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第2章 呪いを治す聖女
第30話 レオと目を合わせられる二人目
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レオとアリエス、二人の路地裏探索を始めてかなりの時間が流れた。
カマリの街はかなり広く、路地裏だけでも数が多い。
そのため東から西にかけて路地裏を制覇するころには、時刻は夕暮れになっていた。
これがじっくりとできるのも、ロズウェル亭のシェラのお陰である。
もしも時間が無ければ、焦っていくつかの路地裏を見逃していた可能性だってあるだろう。
「……特になにもありませんね」
「……本当にな」
とはいえ成果が表れるかどうかはまた別問題である。
ほぼ半日を路地裏捜索に当て、その位置についてはしっかりと把握した。
しかし、肝心の路地裏の聖女について何かわかることはなかった。
路地裏で出会った人に声をかけたりもしたのだが、新しい情報はなかった。
レオは祝福で出会った人物を観察していたが、呪われている人も居たので、路地裏の聖女が活動していないことは間違いないだろう。
「……あれ?」
このまま今日は宿に直行かと思いきや、分かれ道で左手に開けた場所に繋がっているであろう道を見つけた。
アリエスと目線で意思疎通をして、二人はそちらへと足を進める。
狭く短い道を通り抜けると、予想通り開けた所に出た。
「いつの間にかカマリの街の西端まで来ていたんですね」
アリエスの言葉通り、そこはカマリの街の西の果てだった。
その証拠に、彼らの目の前には小さめの平原が広がり、その奥には森の木々が生い茂っている。
ここから先、人工物はなさそうだ。
「……孤児院?」
そして小さな平原にポツンと一つそびえる平屋の建物。
その建物を囲った外壁と門の近くの看板には「カマリ孤児院」という文字があった。
「こんなところに孤児院があるんですね。自然豊かで良いところです」
アリエスの言葉には全面的に賛成だ。辺りには木々が生い茂っているし、花なども咲いている。
自然の中で、子供たちはすくすくと育つだろう。
「どうせなら行ってみますか? 聖女に関する情報は得られないかもしれませんが」
「そうだな……あ、いや」
頷き、足を踏みだしたところで、レオは動きを静止させた。
自分は今、呪われていて、他者に対して強烈な恐怖と嫌悪感を与える。
それは子供にとっては心の傷になる程の恐怖かもしれない。
王都で助けようとした小さな女の子に化け物と言われたことを思い出す。
今の自分が孤児院を訪れでもしたら、目にした子供たちは取り乱してしまうだろう。
「すまないアリエス。俺はここで待っているから、行ってきてくれないか?」
「……レオ様……そ、それならわたしも――」
「いや、情報は欲しい。中まではいけないけど、あの孤児院に危険はないと思う。
だから、頼む」
レオの様子に彼の考えていることを理解したアリエスは行くのを辞めようとしてくれた。
けれど、レオはアリエスを行かせることにした。
情報が欲しいのもあるけれど、それ以上に少しの時間だけ一人にして欲しかったからだ。
「……わかり……ました」
ポツリポツリとアリエスは呟いた彼女は顔を上げ、微笑んだ。
「それじゃあしっかりと聞いてきますね。すぐに戻ってきますので、少しだけお待ちください」
そういってアリエスは孤児院に向けて小走りで駆けていく。
その背中を見ながら、レオは内心でごめんと呟いた。
(アリエスには世話になりっぱなしだな)
何も聞いてくれなかったアリエスの気遣いが、心を温かくした。
そのとき。
「あら? 孤児院に何か御用ですか?」
それは、まるで鈴を転がしたような声音だった。
やけに鮮明に耳に届いた声で、レオは咄嗟に振り返る。
しまったと思ったときにはもう遅く、後ろに立つ人物がハッと息を呑んだ音を聞いた。
「こ、こんにちは」
金の髪が、夕焼けに反射して輝いていた。
絹のような髪を風に揺らした、空色の瞳をしたシスター服の女性が立っていた。
空色の瞳を、レオの目に向けて、立っていた。
その瞳の奥にはほんのわずかながら恐怖の感情が見えるけれど、嫌悪の感情はない。
