上 下
193 / 214

第193話 絶望の再来

しおりを挟む
 ピコンという電子音が響き、望月ちゃんがモンスターチェッカーを起動したことを悟った。
 けれど彼女の方を向く余裕はない。俺は目の前に在る脅威から、目を背けられない。

「なに……これ……」

 そしてモンスターチェッカーで調べてすぐに、望月ちゃんはそう呟いた。

 これまでは敵のステータスを確認するために使用していたモンスターチェッカー。
 それを今回は、敵が「何であるのか」を確認するために使用したのだろう。

 俺は望月ちゃんがどうしてそう呟いたのか、理由を知っている。
 モンスターチェッカーが映し出した値を、見たことがある。

 全てのステータスが「?」の文字で埋め尽くされた測定不能の値。
 望月ちゃんも一度だけ見たことがある値は、目の前の存在が異常であるという証拠。

「Tier……0……?」

 そういった名前の、絶望の表記だ。

「なんで……どういうこと?……」

 望月ちゃんの視線が俺の背中に向けられているのを感じる。
 感じたり感じなかったりするので、目の前の化け物と俺を見比べているんだろう。

 彼女の疑問はよく分かる。

 どうして過去を再現するにもかかわらず会ったことがないモンスターが目の前にいるのか。
 どうして俺と似た姿をしているのか。どうしてTier0なのか。

 それに対して、俺は気づかないふりをして考えを巡らせる。
 いや、目の前の化け物から目を、意識を逸らすことを本能が拒絶した。

(落ち着け……落ち着け……ここは俺達の恐怖を再現する場所。
 だからこいつはあの時の化け物じゃない。
 それに深層ボスと同じ強さになるなら、本物よりも弱い筈だ)

 そこまで考えながらも、同時にモンスターチェッカーに表示された「?」マークが頭を過ぎり、この化け物は例外なのではないかという考えも出てくる。
 深層ボスならレベル1000の筈なのに、こいつはレベルが表示されていない。

『竜乃……さっきの、また行けるか……紫のブレスと黒雷の融合技、それにスールズを倒したときの引火。全部使うぞ……出し惜しみなんてなしだ』

『分かっているけど、大丈夫なの? あれ、あんたが前に言っていたTier0なんでしょ?
 ……勝てるの?』

 これまでとは違い、やや気弱な声音で問い返す竜乃。

『やるしかないだろ。それに今の俺達は十分強くなった。だから、勝てるはずだ』

 それに対して、俺は強気に答えた。
 そうでもしないと、目の前の化け物に全てを持ってかれそうだった。

 頭を過ぎる一つの言葉。

『分かるか?勝てるじゃない、勝つ』

 それを思い出して、俺は内心で舌打ちした。
 すでに無意識で、俺はリースの言葉通りにはいかなかったようだ。

(やめろ、余計なことを考えるな! 今はただ、目の前のこいつに集中しろ!)

 モンスターチェッカーの表記。リースの言葉。

 そういった余計な意識を全てそぎ落とし、目の前の黒い獣に集中する。
 俺と似た姿をした、今の俺よりもさらに成長した漆黒の獣。

 それを見て、気づいたときには地面を蹴っていた。
 頭の中で無意識に紫電の弾の装填を終え、回している。

 右前脚に紫電を纏わせ、間合いに入った時点で力の限り振るう。
 氷堂の一撃の再現で放つ、強力な一撃。

 並のモンスターならば、いや例え深層のボスでも大ダメージ必至の攻撃。
 奴の体に爪が触れる。感じたのは切り裂く感触。

 そしてすぐに、それは何かに弾かれる感触へと変わった。

(!? 傷が浅すぎる!?)

