9 / 114
第1章 呪いを恐れない奴隷少女
第9話 頼れる奴隷少女
しおりを挟む
「あ、ありがとうございました勇者様、もしもまた機会があれば、是非ともご利用ください」
サルマンに見送られる形で、レオは彼の館を後にする。
その後ろには、アリエスが付き従っていた。
長いこと館に居たため外は夕焼けになっていて、朱色の世界に館の影が落ちている。
レオはサルマンに礼を告げると、路地裏を進み、大通りを目指す。
途中で何人かの人とすれ違い、その中には呪い持ちの人物も居た。
相変わらずの視線を向けられるものの、今のレオには余裕がある。
彼らの視線など気にはならない。
「あの……ご主人様」
後ろから遠慮がちに投げかけられる言葉。
レオは立ち止まり、首だけで振り返る。
アリエスは戸惑いがちに、しかしそこに恐怖の感情はない状態で立っていた。
「良かったのですか? わたしで……」
「あぁ、構わない」
むしろ恐怖を唯一抱かなかったアリエスでなくてはダメだったのだが、その言葉は発しなかった。
体を少しだけ回転させ、少しでもアリエスと向かい合おうとする。
しかし正面を向くことはなく、体を横に向けたまま首の動きだけで彼女を見つめる形となった。
「それと、俺のことはレオでいい。その呼び方は……気に入らない」
「……かしこまりました。ではレオ様と」
ご主人様と呼ばれることはあまりにも慣れていなくて、レオはそう伝えた。
けれど口下手な彼はまるでアリエスを糾弾するような物言いになってしまう。
結果としてアリエスは申し訳なさそうに頭を下げてしまった。
(言い方が悪かったかな……)
内心では謝罪をしようと思いつつも、レオの口はなかなか動かない。
なんとか声を出そうとしたときには、姿勢を戻したアリエスがレオを見つめていた。
「この後は、どうするのでしょうか?」
「そうだな……」
意識を切り替え、レオは辺りを見回す。
時刻は夕暮れ。
そして場所は路地裏。
誰かの目があるかもしれない場所で今後の話をするのは気が引けた。
自分が勇者であることは知られているが、呪いのことなどを含めて、赤の他人に聞かれたくはない。
今日は宿を出るのが遅かったが、結果としてサルマンの館でアリエスという協力者になってくれそうな少女と知り合うことができた。
それだけで十分だろう。
これ以上街に出ている必要性は、今はない。
「一旦俺の使っている宿屋に行こう。そこで話したい」
「……かしこまりました」
不意に、アリエスの纏う雰囲気が変わった。
警戒、絶望、悲嘆、そんな感情がなんとなく読み取れる。
とはいえ彼女の瞳には何の感情もない。
あくまでも雰囲気を感じ取っただけだ。
それに読み取れたところで、アリエスの心まで読めるわけでもなかった。
そのためレオはなぜアリエスがそんな雰囲気を出したのかまでは分からず、結局言葉をかけることはせずに、再び前を向いて歩きだす。
今まで勇者としてただ敵を倒すために育てられたレオには、女性にとって宿屋に男性と二人きりで居るということが何を意味するのか分かっていなかった。
×××
宿屋は相変わらずの無人で、冷たい明りだけがレオを迎え入れてくれた。
店主からすればレオが滞在する期間は宿を完全に閉めているような認識なのだろう。
外には休業中の札が掲げられているし、誰かに会うことはなさそうだった。
階段を上り、廊下の先にあるレオの部屋も出たときのままだった。
宿屋のレオの部屋は、配置上の関係かもっとも金額の高い部屋のようだ。
もともと複数人で使うように設計されたようで、レオが使用している窓際のベッドの他に、もう二つ使われていないベッドがある。
それ以外にもテーブルや椅子なども備え付けられていて、長期間滞在することに不自由はなかった。
レオは部屋に招き入れたアリエスを椅子に座らせようとする。
最初は椅子に座ることを拒絶したが、レオが気にするなと言うと、しぶしぶといった様子でゆっくりと腰を下ろした。
その際、アリエスは椅子の足に軽く左足をぶつけていたが、そこまで大きな音は鳴っていなかったし、彼女も痛がっている様子は見せていない。