アリエスというたった一人の例外を除けば、ここまでレオと正面から話せる人は居なかった。
「……すまない、こんな見た目では子供たちを驚かせてしまうと思い、仲間をここで待っている」
「……そうですか。お気遣いいただきありがとうございます」
レオと会話をしていても、彼女はレオから視線を外さない。
彼の中に、アリエスと初めて出会ったときのような感情が呼び起こされていた。
目の前の女性は恐る恐るといった形で、尋ねてくる。
「この街には……その……」
「ああ、呪いを治せる聖女を訪ねて来た。
残念ながら、見つかっていないので探しているところだ」
「…………」
はっきりと目の前のシスターの表情が悲痛に染まった。
「……ごめんなさい。私も呪いを治す聖女については知りません。
孤児院の皆も、同じだと思います」
「……そうか。いや、ありがとう。それが聞けただけで十分だ。
だから貴女がそんな顔をすることはない」
とても心優しい心の持ち主なのだろう。
それゆえに、自分に対して感情移入してそのような悲痛な表情を浮かべてくれているとレオは思った。
同時に、この女性の元で育つ孤児たちは清く正しく育つだろうということさえ思ったくらいだ。
「見つかると……いいですね」
「ありがとう」
「その呪いはどこで?」
「…………」
アリエス以外とここまで長く会話をするのは初めてだった。
だからこそ、レオは少し言葉に詰まってしまった。
それが怒っていると勘違いをしたのだろう、シスターの女性は慌て始めた。
「ご、ごめんなさい、私、失礼なことを――」
「いや、いいんだ。
今まで会話してくれる人が一人しかいなかったから、ちょっと戸惑っただけだ。
この呪いは大きな戦いで、油断して受けてしまったものだ」
「そう……ですか……」
レオは困っていた。
目の前の聖女は悲痛な面持ちで自分を見ているものの、それは安い同情というものではなく、本心からレオを心配しているような雰囲気だったからだ。
その目は自分ではない誰かを見ているような気もしたけれど、気遣ってくれているのは間違いなかった。
「そうだ……もし聖女について何か分かったら、その時は教えて欲しい」
どこか居づらくなって、そんなことを言ってしまうのも無理はない。
「そう……ですね……」
歯切れの悪い返事だが、目の前のシスターは承諾した。
彼女はレオをじっと見たままで、問いかける。
「名前を教えていただけますか? 私はリベラ・エンティア。
この孤児院でシスターをしている者です」
「レオだ」
「レオ……だけですか?」
「そうだ」
「……そうですか」
リベラという名の孤児院のシスターは盛大な勘違いをしているようだが、レオはそれには気づかなかった。
ちなみにレオの家名が無いのは孤児だからではなく、勇者として育てられてきたからである。
勇者が家名を持たず、名前のみであるということを、リベラは当然知らない。
「レオ様!」
声が聞こえ、振り返ると、背後の孤児院からアリエスが駆けてきていた。
彼女はレオの顔を見て笑みを浮かべたが、その奥にリベラが居ることを悟り、表情を凍らせた。
帰ってきてみれば親愛なる主は、修道女と何やら良い雰囲気だったので、無理もない。
「……なんですかこの空気」
「アリエス、この人はリベラさんでこの孤児院のシスターさんみたいだ」
「孤児院の皆がお世話になりました」
深くお辞儀をするリベラに合わせて、アリエスが慌てて頭を下げる。
言葉にはしないが、金と銀が光に反射して綺麗だなとレオは思った。
「レオ様、孤児院でシスターの方に聞いてみたのですが、情報はありませんでした」
「ごめんなアリエス、今リベラさんからもそう聞いたよ」
アリエスに告げたのだが、結果として孤児院を責めるような形になってしまい、リベラが頭を下げるのが目に入る。
金の髪がはらりと垂れるのが、映った。
「申し訳ありません、力になれなくて」
「いや、いいんだ」
孤児院も、リベラも悪くないのはレオもよく分かっている。
だから気にしないでくれという意味を込めて首を横に振りながらそう告げた。
「……レオ様、シェラさんの宿屋に戻りましょう」
何故かやや不機嫌なアリエスがレオの右手を取って催促する。
そんな彼女の言葉に反応したのは、レオではなくリベラだった。
