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第2章 呪いを治す聖女
第27話 心地の良い宿、ロズウェル亭
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このカマリの街に到着してから、かなり時間が経ってしまった。
冒険者組合に先に行ってしまったために順番は前後してしまったものの、良さげな宿を見つけて入ろうとしたときには時刻は夜に差し掛かろうとしていた。
辺りは薄暗くなり、夕日が山の影に消えようとしている。
レオとアリエスは宿屋の扉を開ける。
すると、受付に立っていた一人の女性が気付き、視線を向けてきた。
すぐにレオの顔を見て目を背けるものの、レオの方は彼女にどこか見覚えがあった。
どこで出会ったかは、思い出せないけれども。
レオが記憶を辿ろうとしていると、アリエスがハマルの街の時と同じように先手を打った。
彼女は足早に受付に近づき、赤髪の女性に声をかける。
「すみません、とりあえず一部屋で5泊したいのですが、よろしいでしょうか?」
「はぁ……こちらの金額を5倍したものになります」
赤髪の女性は特に何か言うわけではなく、受付に置かれた紙を指さした。
アリエスはその金額を見ると、懐から金貨の入った袋を取り出し、金貨を受付に置く。
以前と同じく、少し多めに渡しているのだろう。
しかし赤髪の女性は、その様子をじっと見たままで、受け取ろうとはしない。
「あの……」
「はい、少し多めですが、これでは足りないでしょうか?」
「いえ、普通に多いです。5泊ですよね? 6泊ではなく」
「……え?」
あまりにも普通過ぎる反応に、アリエスは声を出して固まってしまった。
今の会話でふと気になるところがあり、後ろからレオが声をかける。
「6泊でもいいのか?」
「……えっと、別にお金さえ払ってくれれば何泊でも構いませんが」
赤髪の女性はレオと目は合わせないものの、別にレオそのものを嫌悪しているわけではなさそうだった。
彼女は心底不思議そうな顔でアリエスやレオの言葉を頭の中で必死に理解しようとしているようだった。
「俺の見た目は利用客に不快感を与える。
正直5泊でも結構長い滞在で、断られるかもと思っていたんだが……」
レオの説明にようやく納得がいったという風に赤髪の女性は「ああ」と頷いた。
「そういうことですか……別にうちは大丈夫です。
呪いが理由でお客さんを追い出せなんて言う人に、このロズウェル亭は絶対に利用させませんから」
「そ、そうか、助かる」
「絶対に」利用させない。
あまりにも強く発せられたその言葉に、レオは思わず押し黙ってしまう。
理由はよく分からないが、なるべく早く宿から出て行ってくれ、というわけではないならありがたい。
「それでしたら、一日一日払っていく形でも構わないでしょうか? 何泊するか分からないので」
「はい、構いませんよ。とりあえず一泊の料金はこの金額になります」
衝撃から回復したアリエスが、取り出した金貨のほとんどを金貨袋に戻す。
そして一泊分の金貨だけを差し出すと、女性は「確かに」と言ってそれを受け取った。
「呪いを解くために、わざわざカマリまで?」
「はい、そうです。聖女のこと何か知りませんか?」
「噂になっている聖女様ですよね?
