はあまりにも不可解だ。
少なくとも孤児院で会話したときのリベラは健康そうに見えたし、祝福を発動した左目では呪いも感知できなかった。
そんなとき、彼女の閉じた目から一筋の涙がこぼれた。
これまでと同じならもう呪いの見せる光景は終わっているはずだが、今回は少し長い。
リベラは口を動かし、最後に何かを呟いて息を引き取った。
声を聞くことはできなかった、レオの目はリベラが最後に何を言ったかを判別していた。
『シェラ』
そう言っていた。自分が死ぬ瞬間でさえ、彼女は幼馴染の事を想っていた。
(…………)
やがて光景は光で満ち始める。いつもの、繰り返している光景の終わりだ。
ゆっくりとレオは目を開けば、左手の温かさを真っ先に感じた。
「アリ……エス……」
閉じた窓からこぼれる光が、銀髪の少女の顔をうっすらと照らしている。
レオにとってかけがえのない少女であるアリエスは今日も手を握ってくれていたらしい。
「おはようございます、レオ様。
今日はあまり魘されていないようでしたが、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……大丈夫だよ」
そう言って上体を起こせば、名残惜しそうにアリエスの手が離れていった。
時刻は昼前と言ったところか。レオは立ち上がり、清掃魔法を自身とベッドにかける。
そのまま言われることもなく、アリエスと彼女の使っていたベッドにもかけた。
「朝食はもう出来ているみたいです。頂いて、本日はどうしますか?」
「そうだね。今日もリベラさんにちょっと話を聞きに行こう。
まだ分からないけど、一本角の魔物とリベラさんの死の光景に何か関係があるかもしれない。
……それに見えた光景では、リベラさんはシェラさんの名前を呼んでいたんだ」
「シェラさんとリベラさんを結んでいる一本角の魔物が鍵かもしれませんね」
アリエスの言葉に、レオは強く頷く。
まだまだ分からないことは多いけれど、呪いが見せる光景の真相に一歩一歩近づいているような、そんな気がした。
夕暮れではないものの、しばらく待てば辺りは茜色になるだろう。
「アリエス、冒険者組合に行こう。一本角の魔物について、少し気になる」
「リベラさんの話に出てきた魔物ですよね?
わたし、その言葉を最近どこかで聞いた気がするんですけど……」
「アリエスもか」
自分の思い過ごしの可能性もあったが、彼女も聞いているなら確かに聞いたのだろう。
二人はまっすぐに冒険者組合に向かい、その建物の中へ足を踏み入れる。
ロビーには数多くの冒険者が居たが、その場の全員がすぐに目を逸らしたのもいつも通りだった。
特に気にすることなく受付へと近づけば、最初に対応してくれた時と同じ受付嬢が現れた。
「こ、こんばんはレオさん」
「ああ、ちょっと聞きたいことがある。一本角の魔物について聞きたい」
「一本角……あぁ、シェラさんの」
どこか納得が言った雰囲気で受付嬢は頷く。
その様子が気になったのか、思わず横からアリエスが質問した。
「ちょっと待ってください。シェラさんってどういうことですか?」
「え? 昨日お聞きしましたが、お二人ともシェラさんの宿屋に泊まっているんですよね?
だから以前来た時に隣で質問していたシェラさんの事が気になったのかなと」
確かに昨日、依頼の完了報告の際にこの街で使う宿屋がロズウェル亭だという事は受付嬢に話していた。
だが、それはあくまでも連絡手段として伝えただけだったのだが、今の受付嬢の一言でレオは思い出した。
そうだ、この場所だ。ここで一本角の魔物について聞いたのだ。
シェラが以前隣に立っていたから、どこか彼女に見覚えがあったのか。
隣のアリエスに視線を向けてみると、彼女もその時の状況を思い出したようで、レオを見上げて強く頷いた。
「教えていただけますか、一本角の魔物について」
「はい。といっても、分かっていることは少ないですよ。
名前の通り、一本の長い角を持った黒い大きな狼型の魔物です。
以前から存在は確認されているのですが、珍しい魔物で最近は目撃情報すらありません。
ただかなり強力な個体ですので、見た場合は逃げることを組合としては推奨しています」
「被害が出ているのか?」
「は、はい。記録に残っているだけでも30年前から約10件ほどです。
き、聞いているかもしれませんが、シェラさんのお父様もこの魔物のせいで亡くなっています」
受付嬢の言葉に、レオは衝撃を受けた。
自分たちがお世話になっている宿で穏やかな笑みを浮かべている彼女が、そんな過去を持っていたなんて。
けれど、レオはシェラからその魔物の名前を聞いたわけではない。
「リベラさんの両親もですよね?」
アリエスが金髪のシスターの名前を出せば、受付嬢は「ああ」と呟いた。
「リベラさんとも知り合いでしたか。
そうです、彼女のご両親もリベラさんが幼い頃に一本角の魔物に襲われて命を落としています」
「……そう……ですか」
目線を伏せるアリエスとレオの気持ちは同じだった。
リベラから話は聞いていたが、それに加えてシェラもだとは思っても見なかった。
「ハマルの街の実績を見るに、レオさんはとてもお強いようですが、注意してください。
一本角の魔物は強力な個体であり、それゆえに所持している呪いも強力です。
シェラさんのお父様はなんとか帰還したものの、呪いにより数日後に亡くなりましたから……」
受付嬢の言葉に、レオははっとする。
頭の中で蘇るのは、初めてロズウェル亭に訪れたときのシェラの強い言葉だった。
(だからあの時……絶対にって……)
彼女は呪いで客を追い出せという人を「絶対に」使わせないと言った。
それはシェラの父親が呪いゆえにこの世を去ったから。
彼女が自分の事を気遣うのも、父親と自分を重ねているからなのかもしれないとレオは思った。
「……その魔物の特徴を他にも教えてくれ。戦闘的な面で頼む」
「う、動きは素早く、鋭い牙と爪による攻撃が主です。
ただ記録の中では、角から黒い光を放ち、受けた者に強い呪いを付与したというものもあります」
「分かった、ありがとう」
「い、いえ……」
かしこまった状態の受付嬢に対して礼を述べ、レオは踵を返す。
聞きたいことは聞けたが、レオの中にはやるせなさが燻っていた。
一本角の魔物を見つけ出せれば、討伐するのは容易だろう。
けれど、聖女と同じで簡単に見つかるとは思えない。
それに魔物を倒したところで、シェラとリベラが救われるわけでもないのだから。
×××
「げっ」
冒険者組合を出てすぐ、レオ達は二人組の男女と出くわした。
出会い頭にどうかと思うような発言を耳にした瞬間、横に立つ白銀の少女の怒気を感じた。
レオとアリエスが出会ったのは、カイルとヘレナの二人の勇者だった。
カイルは嬉しそうな表情を浮かべ、言葉を発したヘレナは心底嫌そうな顔をしている。
「レオさん、こんばんは。聖女についてはなにか分かりましたか?」
「いや、そっちは全然。ところで一本角の魔物について何か知らないか?」
勇者の主な仕事は魔物や盗賊を人々のために対峙することだ。
カイル達のような勇者は街に駐在し、人々を救うために魔物や盗賊といった悪を倒している。
特に強い個体や、大勢の盗賊集団相手に活動するという点では、冒険者の上位集団ともいえる。
そんな勇者の一員のカイルならば知っているかと思ったのだが。
「うーん、噂には聞いたことありますけど、見たことはないですね。
ヘレナは何か知ってる?」
「知らないし、もし出会っていたらもう討伐しているわよ」
言い方は刺々しいものの、ヘレナの言う通りだなとレオは思った。
一本角の魔物がどれくらい強いのかは知らないが、少なくともこの二人が後れを取るようなことはないだろう。
二人で一組とはいえ、その力はそこら辺の冒険者とは一線を画している。
「ほらカイル、中入るわよ。ぼさっとしない!」
「わっ、ヘレナ押さないでって! じゃ、じゃあレオさん、また!」
背中をヘレナの強く押され、前のめりになりながらカイルは冒険者組合の中に消えていった。
その様子をレオの後ろに隠れるようにしていたアリエスはじーっと見つめていた。
目線は鋭く、そして冷たい。
「……わたし、あの人嫌いです」
あの人というのが誰を指しているのかが分かり、レオは苦笑いする。
アリエスとヘレナが喧嘩せずに話せる未来は訪れない気がした。
別に仲良くして欲しいわけではないが。
「シェラさんの宿屋に戻るか」
「そうですね。もう夜になりますし、シェラさんにも少し話を聞いておきたいですから」
アリエスの言う、聞いておきたい話というのはシェラの父親についてだろう。
シェラとリベラは幼馴染であり、一本角の魔物という共通点がある。
その魔物について追っていくうちにリベラの死の光景の真相が見えてくるかもしれない。
レオは深く頷き、宿屋に向けて足を向けた。
時間はもう夜になりかけているので、人通りは多くない。
夜風に揺られる白銀の錦糸を視界の隅に入れながら歩けば、すぐに宿へと辿り着いた。
扉を開き、ベルの音を鳴らしながら中へと足を踏み入れれば、受付に立つシェラが出迎えてくれた。
向ける視線はぎこちないものの、彼女もまたレオを直視できる数少ない人物の一人である。
「おかえりなさい、レオさん、アリエスさん」
「ただいま戻りました。その、シェラさんに少し聞きたいことがあるのですが……」
受付に歩み寄りながら、アリエスが静かな声で聞けば、シェラは首を傾げた。
「どうしましたか? なんでも聞いてください」
微笑むシェラに対して、恐る恐るといった形でアリエスは言葉を紡ぐ。
「その……一本角の魔物についてなんです。
以前冒険者組合でシェラさんの話を聞いてしまって、それで……」
「……そうだったんですね」
悲しげに微笑み、シェラはアリエスから視線を外す。
「私の父が一本角の魔物に襲われた話は聞きましたか?」
視界の端で頷いたアリエスを確認し、シェラは当時の状況を思い返すように天井を見上げ、ゆっくりと話し始めた。
「父はこの街に帰ってきたときはまだ生きていました。
けれど酷い呪いに犯されていて、いつ死んでもおかしくない状態でした。
痛みに悶え苦しみ、体中に黒いあざが現れ、それがどんどん広がっていくんです」
ぐっと、受付に置かれたシェラの拳に力が入った。
「もうその頃には路地裏の聖女は姿を現さなくなっていて、父の呪いは治ることはありませんでした。
色んな人が見舞いに来ましたが、結局数日後には……。
だから、アリエスさんとレオさんを放っておけないんです。
お二人とも、呪いを治すために必死ですから」
「シェラさん……」
アリエスの言葉に、シェラは服の袖で顔を一回だけ拭い、笑みを浮かべた。
「聖女を探すのは大変だと思いますけど、頑張ってください。
お金さえ払ってくれれば、いくらでもこの宿は使って構いませんからね」
「……ありがとう」
シェラの言葉にレオはそう返すしかなかった。
もしもそのときに路地裏の聖女が居てくれれば、父は助かったかもしれない。
そう思ったであろうシェラが「路地裏の聖女」という言葉に複雑な感情を抱くのも無理はないと思った。
×××
誰も居ない一室のベッドに横になり、静かに息を引き取ろうとしている金髪の女性。
リベラの「死」の瞬間をレオはまた見ていた。いや、見せられていた。
もう何度も何度も見た光景。上から彼女を見下ろすような姿勢だ。
(なんで……リベラさんは死ぬ?)
ベッドに横たわるリベラにやつれている様子はなく、病気というわけではなさそうだった。
だからこそ、なぜ彼女が死ぬのかが分からない。
アリエスのように魔物の攻撃で即死するといったことならば分かる。
けれどリベラの死に方はあまりにも不可解だ。
少なくとも孤児院で会話したときのリベラは健康そうに見えたし、祝福を発動した左目では呪いも感知できなかった。
そんなとき、彼女の閉じた目から一筋の涙がこぼれた。
これまでと同じならもう呪いの見せる光景は終わっているはずだが、今回は少し長い。
リベラは口を動かし、最後に何かを呟いて息を引き取った。
声を聞くことはできなかった、レオの目はリベラが最後に何を言ったかを判別していた。
『シェラ』
そう言っていた。自分が死ぬ瞬間でさえ、彼女は幼馴染の事を想っていた。
(…………)
やがて光景は光で満ち始める。いつもの、繰り返している光景の終わりだ。
ゆっくりとレオは目を開けば、左手の温かさを真っ先に感じた。
「アリ……エス……」
閉じた窓からこぼれる光が、銀髪の少女の顔をうっすらと照らしている。
レオにとってかけがえのない少女であるアリエスは今日も手を握ってくれていたらしい。
「おはようございます、レオ様。
今日はあまり魘されていないようでしたが、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……大丈夫だよ」
そう言って上体を起こせば、名残惜しそうにアリエスの手が離れていった。
時刻は昼前と言ったところか。レオは立ち上がり、清掃魔法を自身とベッドにかける。
そのまま言われることもなく、アリエスと彼女の使っていたベッドにもかけた。
「朝食はもう出来ているみたいです。頂いて、本日はどうしますか?」
「そうだね。今日もリベラさんにちょっと話を聞きに行こう。
まだ分からないけど、一本角の魔物とリベラさんの死の光景に何か関係があるかもしれない。
……それに見えた光景では、リベラさんはシェラさんの名前を呼んでいたんだ」
「シェラさんとリベラさんを結んでいる一本角の魔物が鍵かもしれませんね」
アリエスの言葉に、レオは強く頷く。
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転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜
犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。
馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。
大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。
精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。
人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。
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