「彼女の宿に泊まっているのですか?」
「え?……そ、そうですけど」
質問の意味が分からなかったのだろう、アリエスはきょとんとした顔で答えた。
レオも思わずリベラの方を向いてしまう。
シェラの宿屋に何かあるのかと思ったが、リベラが浮かべていたのは穏やかな笑顔だった。
「あ、えっと……い、いい宿ですよね、シェラさんの宿屋」
「はぁ……もう行きますね」
リベラの反応が気になったものの、聞き返すほどではなかったのでレオは歩き出す。
正確には、アリエスに引っ張られる形で歩き出したという方が正しい。
「あ、レオさん! 良ければまた孤児院に来てください!」
「え? あ、ああ!」
「…………」
アリエスの足が速まった気がした。
前につんのめそうになったが、勇者としての最高のスペックはこのくらいでは体勢を崩したりはしない。
しばらく歩き、路地裏の分かれ道に差し掛かったところでレオはなんとなく後ろを振り向いた。
路地裏の出口付近に立っていたリベラはもう背を向けて孤児院へと向かっていた。
小さくなっていく背中を見て、レオはふと思う。
アリエス以外で初めて出会った目を見て話してくれる人だったなと。
「……っ!」
その瞬間、右目が激痛を訴える。
目の前が暗転し、まるで紙芝居のように光景が切り替わる。
ベッドで横になるリベラの姿。
彼女は安らかに目を閉じていて、けれどその目がもう開くことはないと本能で察した。
(あぁ……)
アリエスの光景を見てから久しく忘れていた感覚。
全身が凍り付くような、人が「死ぬ」という体験。
ただ見ているだけなのに、それを味わっているような、そんな暗く、重い世界。
呪いが見せる光景の中で、リベラは静かに、けれども確かに「死んで」いた。
「レオ様! レオ様!」
「……アリっ……エスっ……」
急激に視界が反転し、意識が現実へと戻ってくる。
激痛で、いつの間にか蹲ってしまっていたらしい。
自分に横から抱き着くようにして必死に名前を呼ぶアリエスの姿を確認し、レオはようやく声を出した。
「良かったっ……急に苦しそうにするから、どうしようかとっ……」
「あぁ、ごめんな」
涙目で必死にレオの存在を確かめるアリエスに、彼はゆっくりと礼を口にした。
右目の痛みはもう引いている。あの光景を見ることもない。
けれど、また今日からあの日々が始まる。
毎晩死の光景を繰り返し見せられる地獄が、始まる。
「呪いの右目っ……ですか?」
「ああ……確かに見た。リベラさんが死ぬところを」
アリエスを引き離し、レオは立ち上がる。
先ほどは立っていられない程だったが、今はどこも異常が見受けられない。
健康そのものの肉体に、自分の受けている呪いの強さが恐ろしくなる。
(戦闘中に光景を見たら、まずいかもな)
例え相手が魔王ミリアであっても死ぬことはないのだが、レオはそんなことを思った。
頭から戦闘に関する考えを追い出し、レオはアリエスを見る。
「アリエス、呪いの右目の光景だけど――」
「そんなの後で聞きます! 今はすぐに宿に帰って休みますよ!」
呪いの光景を話そうとした瞬間に、アリエスに叱責され、レオは縮こまってしまう。
しかし涙目の彼女の目は真剣で、すぐにレオの手を取って歩き出してしまった。
チラチラと後ろを気にしているので、気遣ってはくれているようだが、足早に宿屋に向かっている。
もう呪いによる体への負担はないのだが、彼女は聞いてはくれないだろう。
さて、どうやって彼女を落ち着かせようか。
そんなことを思いながら、アリエスに引っ張られる形でレオは路地裏から小走りで移動した。
カマリの街はかなり広く、路地裏だけでも数が多い。
そのため東から西にかけて路地裏を制覇するころには、時刻は夕暮れになっていた。
これがじっくりとできるのも、ロズウェル亭のシェラのお陰である。
もしも時間が無ければ、焦っていくつかの路地裏を見逃していた可能性だってあるだろう。
「……特になにもありませんね」
「……本当にな」
とはいえ成果が表れるかどうかはまた別問題である。
ほぼ半日を路地裏捜索に当て、その位置についてはしっかりと把握した。
しかし、肝心の路地裏の聖女について何かわかることはなかった。
路地裏で出会った人に声をかけたりもしたのだが、新しい情報はなかった。