そのため、すぐにレオの記憶からそのことは消えてしまった。
「少しここで待っていてくれ」
そう言って荷物を置いたレオは部屋を後にする。
あまりにも突然なレオの行動にアリエスは目を丸くしていたが、彼は気づかなかった。
部屋を出て廊下を足早に歩き、一階へと降りていく。
なるべくアリエスを待たせたくはないが、やらなければならないことがある。
一階は相変わらずの無人だった。
しかしこの宿に店主が居るのは間違いない。
そして彼が居るとしたら、受付から繋がる扉の先の部屋だろう。
レオは無人の受付へと無遠慮に入り、扉をノックする。
コンコンと響く木材の音。
部屋の内部で誰かが動く音が聞こえる。
どうやら当ては当たったようだ。
しばらくすると扉がゆっくりと開き、昨日出会った店主が姿を現した。
「ゆ、勇者様……な、なにか問題でも?」
相変わらず彼は緊張している様子だった。
もちろん呪いに対する恐怖もあるのだが、それとは何かが違うような気がした。
もしかしたら、緊張しているのは勇者という肩書のせいかもしれない。
(そんなに大したものではない筈なんだが……)
昔からレオが会話する相手はどこか緊張していた。
それはあのエバですらそうだったし、アリエスもその緊張を感じているようだった。
そこまで考えて、レオは当初の目的を思い出した。
「いや、泊まる人数についてだが、人が一人増えた。それを伝えに来た」
「は、はぁ……さようでございますか……」
「申し訳ないが、食事を二人分もらうことはできるか?」
「お、王城から金銭は十分すぎる程頂いていますので、か、構いません。
……き、昨日のように部屋の前にお持ちします」
「助かる」
レオとの会話が終わるや否や、店主は自らの部屋に引っ込んでしまった。
結局彼は扉を開けただけで、自分の部屋から一歩も外に出ることはなかった。
レオとの会話も扉を最低限開けて会話しただけだ。
店主の対応に思うところはあるが、今のレオにとっては些細なことだ。
レオはすぐに受付から出ると、足早に階段を駆け上がる。
廊下を早足で駆け抜け、アリエスの待つ自室へと戻った。
音を立てないようにゆっくりと扉を開け、中に入ると、アリエスは一室の机の椅子に変わらず座っていた。
「待たせた。早速、俺のことと今後のことを話そう」
彼女に言葉を伝え、向かい合う位置に腰を下ろす。
椅子の位置を調整したところで、レオはじっとアリエスが自分を見ていることに気づいた。
「……どうした?」
「……いえ」
アリエスの今の様子は驚いていて、加えて戸惑っているようだった。
レオは不思議に思い眉を動かすものの、気にせずに会話を切り出す。
「まずは自己紹介から。俺はレオ、この国の元勇者だ。
色々と迷惑をかけるかもしれないが、よろしく頼む」
「……アリエスと申します。
レオ様に買われた以上は尽力しますので、どうぞよろしくお願いします……本当に普通に会話するだけなんですね」
挨拶を交わした後に、アリエスが何かを小声でつぶやいた。
しかし彼女はその瞬間だけ顔を斜め下に向けていて、かつレオは非戦闘時ということで聴覚に対する祝福を切っていたために、聞き取ることができなかった。
何と呟いたが、一瞬聞こうかと思ったものの、余計なお世話かと思いレオは会話を続ける。
「勇者を辞めるようになったのは、この右目の呪いが原因だ。
どうやらこれは他人が見ると強烈な恐怖や違和感、嫌悪感を抱くみたいでな……でも、君は違った」
「……なるほど」
レオの言葉にアリエスは彼を真正面から見つめる。
その目には恐れも、嫌悪もないけれど、どこか遠くを見ているようだった。
レオの表情というよりもレオの内部の何かを見ているような、そんな。
「……恥ずかしい話だが、俺は勇者として育ってきたせいで常識やここら辺の地理的な情報をあまり知らないんだ。
だから俺を怖がらない君に、助けてもらいたい。頼む」
まっすぐとアリエスを見て言葉を伝えれば、彼女はゆっくりと、しかし、しっかりと頷いた。
「……そういうことでしたら、お力になれるかと思います。
