30 / 114
第2章 呪いを治す聖女
第30話 レオと目を合わせられる二人目
しおりを挟む
レオとアリエス、二人の路地裏探索を始めてかなりの時間が流れた。
カマリの街はかなり広く、路地裏だけでも数が多い。
そのため東から西にかけて路地裏を制覇するころには、時刻は夕暮れになっていた。
これがじっくりとできるのも、ロズウェル亭のシェラのお陰である。
もしも時間が無ければ、焦っていくつかの路地裏を見逃していた可能性だってあるだろう。
「……特になにもありませんね」
「……本当にな」
とはいえ成果が表れるかどうかはまた別問題である。
ほぼ半日を路地裏捜索に当て、その位置についてはしっかりと把握した。
しかし、肝心の路地裏の聖女について何かわかることはなかった。
路地裏で出会った人に声をかけたりもしたのだが、新しい情報はなかった。
レオは祝福で出会った人物を観察していたが、呪われている人も居たので、路地裏の聖女が活動していないことは間違いないだろう。
「……あれ?」
このまま今日は宿に直行かと思いきや、分かれ道で左手に開けた場所に繋がっているであろう道を見つけた。
アリエスと目線で意思疎通をして、二人はそちらへと足を進める。
狭く短い道を通り抜けると、予想通り開けた所に出た。
「いつの間にかカマリの街の西端まで来ていたんですね」
アリエスの言葉通り、そこはカマリの街の西の果てだった。
その証拠に、彼らの目の前には小さめの平原が広がり、その奥には森の木々が生い茂っている。
ここから先、人工物はなさそうだ。
「……孤児院?」
そして小さな平原にポツンと一つそびえる平屋の建物。
その建物を囲った外壁と門の近くの看板には「カマリ孤児院」という文字があった。
「こんなところに孤児院があるんですね。自然豊かで良いところです」
アリエスの言葉には全面的に賛成だ。辺りには木々が生い茂っているし、花なども咲いている。
自然の中で、子供たちはすくすくと育つだろう。
「どうせなら行ってみますか? 聖女に関する情報は得られないかもしれませんが」
「そうだな……あ、いや」
頷き、足を踏みだしたところで、レオは動きを静止させた。
自分は今、呪われていて、他者に対して強烈な恐怖と嫌悪感を与える。
それは子供にとっては心の傷になる程の恐怖かもしれない。
王都で助けようとした小さな女の子に化け物と言われたことを思い出す。
今の自分が孤児院を訪れでもしたら、目にした子供たちは取り乱してしまうだろう。
「すまないアリエス。俺はここで待っているから、行ってきてくれないか?」
「……レオ様……そ、それならわたしも――」
「いや、情報は欲しい。中まではいけないけど、あの孤児院に危険はないと思う。
だから、頼む」
レオの様子に彼の考えていることを理解したアリエスは行くのを辞めようとしてくれた。
けれど、レオはアリエスを行かせることにした。
情報が欲しいのもあるけれど、それ以上に少しの時間だけ一人にして欲しかったからだ。
「……わかり……ました」
ポツリポツリとアリエスは呟いた彼女は顔を上げ、微笑んだ。
「それじゃあしっかりと聞いてきますね。すぐに戻ってきますので、少しだけお待ちください」
そういってアリエスは孤児院に向けて小走りで駆けていく。
その背中を見ながら、レオは内心でごめんと呟いた。
(アリエスには世話になりっぱなしだな)
何も聞いてくれなかったアリエスの気遣いが、心を温かくした。
そのとき。
「あら? 孤児院に何か御用ですか?」
それは、まるで鈴を転がしたような声音だった。
やけに鮮明に耳に届いた声で、レオは咄嗟に振り返る。
しまったと思ったときにはもう遅く、後ろに立つ人物がハッと息を呑んだ音を聞いた。
「こ、こんにちは」
金の髪が、夕焼けに反射して輝いていた。
絹のような髪を風に揺らした、空色の瞳をしたシスター服の女性が立っていた。
空色の瞳を、レオの目に向けて、立っていた。