レオは祝福で出会った人物を観察していたが、呪われている人も居たので、路地裏の聖女が活動していないことは間違いないだろう。
「……あれ?」
このまま今日は宿に直行かと思いきや、分かれ道で左手に開けた場所に繋がっているであろう道を見つけた。
アリエスと目線で意思疎通をして、二人はそちらへと足を進める。
狭く短い道を通り抜けると、予想通り開けた所に出た。
「いつの間にかカマリの街の西端まで来ていたんですね」
アリエスの言葉通り、そこはカマリの街の西の果てだった。
その証拠に、彼らの目の前には小さめの平原が広がり、その奥には森の木々が生い茂っている。
ここから先、人工物はなさそうだ。
「……孤児院?」
そして小さな平原にポツンと一つそびえる平屋の建物。
その建物を囲った外壁と門の近くの看板には「カマリ孤児院」という文字があった。
「こんなところに孤児院があるんですね。自然豊かで良いところです」
アリエスの言葉には全面的に賛成だ。辺りには木々が生い茂っているし、花なども咲いている。
自然の中で、子供たちはすくすくと育つだろう。
「どうせなら行ってみますか? 聖女に関する情報は得られないかもしれませんが」
「そうだな……あ、いや」
頷き、足を踏みだしたところで、レオは動きを静止させた。
自分は今、呪われていて、他者に対して強烈な恐怖と嫌悪感を与える。
それは子供にとっては心の傷になる程の恐怖かもしれない。
王都で助けようとした小さな女の子に化け物と言われたことを思い出す。
今の自分が孤児院を訪れでもしたら、目にした子供たちは取り乱してしまうだろう。
「すまないアリエス。俺はここで待っているから、行ってきてくれないか?」
「……レオ様……そ、それならわたしも――」
「いや、情報は欲しい。中まではいけないけど、あの孤児院に危険はないと思う。
だから、頼む」
レオの様子に彼の考えていることを理解したアリエスは行くのを辞めようとしてくれた。
けれど、レオはアリエスを行かせることにした。
情報が欲しいのもあるけれど、それ以上に少しの時間だけ一人にして欲しかったからだ。
「……わかり……ました」
ポツリポツリとアリエスは呟いた彼女は顔を上げ、微笑んだ。
「それじゃあしっかりと聞いてきますね。すぐに戻ってきますので、少しだけお待ちください」
そういってアリエスは孤児院に向けて小走りで駆けていく。
その背中を見ながら、レオは内心でごめんと呟いた。
(アリエスには世話になりっぱなしだな)
何も聞いてくれなかったアリエスの気遣いが、心を温かくした。
そのとき。
「あら? 孤児院に何か御用ですか?」
それは、まるで鈴を転がしたような声音だった。
やけに鮮明に耳に届いた声で、レオは咄嗟に振り返る。
しまったと思ったときにはもう遅く、後ろに立つ人物がハッと息を呑んだ音を聞いた。
「こ、こんにちは」
金の髪が、夕焼けに反射して輝いていた。
絹のような髪を風に揺らした、空色の瞳をしたシスター服の女性が立っていた。
空色の瞳を、レオの目に向けて、立っていた。
その瞳の奥にはほんのわずかながら恐怖の感情が見えるけれど、嫌悪の感情はない。
アリエスというたった一人の例外を除けば、ここまでレオと正面から話せる人は居なかった。
「……すまない、こんな見た目では子供たちを驚かせてしまうと思い、仲間をここで待っている」
「……そうですか。お気遣いいただきありがとうございます」
レオと会話をしていても、彼女はレオから視線を外さない。
彼の中に、アリエスと初めて出会ったときのような感情が呼び起こされていた。
目の前の女性は恐る恐るといった形で、尋ねてくる。
「この街には……その……」
「ああ、呪いを治せる聖女を訪ねて来た。
残念ながら、見つかっていないので探しているところだ」
「…………」
はっきりと目の前のシスターの表情が悲痛に染まった。
「……ごめんなさい。私も呪いを治す聖女については知りません。
孤児院の皆も、同じだと思います」
「……そうか。いや、ありがとう。それが聞けただけで十分だ。
だから貴女がそんな顔をすることはない」
とても心優しい心の持ち主なのだろう。
それゆえに、自分に対して感情移入してそのような悲痛な表情を浮かべてくれているとレオは思った。