レオ様はお金の支払いにも慣れていないようでしたので」
アリエスの返事に、レオは内心で酷く驚いた。
彼女と出会ってからまだそこまで時間は経っていない。
にもかかわらず、彼女はレオが金銭に関して知識が浅いことを見抜いていた。
黙っているレオを見て気づいたのだろう。
アリエスは頭を下げてきた。
「申し訳ありません。館でわたしの代金を支払うときに金額が高くないにもかかわらず、金貨を迷いながら置いていましたので」
アリエスの観察眼は完璧だった。
それに内心で感服し、これはとても良い人と巡り会えたかもしれないと感じたレオはすぐに返事をする。
「いや、構わない。それに、頭も下げなくていい。
君とはこれからを考えると、良い関係を築きたいと思っているから」
レオの言葉にアリエスがゆっくりと顔を上げる。
黒い前髪の間から覗く金の目が、まっすぐにレオを捉えてくれる。
しかしその瞳からは感情が読み取れない。
表現が苦手なのかもしれないと、自分のことを棚に上げてレオは思った。
「それでしたら、わたしのこともアリエスと呼び捨ててください。
君というのは奴隷に対する呼び方としては相応しくないと思います」
「……分かった、アリエス」
レオとしてはアリエスのことを奴隷と認識しているが、それは戦友のような立ち位置なので相応しいとか相応しくないとかはよく分からない。
けれど名前で呼んでくれと彼女が望むなら、断る理由はない。
「サルマンからは、常識もここら辺の地理も分かると聞いている。
俺は呪いを解くためにこれから西へ向かうつもりだけど、なにか聞いておきたいことはあるか?」
「分かると言ってもここら辺の地理のみで、大陸の西側までは分かりませんが……」
「いや、構わない」
むしろレオは隣の町の名前すら分からないのだ。
ここら辺の地理が分かるだけでも、レオからすればアリエスは博識と言えた。
すでに先ほど自分が金銭の扱いに疎いことを見抜いた段階で、レオの中ではアリエスの評価は最高潮に達している。
そんな評価を得ているとは露とも思っていないであろうアリエスは、レオの言葉に考え込む。
聞いておきたいことについて、何か考えているのだろう。
やがて彼女はちらちらと遠慮がちにレオを見る。
それは考えつつも、どこか自分の言葉を、レオを見て修正しているように思えた。
しばらくそうしていたが、やがて「ふむ」と頷いた彼女は口を開く。
「聞きたいこと……というわけではないのですが、一つ。
……レオ様、今発動している祝福に関しては弱めた方がよろしいかと思われます」
「……え?」
思ってもみなかった言葉に、レオは声を上げてしまった。
サルマンに見送られる形で、レオは彼の館を後にする。
その後ろには、アリエスが付き従っていた。
長いこと館に居たため外は夕焼けになっていて、朱色の世界に館の影が落ちている。
レオはサルマンに礼を告げると、路地裏を進み、大通りを目指す。
途中で何人かの人とすれ違い、その中には呪い持ちの人物も居た。
相変わらずの視線を向けられるものの、今のレオには余裕がある。
彼らの視線など気にはならない。
「あの……ご主人様」
後ろから遠慮がちに投げかけられる言葉。
レオは立ち止まり、首だけで振り返る。
アリエスは戸惑いがちに、しかしそこに恐怖の感情はない状態で立っていた。
「良かったのですか? わたしで……」
「あぁ、構わない」
むしろ恐怖を唯一抱かなかったアリエスでなくてはダメだったのだが、その言葉は発しなかった。
体を少しだけ回転させ、少しでもアリエスと向かい合おうとする。
しかし正面を向くことはなく、体を横に向けたまま首の動きだけで彼女を見つめる形となった。
「それと、俺のことはレオでいい。その呼び方は……気に入らない」
「……かしこまりました。ではレオ様と」
ご主人様と呼ばれることはあまりにも慣れていなくて、レオはそう伝えた。
けれど口下手な彼はまるでアリエスを糾弾するような物言いになってしまう。
結果としてアリエスは申し訳なさそうに頭を下げてしまった。
(言い方が悪かったかな……)