私は見たこともありませんし、治してもらった人も知りませんね。
本当に居るかどうか、疑わしいと思いますよ」
受け取った金貨を整理しながら、赤髪の女性は世間話をアリエスと行う。
「路地裏の聖女と呼ばれているのか?」
彼女からならば情報を聞き出せるかと思い、レオは横から赤髪の女性に尋ねた。
この街で初めて出会った老人は、呪いを治せる聖女の事を「路地裏の聖女」と呼んでいた。
一度しか言わなかったものの、その単語がレオの頭から何故か離れなかった。
宿屋の店主でもあるのだろう女性は、レオの方を少し向いて首を横に振った。
流石に目を見ることは難しそうだが、彼女からはレオに対する嫌悪をあまり感じなかった。
どちらかというとレオを気遣うような、そんな視線を感じる。
「おそらく街で聞いたのだと思いますが、路地裏の聖女は数年前にこの街に居たとされる女性ですね。
私は出会ったことがないのですが、こちらは確かに呪いを解いて回っていたようですよ。
路地裏の聖女と今、噂になっている聖女が同じなのかは分かりませんが、同一視する声も多いですね」
「路地裏の聖女は他人の呪いを治せたんですか?」
差し出された宿屋の部屋の鍵を見ながら、アリエスは驚いたように聞き返した。
ここまでの流れで、呪いを治す聖女が迷信のようなものだと思い始めていたのだろう。
そんな存在は実は居ないのではないか、そう思い始めていたのはレオも同じだった。
けれど、今ではないにせよ過去にそのような人物が居たという話が出てきた。
しかも赤髪の女性の言葉をそのまま信じるなら、路地裏の聖女は呪いを癒す聖女と違い実在した可能性がかなり高い。
「はい、そのようですよ。他人の呪いを綺麗さっぱり消せたらしいです」
「その路地裏の聖女は、今どこに?」
もしもその聖女と知り合えるのなら、レオの呪いも解けるかもしれない。
そんな思いを抱いているのか、アリエスは少し食い気味に宿屋の店主に尋ねる。
「それが、少しの間活動しただけでぱったりと姿を消してしまったらしいです。
今ではどこにいるのやら」
しかし、返ってきたのは無情の言葉だった。
「そう……ですか……」
アリエスが失意の反応を見せるものの、レオもまた同じ気持ちだった。
呪いを治す聖女はどこに居るか分からない。
そして、数年前に活動していた路地裏の聖女も行方が分からない。
どちらにせよ、同じことだった。
「…………」
ふとレオは会話を聞きながら、この女性が路地裏の聖女の事を良く思っていないことを悟った。
ただ、嫌っているわけではなくもっと言葉では形容できないような、そんな複雑な感情のように思える。
アリエスはさらに情報を得る為に、質問を重ねる。
「路地裏の聖女についてもう少し教えてもらってもいいですか?
姿形とか、知りませんか?」
「……私も詳しくは知りませんが、白に金の装飾が付いた修道服に身を包んだ灰色の長い髪の女性だったと聞いています」
「灰色の……長い髪」
店主の言葉に、レオの頭の中を路地裏でぶつかった女性が過ぎった。
彼女は確か、灰色の長い髪に、同じ灰色の瞳をしていた。
服装は修道服ではなく真っ黒な外套に、同じく目立たない色のローブだったが、服装はどうとでもなる。
(つい最近出会ったから、そう思っているだけか?)
合致する部分が少しあるから、彼女と路地裏の聖女を結び付けているのかもしれない。
出会った場所が路地裏という場所であることも、それに拍車をかけていた。
「あの、もういいですか? 食事は朝と夜に部屋の前にお持ちしますので」
そんなことを考えていると、質問が来なくなったことで赤髪の女性は会話を切り上げようとした。
「はい、ありがとうございました。
最後にお名前を教えてもらってもいいですか?」
「シェラ・ロズウェルです。このロズウェル亭の店主です。ゆっくりしていってくださいね」
シェラと名乗った赤髪の女性は笑みを浮かべ、綺麗なお辞儀をしてみせた。
アリエスも同じように笑顔で礼を告げると、鍵を受け取った。
鍵に着いた札を覗き見るに、部屋は一階のようだ。