同時に、この女性の元で育つ孤児たちは清く正しく育つだろうということさえ思ったくらいだ。
「見つかると……いいですね」
「ありがとう」
「その呪いはどこで?」
「…………」
アリエス以外とここまで長く会話をするのは初めてだった。
だからこそ、レオは少し言葉に詰まってしまった。
それが怒っていると勘違いをしたのだろう、シスターの女性は慌て始めた。
「ご、ごめんなさい、私、失礼なことを――」
「いや、いいんだ。
今まで会話してくれる人が一人しかいなかったから、ちょっと戸惑っただけだ。
この呪いは大きな戦いで、油断して受けてしまったものだ」
「そう……ですか……」
レオは困っていた。
目の前の聖女は悲痛な面持ちで自分を見ているものの、それは安い同情というものではなく、本心からレオを心配しているような雰囲気だったからだ。
その目は自分ではない誰かを見ているような気もしたけれど、気遣ってくれているのは間違いなかった。
「そうだ……もし聖女について何か分かったら、その時は教えて欲しい」
どこか居づらくなって、そんなことを言ってしまうのも無理はない。
「そう……ですね……」
歯切れの悪い返事だが、目の前のシスターは承諾した。
彼女はレオをじっと見たままで、問いかける。
「名前を教えていただけますか? 私はリベラ・エンティア。
この孤児院でシスターをしている者です」
「レオだ」
「レオ……だけですか?」
「そうだ」
「……そうですか」
リベラという名の孤児院のシスターは盛大な勘違いをしているようだが、レオはそれには気づかなかった。
ちなみにレオの家名が無いのは孤児だからではなく、勇者として育てられてきたからである。
勇者が家名を持たず、名前のみであるということを、リベラは当然知らない。
「レオ様!」
声が聞こえ、振り返ると、背後の孤児院からアリエスが駆けてきていた。
彼女はレオの顔を見て笑みを浮かべたが、その奥にリベラが居ることを悟り、表情を凍らせた。
帰ってきてみれば親愛なる主は、修道女と何やら良い雰囲気だったので、無理もない。
「……なんですかこの空気」
「アリエス、この人はリベラさんでこの孤児院のシスターさんみたいだ」
「孤児院の皆がお世話になりました」
深くお辞儀をするリベラに合わせて、アリエスが慌てて頭を下げる。
言葉にはしないが、金と銀が光に反射して綺麗だなとレオは思った。
「レオ様、孤児院でシスターの方に聞いてみたのですが、情報はありませんでした」
「ごめんなアリエス、今リベラさんからもそう聞いたよ」
アリエスに告げたのだが、結果として孤児院を責めるような形になってしまい、リベラが頭を下げるのが目に入る。
金の髪がはらりと垂れるのが、映った。
「申し訳ありません、力になれなくて」
「いや、いいんだ」
孤児院も、リベラも悪くないのはレオもよく分かっている。
だから気にしないでくれという意味を込めて首を横に振りながらそう告げた。
「……レオ様、シェラさんの宿屋に戻りましょう」
何故かやや不機嫌なアリエスがレオの右手を取って催促する。
そんな彼女の言葉に反応したのは、レオではなくリベラだった。
「彼女の宿に泊まっているのですか?」
「え?……そ、そうですけど」
質問の意味が分からなかったのだろう、アリエスはきょとんとした顔で答えた。
レオも思わずリベラの方を向いてしまう。
シェラの宿屋に何かあるのかと思ったが、リベラが浮かべていたのは穏やかな笑顔だった。
「あ、えっと……い、いい宿ですよね、シェラさんの宿屋」
「はぁ……もう行きますね」
リベラの反応が気になったものの、聞き返すほどではなかったのでレオは歩き出す。
正確には、アリエスに引っ張られる形で歩き出したという方が正しい。
「あ、レオさん! 良ければまた孤児院に来てください!」
「え? あ、ああ!」
「…………」
アリエスの足が速まった気がした。
前につんのめそうになったが、勇者としての最高のスペックはこのくらいでは体勢を崩したりはしない。
しばらく歩き、路地裏の分かれ道に差し掛かったところでレオはなんとなく後ろを振り向いた。
路地裏の出口付近に立っていたリベラはもう背を向けて孤児院へと向かっていた。
小さくなっていく背中を見て、レオはふと思う。
アリエス以外で初めて出会った目を見て話してくれる人だったなと。
「……っ!」
その瞬間、右目が激痛を訴える。
目の前が暗転し、まるで紙芝居のように光景が切り替わる。
ベッドで横になるリベラの姿。
彼女は安らかに目を閉じていて、けれどその目がもう開くことはないと本能で察した。
(あぁ……)
アリエスの光景を見てから久しく忘れていた感覚。
全身が凍り付くような、人が「死ぬ」という体験。
ただ見ているだけなのに、それを味わっているような、そんな暗く、重い世界。
呪いが見せる光景の中で、リベラは静かに、けれども確かに「死んで」いた。
「レオ様! レオ様!」
「……アリっ……エスっ……」
急激に視界が反転し、意識が現実へと戻ってくる。
激痛で、いつの間にか蹲ってしまっていたらしい。
自分に横から抱き着くようにして必死に名前を呼ぶアリエスの姿を確認し、レオはようやく声を出した。
「良かったっ……急に苦しそうにするから、どうしようかとっ……」
「あぁ、ごめんな」
涙目で必死にレオの存在を確かめるアリエスに、彼はゆっくりと礼を口にした。
右目の痛みはもう引いている。あの光景を見ることもない。
けれど、また今日からあの日々が始まる。
毎晩死の光景を繰り返し見せられる地獄が、始まる。
「呪いの右目っ……ですか?」
「ああ……確かに見た。リベラさんが死ぬところを」
アリエスを引き離し、レオは立ち上がる。
先ほどは立っていられない程だったが、今はどこも異常が見受けられない。
健康そのものの肉体に、自分の受けている呪いの強さが恐ろしくなる。
(戦闘中に光景を見たら、まずいかもな)
例え相手が魔王ミリアであっても死ぬことはないのだが、レオはそんなことを思った。
頭から戦闘に関する考えを追い出し、レオはアリエスを見る。
「アリエス、呪いの右目の光景だけど――」
「そんなの後で聞きます! 今はすぐに宿に帰って休みますよ!」
呪いの光景を話そうとした瞬間に、アリエスに叱責され、レオは縮こまってしまう。
しかし涙目の彼女の目は真剣で、すぐにレオの手を取って歩き出してしまった。
チラチラと後ろを気にしているので、気遣ってはくれているようだが、足早に宿屋に向かっている。
もう呪いによる体への負担はないのだが、彼女は聞いてはくれないだろう。
さて、どうやって彼女を落ち着かせようか。
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実験施設から抜け出した俺が伝説を超えるまでの革命記! 〜Light Fallen Angels〜
朝日 翔龍
ファンタジー
それはある世界の、今よりずっと未来のこと。いくつもの分岐点が存在し、それによって分岐された世界線、いわゆるパラレルワールド。これは、そ無限と存在するパラレルワールドの中のひとつの物語。
その宇宙に危機を及ぼす脅威や魔族と呼ばれる存在が、何度も世界を消滅させようと襲撃した。そのたびに、最強無血と謳われるレジェンド世代と称されたデ・ロアーの8人集が全てを解決していった。やがては脅威や魔族を封印し、これ以上は世界の危機もないだろうと誰もが信じていた。
しかし、そんな彼らの伝説の幕を閉ざす事件が起き、封印されていたはずの脅威が蘇った。瞬く間に不安が見え隠れする世界。そこは、異世界線へと繋がるゲートが一般的に存在し、異世界人を流れ込ませたり、例の脅威をも出してしまう。
そんな世界の日本で、実験体としてとある施設にいた主人公ドンボ。ある日、施設から神の力を人工的に得られる薬を盗んだ上で脱走に成功し、外の世界へと飛び出した。
そして街中に出た彼は恐怖と寂しさを覆い隠すために不良となり、その日凌ぎの生き方をしていた。
そんな日々を過ごしていたら、世界から脅威を封印したファイター企業、“デ・ロアー”に属すると自称する男、フラットの強引な手段で険しい旅をすることに。
狭い視野となんの知識もないドンボは、道中でフラットに教えられた生きる意味を活かし、この世界から再び脅威を取り除くことができるのであろうか。
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