 確実にクリティカルヒットしたにも関わらず、化け物は傷一つ負っていない。
 力の限り切り裂いたのに大したダメージは見受けられない。

 次の瞬間、視界から化け物の右前脚が消えた。
 同時に体を衝撃が突き抜け、視界が回転。訳の分からぬままぐるぐると世界が回る。

 吹き飛ばされたと分かった時にはもう遅く、背中が強烈な痛みを訴えるとともに視界が土煙に染まった。
 どうやら奴に足で攻撃されたらしい。

 しかも俺のようにちゃんとした攻撃ではない。
 単純に前脚で邪魔者を払うだけの、簡単な動作だ。それだけで俺は体を投げ出された。

『竜乃ぉぉおおおおお! 放てぇぇぇええええ!』

 地面に倒れ込むと同時に、俺は叫んだ。
 もうどうすればいいのかなど分からない。ただ、がむしゃらに何かをするしかなかった。

 紫電の出力を上げて土煙を晴らせば、ちょうど竜乃が紫のブレスを放つタイミングだった。
 それに合わせて最大火力で黒雷を射出。

 漆黒の雷は紫の炎と混じり合い、威力を増す。
 クイーンを倒した俺と竜乃の必殺の一撃。

 それが斜め上空から飛来し、化け物を飲み込んだ。
 燃やし尽くす。破壊し尽くす。そう言った攻撃だ。

 何かで防がなければ、否、何かで防いでも大ダメージの連携攻撃の筈だ。
 それなのに。

 化け物は、立っていた。
 防御もなく、体を動かすことなく、ただ何もなく、雷と炎の中に立っていた。

(…………)

 あまりにも異常な光景に、俺も竜乃も途中で攻撃を撃つのを辞めてしまった。
 通用しない。俺と竜乃二人の力を合わせても、届かない。

(――っ!)

 視界の隅に望月ちゃんの姿を入れたことで、我に返る。
 今俺は吹き飛ばされ、竜乃は上空にいる。化け物と望月ちゃんを阻むものは何もない。

 地面を素早く蹴り、望月ちゃんの前へ。
 彼女を護る様に位置取り、威嚇として唸りながらも化け物のこれまでに違和を覚えていた。

(なんで……こいつ……)

 そして無機質な化け物の瞳と目が合って、答えに行きつく。

(そうだ……これはダンジョンが俺達の恐怖を再現しているだけ。
 だから本体じゃないんだ。きっとあの時よりも弱い筈。
 なら……ならこれに勝て――いや、勝つ!)

 気合を入れ直し、再び俺は仕掛ける。地面を蹴って、あたりの風景を置き去りにする。
 走り、加速し、頭の中で魔法の準備を完了させて間合いに入る。

 寸前でさらに紫電の弾を込め、回す。
 化け物をかく乱するために、さらにスピードを上げて後ろに。

 目にも止まらぬスピードをもって化け物の後を取り、同時に魔法を発動。
 火の超級魔法、ブレイズエンド。

 わざとらしく、背後から撃たれたことが分かる様な角度で射出する。

 斜めに大地から噴き出す火の柱。内部で爆発を繰り返す、全てを灰燼と化す柱。
 しっかりと化け物が飲み込まれるまで見届け、さらに弾を込めて回す。

 そろそろ紫電の弾の限界が来るにも関わらずまだ仕掛けるのは、これで終わるとは到底思っていないからだ。
 俺は今化け物の後ろに回り込んだ。そして分かりやすいように後ろから魔法の攻撃をした。

 ならこの状況でもう一度回り込み、正面から攻撃を仕掛ければ、それは普通では捉えきれない攻撃となる。
 目の前から消えてどこから攻撃が来るか分からないときに、正面から仕掛ける。
 これを予測するのは、感情の入っていない今の化け物には無理だと、そう読んでの事。

(ここだっ!)

 素早く元の位置に戻り、右前脚に再び力を入れる。
 さっきは届かなかった。だが今回はスピードを乗せ、紫電のみならず黒雷も乗せる。

 文字通りの全力を叩きこんでやる。

(!?)

 そう思った俺の頭の中は、上から降ってきた衝撃により真っ白になる。
 視界はそれとは対照的に黒く染まり、そして。

 次の瞬間には地面が映っていた。
 全身には鋭い痛みが絶えず駆け抜けていて、動かせそうにない。

『ぐっ……』

 うめき声をあげるだけで、体の内部に激痛が走る。
 まるで肺を焼かれたかのような。息をするだけで、胸が痛い。

 視界に映る俺の体には、ところどころに「黒い」電流が流れている。
 感電している体を見て、見覚えのあるものだと気づいた。

 俺の必殺技、黒雷だ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

借金背負ったので死ぬ気でダンジョン行ったら人生変わった件 やけくそで潜った最凶の迷宮で瀕死の国民的美少女を救ってみた

羽黒 楓
ファンタジー
旧題:借金背負ったので兄妹で死のうと生還不可能の最難関ダンジョンに二人で潜ったら瀕死の人気美少女配信者を助けちゃったので連れて帰るしかない件 借金一億二千万円! もう駄目だ! 二人で心中しようと配信しながらSSS級ダンジョンに潜った俺たち兄妹。そしたらその下層階で国民的人気配信者の女の子が遭難していた! 助けてあげたらどんどんとスパチャが入ってくるじゃん! ってかもはや社会現象じゃん! 俺のスキルは【マネーインジェクション】! 預金残高を消費してパワーにし、それを自分や他人に注射してパワーアップさせる能力。ほらお前ら、この子を助けたければどんどんスパチャしまくれ! その金でパワーを女の子たちに注入注入! これだけ金あれば借金返せそう、もうこうなりゃ絶対に生還するぞ! 最難関ダンジョンだけど、絶対に生きて脱出するぞ! どんな手を使ってでも!

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

最強のコミュ障探索者、Sランクモンスターから美少女配信者を助けてバズりたおす~でも人前で喋るとか無理なのでコラボ配信は断固お断りします!~

尾藤みそぎ
ファンタジー
陰キャのコミュ障女子高生、灰戸亜紀は人見知りが過ぎるあまりソロでのダンジョン探索をライフワークにしている変わり者。そんな彼女は、ダンジョンの出現に呼応して「プライムアビリティ」に覚醒した希少な特級探索者の1人でもあった。 ある日、亜紀はダンジョンの中層に突如現れたSランクモンスターのサラマンドラに襲われている探索者と遭遇する。 亜紀は人助けと思って、サラマンドラを一撃で撃破し探索者を救出。 ところが、襲われていたのは探索者兼インフルエンサーとして知られる水無瀬しずくで。しかも、救出の様子はすべて生配信されてしまっていた!? そして配信された動画がバズりまくる中、偶然にも同じ学校の生徒だった水無瀬しずくがお礼に現れたことで、亜紀は瞬く間に身バレしてしまう。 さらには、ダンジョン管理局に目をつけられて依頼が舞い込んだり、水無瀬しずくからコラボ配信を持ちかけられたり。 コミュ障を極めてひっそりと生活していた亜紀の日常はガラリと様相を変えて行く! はたして表舞台に立たされてしまった亜紀は安らぎのぼっちライフを守り抜くことができるのか!?

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

ダンジョンで有名モデルを助けたら公式配信に映っていたようでバズってしまいました。

夜兎ましろ
ファンタジー
 高校を卒業したばかりの少年――夜見ユウは今まで鍛えてきた自分がダンジョンでも通用するのかを知るために、はじめてのダンジョンへと向かう。もし、上手くいけば冒険者にもなれるかもしれないと考えたからだ。  ダンジョンに足を踏み入れたユウはとある女性が魔物に襲われそうになっているところに遭遇し、魔法などを使って女性を助けたのだが、偶然にもその瞬間がダンジョンの公式配信に映ってしまっており、ユウはバズってしまうことになる。  バズってしまったならしょうがないと思い、ユウは配信活動をはじめることにするのだが、何故か助けた女性と共に配信を始めることになるのだった。

処理中です...