「この後はどうしますか、レオ様」
アリエスがレオを見て尋ねる。
時間的にはまだ夜になったばかり、時間はある。
「依頼でもこなそう」
そう言うと、アリエスは頷いた。
「シェラさん、わたし達ちょっと出てきますね。
戻ってきたときは声をかければいいですか?」
「はい、ここに居なければ後ろの部屋に居ますので、ノックしてください。
あ、鍵はなくさないでくださいね。鍵を取り換えるのにかなりのお金かかっちゃいますよ」
「分かりました」
アリエスとレオは踵を返し、宿屋から出ようとする。
振り返る際に、シェラが頭を下げたのが視界の隅に映った。
宿の入り口の扉を開けて、外へと出る。日は落ちきっているが、依頼をこなすのに問題はない。
二人は、大通りを歩いて街の外を目指す。
「意外とあっさりと取れて良かったよ」
「シェラさんが呪いに対してとても寛容な方で助かりました。
正直、5泊は危ういかと思っていましたので……」
歩きながら深く息を吐くアリエスに、レオは内心で謝罪する。
本当に、宿に関しては彼女に苦労をかけっぱなしだ。
歩いたままで、二人は会話を続ける。
「少しだけですが、話も聞けましたね。
呪いを治す聖女に数年前に活動していたとされる路地裏の聖女。
この二人が同一人物なのかどうかは分かりませんが……こうしてまとめてみると、本当に少しですね」
「……やっぱりそんな簡単にはいかないか」
そう呟きチラリと横を見ると、いつものように右手で軽く拳を作り、曲げた人差し指を唇に当てて、アリエスは深く考えている。
「どちらにせよ、もう少し情報が欲しいところですね。
二人の呪いを治す聖女に関しても、そして今のこの街についても。
もう夜ですし、明日、朝から街の人に聞いて回ってみるのはどうでしょうか」
「それがいいかもしれない。アリエスに聞いて回ってもらって、そして俺がそれを遠くから見守るよ」
いずれにせよ自分達はこの街に来たばかりで、知っていることが少なすぎる。
もう少し情報を手に入れないと、聖女にたどり着くことができないだろう。
アリエスも同じ考えのようで、深くこくりと頷いた。
明日の方針は決まったけれど、レオはもう一つ尋ねたいことがあった。
「……なあ、アリエス。路地裏で出会ったあの灰色の髪の女性、どう思う? ひょっとしたらあの人が、路地裏の聖女なんじゃないか?」
それは、問いかけではなく相談のようなものだった。
先ほども話題に出てきた路地裏の聖女が、あの灰色の髪の女性だと思うのは自分だけだろうか。
アリエスとレオはカマリの街の門に足を踏み入れる。それと同時に。
「わたしは、違うと思います」
アリエスからは明確な答えが返ってきた。
彼女にしては珍しく言い切るような言葉に、まさかそんなにはっきりと答えてくれるとは思わなかったレオは内心で驚いた。
「レオ様は、あの女性の髪の色と、路地裏という場所でそう思ったのかもしれません。
それだけなら、可能性は低いけれど、ありえると思います。
けれど、彼女は路地裏の聖女ではありません」
「な、なんでそこまで……」
なぜここまで言い切れるのか、レオには分からない。
しかしアリエスはまっすぐな瞳で、レオを見て告げる。
「あの姿は変身魔法で作られたものだからです。本当の彼女の姿は異なるものでしょう。
変身した後の姿が路地裏の聖女と似ているからこそ、あの女性は聖女ではありません」
「なる……ほど……」
まるで今まで曇っていた天気が晴れ渡るような感覚をレオは覚えた。
アリエスの言うことはまさに正論で、それが正解だとしかレオには思えなかった。
「依頼、そこまで時間がかからないと良いのですが……」
「え? あ、ああ、大丈夫、すぐ終わるよ」
話が終わったと思ったのだろう、アリエスが討伐依頼の方に話題を変えてきた。
それに咄嗟に答えたものの、レオの頭の中ではまだ先ほどの会話の内容が巡っていた。
アリエスの言いたいことは分かるし、彼女の言う通りだと思う。だからそれは良いのだが。
(そういえば、なんで彼女は変身魔法を使っているのに隠れるように移動していたんだ?)