その瞳の奥にはほんのわずかながら恐怖の感情が見えるけれど、嫌悪の感情はない。
アリエスというたった一人の例外を除けば、ここまでレオと正面から話せる人は居なかった。
「……すまない、こんな見た目では子供たちを驚かせてしまうと思い、仲間をここで待っている」
「……そうですか。お気遣いいただきありがとうございます」
レオと会話をしていても、彼女はレオから視線を外さない。
彼の中に、アリエスと初めて出会ったときのような感情が呼び起こされていた。
目の前の女性は恐る恐るといった形で、尋ねてくる。
「この街には……その……」
「ああ、呪いを治せる聖女を訪ねて来た。
残念ながら、見つかっていないので探しているところだ」
「…………」
はっきりと目の前のシスターの表情が悲痛に染まった。
「……ごめんなさい。私も呪いを治す聖女については知りません。
孤児院の皆も、同じだと思います」
「……そうか。いや、ありがとう。それが聞けただけで十分だ。
だから貴女がそんな顔をすることはない」
とても心優しい心の持ち主なのだろう。
それゆえに、自分に対して感情移入してそのような悲痛な表情を浮かべてくれているとレオは思った。
同時に、この女性の元で育つ孤児たちは清く正しく育つだろうということさえ思ったくらいだ。
「見つかると……いいですね」
「ありがとう」
「その呪いはどこで?」
「…………」
アリエス以外とここまで長く会話をするのは初めてだった。
だからこそ、レオは少し言葉に詰まってしまった。
それが怒っていると勘違いをしたのだろう、シスターの女性は慌て始めた。
「ご、ごめんなさい、私、失礼なことを――」
「いや、いいんだ。
今まで会話してくれる人が一人しかいなかったから、ちょっと戸惑っただけだ。
この呪いは大きな戦いで、油断して受けてしまったものだ」
「そう……ですか……」
レオは困っていた。
目の前の聖女は悲痛な面持ちで自分を見ているものの、それは安い同情というものではなく、本心からレオを心配しているような雰囲気だったからだ。
その目は自分ではない誰かを見ているような気もしたけれど、気遣ってくれているのは間違いなかった。
「そうだ……もし聖女について何か分かったら、その時は教えて欲しい」
どこか居づらくなって、そんなことを言ってしまうのも無理はない。
「そう……ですね……」
歯切れの悪い返事だが、目の前のシスターは承諾した。
彼女はレオをじっと見たままで、問いかける。
「名前を教えていただけますか? 私はリベラ・エンティア。
この孤児院でシスターをしている者です」
「レオだ」
「レオ……だけですか?」
「そうだ」
「……そうですか」
リベラという名の孤児院のシスターは盛大な勘違いをしているようだが、レオはそれには気づかなかった。
ちなみにレオの家名が無いのは孤児だからではなく、勇者として育てられてきたからである。
勇者が家名を持たず、名前のみであるということを、リベラは当然知らない。
「レオ様!」
声が聞こえ、振り返ると、背後の孤児院からアリエスが駆けてきていた。
彼女はレオの顔を見て笑みを浮かべたが、その奥にリベラが居ることを悟り、表情を凍らせた。
帰ってきてみれば親愛なる主は、修道女と何やら良い雰囲気だったので、無理もない。
「……なんですかこの空気」
「アリエス、この人はリベラさんでこの孤児院のシスターさんみたいだ」
「孤児院の皆がお世話になりました」
深くお辞儀をするリベラに合わせて、アリエスが慌てて頭を下げる。
言葉にはしないが、金と銀が光に反射して綺麗だなとレオは思った。
「レオ様、孤児院でシスターの方に聞いてみたのですが、情報はありませんでした」
「ごめんなアリエス、今リベラさんからもそう聞いたよ」
アリエスに告げたのだが、結果として孤児院を責めるような形になってしまい、リベラが頭を下げるのが目に入る。
金の髪がはらりと垂れるのが、映った。
「申し訳ありません、力になれなくて」
「いや、いいんだ」
