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第1章 呪いを恐れない奴隷少女
第2話 勇者を蝕む呪い
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ゆっくりと、目を覚ます。
白くぼやけた視界に靄のかかったような思考がゆっくりと晴れていく。
視界に広がるボロボロの天井を認めたとき、レオは自分が仰向けで倒れていることを認識した。
(俺は……たしか魔王と戦って……そして……)
間違いなく勝ったはずだ。
けれど、その詳細が思い出せない。
彼女と剣を交えたのはよく覚えているが、具体的にどう勝利したのかが思い出せない。
ただ勝ったという事実だけが残っている、そんな感覚。
ゆっくりと上体を起こし、両手を持ち上げて確認をする。
体には痛みが走る部分も、調子が悪い部分もない。気だるさだとか、熱っぽさもない。
いつもの万全の状態だ。
脚の方に目線を向けてみても、土ぼこりで汚れてはいるものの、怪我はしていなかった。
「…………」
なぜ気を失っていたのか、そのことを不思議に思いながらもレオはゆっくりと立ち上がる。
手も、足も問題なく動く。愛用している剣も、近くに落ちていた。
今この状態で敵と戦っても、問題なく壊せるだろう。
自分の右手を閉じたり、開いたりしながら感覚を再確認し、落ちていた剣を拾う。
一振りし、風を切って感触を確かめた後に、レオは広間に目を向けた。
入ってきた時よりも損壊がひどくなった広間。
玉座は倒壊し、原形をとどめていない。
壁もいたる所が斬撃や魔法の影響で傷つき、崩れていた。
そして部屋の中央。
レオから見て数歩、歩いた先に仰向けに倒れる一人の女性。
「……最後に、なにかしたのか」
その女性を見て、記憶が蘇ってきたレオは無感情に呟く。
最後のあの瞬間、おそらくだが魔王ミリアはレオを呪おうとした。
けれど今のレオの様子を見るに、それは失敗したのだろう。
(当然か。俺に呪いが効くわけがない)
呪い。
それは一度かかれば二度と治らない病。
レオ達はそれを異常と呼んでいる。
一度異常にかかった者は、それと一生付き合っていかねばならない。
けれど一方で、呪いはそもそもかからないことがある。
そしてレオは、この世界で最も呪いにかかりにくい、いやかからない存在だ。
魔王ミリアが最後の最後に何をしたのかは分からないけれど、それは不発に終わった。
今の自分の様子を見る限り、それは間違いないと彼は結論付けた。
「……敵として、まあまあな強さだった」
まあまあな強さ。
レオの言葉は当事者であるミリアにとっては不服かもしれない。
けれど彼をよく知る人からすれば、「まあまあ」という評価は世間一般的に最強の一角という最高のものである。
武人らしく、レオはミリアの遺体に一礼する。
確かめるようなことはしない。
そんなことをしなくても、彼女が壊れきっていることは明白だからだ。
けれど、踵を返してその場を去ろうとしたとき。
「…………」
レオは足を止めた。
なぜかは分からない。
けれどこのまま帰りたくない、そんな気持ちが心に満ちた。
無視しようとしても、足は動かない。
言いようもない不思議な感覚を覚えながらも、レオは火の魔法を用いてミリアの遺体に火をつける。
それは今まで彼が行ってこなかったこと。
誰にも教わらなかった、けれどどこかで見た光景の再現だった。
確かあのとき、王国の兵士は敵の兵士の魂が天に上るように、みたいなことを言っていた気がする。
レオは天も魂も信じてはいないけれど、それ以外に遺体を処分する方法を知らない。
塵も残らず消滅させても良かったが、それでは以前兵士から聞いた「弔う」という行為にはならないのだろう。
なので、仕方なくそうした。
燃えて、灰になっていく魔王ミリアの遺体。その灰も、風に運ばれて消えていく。世界へと還っていく。
完全に壊れてしまった彼女を見ながら、今度こそレオは足を進める。
もうこの場には用が無くなった。
入ってきた時と同じ動作で扉を開き、レオは広間を後にする。
部屋を出る彼の表情には、勝利の喜びもなにもなかった。
×××
長年大陸を恐怖で支配していた魔王ミリアは滅んだ。
彼女の居城であるアルゴルの城は、そこに住んでいた全ての悪が死に絶え、完全にその機能を失った。
それをたった一人で行ったレオは、ミリアの城を出て荒野を駆ける。