頭を過ぎったのは、また別の疑問。
けれどそれをまた聞くのも違う雰囲気だと感じ、レオのその疑問は発せられることも、誰に答えられることもなかった。
冒険者組合に先に行ってしまったために順番は前後してしまったものの、良さげな宿を見つけて入ろうとしたときには時刻は夜に差し掛かろうとしていた。
辺りは薄暗くなり、夕日が山の影に消えようとしている。
レオとアリエスは宿屋の扉を開ける。
すると、受付に立っていた一人の女性が気付き、視線を向けてきた。
すぐにレオの顔を見て目を背けるものの、レオの方は彼女にどこか見覚えがあった。
どこで出会ったかは、思い出せないけれども。
レオが記憶を辿ろうとしていると、アリエスがハマルの街の時と同じように先手を打った。
彼女は足早に受付に近づき、赤髪の女性に声をかける。
「すみません、とりあえず一部屋で5泊したいのですが、よろしいでしょうか?」
「はぁ……こちらの金額を5倍したものになります」
赤髪の女性は特に何か言うわけではなく、受付に置かれた紙を指さした。
アリエスはその金額を見ると、懐から金貨の入った袋を取り出し、金貨を受付に置く。
以前と同じく、少し多めに渡しているのだろう。
しかし赤髪の女性は、その様子をじっと見たままで、受け取ろうとはしない。
「あの……」
「はい、少し多めですが、これでは足りないでしょうか?」
「いえ、普通に多いです。5泊ですよね? 6泊ではなく」
「……え?」
あまりにも普通過ぎる反応に、アリエスは声を出して固まってしまった。
今の会話でふと気になるところがあり、後ろからレオが声をかける。
「6泊でもいいのか?」
「……えっと、別にお金さえ払ってくれれば何泊でも構いませんが」
赤髪の女性はレオと目は合わせないものの、別にレオそのものを嫌悪しているわけではなさそうだった。
彼女は心底不思議そうな顔でアリエスやレオの言葉を頭の中で必死に理解しようとしているようだった。
「俺の見た目は利用客に不快感を与える。
正直5泊でも結構長い滞在で、断られるかもと思っていたんだが……」
レオの説明にようやく納得がいったという風に赤髪の女性は「ああ」と頷いた。
「そういうことですか……別にうちは大丈夫です。
呪いが理由でお客さんを追い出せなんて言う人に、このロズウェル亭は絶対に利用させませんから」
「そ、そうか、助かる」
「絶対に」利用させない。
あまりにも強く発せられたその言葉に、レオは思わず押し黙ってしまう。
理由はよく分からないが、なるべく早く宿から出て行ってくれ、というわけではないならありがたい。
「それでしたら、一日一日払っていく形でも構わないでしょうか? 何泊するか分からないので」
「はい、構いませんよ。とりあえず一泊の料金はこの金額になります」
衝撃から回復したアリエスが、取り出した金貨のほとんどを金貨袋に戻す。
そして一泊分の金貨だけを差し出すと、女性は「確かに」と言ってそれを受け取った。
「呪いを解くために、わざわざカマリまで?」
「はい、そうです。聖女のこと何か知りませんか?」
「噂になっている聖女様ですよね?
私は見たこともありませんし、治してもらった人も知りませんね。
本当に居るかどうか、疑わしいと思いますよ」
受け取った金貨を整理しながら、赤髪の女性は世間話をアリエスと行う。
「路地裏の聖女と呼ばれているのか?」
彼女からならば情報を聞き出せるかと思い、レオは横から赤髪の女性に尋ねた。
この街で初めて出会った老人は、呪いを治せる聖女の事を「路地裏の聖女」と呼んでいた。
一度しか言わなかったものの、その単語がレオの頭から何故か離れなかった。
宿屋の店主でもあるのだろう女性は、レオの方を少し向いて首を横に振った。
流石に目を見ることは難しそうだが、彼女からはレオに対する嫌悪をあまり感じなかった。
どちらかというとレオを気遣うような、そんな視線を感じる。
「おそらく街で聞いたのだと思いますが、路地裏の聖女は数年前にこの街に居たとされる女性ですね。
私は出会ったことがないのですが、こちらは確かに呪いを解いて回っていたようですよ。
路地裏の聖女と今、噂になっている聖女が同じなのかは分かりませんが、同一視する声も多いですね」
「路地裏の聖女は他人の呪いを治せたんですか?」
差し出された宿屋の部屋の鍵を見ながら、アリエスは驚いたように聞き返した。
ここまでの流れで、呪いを治す聖女が迷信のようなものだと思い始めていたのだろう。
そんな存在は実は居ないのではないか、そう思い始めていたのはレオも同じだった。
けれど、今ではないにせよ過去にそのような人物が居たという話が出てきた。
しかも赤髪の女性の言葉をそのまま信じるなら、路地裏の聖女は呪いを癒す聖女と違い実在した可能性がかなり高い。
「はい、そのようですよ。他人の呪いを綺麗さっぱり消せたらしいです」
「その路地裏の聖女は、今どこに?」
もしもその聖女と知り合えるのなら、レオの呪いも解けるかもしれない。
そんな思いを抱いているのか、アリエスは少し食い気味に宿屋の店主に尋ねる。
「それが、少しの間活動しただけでぱったりと姿を消してしまったらしいです。
今ではどこにいるのやら」
しかし、返ってきたのは無情の言葉だった。
「そう……ですか……」
アリエスが失意の反応を見せるものの、レオもまた同じ気持ちだった。
呪いを治す聖女はどこに居るか分からない。
そして、数年前に活動していた路地裏の聖女も行方が分からない。
どちらにせよ、同じことだった。
「…………」
ふとレオは会話を聞きながら、この女性が路地裏の聖女の事を良く思っていないことを悟った。
ただ、嫌っているわけではなくもっと言葉では形容できないような、そんな複雑な感情のように思える。
アリエスはさらに情報を得る為に、質問を重ねる。
「路地裏の聖女についてもう少し教えてもらってもいいですか?
姿形とか、知りませんか?」
「……私も詳しくは知りませんが、白に金の装飾が付いた修道服に身を包んだ灰色の長い髪の女性だったと聞いています」
「灰色の……長い髪」
店主の言葉に、レオの頭の中を路地裏でぶつかった女性が過ぎった。
彼女は確か、灰色の長い髪に、同じ灰色の瞳をしていた。
服装は修道服ではなく真っ黒な外套に、同じく目立たない色のローブだったが、服装はどうとでもなる。
(つい最近出会ったから、そう思っているだけか?)
合致する部分が少しあるから、彼女と路地裏の聖女を結び付けているのかもしれない。
出会った場所が路地裏という場所であることも、それに拍車をかけていた。
「あの、もういいですか? 食事は朝と夜に部屋の前にお持ちしますので」
そんなことを考えていると、質問が来なくなったことで赤髪の女性は会話を切り上げようとした。
「はい、ありがとうございました。
最後にお名前を教えてもらってもいいですか?」
「シェラ・ロズウェルです。このロズウェル亭の店主です。ゆっくりしていってくださいね」
シェラと名乗った赤髪の女性は笑みを浮かべ、綺麗なお辞儀をしてみせた。
アリエスも同じように笑顔で礼を告げると、鍵を受け取った。
鍵に着いた札を覗き見るに、部屋は一階のようだ。
「この後はどうしますか、レオ様」
アリエスがレオを見て尋ねる。
時間的にはまだ夜になったばかり、時間はある。
「依頼でもこなそう」
そう言うと、アリエスは頷いた。
「シェラさん、わたし達ちょっと出てきますね。
戻ってきたときは声をかければいいですか?」
「はい、ここに居なければ後ろの部屋に居ますので、ノックしてください。
あ、鍵はなくさないでくださいね。鍵を取り換えるのにかなりのお金かかっちゃいますよ」
「分かりました」
アリエスとレオは踵を返し、宿屋から出ようとする。
振り返る際に、シェラが頭を下げたのが視界の隅に映った。
宿の入り口の扉を開けて、外へと出る。日は落ちきっているが、依頼をこなすのに問題はない。
二人は、大通りを歩いて街の外を目指す。
「意外とあっさりと取れて良かったよ」
「シェラさんが呪いに対してとても寛容な方で助かりました。
正直、5泊は危ういかと思っていましたので……」
歩きながら深く息を吐くアリエスに、レオは内心で謝罪する。
本当に、宿に関しては彼女に苦労をかけっぱなしだ。
歩いたままで、二人は会話を続ける。
「少しだけですが、話も聞けましたね。
呪いを治す聖女に数年前に活動していたとされる路地裏の聖女。
この二人が同一人物なのかどうかは分かりませんが……こうしてまとめてみると、本当に少しですね」
「……やっぱりそんな簡単にはいかないか」
そう呟きチラリと横を見ると、いつものように右手で軽く拳を作り、曲げた人差し指を唇に当てて、アリエスは深く考えている。
「どちらにせよ、もう少し情報が欲しいところですね。
二人の呪いを治す聖女に関しても、そして今のこの街についても。
もう夜ですし、明日、朝から街の人に聞いて回ってみるのはどうでしょうか」
「それがいいかもしれない。アリエスに聞いて回ってもらって、そして俺がそれを遠くから見守るよ」
いずれにせよ自分達はこの街に来たばかりで、知っていることが少なすぎる。
もう少し情報を手に入れないと、聖女にたどり着くことができないだろう。
アリエスも同じ考えのようで、深くこくりと頷いた。
明日の方針は決まったけれど、レオはもう一つ尋ねたいことがあった。
「……なあ、アリエス。路地裏で出会ったあの灰色の髪の女性、どう思う? ひょっとしたらあの人が、路地裏の聖女なんじゃないか?」
それは、問いかけではなく相談のようなものだった。
先ほども話題に出てきた路地裏の聖女が、あの灰色の髪の女性だと思うのは自分だけだろうか。
アリエスとレオはカマリの街の門に足を踏み入れる。それと同時に。
「わたしは、違うと思います」
アリエスからは明確な答えが返ってきた。
彼女にしては珍しく言い切るような言葉に、まさかそんなにはっきりと答えてくれるとは思わなかったレオは内心で驚いた。
「レオ様は、あの女性の髪の色と、路地裏という場所でそう思ったのかもしれません。
それだけなら、可能性は低いけれど、ありえると思います。
けれど、彼女は路地裏の聖女ではありません」
「な、なんでそこまで……」
なぜここまで言い切れるのか、レオには分からない。
しかしアリエスはまっすぐな瞳で、レオを見て告げる。
「あの姿は変身魔法で作られたものだからです。本当の彼女の姿は異なるものでしょう。
変身した後の姿が路地裏の聖女と似ているからこそ、あの女性は聖女ではありません」
「なる……ほど……」
まるで今まで曇っていた天気が晴れ渡るような感覚をレオは覚えた。
アリエスの言うことはまさに正論で、それが正解だとしかレオには思えなかった。
「依頼、そこまで時間がかからないと良いのですが……」
「え? あ、ああ、大丈夫、すぐ終わるよ」
話が終わったと思ったのだろう、アリエスが討伐依頼の方に話題を変えてきた。
それに咄嗟に答えたものの、レオの頭の中ではまだ先ほどの会話の内容が巡っていた。
アリエスの言いたいことは分かるし、彼女の言う通りだと思う。だからそれは良いのだが。
(そういえば、なんで彼女は変身魔法を使っているのに隠れるように移動していたんだ?)
頭を過ぎったのは、また別の疑問。
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鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
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ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
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