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第196話 東京Tier1ダンジョン攻略完了
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何も、出来なかった。
それが今、望月が感じていた事だった。
東京のTier1ダンジョン。その深層ボス。
自分達を苦しめたボス、クイーンやもっとも恐怖したスールズの群れすら越えてたどり着いた第三戦目。
立ちはだかったのは、虎太郎だった。
いや正確には、今の虎太郎よりも二回りほど成長したような見た目だった。
けれどその姿は望月の愛した虎太郎と姿が同じだけの全くの別物だ。
なぜならばそれは牙を剥き、理性のない瞳を向ける獣だったから。
あんなものは虎太郎ではない、そう感じた。
だがその獣は、あまりにも強かった。
虎太郎の紫電の爪での一撃も、大したダメージは与えられていないようだった。
虎太郎の黒雷と竜乃の紫のブレスを融合させた一撃は、あまり効果がなかった。
それだけではない。獣が攻撃をすれば、虎太郎は吹き飛ばされた。
これまでどんな敵に対しても一歩も引くこともなく、勇猛果敢に戦ってくれた虎太郎を、あの獣はまるでボロ雑巾か何かのように扱っていた。
『虎太郎君!』
『頑張って、虎太郎君!』
『ダメ! 虎太郎君!』
望月だって、何度も何度も声をかけた。
持ちうるすべての力を使って支援魔法を、回復魔法をかけた。
けれど自分達がどれだけ死力を尽くしても獣には届かなかった。
だから、虎太郎は死にかけた。
自分に向かってきた獣に背後から襲い掛かろうとして、尻尾で弾かれた。
獣は虎太郎の体を足蹴にして、爪を食い込ませていた。
苦しく呻く虎太郎の体から鮮血が流れ、望月は気が気ではなかった。
『やめて! 虎太郎君が……虎太郎君が死んじゃう!』
だが当然ではあるが、獣に言葉など通じる筈がない。
それなら行動で示すしかないと望月は駆けだした。
黒い電流の流れる獣の体に触れて無事で済むとは思えないが、体当たりしてでも虎太郎を助けるつもりだった。
けれど虎太郎にたどり着く前に、彼の体は光り輝いた。
獣もその様子を見て、虎太郎から距離を取っていた。
「こた……ろう……くん?」
これまで竜乃や虎太郎が見せてきた進化の光に、望月は喜びを感じた。
これで強くなる。ひょっとしたら虎太郎は勝てるかもしれないと、希望をもって。
けれどその喜びは一瞬で消えた。
さらに体が大きくなった虎太郎は、獣とほぼ同じ大きさになった。
一回り小さいくらいだが、サイズ的にはほぼ同じ。
そして彼が立ち上がるまでの間に、望月は立ち位置の関係上、彼の顔を見れなかった。
不安が望月の胸に渦巻いた。
そしてそれは、的中した。
進化した虎太郎は強かった。
獣と正面から力比べが出来る程の膂力。黒雷を受けてもモノともしない耐久力。
そして獣と全く同じ、戦い方。
「こたろう……くん……」
獣だった。
これまでの虎太郎のような、策も戦術も、魔法すらない。
紫電と黒雷は使ってはいるが、あれはただ垂れ流しているだけだ。
蛇口が壊れた水道のようなものだ。
戦いを仕掛けるのも真正面からで、戦い方も取っ組み合いと噛みつきのみ。
どこかでみたライオン同士の戦いのようだった。
これまでの虎太郎ではない虎太郎が、そこにはいた。
体が震えた。背筋が凍った。恐ろしかった。
獣を押し倒し、腹に、胸に噛みついて、噛み千切って肉を食らうその姿が。
その姿を見て、望月は自分でも気づかぬうちにこう思ってしまったのだ。
あんなものは虎太郎ではない、と。
そして、そんな事を思ったとは覚えてもいない望月の目の前で、消えた。
ぷっつりと切れるように、自分と虎太郎の繋がりが消えた。
自分の中から虎太郎という大切な存在が、消えた。
その瞬間だった。
虎太郎は意識を取り戻したかのように様子が変わり、食らっていたものを吐き出した。
それだけでは収まらず、何度も何度も吐こうとしていた。
まるで自分の中にある異物を何とかしたくてもがき苦しんでいるようで。
リースに言われた言葉が現実になるのを、虎太郎自身が恐れているように感じて。
「虎太郎君!」
そんな虎太郎を、望月は黙って見ていることなど出来なかった。
彼に近づいて、その背中を力の限りに抱きしめる。
取り乱す彼に対して、望月は必至に繋がろうと意識を集中させる。
体全体で虎太郎を抱えるようにして、何度も何度も繋がれと叫ぶ。
心の中でも言葉でも、繋がれ、繋がれと。
虎太郎が虎太郎であるために、繋がれと。繋がってくれと。
そして、望月の願いは聞き届けられる。
再び望月と虎太郎は、テイムの絆で繋がった。非常に細く弱々しいけれど、確かにまた繋がれたのだ。
「虎太郎君……もう大丈夫……大丈夫だからね……」
必死に彼を宥めながら、手にしたハンカチで虎太郎の顔を拭う。
すぐに血で染まり切ってしまったので、袖でも拭うことにした。
その間、虎太郎は、されるがままだった。
けれど目は見開かれていて、まるで迷子になった子犬のようだった。
初めて出会ったときの、今とは違いまだ白い子犬のような大きさだった虎太郎を思い出しつつ、望月は虎太郎の血を全てふき取った。
一段落着いて、辺りを見渡す。
真っ白だった世界は小さな部屋へと変わり、奥には台座とゲートが出現している。
あの獣が深層ボスの最後であり、自分達はついにTier1ダンジョンの攻略を終えたということだろう。
とてもじゃないが、喜べるような状態ではないが。
「……?」
ポケットから振動が伝わり、望月は腕を動かして端末を取り出す。
画面に表示されているのは「心愛さん」の文字だ。
きっとさっきの獣との戦いで配信が切れてしまったので、心配してかけてくれたのだろう。
誰かと電話をするような気分ではとてもなかったが、氷堂が心配してくれている以上、邪険には出来なかった。
「はい……心愛さん……はい……大丈夫です。勝ちましたよ。
ただちょっと今は……後で、電話してもいいですか? 聞いてもらいたいことが……あるんです……はい……ありがとうございます」
電話に出て、深層ボスに勝ったことを伝える。
それと同時に、後でかけ直すということも。とてもじゃないが、今この状況で電話を続ける気にはなれなかった。
端末をポケットに入れ、望月は虎太郎と目線を合わせる。
大分落ち着いたようだが、それでもまだ不安そうな彼と、目があった。
「ねえ、虎太郎君」
そんな彼を少しでも安心させるために、微笑んで言った。
「全部、辞めよう。ダンジョン攻略も、配信も。虎太郎君が居るなら、それだけでいいから」
彼を護るためなら自分の持っている全てを差し出すことなど、何の問題もないのだから。
望月理奈、東京ダンジョン、攻略完了。
それが今、望月が感じていた事だった。
東京のTier1ダンジョン。その深層ボス。
自分達を苦しめたボス、クイーンやもっとも恐怖したスールズの群れすら越えてたどり着いた第三戦目。
立ちはだかったのは、虎太郎だった。
いや正確には、今の虎太郎よりも二回りほど成長したような見た目だった。
けれどその姿は望月の愛した虎太郎と姿が同じだけの全くの別物だ。
なぜならばそれは牙を剥き、理性のない瞳を向ける獣だったから。
あんなものは虎太郎ではない、そう感じた。
だがその獣は、あまりにも強かった。
虎太郎の紫電の爪での一撃も、大したダメージは与えられていないようだった。
虎太郎の黒雷と竜乃の紫のブレスを融合させた一撃は、あまり効果がなかった。
それだけではない。獣が攻撃をすれば、虎太郎は吹き飛ばされた。
これまでどんな敵に対しても一歩も引くこともなく、勇猛果敢に戦ってくれた虎太郎を、あの獣はまるでボロ雑巾か何かのように扱っていた。
『虎太郎君!』
『頑張って、虎太郎君!』
『ダメ! 虎太郎君!』
望月だって、何度も何度も声をかけた。
持ちうるすべての力を使って支援魔法を、回復魔法をかけた。
けれど自分達がどれだけ死力を尽くしても獣には届かなかった。
だから、虎太郎は死にかけた。
自分に向かってきた獣に背後から襲い掛かろうとして、尻尾で弾かれた。
獣は虎太郎の体を足蹴にして、爪を食い込ませていた。
苦しく呻く虎太郎の体から鮮血が流れ、望月は気が気ではなかった。
『やめて! 虎太郎君が……虎太郎君が死んじゃう!』
だが当然ではあるが、獣に言葉など通じる筈がない。
それなら行動で示すしかないと望月は駆けだした。
黒い電流の流れる獣の体に触れて無事で済むとは思えないが、体当たりしてでも虎太郎を助けるつもりだった。
けれど虎太郎にたどり着く前に、彼の体は光り輝いた。
獣もその様子を見て、虎太郎から距離を取っていた。
「こた……ろう……くん?」
これまで竜乃や虎太郎が見せてきた進化の光に、望月は喜びを感じた。
これで強くなる。ひょっとしたら虎太郎は勝てるかもしれないと、希望をもって。
けれどその喜びは一瞬で消えた。
さらに体が大きくなった虎太郎は、獣とほぼ同じ大きさになった。
一回り小さいくらいだが、サイズ的にはほぼ同じ。
そして彼が立ち上がるまでの間に、望月は立ち位置の関係上、彼の顔を見れなかった。
不安が望月の胸に渦巻いた。
そしてそれは、的中した。
進化した虎太郎は強かった。
獣と正面から力比べが出来る程の膂力。黒雷を受けてもモノともしない耐久力。
そして獣と全く同じ、戦い方。
「こたろう……くん……」
獣だった。
これまでの虎太郎のような、策も戦術も、魔法すらない。
紫電と黒雷は使ってはいるが、あれはただ垂れ流しているだけだ。
蛇口が壊れた水道のようなものだ。
戦いを仕掛けるのも真正面からで、戦い方も取っ組み合いと噛みつきのみ。
どこかでみたライオン同士の戦いのようだった。
これまでの虎太郎ではない虎太郎が、そこにはいた。
体が震えた。背筋が凍った。恐ろしかった。
獣を押し倒し、腹に、胸に噛みついて、噛み千切って肉を食らうその姿が。
その姿を見て、望月は自分でも気づかぬうちにこう思ってしまったのだ。
あんなものは虎太郎ではない、と。
そして、そんな事を思ったとは覚えてもいない望月の目の前で、消えた。
ぷっつりと切れるように、自分と虎太郎の繋がりが消えた。
自分の中から虎太郎という大切な存在が、消えた。
その瞬間だった。
虎太郎は意識を取り戻したかのように様子が変わり、食らっていたものを吐き出した。
それだけでは収まらず、何度も何度も吐こうとしていた。
まるで自分の中にある異物を何とかしたくてもがき苦しんでいるようで。
リースに言われた言葉が現実になるのを、虎太郎自身が恐れているように感じて。
「虎太郎君!」
そんな虎太郎を、望月は黙って見ていることなど出来なかった。
彼に近づいて、その背中を力の限りに抱きしめる。
取り乱す彼に対して、望月は必至に繋がろうと意識を集中させる。
体全体で虎太郎を抱えるようにして、何度も何度も繋がれと叫ぶ。
心の中でも言葉でも、繋がれ、繋がれと。
虎太郎が虎太郎であるために、繋がれと。繋がってくれと。
そして、望月の願いは聞き届けられる。
再び望月と虎太郎は、テイムの絆で繋がった。非常に細く弱々しいけれど、確かにまた繋がれたのだ。
「虎太郎君……もう大丈夫……大丈夫だからね……」
必死に彼を宥めながら、手にしたハンカチで虎太郎の顔を拭う。
すぐに血で染まり切ってしまったので、袖でも拭うことにした。
その間、虎太郎は、されるがままだった。
けれど目は見開かれていて、まるで迷子になった子犬のようだった。
初めて出会ったときの、今とは違いまだ白い子犬のような大きさだった虎太郎を思い出しつつ、望月は虎太郎の血を全てふき取った。
一段落着いて、辺りを見渡す。
真っ白だった世界は小さな部屋へと変わり、奥には台座とゲートが出現している。
あの獣が深層ボスの最後であり、自分達はついにTier1ダンジョンの攻略を終えたということだろう。
とてもじゃないが、喜べるような状態ではないが。
「……?」
ポケットから振動が伝わり、望月は腕を動かして端末を取り出す。
画面に表示されているのは「心愛さん」の文字だ。
きっとさっきの獣との戦いで配信が切れてしまったので、心配してかけてくれたのだろう。
誰かと電話をするような気分ではとてもなかったが、氷堂が心配してくれている以上、邪険には出来なかった。
「はい……心愛さん……はい……大丈夫です。勝ちましたよ。
ただちょっと今は……後で、電話してもいいですか? 聞いてもらいたいことが……あるんです……はい……ありがとうございます」
電話に出て、深層ボスに勝ったことを伝える。
それと同時に、後でかけ直すということも。とてもじゃないが、今この状況で電話を続ける気にはなれなかった。
端末をポケットに入れ、望月は虎太郎と目線を合わせる。
大分落ち着いたようだが、それでもまだ不安そうな彼と、目があった。
「ねえ、虎太郎君」
そんな彼を少しでも安心させるために、微笑んで言った。
「全部、辞めよう。ダンジョン攻略も、配信も。虎太郎君が居るなら、それだけでいいから」
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