ダンジョンのモンスターになってしまいましたが、テイマーの少女が救ってくれたので恩返しします。

紗沙

文字の大きさ
上 下
208 / 214

第208話 怒りを抑えて、穏やかな未来のために

しおりを挟む
 手足が、ようやく動き始める。
 態勢を整えて立ち上がろうと力を入れれば、それだけで呻くような痛みが体中に走った。

 それを堪えながらなんとか立ち上がり、一歩、また一歩と歩き始める。
 痛みと疲労で朦朧とする視界で、唯一鮮明に映る望月ちゃんの元へと歩く。

 ようやくたどり着いたとき、望月ちゃんは気絶していたが、生きてはいた。
 上下に動く胸を見てまだ息があることを確認し、頭で彼女の頭を擦りつけるように押す。

 起きてくれ、目を覚ましてくれという念が通じたのか、彼女はゆっくりと目を開いた。

「ん……んん? 虎太郎……くん? ――痛っ!」

 体を動かそうとして激痛が走ったのか、辛そうに顔を顰める望月ちゃん。
 そんな彼女を見て、俺は咄嗟に右の前脚で彼女の肩に触れ、動きを制していた。

 回復魔法が使えるのは彼女だけなので、先に彼女自身を回復してもらおうと思ったのだが。

「たいっ……へんっ……」

 痛みに細まった瞼の間からボロボロの俺の姿を見たのか、痛みを気合でねじ伏せて手を伸ばす望月ちゃん。
 彼女の手が触れた場所から、温かいものが流れ込んできて体を楽にしてくれる。

 さっきあのTier0から受けた傷が治り始めるだけでなく、同時に支援魔法もかけてくれているのか、体が軽くなっていく。
 望月ちゃんのシークレットスキルのくれる恩恵がここまで大きいことを、俺は改めて思い知らされた。

『望月ちゃん……望月ちゃんも回復しないと……』

「そう……だね……」

 ある程度回復し終えたところで声をかければ、意図をくみ取ってくれたのか、望月ちゃんは自分にも回復魔法をかけ始めた。
 次第に傷が治っていくものの、その表情は晴れない。

 ふと治療の途中で、彼女は辺りを見渡した。
 望月ちゃんが誰を探しているのか気づいたものの、俺は何も言えなかった。

「竜乃……ちゃんは?……」

 縋るような目で俺を見る望月ちゃん。
 俺が出来たのは首を横に振って、地面を首で指し示すだけだった。

「……嘘」

 俺の伝え方が悪かったのか、そう力なく呟いた望月ちゃん。
 彼女が勘違いしたと思い、俺は首を横に振る。竜乃はまだ、死んでいない。

 するとハッとした様子で望月ちゃんは自分の胸に手を当てて、目を瞑る。

「……そっか、竜乃ちゃんは連れて行かれちゃったんだ。
 下の方から竜乃ちゃんとの繋がりを感じる……大丈夫、竜乃ちゃんは、まだ生きてる。
 まだ、まだ間に合うんだね」

 ブンブンっと首が取れそうなほど頷けば、望月ちゃんは微笑んだ。
 しかしすぐに彼女は奥歯を噛みしめ、悔しそうな表情をした。

 ある程度自分の傷を治したからなのか、治療の途中なのにもかかわらず、彼女は俺に再び回復魔法をかける。

「……ねえ虎太郎君、さっきの地獄からの呼び声だけど……あいつ、パパの黒雷を使ったんだ。
 何度も何度も見たから、間違いないよ。でも、それって……パパはもうこの世には居なくて、あいつに……殺されたってことなんだよね?」

『…………』

 言葉は発せられなかったけれど、それが答えだった。
 あいつは俺の本能が最後のTier0、地獄からの呼び声だと訴えていて、これまでに殺した探索者のシークレットスキルが使える。

 そんな奴が望月ちゃんのお父さんの黒雷を使ったということは、彼女のお父さんは、もう。
 黙るしかない俺に対して、望月ちゃんは静かに首を横に振った。

「いいんだ。分かってたことだから。
 でも、さっき私は冷静でいられなかった。パパの仇であるあいつを見て、許せなかった。
 自分がおかしくなるくらいに心が変になって……私が私じゃないみたいで……そんな私のせいで、虎太郎君も多分、そうなったんじゃないかなって……」

 俺の手を取って、望月ちゃんは両手で強く握る。
 痛いほど強く握るその様子は、まるで彼女が縋っているかのようだった。

「竜乃ちゃんは絶対に取り返す……絶対に……でも、でもまたあいつと出会ったときに、私は私でいられる自信がない……きっとまた、怒りに任せて戦っちゃうかもしれない。
 私……分かんないよ……助けに行かないと竜乃ちゃんは死んじゃう……でも助けに行っても、私がさっきみたいな感じだと、勝てるかも分からない……でも助けに行かない選択肢なんてなくて、でも自分の怒りを抑えられる自信もなくて……どうすれば……いいの?」

 真正面から望月ちゃんと向き合う。
 彼女の表情は困惑の色に染まっていて、瞳は迷いに揺れていた。

 助けてと、彼女の全てが叫んでいた。

(望月ちゃん……)

 今この場に、頼れる相棒はいない。
 だから彼女は俺に助けを求めるしかない。

 そして虎太郎として、俺として、答えられるのは一つしかない。
 この姿になってからずっと、いつだって俺は彼女のために生きてきたのだから。

『望月ちゃん……君の気持ちが分かるとは言わない。あいつを恨む気持ちがそう簡単に消えないのも分かる。でも望月ちゃん、望月ちゃんが欲しいのは復讐なのか?
 それよりも大事な、竜乃との……テイムモンスターとの幸せな日々こそが、君が欲しいものじゃないのか?』

 きっと彼女はもう答えを持っている。
 後はそれに気づかせてあげるだけでいいから。だから、ほら。

 俺の言葉が理解できない筈の望月ちゃんの瞳が、光を発した。
 彼女に、俺の言いたいことが、100%伝わったじゃないか。

『行こう……あいつの待つ場所に。そこであいつを倒して、竜乃を取り返す。
 大丈夫、俺が絶対……絶対に勝つから。君の大切なものを、取り返すから』

「でも……でもそれじゃあ虎太郎君がっ……」

 彼女の頭の中にはリースの言葉が巡っているだろう。
 今度俺とのテイムの絆が切れれば、俺はどこかのダンジョンのモンスターになってしまう、ということが。

 それが分かっていたから俺の中にも、もう用意していた言葉はある。

『大丈夫だ。そんなことにはならない。俺があいつを倒して、竜乃を取り返して、それで終わりだよ。また穏やかな日々に戻るだけさ』

「こ……たろうくん……」

 まっすぐに望月ちゃんを見つめ、有無を言わさぬように言い聞かせる。

 起こるかもしれない俺の危機と、今まさに危機に陥っている竜乃。
 そのどちらを取るかなど、考えるまでもない。

 だから俺の可能性の危機は極力無視をして、そう全力で伝えた。

『竜乃を助けに行こう。俺と望月ちゃんの二人で、今度は絶対にあいつを倒すんだ』

 自身の体の傷が完全に癒えたことを確認し、俺は強く吠える。

「……うん」

 望月ちゃんは小さく頷き、自身にも回復魔法をかけ始める。
 しばらく待てば、彼女の傷も完全に癒え、俺達は再び万全の状態になった。

 お互いに同じタイミングで立ち上がり、互いに顔を見合わせる。

『行こう、時間がない。早くあいつの元に行かないと、竜乃が危ない』

「うん、虎太郎君、私全力でサポートするから……だから、竜乃ちゃんを助けて!」

『あぁ、もちろんだ! 行くぞ!』

 目指す先は下層。暗闇に包まれた世界の、さらにその奥。
 竜乃とあいつが待つ場所に向けて、俺達は駆けだした。

 先ほどの激闘があった場所には壊れた配信ドローンと、同じく衝撃で破損して使い物にならなくなった端末が投げ捨てられていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

削除予定です

伊藤ほほほ
ファンタジー
削除します

家の猫がポーションとってきた。

熊ごろう
ファンタジー
テーブルに置かれた小さな瓶、それにソファーでくつろぐ飼い猫のクロ。それらを前にして俺は頭を抱えていた。 ある日どこからかクロが咥えて持ってきた瓶……その正体がポーションだったのだ。 瓶の処理はさておいて、俺は瓶の出所を探るため出掛けたクロの跡を追うが……ついた先は自宅の庭にある納屋だった。 やったね、自宅のお庭にダンジョン出来たよ!? どういうことなの。 始めはクロと一緒にダラダラとダンジョンに潜っていた俺だが、ある事を切っ掛けに本気でダンジョンの攻略を決意することに……。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

処理中です...