魔王討伐の勇者は国を追い出され、行く当てもない旅に出る ~最強最悪の呪いで全てを奪われた勇者が、大切なものを見つけて呪いを解くまで~

紗沙

文字の大きさ
上 下
15 / 114
第1章 呪いを恐れない奴隷少女

第15話 支えてくれる少女

しおりを挟む
 明かりはなく、月の光だけに照らされた家屋の床。
 構成する木の板は所々が傷つき、穴が開いたり、折れ曲がったりしている。
 固まりの埃が風に吹かれている。

 行ったことのない場所の、見たこともない光景。
 けれど、それは嫌に鮮明に映し出されていた。
 まるで今目にしているかのようだった。

 光景は、ゆっくりと左へと動く。
 すぐ近くの壁へと、高さはそのままに、しかし視線を床に向けたままで動いていく。

(また……か……)

 レオはこの光景を知っている。
 もう数えきれないほど見た。
 何十回、何百回、何千回。
 本当に、数えようとしても数えきれないくらい見た。
 見させられてきた。

 壁にたどり着いた瞬間に、掬い上げるように視線が上がっていく。
 まず映ったのは力なく垂れた二本の脚。
 黒の靴に、真っ白なタイツ。
 女性らしさのある細く、綺麗な足だった。
 その足の側面が真っ赤に染まり、靴先から血液がしたたり落ちていなければ、綺麗だったのだろう。

 さらに上に視線が上がれば、腹部を貫く大きな黒い触手。
 足を真っ赤に染めた血液は、その少女の体に空いた大きな穴から出ている。
 腹部というよりも、胸の少し下から下腹部まで広く貫かれていた。

 体の内臓のほとんどを失っているのは、見るまでもなかった。
 致命傷どころか、即死だろう。
 さらに視線が上がれば、奴隷の身に着ける一般的な首輪、そして土色の肌をした顔。

 唇は真っ青になり、口の端からは血が流れている。
 目は閉じられ、絹のような銀髪の髪が、主を亡くしたことを表すようにむなしく揺れていた。
 息を引き取った少女。
 壊れたのではなく、死んだ少女。

 にもかかわらず、その表情はどこか安心したようで、重荷を下ろしたような、そんな顔だった。

 視界はそこで消え、暗闇へと落ちる。
 けれどまた、あの荒廃した床から始まるのだ。
 それをレオは知っている。
 起きるまで終わらない、永劫の地獄。

 今日もまた、レオは見る。
 夢ではない何かを、見続ける。



 ×××



 ゆっくりと、レオは目を覚ます。
 横向きの状態で、眠っていたようだ。
 いつもの光景のせいで心の状態は最悪で、絶好調とは言い難い。
 けれど、それでも少しだけ楽だった。
 それはきっと。

「……アリ……エス?」

 目の前の少女のお陰なのだろう。

 いつもの無表情。
 けれどアリエスはレオのベッドの横に膝をついて、彼の手を握っていた。
 心配しているような表情はしていないけれど、彼女の雰囲気は穏やかだった。

「おはようございます、レオ様」

「……おはよう」

 離れていくアリエスの手をじっと見ながらレオは朝の挨拶をする。
 上体だけを起こして、外の様子を確認する。

 日は昇っているようだ。朝方だろう。
 隣のベッドには使われた形跡がある。
 けれど、それよりも今は。

「握って……いてくれたのか……」

「はい、苦しそうでしたので……」

「そうか……」

 アリエスと会話を交わす。
 しかし続かずに、沈黙が宿屋の一室を満たした。

(話すしか……ないよな……いや、話したい)

 レオは意を決した。
 このハマルに到着してからずっと話したかったことを、彼女に伝えると。
 レオはまっすぐにアリエスを見つめる。
 彼の真剣な表情を見たアリエスは、背筋を伸ばした。

「アリエス、聞いて欲しいことがあるんだ」

「はい」

 右のこめかみに指を添えて、レオはこの厄介な呪いの詳細を説明する。

「以前、俺の呪いは他者に嫌悪感を与えるものだって言った。
 ……でも、それだけじゃないみたいなんだ」

「……いつもうなされているのと、関係があるんですよね?」

 目を見開く。
 この少女は、気づいていたのだ。
 いったい何時からなんてどうでもいい。
 ただ彼女はそれを知っていて、けれどそれを聞くことはしなかった。
 ただずっと、自分が話してくれることを待っていたのだ。

(そう……か……)

 そしてレオは気づく。
 自分の左手の温かさに覚えがあることを。
 今までも何度か、あの最悪の光景を見て目覚めた後にこの熱が手を包んでいたことがある。
 呪いが見せる光景は酷いものだったが、手のぬくもりは心地よいものだった。

 アリエスが、握っていてくれたのだ。

 何も聞くことなく、ただレオの負担を少しでも軽くするために。
 それは彼女の仕事ではない。
 少なくとも、契約の内容には入っていない。
 だってそれは、近くの地理を教えることでも、レオに常識を伝える事でもないのだから。

 けれどそれが、レオの胸に温かい火を灯した気がした。

「俺の右目は……知らない誰かが死ぬ光景を見せ続けるらしい。
 もうずっと同じ光景を見ているんだ。一人の少女が殺されている場面を、ずっと……」

「…………」

「隠していて、ごめん」

 レオの言葉に、アリエスは首を横に振る。
 告白した後も、彼女はレオを責めるような表情はしなかった。
 雰囲気も、柔らかいままだった。

「……手を」

 アリエスが、ゆっくりと口を開く。
 何か躊躇うようなそぶり。
 けれど彼女は、言葉を続けた。

「手を握ると、少しは楽になりますか?」

「……なる」

「それなら、もし夜中に気づいたときには、また握ります。
 レオ様が、その呪いに少しでも勝てるように」

 息を、飲んだ。
 彼女は呪いのことを詳しく聞きもしなかった。
 ただ一言、今までやっていたように、手を握って良いかと聞いてきた。
 言葉は少ない。
 伝えあったことも少ない。

 けれど今のレオには、それが一番、救いになった。

「……ありがとう」

「…………」

 なんとか絞り出した言葉。
 それに対してアリエスが言葉を返すことはなかった。
 けれど、彼女のいつもの無表情な顔がなぜか微笑んだような、そんな気がした。



 ×××



 扉の前に置かれていた朝食を平らげ、準備をしたレオとアリエス。
 彼らは宿屋の一室のテーブルに向かい合う。
 二人は昨日と同じく、旅に出るときの服装に身を包んでいた。
 テーブルの上には、昨日受付嬢から受け取った依頼書がある。

「それじゃあおさらいするけど、アリエスは一緒に来るってことでいいんだよな?」

「はい、逆に置いていかれても困ります。
 奴隷は宿屋や主人の家なら一人で居ても問題はありませんが、流石にこの街に一人きりというのは……」

「分かった、じゃあ一緒に行こう」

 元々アリエスをここに置いていくつもりはなかった。
 たとえ戦場だとしても、自分の近くの方が安全だとレオは思ったからだ。
 ただそれでも、聞いておかなくてはいけないことがある。

「確認だけど、アリエスは……戦ったことはないんだよな?」

「……はい、ありません」

「分かった、なら俺の近くを離れないでくれ。
 その……昨日の件で俺の強さは分かっていると思うし」

 アリエスに怒られたことではあるが、それでも自分が勇者であり、それなりの強さを持っていることは伝わっただろう。
 そんな自分の近くなら、安心してくれるかもしれない。
 そう思ったのだが。

「はい、分かりました」

 アリエスははっきりと答えた。
 その返答はまっすぐで、少しもレオの強さを疑っていないようだった。
 とある一言で、レオの強さをアリエスが十分すぎる程認めているのを彼は知らない。

(少しは……打ち解けたのかな?)

 返答を聞いて、レオはふとそんなことを思った。
 アリエスは相変わらず無表情で、何を考えているのかはレオでも窺い知ることはできない。
 けれど彼女の雰囲気は、王都で初めて出会ったときに比べればやや軟化したように思える。

 まだ完全に打ち解けたわけではない。
 仲間とは言えないだろう。
 けれど、この調子で過ごしていけば、いつかは。

(そのために……まずは依頼をこなして、頼りになるところを見せなきゃな)

 両手を合わせ、指を組み、力を籠める。
 息を吐いて、レオは決意を新たにする。
 アリエスはその知識でサポートしてくれた。
 だから今度は、自分の番だ。

 内心で気合を入れる。
 心の調子は絶好調とは言えないが、体の調子はいつも通り、これまでにない最善の状態だ。

「行こう、任務を遂行しに」

「任務ではなく、依頼です、レオ様」

「……分かっているよ」

 この日、2人はこれまでで最も良い雰囲気のままで、依頼の地へと向かう。
 依頼の場所までは時間がかかる。
 到着するころには夜になっているだろう。

 月明かりに照らされた「廃屋」での魔物討伐依頼は、レオからしてみれば易しすぎる任務の筈だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

処理中です...