彼女の城には生きているものはもう居なかった。
全員、レオにより壊されたからだ。
これでレオの任務は完了した。
アルゴルは砂塵の吹き荒れる劣悪な環境だ。
それゆえに強靭な肉体を持つレオしかここには入れなかった。
ここから王国の兵士の師団が待つ場所までは距離があり、本来ならばかなり時間がかかる。
しかしその長い距離を、勇者であるレオは走ることで一気に踏破する。
足場の悪い砂場も、視界を遮る砂嵐もレオの妨げにはならない。
本来なら数日かかる道のりをたった一日で走破したレオはアルゴルの砂嵐を抜け出す。
そうすれば、目の前には見知った緑が現れてくれる。
レオの出身国でもあるデネブラ王国領。
緑の豊かな領土に向かう途中には、遮るかのように恐ろしく深い谷が左右に割れていた。
領土と魔王の領域の境界線ともいえる谷。
かつては橋をかけようとした試みもあったようだが、いつの間にか壊されていたという。
アルゴルの砂嵐に、魔王領への侵入を妨げる深く広い谷。
それがデネブラ王国の兵士が待つことになった理由である。
普通の人である彼らでは、この谷を越えることすらできない。
「……あっけなかったな」
谷のさらに先に王国のテントを見つけ、レオは呟く。
自分が魔王討伐に向かってから、まださほど時間が経っていない。
あまりにもあっけない任務の完了に、拍子抜けだった。
はるか昔から悪として知られている魔王の討伐なのだから、壊すのに時間がかかるかと思ったのに蓋を開けてみれば、要した時間は移動した時間の方が長いという結果だ。
いまいち終わったという達成感がないまま、レオは谷へ近づいていく。
普通の人では越えることができないほど深く距離のある谷。
それをどうするか。
答えは、単純である。
「ふっ」
一息。
それだけでレオは谷を跳ぶ。
必要な祝福を開放し、彼は神から得た力をもって谷を跳び越える。
人間には到底不可能な跳躍。それはもはや、飛行の領域だった。
斜め上に飛び出したレオは失速することなく谷を跳び越える。
魔王の居たアルゴルの領域から母国である王国領へと、あっさりと着地した。
しっかりと地面の感覚を確かめ、数歩前に進み、レオはアルゴルを振り返る。
戦いを行った城は、砂嵐で頂上部分しか見えないが、向かったときと同じようにそびえている。
魔王ミリアが居なくなっても城は、そして世界は変わらない。
相変わらずアルゴルには砂嵐が吹き荒れているし、谷の裂け目は深いし、王国領は緑が溢れている。
きっとこれからも、何も変わることなく日常は続いていくだろう。
レオも、国から依頼を受けて敵を壊すだけの日々を送るだけだ。
だからこの光景も、もう二度と見ることはない。
そう思い、レオはアルゴルから視線を外した。
目の前に見えているテントの一団に近づく。
遠くから歩いてくる自分に気づいたのだろう、奥から一人の女性が慌てて出てきた。
その後ろには、兵士の姿もある。
彼らは喜びを分かち合っているようだ。
今この場にレオが居ることが、魔王が討伐された証だからだろう。
そしてそれは近づいてくる女性も同じだった。
レオとはある程度長い付き合いのある王国の衛生兵エバ。
ピンクの髪を風になびかせ、白い衛生兵の制服を着こなした彼女は、笑顔でレオに近づいてくる。
「レオさん! お疲れ様です!」
いつも元気いっぱいな彼女は、見ていて好ましい。
レオは王国で関係のある兵士は多いものの、エバとの付き合いはその中でも長い。
同じ勇者の仲間を除けば一番かもしれない。
いや、勇者の仲間は仲が良いかと言われると微妙なので、一番親しい相手ということになるか。
そんなことを思いながら、レオは右手を上げる。
なんてことはない、軽い挨拶。
しかし、普段は感情を表に出さないレオがそれをしたことが嬉しかったのだろう。
エバはさらに笑顔を深めて、足早になる。
「……え?」
けれど、その足が不意に止まった。
距離にしては数歩で届くほどの距離。
魔王ミリアと対峙したときと同じ距離で、エバは足を止め、信じられないものを見た顔をしていた。
「レオさん……それ……その目……」
「目?」
急な言葉に、レオは思わず聞き返す。
エバは歩き出すものの、その足取りはとても重い。
「右目……どうしたんですか……いや……呪われ……たんですか?」
「右……目?」
右手を動かし、エバに言われた箇所を手のひらで覆う。
自分の手のひらで、右目の視界が塞がれる。
しかし、感触に違和感はない。
手のひらにも、右目にもだ。
痛みが走るわけでもなく、いたって正常だ。
視力だって、先ほどは正常だった。
「……ぐっ!」
しかし次の瞬間、不意に刺さるような激痛が走った。
眼球から脳まで貫かれたかのような痛みに、思わずレオが声を上げる。
今まで様々な痛みを受けてきたレオ。
そんな彼でも声を上げてしまうほど、慣れていない痛みだった。
内側から刺されるような痛みなど感じたことはなかったのだから、当然だろう。
思わず右手を離す。
すると不思議なことに、刺すような痛みはまるで嘘のように消え去った。
訳が分からない。
指で瞼を押してみても、痛みも何もない。
けれど、確実に自分の右目は異常をきたしている。
ぞわぞわと、言い知れない恐怖がレオの背筋を上る。
「お、桶をくれ!」
思わず近くの兵士に声をかければ、兵士は慌ててテントに戻っていく。
その兵士がテントから桶を持ってくるだけのわずかな時間。
それがあまりにも長く感じられた。
レオとエバ、そして残った兵士達の間に沈黙が流れる。
誰も、何も言わなかった。
いや、何も言えなかった。
「れ、レオ様、こ、こちらを!」
やがて、桶を手にした兵士が戻ってくる。
しかし、彼はどこかレオから距離を置いて桶を差し出した。
エバも、兵士達もレオに意図的に視線を向けないようにして、さらには距離を取っている。
しかしレオはそんなことにも気づかず、兵士から桶を受け取るとそれを地面に叩きつけるように置いた。
無詠唱で水の魔法を発動し、桶にいっぱいになるまで水を満たす。
勢いよく溜まっていく水。
日光に反射して、それが鏡のような役割を果たす。
波打つ水面が、やがて静まっていく。
そしてそこに、レオは自分の顔を見た。
「な、なんだ……これ……」
信じられないものを見るレオ。
自分の顔はそのままだ。
けれど右目が、そしてその周りだけが自分の知っている顔と異なっている。
白目は真っ黒に染まり、瞳の部分は赤く染まっている。
赤い瞳の中に描かれた金のひし形。
それは、まるで物語に登場する魔王の目のように禍々しかった。
異常があるのは目だけではない。
右目を覆うように黒い紋様がそこから溢れ、右の頬まで伸びている。
左から顔を見ればこれまでのレオだ。
けれど右側はもはやこれまでのレオとはまるで別人になっていた。
この時、レオは自分が異常になったのだと知った。
白くぼやけた視界に靄のかかったような思考がゆっくりと晴れていく。
視界に広がるボロボロの天井を認めたとき、レオは自分が仰向けで倒れていることを認識した。
(俺は……たしか魔王と戦って……そして……)
間違いなく勝ったはずだ。
けれど、その詳細が思い出せない。
彼女と剣を交えたのはよく覚えているが、具体的にどう勝利したのかが思い出せない。
ただ勝ったという事実だけが残っている、そんな感覚。
ゆっくりと上体を起こし、両手を持ち上げて確認をする。
体には痛みが走る部分も、調子が悪い部分もない。気だるさだとか、熱っぽさもない。
いつもの万全の状態だ。
脚の方に目線を向けてみても、土ぼこりで汚れてはいるものの、怪我はしていなかった。
「…………」
なぜ気を失っていたのか、そのことを不思議に思いながらもレオはゆっくりと立ち上がる。
手も、足も問題なく動く。愛用している剣も、近くに落ちていた。
今この状態で敵と戦っても、問題なく壊せるだろう。
自分の右手を閉じたり、開いたりしながら感覚を再確認し、落ちていた剣を拾う。
一振りし、風を切って感触を確かめた後に、レオは広間に目を向けた。
入ってきた時よりも損壊がひどくなった広間。
玉座は倒壊し、原形をとどめていない。
壁もいたる所が斬撃や魔法の影響で傷つき、崩れていた。
そして部屋の中央。
レオから見て数歩、歩いた先に仰向けに倒れる一人の女性。
「……最後に、なにかしたのか」
その女性を見て、記憶が蘇ってきたレオは無感情に呟く。
最後のあの瞬間、おそらくだが魔王ミリアはレオを呪おうとした。
けれど今のレオの様子を見るに、それは失敗したのだろう。
(当然か。俺に呪いが効くわけがない)
呪い。
それは一度かかれば二度と治らない病。
レオ達はそれを異常と呼んでいる。
一度異常にかかった者は、それと一生付き合っていかねばならない。
けれど一方で、呪いはそもそもかからないことがある。
そしてレオは、この世界で最も呪いにかかりにくい、いやかからない存在だ。
魔王ミリアが最後の最後に何をしたのかは分からないけれど、それは不発に終わった。
今の自分の様子を見る限り、それは間違いないと彼は結論付けた。
「……敵として、まあまあな強さだった」
まあまあな強さ。
レオの言葉は当事者であるミリアにとっては不服かもしれない。
けれど彼をよく知る人からすれば、「まあまあ」という評価は世間一般的に最強の一角という最高のものである。
武人らしく、レオはミリアの遺体に一礼する。
確かめるようなことはしない。
そんなことをしなくても、彼女が壊れきっていることは明白だからだ。
けれど、踵を返してその場を去ろうとしたとき。
「…………」
レオは足を止めた。
なぜかは分からない。
けれどこのまま帰りたくない、そんな気持ちが心に満ちた。
無視しようとしても、足は動かない。
言いようもない不思議な感覚を覚えながらも、レオは火の魔法を用いてミリアの遺体に火をつける。
それは今まで彼が行ってこなかったこと。
誰にも教わらなかった、けれどどこかで見た光景の再現だった。
確かあのとき、王国の兵士は敵の兵士の魂が天に上るように、みたいなことを言っていた気がする。
レオは天も魂も信じてはいないけれど、それ以外に遺体を処分する方法を知らない。
塵も残らず消滅させても良かったが、それでは以前兵士から聞いた「弔う」という行為にはならないのだろう。
なので、仕方なくそうした。
燃えて、灰になっていく魔王ミリアの遺体。その灰も、風に運ばれて消えていく。世界へと還っていく。
完全に壊れてしまった彼女を見ながら、今度こそレオは足を進める。
もうこの場には用が無くなった。
入ってきた時と同じ動作で扉を開き、レオは広間を後にする。
部屋を出る彼の表情には、勝利の喜びもなにもなかった。
×××
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彼女の居城であるアルゴルの城は、そこに住んでいた全ての悪が死に絶え、完全にその機能を失った。
それをたった一人で行ったレオは、ミリアの城を出て荒野を駆ける。
彼女の城には生きているものはもう居なかった。
全員、レオにより壊されたからだ。
これでレオの任務は完了した。
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それゆえに強靭な肉体を持つレオしかここには入れなかった。
ここから王国の兵士の師団が待つ場所までは距離があり、本来ならばかなり時間がかかる。
しかしその長い距離を、勇者であるレオは走ることで一気に踏破する。
足場の悪い砂場も、視界を遮る砂嵐もレオの妨げにはならない。
本来なら数日かかる道のりをたった一日で走破したレオはアルゴルの砂嵐を抜け出す。
そうすれば、目の前には見知った緑が現れてくれる。
レオの出身国でもあるデネブラ王国領。
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領土と魔王の領域の境界線ともいえる谷。
かつては橋をかけようとした試みもあったようだが、いつの間にか壊されていたという。
アルゴルの砂嵐に、魔王領への侵入を妨げる深く広い谷。
それがデネブラ王国の兵士が待つことになった理由である。
普通の人である彼らでは、この谷を越えることすらできない。
「……あっけなかったな」
谷のさらに先に王国のテントを見つけ、レオは呟く。
自分が魔王討伐に向かってから、まださほど時間が経っていない。
あまりにもあっけない任務の完了に、拍子抜けだった。
はるか昔から悪として知られている魔王の討伐なのだから、壊すのに時間がかかるかと思ったのに蓋を開けてみれば、要した時間は移動した時間の方が長いという結果だ。
いまいち終わったという達成感がないまま、レオは谷へ近づいていく。
普通の人では越えることができないほど深く距離のある谷。
それをどうするか。
答えは、単純である。
「ふっ」
一息。
それだけでレオは谷を跳ぶ。
必要な祝福を開放し、彼は神から得た力をもって谷を跳び越える。
人間には到底不可能な跳躍。それはもはや、飛行の領域だった。
斜め上に飛び出したレオは失速することなく谷を跳び越える。
魔王の居たアルゴルの領域から母国である王国領へと、あっさりと着地した。
しっかりと地面の感覚を確かめ、数歩前に進み、レオはアルゴルを振り返る。
戦いを行った城は、砂嵐で頂上部分しか見えないが、向かったときと同じようにそびえている。
魔王ミリアが居なくなっても城は、そして世界は変わらない。
相変わらずアルゴルには砂嵐が吹き荒れているし、谷の裂け目は深いし、王国領は緑が溢れている。
きっとこれからも、何も変わることなく日常は続いていくだろう。
レオも、国から依頼を受けて敵を壊すだけの日々を送るだけだ。
だからこの光景も、もう二度と見ることはない。
そう思い、レオはアルゴルから視線を外した。
目の前に見えているテントの一団に近づく。
遠くから歩いてくる自分に気づいたのだろう、奥から一人の女性が慌てて出てきた。
その後ろには、兵士の姿もある。
彼らは喜びを分かち合っているようだ。
今この場にレオが居ることが、魔王が討伐された証だからだろう。
そしてそれは近づいてくる女性も同じだった。
レオとはある程度長い付き合いのある王国の衛生兵エバ。
ピンクの髪を風になびかせ、白い衛生兵の制服を着こなした彼女は、笑顔でレオに近づいてくる。
「レオさん! お疲れ様です!」
いつも元気いっぱいな彼女は、見ていて好ましい。
レオは王国で関係のある兵士は多いものの、エバとの付き合いはその中でも長い。
同じ勇者の仲間を除けば一番かもしれない。
いや、勇者の仲間は仲が良いかと言われると微妙なので、一番親しい相手ということになるか。
そんなことを思いながら、レオは右手を上げる。
なんてことはない、軽い挨拶。
しかし、普段は感情を表に出さないレオがそれをしたことが嬉しかったのだろう。
エバはさらに笑顔を深めて、足早になる。
「……え?」
けれど、その足が不意に止まった。
距離にしては数歩で届くほどの距離。
魔王ミリアと対峙したときと同じ距離で、エバは足を止め、信じられないものを見た顔をしていた。
「レオさん……それ……その目……」
「目?」
急な言葉に、レオは思わず聞き返す。
エバは歩き出すものの、その足取りはとても重い。
「右目……どうしたんですか……いや……呪われ……たんですか?」
「右……目?」
右手を動かし、エバに言われた箇所を手のひらで覆う。
自分の手のひらで、右目の視界が塞がれる。
しかし、感触に違和感はない。
手のひらにも、右目にもだ。
痛みが走るわけでもなく、いたって正常だ。
視力だって、先ほどは正常だった。
「……ぐっ!」
しかし次の瞬間、不意に刺さるような激痛が走った。
眼球から脳まで貫かれたかのような痛みに、思わずレオが声を上げる。
今まで様々な痛みを受けてきたレオ。
そんな彼でも声を上げてしまうほど、慣れていない痛みだった。
内側から刺されるような痛みなど感じたことはなかったのだから、当然だろう。
思わず右手を離す。
すると不思議なことに、刺すような痛みはまるで嘘のように消え去った。
訳が分からない。
指で瞼を押してみても、痛みも何もない。
けれど、確実に自分の右目は異常をきたしている。
ぞわぞわと、言い知れない恐怖がレオの背筋を上る。
「お、桶をくれ!」
思わず近くの兵士に声をかければ、兵士は慌ててテントに戻っていく。
その兵士がテントから桶を持ってくるだけのわずかな時間。
それがあまりにも長く感じられた。
レオとエバ、そして残った兵士達の間に沈黙が流れる。
誰も、何も言わなかった。
いや、何も言えなかった。
「れ、レオ様、こ、こちらを!」
やがて、桶を手にした兵士が戻ってくる。
しかし、彼はどこかレオから距離を置いて桶を差し出した。
エバも、兵士達もレオに意図的に視線を向けないようにして、さらには距離を取っている。
しかしレオはそんなことにも気づかず、兵士から桶を受け取るとそれを地面に叩きつけるように置いた。
無詠唱で水の魔法を発動し、桶にいっぱいになるまで水を満たす。
勢いよく溜まっていく水。
日光に反射して、それが鏡のような役割を果たす。
波打つ水面が、やがて静まっていく。
そしてそこに、レオは自分の顔を見た。
「な、なんだ……これ……」
信じられないものを見るレオ。
自分の顔はそのままだ。
けれど右目が、そしてその周りだけが自分の知っている顔と異なっている。
白目は真っ黒に染まり、瞳の部分は赤く染まっている。
赤い瞳の中に描かれた金のひし形。
それは、まるで物語に登場する魔王の目のように禍々しかった。
異常があるのは目だけではない。
右目を覆うように黒い紋様がそこから溢れ、右の頬まで伸びている。
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