孤児院も、リベラも悪くないのはレオもよく分かっている。
だから気にしないでくれという意味を込めて首を横に振りながらそう告げた。
「……レオ様、シェラさんの宿屋に戻りましょう」
何故かやや不機嫌なアリエスがレオの右手を取って催促する。
そんな彼女の言葉に反応したのは、レオではなくリベラだった。
「彼女の宿に泊まっているのですか?」
「え?……そ、そうですけど」
質問の意味が分からなかったのだろう、アリエスはきょとんとした顔で答えた。
レオも思わずリベラの方を向いてしまう。
シェラの宿屋に何かあるのかと思ったが、リベラが浮かべていたのは穏やかな笑顔だった。
「あ、えっと……い、いい宿ですよね、シェラさんの宿屋」
「はぁ……もう行きますね」
リベラの反応が気になったものの、聞き返すほどではなかったのでレオは歩き出す。
正確には、アリエスに引っ張られる形で歩き出したという方が正しい。
「あ、レオさん! 良ければまた孤児院に来てください!」
「え? あ、ああ!」
「…………」
アリエスの足が速まった気がした。
前につんのめそうになったが、勇者としての最高のスペックはこのくらいでは体勢を崩したりはしない。
しばらく歩き、路地裏の分かれ道に差し掛かったところでレオはなんとなく後ろを振り向いた。
路地裏の出口付近に立っていたリベラはもう背を向けて孤児院へと向かっていた。
小さくなっていく背中を見て、レオはふと思う。
アリエス以外で初めて出会った目を見て話してくれる人だったなと。
「……っ!」
その瞬間、右目が激痛を訴える。
目の前が暗転し、まるで紙芝居のように光景が切り替わる。
ベッドで横になるリベラの姿。
彼女は安らかに目を閉じていて、けれどその目がもう開くことはないと本能で察した。
(あぁ……)
アリエスの光景を見てから久しく忘れていた感覚。
全身が凍り付くような、人が「死ぬ」という体験。
ただ見ているだけなのに、それを味わっているような、そんな暗く、重い世界。
呪いが見せる光景の中で、リベラは静かに、けれども確かに「死んで」いた。
「レオ様! レオ様!」
「……アリっ……エスっ……」
急激に視界が反転し、意識が現実へと戻ってくる。
激痛で、いつの間にか蹲ってしまっていたらしい。
自分に横から抱き着くようにして必死に名前を呼ぶアリエスの姿を確認し、レオはようやく声を出した。
「良かったっ……急に苦しそうにするから、どうしようかとっ……」
「あぁ、ごめんな」
涙目で必死にレオの存在を確かめるアリエスに、彼はゆっくりと礼を口にした。
右目の痛みはもう引いている。あの光景を見ることもない。
けれど、また今日からあの日々が始まる。
毎晩死の光景を繰り返し見せられる地獄が、始まる。
「呪いの右目っ……ですか?」
「ああ……確かに見た。リベラさんが死ぬところを」
アリエスを引き離し、レオは立ち上がる。
先ほどは立っていられない程だったが、今はどこも異常が見受けられない。
健康そのものの肉体に、自分の受けている呪いの強さが恐ろしくなる。
(戦闘中に光景を見たら、まずいかもな)
例え相手が魔王ミリアであっても死ぬことはないのだが、レオはそんなことを思った。
頭から戦闘に関する考えを追い出し、レオはアリエスを見る。
「アリエス、呪いの右目の光景だけど――」
「そんなの後で聞きます! 今はすぐに宿に帰って休みますよ!」
呪いの光景を話そうとした瞬間に、アリエスに叱責され、レオは縮こまってしまう。
しかし涙目の彼女の目は真剣で、すぐにレオの手を取って歩き出してしまった。
チラチラと後ろを気にしているので、気遣ってはくれているようだが、足早に宿屋に向かっている。
もう呪いによる体への負担はないのだが、彼女は聞いてはくれないだろう。
さて、どうやって彼女を落ち着かせようか。
そんなことを思いながら、アリエスに引っ張られる形でレオは路地裏から小走りで移動した。
カマリの街はかなり広く、路地裏だけでも数が多い。
そのため東から西にかけて路地裏を制覇するころには、時刻は夕暮れになっていた。
これがじっくりとできるのも、ロズウェル亭のシェラのお陰である。
もしも時間が無ければ、焦っていくつかの路地裏を見逃していた可能性だってあるだろう。
「……特になにもありませんね」
「……本当にな」
とはいえ成果が表れるかどうかはまた別問題である。
ほぼ半日を路地裏捜索に当て、その位置についてはしっかりと把握した。
しかし、肝心の路地裏の聖女について何かわかることはなかった。
路地裏で出会った人に声をかけたりもしたのだが、新しい情報はなかった。
レオは祝福で出会った人物を観察していたが、呪われている人も居たので、路地裏の聖女が活動していないことは間違いないだろう。
「……あれ?」
このまま今日は宿に直行かと思いきや、分かれ道で左手に開けた場所に繋がっているであろう道を見つけた。
アリエスと目線で意思疎通をして、二人はそちらへと足を進める。
狭く短い道を通り抜けると、予想通り開けた所に出た。
「いつの間にかカマリの街の西端まで来ていたんですね」
アリエスの言葉通り、そこはカマリの街の西の果てだった。
その証拠に、彼らの目の前には小さめの平原が広がり、その奥には森の木々が生い茂っている。
ここから先、人工物はなさそうだ。
「……孤児院?」
そして小さな平原にポツンと一つそびえる平屋の建物。
その建物を囲った外壁と門の近くの看板には「カマリ孤児院」という文字があった。
「こんなところに孤児院があるんですね。自然豊かで良いところです」
アリエスの言葉には全面的に賛成だ。辺りには木々が生い茂っているし、花なども咲いている。
自然の中で、子供たちはすくすくと育つだろう。
「どうせなら行ってみますか? 聖女に関する情報は得られないかもしれませんが」
「そうだな……あ、いや」
頷き、足を踏みだしたところで、レオは動きを静止させた。
自分は今、呪われていて、他者に対して強烈な恐怖と嫌悪感を与える。
それは子供にとっては心の傷になる程の恐怖かもしれない。
王都で助けようとした小さな女の子に化け物と言われたことを思い出す。
今の自分が孤児院を訪れでもしたら、目にした子供たちは取り乱してしまうだろう。
「すまないアリエス。俺はここで待っているから、行ってきてくれないか?」
「……レオ様……そ、それならわたしも――」
「いや、情報は欲しい。中まではいけないけど、あの孤児院に危険はないと思う。
だから、頼む」
レオの様子に彼の考えていることを理解したアリエスは行くのを辞めようとしてくれた。
けれど、レオはアリエスを行かせることにした。
情報が欲しいのもあるけれど、それ以上に少しの時間だけ一人にして欲しかったからだ。
「……わかり……ました」
ポツリポツリとアリエスは呟いた彼女は顔を上げ、微笑んだ。
「それじゃあしっかりと聞いてきますね。すぐに戻ってきますので、少しだけお待ちください」
そういってアリエスは孤児院に向けて小走りで駆けていく。
その背中を見ながら、レオは内心でごめんと呟いた。
(アリエスには世話になりっぱなしだな)
何も聞いてくれなかったアリエスの気遣いが、心を温かくした。
そのとき。
「あら? 孤児院に何か御用ですか?」
それは、まるで鈴を転がしたような声音だった。
やけに鮮明に耳に届いた声で、レオは咄嗟に振り返る。
しまったと思ったときにはもう遅く、後ろに立つ人物がハッと息を呑んだ音を聞いた。
「こ、こんにちは」
金の髪が、夕焼けに反射して輝いていた。
絹のような髪を風に揺らした、空色の瞳をしたシスター服の女性が立っていた。
空色の瞳を、レオの目に向けて、立っていた。
その瞳の奥にはほんのわずかながら恐怖の感情が見えるけれど、嫌悪の感情はない。
アリエスというたった一人の例外を除けば、ここまでレオと正面から話せる人は居なかった。
「……すまない、こんな見た目では子供たちを驚かせてしまうと思い、仲間をここで待っている」