内心では謝罪をしようと思いつつも、レオの口はなかなか動かない。
なんとか声を出そうとしたときには、姿勢を戻したアリエスがレオを見つめていた。
「この後は、どうするのでしょうか?」
「そうだな……」
意識を切り替え、レオは辺りを見回す。
時刻は夕暮れ。
そして場所は路地裏。
誰かの目があるかもしれない場所で今後の話をするのは気が引けた。
自分が勇者であることは知られているが、呪いのことなどを含めて、赤の他人に聞かれたくはない。
今日は宿を出るのが遅かったが、結果としてサルマンの館でアリエスという協力者になってくれそうな少女と知り合うことができた。
それだけで十分だろう。
これ以上街に出ている必要性は、今はない。
「一旦俺の使っている宿屋に行こう。そこで話したい」
「……かしこまりました」
不意に、アリエスの纏う雰囲気が変わった。
警戒、絶望、悲嘆、そんな感情がなんとなく読み取れる。
とはいえ彼女の瞳には何の感情もない。
あくまでも雰囲気を感じ取っただけだ。
それに読み取れたところで、アリエスの心まで読めるわけでもなかった。
そのためレオはなぜアリエスがそんな雰囲気を出したのかまでは分からず、結局言葉をかけることはせずに、再び前を向いて歩きだす。
今まで勇者としてただ敵を倒すために育てられたレオには、女性にとって宿屋に男性と二人きりで居るということが何を意味するのか分かっていなかった。
×××
宿屋は相変わらずの無人で、冷たい明りだけがレオを迎え入れてくれた。
店主からすればレオが滞在する期間は宿を完全に閉めているような認識なのだろう。
外には休業中の札が掲げられているし、誰かに会うことはなさそうだった。
階段を上り、廊下の先にあるレオの部屋も出たときのままだった。
宿屋のレオの部屋は、配置上の関係かもっとも金額の高い部屋のようだ。
もともと複数人で使うように設計されたようで、レオが使用している窓際のベッドの他に、もう二つ使われていないベッドがある。
それ以外にもテーブルや椅子なども備え付けられていて、長期間滞在することに不自由はなかった。
レオは部屋に招き入れたアリエスを椅子に座らせようとする。
最初は椅子に座ることを拒絶したが、レオが気にするなと言うと、しぶしぶといった様子でゆっくりと腰を下ろした。
その際、アリエスは椅子の足に軽く左足をぶつけていたが、そこまで大きな音は鳴っていなかったし、彼女も痛がっている様子は見せていない。
そのため、すぐにレオの記憶からそのことは消えてしまった。
「少しここで待っていてくれ」
そう言って荷物を置いたレオは部屋を後にする。
あまりにも突然なレオの行動にアリエスは目を丸くしていたが、彼は気づかなかった。
部屋を出て廊下を足早に歩き、一階へと降りていく。
なるべくアリエスを待たせたくはないが、やらなければならないことがある。
一階は相変わらずの無人だった。
しかしこの宿に店主が居るのは間違いない。
そして彼が居るとしたら、受付から繋がる扉の先の部屋だろう。
レオは無人の受付へと無遠慮に入り、扉をノックする。
コンコンと響く木材の音。
部屋の内部で誰かが動く音が聞こえる。
どうやら当ては当たったようだ。
しばらくすると扉がゆっくりと開き、昨日出会った店主が姿を現した。
「ゆ、勇者様……な、なにか問題でも?」
相変わらず彼は緊張している様子だった。
もちろん呪いに対する恐怖もあるのだが、それとは何かが違うような気がした。
もしかしたら、緊張しているのは勇者という肩書のせいかもしれない。
(そんなに大したものではない筈なんだが……)
昔からレオが会話する相手はどこか緊張していた。
それはあのエバですらそうだったし、アリエスもその緊張を感じているようだった。
そこまで考えて、レオは当初の目的を思い出した。
「いや、泊まる人数についてだが、人が一人増えた。それを伝えに来た」
「は、はぁ……さようでございますか……」
「申し訳ないが、食事を二人分もらうことはできるか?」
「お、王城から金銭は十分すぎる程頂いていますので、か、構いません。
……き、昨日のように部屋の前にお持ちします」
「助かる」
レオとの会話が終わるや否や、店主は自らの部屋に引っ込んでしまった。
結局彼は扉を開けただけで、自分の部屋から一歩も外に出ることはなかった。
レオとの会話も扉を最低限開けて会話しただけだ。
店主の対応に思うところはあるが、今のレオにとっては些細なことだ。
レオはすぐに受付から出ると、足早に階段を駆け上がる。
廊下を早足で駆け抜け、アリエスの待つ自室へと戻った。
音を立てないようにゆっくりと扉を開け、中に入ると、アリエスは一室の机の椅子に変わらず座っていた。
「待たせた。早速、俺のことと今後のことを話そう」
彼女に言葉を伝え、向かい合う位置に腰を下ろす。
椅子の位置を調整したところで、レオはじっとアリエスが自分を見ていることに気づいた。
「……どうした?」
「……いえ」
アリエスの今の様子は驚いていて、加えて戸惑っているようだった。
レオは不思議に思い眉を動かすものの、気にせずに会話を切り出す。
「まずは自己紹介から。俺はレオ、この国の元勇者だ。
色々と迷惑をかけるかもしれないが、よろしく頼む」
「……アリエスと申します。
レオ様に買われた以上は尽力しますので、どうぞよろしくお願いします……本当に普通に会話するだけなんですね」
挨拶を交わした後に、アリエスが何かを小声でつぶやいた。
しかし彼女はその瞬間だけ顔を斜め下に向けていて、かつレオは非戦闘時ということで聴覚に対する祝福を切っていたために、聞き取ることができなかった。
何と呟いたが、一瞬聞こうかと思ったものの、余計なお世話かと思いレオは会話を続ける。
「勇者を辞めるようになったのは、この右目の呪いが原因だ。
どうやらこれは他人が見ると強烈な恐怖や違和感、嫌悪感を抱くみたいでな……でも、君は違った」
「……なるほど」
レオの言葉にアリエスは彼を真正面から見つめる。
その目には恐れも、嫌悪もないけれど、どこか遠くを見ているようだった。
レオの表情というよりもレオの内部の何かを見ているような、そんな。
「……恥ずかしい話だが、俺は勇者として育ってきたせいで常識やここら辺の地理的な情報をあまり知らないんだ。
だから俺を怖がらない君に、助けてもらいたい。頼む」
まっすぐとアリエスを見て言葉を伝えれば、彼女はゆっくりと、しかし、しっかりと頷いた。
「……そういうことでしたら、お力になれるかと思います。
レオ様はお金の支払いにも慣れていないようでしたので」
アリエスの返事に、レオは内心で酷く驚いた。
彼女と出会ってからまだそこまで時間は経っていない。
にもかかわらず、彼女はレオが金銭に関して知識が浅いことを見抜いていた。
黙っているレオを見て気づいたのだろう。
アリエスは頭を下げてきた。
「申し訳ありません。館でわたしの代金を支払うときに金額が高くないにもかかわらず、金貨を迷いながら置いていましたので」
アリエスの観察眼は完璧だった。
それに内心で感服し、これはとても良い人と巡り会えたかもしれないと感じたレオはすぐに返事をする。
「いや、構わない。それに、頭も下げなくていい。
君とはこれからを考えると、良い関係を築きたいと思っているから」
レオの言葉にアリエスがゆっくりと顔を上げる。
黒い前髪の間から覗く金の目が、まっすぐにレオを捉えてくれる。
しかしその瞳からは感情が読み取れない。
表現が苦手なのかもしれないと、自分のことを棚に上げてレオは思った。
「それでしたら、わたしのこともアリエスと呼び捨ててください。
君というのは奴隷に対する呼び方としては相応しくないと思います」
「……分かった、アリエス」
レオとしてはアリエスのことを奴隷と認識しているが、それは戦友のような立ち位置なので相応しいとか相応しくないとかはよく分からない。
けれど名前で呼んでくれと彼女が望むなら、断る理由はない。
「サルマンからは、常識もここら辺の地理も分かると聞いている。
俺は呪いを解くためにこれから西へ向かうつもりだけど、なにか聞いておきたいことはあるか?」
「分かると言ってもここら辺の地理のみで、大陸の西側までは分かりませんが……」
「いや、構わない」
むしろレオは隣の町の名前すら分からないのだ。
ここら辺の地理が分かるだけでも、レオからすればアリエスは博識と言えた。
すでに先ほど自分が金銭の扱いに疎いことを見抜いた段階で、レオの中ではアリエスの評価は最高潮に達している。
そんな評価を得ているとは露とも思っていないであろうアリエスは、レオの言葉に考え込む。
聞いておきたいことについて、何か考えているのだろう。
やがて彼女はちらちらと遠慮がちにレオを見る。
それは考えつつも、どこか自分の言葉を、レオを見て修正しているように思えた。
しばらくそうしていたが、やがて「ふむ」と頷いた彼女は口を開く。
「聞きたいこと……というわけではないのですが、一つ。
……レオ様、今発動している祝福に関しては弱めた方がよろしいかと思われます」
「……え?」
思ってもみなかった言葉に、レオは声を上げてしまった。
0
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
鋼なるドラーガ・ノート ~S級パーティーから超絶無能の烙印を押されて追放される賢者、今更やめてくれと言われてももう遅い~
月江堂
ファンタジー
― 後から俺の実力に気付いたところでもう遅い。絶対に辞めないからな ―
“賢者”ドラーガ・ノート。鋼の二つ名で知られる彼がSランク冒険者パーティー、メッツァトルに加入した時、誰もが彼の活躍を期待していた。
だが蓋を開けてみれば彼は無能の極致。強い魔法は使えず、運動神経は鈍くて小動物にすら勝てない。無能なだけならばまだしも味方の足を引っ張って仲間を危機に陥れる始末。
当然パーティーのリーダー“勇者”アルグスは彼に「無能」の烙印を押し、パーティーから追放する非情な決断をするのだが、しかしそこには彼を追い出すことのできない如何ともしがたい事情が存在するのだった。
ドラーガを追放できない理由とは一体何なのか!?
そしてこの賢者はなぜこんなにも無能なのに常に偉そうなのか!?
彼の秘められた実力とは一体何なのか? そもそもそんなもの実在するのか!?
力こそが全てであり、鋼の教えと闇を司る魔が支配する世界。ムカフ島と呼ばれる火山のダンジョンの攻略を通して彼らはやがて大きな陰謀に巻き込まれてゆく。

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います
しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが……
アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編

スキル喰らい(スキルイーター)がヤバすぎた 他人のスキルを食らって底辺から最強に駆け上がる
けんたん
ファンタジー
レイ・ユーグナイト 貴族の三男で産まれたおれは、12の成人の儀を受けたら家を出ないと行けなかった だが俺には誰にも言ってない秘密があった 前世の記憶があることだ
俺は10才になったら現代知識と貴族の子供が受ける継承の義で受け継ぐであろうスキルでスローライフの夢をみる
だが本来受け継ぐであろう親のスキルを何一つ受け継ぐことなく能無しとされひどい扱いを受けることになる だが実はスキルは受け継がなかったが俺にだけ見えるユニークスキル スキル喰らいで俺は密かに強くなり 俺に対してひどい扱いをしたやつを見返すことを心に誓った
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。

チートな嫁たちに囲まれて異世界で暮らしています
もぶぞう
ファンタジー
森でナギサを拾ってくれたのはダークエルフの女性だった。
使命が有る訳でも無い男が強い嫁を増やしながら異世界で暮らす話です(予定)。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる