魔王討伐の勇者は国を追い出され、行く当てもない旅に出る ~最強最悪の呪いで全てを奪われた勇者が、大切なものを見つけて呪いを解くまで~

紗沙

文字の大きさ
上 下
20 / 114
第1章 呪いを恐れない奴隷少女

第20話 治せる祝福と治せないもの

しおりを挟む
 昼下がりの森の中。
 遠くで揺れる木々を見つめながら、レオはゆっくりと息を吐く。
 全てが上手くいった。
 アリエスを救うことも、彼女の目が見えるようになり、しかも自分を怖がらなかったことも。
 自分達にとって都合が良すぎるくらいだ。

 でも、本当に良かった。

「あの……レオ様……」

 泣いている顔を見られたくないから反対側を向いていてくれと頼まれたので言われるままにしていたが、声をかけられたので振り返る。
 するとアリエスは立ち上がっていて、輝くような瞳をレオに向けていた。

「アリエス……?」

「レオ様、聞いてください。これ、呪いも治せる祝福みたいです!」

 心底嬉しそうに声を出すアリエス。
 今にも飛び上がりそうな雰囲気に、心からの笑顔。
 それが今までの無表情なアリエスと違いが大きすぎて、思わずレオは内心で笑ってしまった。
 どうやら本当の姿のアリエスは、表情豊かなようだ。

(待て……呪いが治せる?)

 聞いた言葉をはっきりと理解し、レオは腕を組んで顎に指を当てる。
 呪いは治らないというのは世界における常識だ。
 過去から現在までにおいて、少なくとも王国付近ではそういった前例はないはず。
 だからこそレオは追放されたのだが。

「わたしの目は以前、魔物に傷つけられ、その結果呪われたものでした。
 傷は治りましたけど、結局瞼を開くことはできなかったんですが……綺麗さっぱり治りました」

 あの夜中の廃屋で、アリエスは目が見えなかったが、それは目を瞑っているだけで、少なくとも傷のようなものは見えなかった。
 たしかに失明するくらい眼球を深く傷つけられたのなら、顔にも傷はある筈だ。

 それがないということは、傷は癒えたけれど、眼球は呪いにより失明したということ。
 呪いは体内に溜まり、どこかの器官に影響を与える。
 それが眼球だという例も聞いたことがある。

 けれど今、アリエスの目は傷があるどころか、宝石のように輝いている。
 そこには呪いなんてものは少しも見受けられない。
 彼女の祝福の光は彼女自身の目を覆っていた。
 それはつまり。

「す、すごいじゃないか! 呪いを治せるなんて!」

 思わず興奮して声を出してしまうと、アリエスは嬉しそうに微笑んで首が取れそうなくらいに頷く。
 レオもアリエスも、興奮が押さえきれないといった様子だ。

「はい! これでレオ様の呪いを治せます!」

「そうか……ありがとう、アリエス……」

 穏やかな笑みを浮かべ、レオは感謝を述べる。
 本当に良い方向に事態が動いている。
 まさかこんなに早く呪いが解けるなんて。
 しかも、解いてくれるのがアリエスだなんて。
 まるで運命のようだ。

 レオの言葉に、なぜか少しだけぼーっとしていたアリエス。
 しかし、正気に戻った彼女は素早い動きでレオの右手を掴み、両手で包み込むように握る。
 手のひらに広がる、何度か感じたことのある彼女の熱。
 それが、心地よかった。

「行きます!」

 気合は十分。
 むんっ!とやや強く手を握り、ぎゅっと目を瞑ったアリエスの体から光が溢れる。
 よく見るとその光は衛生兵などが使っている傷を癒す祝福を使ったときに出る金色の光と違い、白く、まばゆく輝いている。

 少なくともレオはこの色の光を見たことがない。
 まるで夜の満月に照らされて光る雪のような。
 これが、アリエスの祝福。
 彼女だけが持つ、呪いを癒す絶対の権能。
 その光がレオを包み、温かい熱を体中に与えてくれる。

(癒して……いる?)

 レオは戦いで傷を受けてはいない。
 それゆえに治る部分はない。
 だが、これまで溜まっていた疲労が少しだが消えていくのを感じる。
 衛生兵は傷を癒すだけで疲労までは回復しなかったはず。
 傷に疲労に、呪い。
 なんでも癒すというのか。

(なんて……上位互換の祝福なんだ……)

 何人かの衛生兵とは知り合いだが、ここまで万能な祝福を持っている人は知らない。
 エバはもちろんの事、同じ勇者の中にも居ないだろう。
 おそらく自分とやりあえる唯一の人材である彼女でも不可能なはずだ。
 そうレオは結論付けた。

 やがて眩い光が消えていく。
 体に灯った熱も、ゆっくりと引いていく。
 けれどアリエスが握ってくれている手は、ずっと温かいままだ。

「……ふぅー」

 終わったのだろう。
 アリエスは一仕事終えたように息を吐き、ゆっくりと目を開く。
 また宝石のような瞳が、レオを捉え、そして。

 大きく、見開かれた。

「なん……で……」

 ふるふると震えはじめるアリエス。
 そして再び、レオの視界に白い光が映る。

(え?……なんだ?……なんでまた?)

 二度目の祝福の行使に混乱するレオ。
 しかも今回、アリエスはじっとレオを見つめたままで祝福を使用している。
 その光も、やがて消えていく。
 理解できない二度目の祝福。
 しかし。

 アリエスの目が震え、そこから大粒の涙が零れ落ちた。

「なんで……なんで……なんで!」

「ア、 アリエス!落ち着け!」

 狂ったように祝福を繰り返すアリエス。
 何度も何度も何度も、白い光がレオを包んでは、消えていく。
 錯乱したように祝福を行使するアリエスの姿が、あの廃屋での彼女と被った。
 恐怖し、レオの結界から逃げ出してしまったアリエスと。

「消えない……消えない……なんで……消えない!」

「お、おい……」

「消えないんです……レオ様の呪いが……レオ様の呪いだけが……消えないっ……」

 レオの頭が真っ白になる。
 運命だと思った。
 このまま幸せな終わりだと考えていた。
 そのくらい、良い流れは来ていた。
 なのに、消えない……? 結局、この呪いは治らない?

「そん……な……」

「う……あっ……」

 それがダメだった。
 呆然と呟いたレオを見て、アリエスはまた祝福を繰り返す。
 何度も何度も、発動をし続ける。
 結果が変わらないのは、涙でくしゃくしゃになったアリエスを見れば分かる。
 それでも彼女は、まだ。

「アリエス! もういい、いいんだ!」

 見ていられなくなって、レオはアリエスの手を振り払い、彼女を抱きしめた。
 祝福の行使は使用者の体力や気力を使用する。
 けれどそれ以上に、今のアリエスを見ていられなかった。

「レオ様っ……わたし……わたしっ……」

「俺は大丈夫だから……アリエスの目が見えるようになっただけで、十分だから……」

 呪いが消えないことは悲しい。
 でも、そのことでアリエスが泣くことの方がもっと悲しい。
 この呪いは自分の甘さが招いたものだからアリエスは悪くない。
 だから、泣かないでくれ。
 そうレオは心の中で強く願った。

 けれど、腕の中の白銀の少女は泣き止まない。

「なんで……返せるって……思ったのにっ……助けてもらったのに……生きる意味をもらったのにっ……わたしには……なにもできないっ」

「違う!……アリエスからはたくさんもらってる! だから……だから……」

 返しきれないほど貰ったのは自分の方だ。
 アリエスがいなければ自分はここには居ない。
 彼女が居たからこそ、まだレオはレオで居られる。
 彼女無しでは、たった一人になって、だれにも頼れずにきっと壊れてしまう。

「ごめんなさいっ……わたし……絶対レオ様の呪いを解きますっ……絶対……絶対っ……」

「……っ」

 腕の中で皴になりそうなほど強くレオの服を掴んだアリエスが、決意の籠った声を出す。
 これまでの彼女からは想像もつかないほど、いろんな感情がごちゃまぜになった言葉だった。

 その言葉に、レオは何て返せばいいのか分からなかった。
 アリエスの言葉が間違っているなら、否定できる。
 先ほどのように、貰っているのに貰っていないという言葉ならば、違うと強く言える。

 けれど今の言葉は、彼女の想いだ。
 それに、それは自分を想ってくれたもので、間違っているわけじゃない。
 だから、否定できない。
 できないけれど。

 けれど、それで良かったのかとレオはアリエスを抱きしめながら思った。
 なぜかは分からないが、何の言葉も返さないことが、間違いのように思えた。
 そう思えても、レオには何も言えない。
 どんな言葉をかければいいのか、分からないから。
 だから、ただ腕の中に居る少女の熱を感じることしかできない。

 熱を感じる程近くに居るはずのアリエスが、なぜだか遠くに感じられた。

 この日、白銀の少女は誓いを立てる。
 何をしても必ず、自分の主の呪いを解くと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...