「……そうですか。お気遣いいただきありがとうございます」
レオと会話をしていても、彼女はレオから視線を外さない。
彼の中に、アリエスと初めて出会ったときのような感情が呼び起こされていた。
目の前の女性は恐る恐るといった形で、尋ねてくる。
「この街には……その……」
「ああ、呪いを治せる聖女を訪ねて来た。
残念ながら、見つかっていないので探しているところだ」
「…………」
はっきりと目の前のシスターの表情が悲痛に染まった。
「……ごめんなさい。私も呪いを治す聖女については知りません。
孤児院の皆も、同じだと思います」
「……そうか。いや、ありがとう。それが聞けただけで十分だ。
だから貴女がそんな顔をすることはない」
とても心優しい心の持ち主なのだろう。
それゆえに、自分に対して感情移入してそのような悲痛な表情を浮かべてくれているとレオは思った。
同時に、この女性の元で育つ孤児たちは清く正しく育つだろうということさえ思ったくらいだ。
「見つかると……いいですね」
「ありがとう」
「その呪いはどこで?」
「…………」
アリエス以外とここまで長く会話をするのは初めてだった。
だからこそ、レオは少し言葉に詰まってしまった。
それが怒っていると勘違いをしたのだろう、シスターの女性は慌て始めた。
「ご、ごめんなさい、私、失礼なことを――」
「いや、いいんだ。
今まで会話してくれる人が一人しかいなかったから、ちょっと戸惑っただけだ。
この呪いは大きな戦いで、油断して受けてしまったものだ」
「そう……ですか……」
レオは困っていた。
目の前の聖女は悲痛な面持ちで自分を見ているものの、それは安い同情というものではなく、本心からレオを心配しているような雰囲気だったからだ。
その目は自分ではない誰かを見ているような気もしたけれど、気遣ってくれているのは間違いなかった。
「そうだ……もし聖女について何か分かったら、その時は教えて欲しい」
どこか居づらくなって、そんなことを言ってしまうのも無理はない。
「そう……ですね……」
歯切れの悪い返事だが、目の前のシスターは承諾した。
彼女はレオをじっと見たままで、問いかける。
「名前を教えていただけますか? 私はリベラ・エンティア。
この孤児院でシスターをしている者です」
「レオだ」
「レオ……だけですか?」
「そうだ」
「……そうですか」
リベラという名の孤児院のシスターは盛大な勘違いをしているようだが、レオはそれには気づかなかった。
ちなみにレオの家名が無いのは孤児だからではなく、勇者として育てられてきたからである。
勇者が家名を持たず、名前のみであるということを、リベラは当然知らない。
「レオ様!」
声が聞こえ、振り返ると、背後の孤児院からアリエスが駆けてきていた。
彼女はレオの顔を見て笑みを浮かべたが、その奥にリベラが居ることを悟り、表情を凍らせた。
帰ってきてみれば親愛なる主は、修道女と何やら良い雰囲気だったので、無理もない。
「……なんですかこの空気」
「アリエス、この人はリベラさんでこの孤児院のシスターさんみたいだ」
「孤児院の皆がお世話になりました」
深くお辞儀をするリベラに合わせて、アリエスが慌てて頭を下げる。
言葉にはしないが、金と銀が光に反射して綺麗だなとレオは思った。
「レオ様、孤児院でシスターの方に聞いてみたのですが、情報はありませんでした」
「ごめんなアリエス、今リベラさんからもそう聞いたよ」
アリエスに告げたのだが、結果として孤児院を責めるような形になってしまい、リベラが頭を下げるのが目に入る。
金の髪がはらりと垂れるのが、映った。
「申し訳ありません、力になれなくて」
「いや、いいんだ」
孤児院も、リベラも悪くないのはレオもよく分かっている。
だから気にしないでくれという意味を込めて首を横に振りながらそう告げた。
「……レオ様、シェラさんの宿屋に戻りましょう」
何故かやや不機嫌なアリエスがレオの右手を取って催促する。
そんな彼女の言葉に反応したのは、レオではなくリベラだった。
「彼女の宿に泊まっているのですか?」
「え?……そ、そうですけど」
質問の意味が分からなかったのだろう、アリエスはきょとんとした顔で答えた。
レオも思わずリベラの方を向いてしまう。
シェラの宿屋に何かあるのかと思ったが、リベラが浮かべていたのは穏やかな笑顔だった。
「あ、えっと……い、いい宿ですよね、シェラさんの宿屋」
「はぁ……もう行きますね」
リベラの反応が気になったものの、聞き返すほどではなかったのでレオは歩き出す。
正確には、アリエスに引っ張られる形で歩き出したという方が正しい。
「あ、レオさん! 良ければまた孤児院に来てください!」
「え? あ、ああ!」
「…………」
アリエスの足が速まった気がした。
前につんのめそうになったが、勇者としての最高のスペックはこのくらいでは体勢を崩したりはしない。
しばらく歩き、路地裏の分かれ道に差し掛かったところでレオはなんとなく後ろを振り向いた。
路地裏の出口付近に立っていたリベラはもう背を向けて孤児院へと向かっていた。
小さくなっていく背中を見て、レオはふと思う。
アリエス以外で初めて出会った目を見て話してくれる人だったなと。
「……っ!」
その瞬間、右目が激痛を訴える。
目の前が暗転し、まるで紙芝居のように光景が切り替わる。
ベッドで横になるリベラの姿。
彼女は安らかに目を閉じていて、けれどその目がもう開くことはないと本能で察した。
(あぁ……)
アリエスの光景を見てから久しく忘れていた感覚。
全身が凍り付くような、人が「死ぬ」という体験。
ただ見ているだけなのに、それを味わっているような、そんな暗く、重い世界。
呪いが見せる光景の中で、リベラは静かに、けれども確かに「死んで」いた。
「レオ様! レオ様!」
「……アリっ……エスっ……」
急激に視界が反転し、意識が現実へと戻ってくる。
激痛で、いつの間にか蹲ってしまっていたらしい。
自分に横から抱き着くようにして必死に名前を呼ぶアリエスの姿を確認し、レオはようやく声を出した。
「良かったっ……急に苦しそうにするから、どうしようかとっ……」
「あぁ、ごめんな」
涙目で必死にレオの存在を確かめるアリエスに、彼はゆっくりと礼を口にした。
右目の痛みはもう引いている。あの光景を見ることもない。
けれど、また今日からあの日々が始まる。
毎晩死の光景を繰り返し見せられる地獄が、始まる。
「呪いの右目っ……ですか?」
「ああ……確かに見た。リベラさんが死ぬところを」
アリエスを引き離し、レオは立ち上がる。
先ほどは立っていられない程だったが、今はどこも異常が見受けられない。
健康そのものの肉体に、自分の受けている呪いの強さが恐ろしくなる。
(戦闘中に光景を見たら、まずいかもな)
例え相手が魔王ミリアであっても死ぬことはないのだが、レオはそんなことを思った。
頭から戦闘に関する考えを追い出し、レオはアリエスを見る。
「アリエス、呪いの右目の光景だけど――」
「そんなの後で聞きます! 今はすぐに宿に帰って休みますよ!」
呪いの光景を話そうとした瞬間に、アリエスに叱責され、レオは縮こまってしまう。
しかし涙目の彼女の目は真剣で、すぐにレオの手を取って歩き出してしまった。
チラチラと後ろを気にしているので、気遣ってはくれているようだが、足早に宿屋に向かっている。
もう呪いによる体への負担はないのだが、彼女は聞いてはくれないだろう。
さて、どうやって彼女を落ち着かせようか。
そんなことを思いながら、アリエスに引っ張られる形でレオは路地裏から小走りで移動した。
0
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが……
アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる