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第182話 下層クエストの行方
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白い砂浜に響き渡る、ビーチバレーとは思えない音をBGMに、愛花さんはゆっくりと話し始める。
「つい先日、私達が下層のクエストを1つクリアしたのは知ってる?」
「はい、配信を見ていましたから。虎太郎君達にも共有済みです」
下層に来てからというもの、配信を続けている天元の華。
配信を見たわけではないものの、つい数日前に彼女達はクエストの一つをクリアした。
地底と呼ばれる岩に囲まれた空間で、同じく岩でできた巨大なゴーレムを討伐するというものだった。
内容としてはよくある中ボスとの戦いだ。場所が施設か地域ではなく、クエスト経由でという違いしかない。
ただ、すでに下層をクリアしている俺達が、そのクエストをクリアどころか、受注してすらいないということ以外は。
「配信を切った後の話になるんだけど、下層から出る前にもう一度人形に話しかけてみたの。
そうすると、人形は私達に2つの選択肢を提示したわ」
「2つですか?次のクエストではなくて?」
「うん。1つは望月ちゃんの言う通り、次のクエストだった。
空に浮かぶ鯨の上までゲートを開くって言っていたわ」
(あの空飛ぶ鯨って、モンスターじゃなくてギミックだったのか。フィールドのような扱いか?)
下層の空を揺蕩う虹色の鯨を思い返す。
飛んでいけるような高さではないなと思ってはいたが、そういうことだったのか。
「このクエストは地底のものと同じだと思うからいいんだけど、問題はもう一つの方なの。
幻想の深海へ向かう、っていう選択肢が提示されているの」
幻想の深海。その言葉に、俺は思わず愛花さんを見た。
彼女もまた俺を見て、はっきりと頷く。
「これは、多分言葉通りなら、望月ちゃん達が下層ボスと戦った深海だと思う。
でも、ちょっと気になることがあって……そのクエスト……って言えばいいのか分からないけど、一度受けると他のクエストが受けられなくなるみたいなの。
これって、望月ちゃんの時と同じように、人形自体がゲートになるからじゃないかな?
あんな姿じゃゲートを開くことも出来ないだろうし……」
「……なるほど、確かにそうかもしれませんね。私達が最後に見た人形は、もう人形の体をしてませんでしたから」
どちらかというと、人形で出来た歪な鏡のようなイメージだ。
あまりの気味の悪さだったために、今も鮮明に思い出せる。
「とりあえず私達は空飛ぶ鯨のクエストを受けるけど、それはそれとして気になることが一つあるの。
これって、望月ちゃんはクエストを飛ばして、急に下層ボスに挑むことになったってことよね?
何でなのかなって、ちょっと不思議で……あ、こんなこと言われても望月ちゃんも分からないよね、ごめんね」
「いえ、分からないですが、気にはなっていたので、教えてくれてありがとうございます。
うーん……でも多分ですけど……」
そう言って、望月ちゃんは俺の背を撫でた。
「あの人形が反応したのって、虎太郎君が凄い戦いを見せてくれた時なんです。
だから、虎太郎君の強さでもうボスに挑んでもいいって人形が判断したのかなって。
それまで迷っていたけど、あの巨大なモンスターとの戦いで実力を認めた、みたいな感じでしょうか」
「……なるほど、確かに虎太郎君ほど強い探索者なら、それもあるかもしれない。
実際に氷堂さんは下層をものすごいハイペースで攻略して、中ボスは楽勝だったらしいし」
「虎太郎君についていくので精いっぱいな私達からすると、ちょっと困りますけどね。
だから今は下層でレベリング中ですよ」
あはは、と笑う望月ちゃん。
愛花さんも疑問が解消したのか、今では下層のモンスターについての話になっている。
どこのモンスターが戦いやすいとか、経験値が良いとか、そういった話だ。
望月ちゃんも、フロアモンスターに関する情報を愛花さんに提供している。
そんな話を聞きながら、俺はふと思った。
(……確かに、氷堂ほどの実力なら下層の中ボスなんて通過点にしか過ぎないだろう。
だからダンジョンが俺を見てショートカットさせてくれたっていうのもありえるのか……)
どこか愛花さんや望月ちゃんの意見に納得しつつも、腑に落ちないような感触。
言葉に出来るわけではない。そんな確信があるわけではない。
けれど、何かが違うような、そんな……。
(いや、流石に考えすぎか? 俺の周りで変なことがよく起こるから、何もかも疑ってるだけなのか?)
「おぉ!優梨愛さんと須王先輩、強い! これは竜乃ちゃんと真白ちゃんは厳しいかなぁ?」
遠くから聞こえた音の声に、現実に引き戻される。
ビーチバレーは佳境を迎えているらしく、試合状況は須王達が有利らしい。
地上から空中まで幅広い領域をカバーできる優梨愛さん。
それに加えて、愛花さんと須王は同じ前衛で戦い方も似たものがある。
やりやすい組み合わせということだろう。
一方で朝霧さんは竜乃との連携に苦しんでいるようだった。
「さあさあ!このままじゃ真白ちゃんが負けちゃいますな。これはお姉ちゃんが真白ちゃんをじっくりねっとり慰めなければ――ぐふぉおおおお!!」
あ、朝霧さんの渾身のスパイクが音の顔面に直撃した。
全身で倒れるヤバい倒れ方だったけど、地面は比較的柔らかい砂浜だし、きっと大丈夫だろう。
音も上位探索者で、体は頑丈だろうし。
「あー、ごめんなさい音さん。ちゃんと叩いたんですけど、ボールガワルインデスー」
びっくりするほどの棒読み。しかもボールが悪いときた。
これは間違いなくわざとだし、朝霧さん、相当怒っているな。
砂浜からガバッと上体を起こした音は、朝霧さんを指さす。
「絶対わざとだ! 狙ったでしょ!?」
「ボールガワルインデスー」
「こらぁ!棒読みになるなぁ!! こっち見ろぉお!」
目から光を失わせ、無表情かつ棒読みでそう言う朝霧さんと、それにキレる音。
音は朝霧さんの元へと近づこうとしたが。
「音さーん、マッチポイントなのであと1回優梨愛ちゃん達が取ったら終わりですよー」
和香さんの一言によって、現実に戻されたのだろう。
ボールは須王が持っている。つまりゲームは須王のサーブからスタートだ。
それを竜乃が受けて、朝霧さんが思いっきりスパイクするところまで見えた気がした。
もちろん、音の顔面に。
「…………」
怒りで忘れていた音も思い出しただろう。
モンスターテイマーの自分と前衛の朝霧さん。正面からは、ビーチボールを受け止められないと。
体を90度回転させ、疾走する音。
180度でないのは朝霧さんの返す方向だからだろう。
彼女が駆けだすと同時にビーチボールは須王の手から離れている。
それに対して、朝霧さんは竜乃よりも前に出た。
双剣を使用する彼女は器用に体の向きを変え、先ほどまで使っていなかった腕を振るう。
視線の先に音の背中を見据え、全力で。
「さっきは響さんの分。そしてこれは、ついさっきの失言の分!」
音を立てて、ビーチボールが飛ぶ。ビーチコートとは全く別の場所へ。
まるで音の背中に吸い込まれるように。
「ひいいいいい!」
「あ」
誰かが、声を上げた。
砂浜に、音はヘッドスライディングの要領で飛び込む。
結果としてビーチボールは標的を失い、音を越えて明後日の方向へと。
明さんが防御を固めているところからも外れて、そのボールは。
「驚いた」
一人の女性の手の中へと納まった。
全員が彼女の存在に気づき、目を見開く。
「謝罪。遅くなった」
いつもの無表情で、水色のパーカーに身を包んだ日本最強の探索者、氷堂心愛が立っていた。
彼女の右手では、ビーチボールが音を立てて回転していたが、やがて静かに回転を止めた。
「つい先日、私達が下層のクエストを1つクリアしたのは知ってる?」
「はい、配信を見ていましたから。虎太郎君達にも共有済みです」
下層に来てからというもの、配信を続けている天元の華。
配信を見たわけではないものの、つい数日前に彼女達はクエストの一つをクリアした。
地底と呼ばれる岩に囲まれた空間で、同じく岩でできた巨大なゴーレムを討伐するというものだった。
内容としてはよくある中ボスとの戦いだ。場所が施設か地域ではなく、クエスト経由でという違いしかない。
ただ、すでに下層をクリアしている俺達が、そのクエストをクリアどころか、受注してすらいないということ以外は。
「配信を切った後の話になるんだけど、下層から出る前にもう一度人形に話しかけてみたの。
そうすると、人形は私達に2つの選択肢を提示したわ」
「2つですか?次のクエストではなくて?」
「うん。1つは望月ちゃんの言う通り、次のクエストだった。
空に浮かぶ鯨の上までゲートを開くって言っていたわ」
(あの空飛ぶ鯨って、モンスターじゃなくてギミックだったのか。フィールドのような扱いか?)
下層の空を揺蕩う虹色の鯨を思い返す。
飛んでいけるような高さではないなと思ってはいたが、そういうことだったのか。
「このクエストは地底のものと同じだと思うからいいんだけど、問題はもう一つの方なの。
幻想の深海へ向かう、っていう選択肢が提示されているの」
幻想の深海。その言葉に、俺は思わず愛花さんを見た。
彼女もまた俺を見て、はっきりと頷く。
「これは、多分言葉通りなら、望月ちゃん達が下層ボスと戦った深海だと思う。
でも、ちょっと気になることがあって……そのクエスト……って言えばいいのか分からないけど、一度受けると他のクエストが受けられなくなるみたいなの。
これって、望月ちゃんの時と同じように、人形自体がゲートになるからじゃないかな?
あんな姿じゃゲートを開くことも出来ないだろうし……」
「……なるほど、確かにそうかもしれませんね。私達が最後に見た人形は、もう人形の体をしてませんでしたから」
どちらかというと、人形で出来た歪な鏡のようなイメージだ。
あまりの気味の悪さだったために、今も鮮明に思い出せる。
「とりあえず私達は空飛ぶ鯨のクエストを受けるけど、それはそれとして気になることが一つあるの。
これって、望月ちゃんはクエストを飛ばして、急に下層ボスに挑むことになったってことよね?
何でなのかなって、ちょっと不思議で……あ、こんなこと言われても望月ちゃんも分からないよね、ごめんね」
「いえ、分からないですが、気にはなっていたので、教えてくれてありがとうございます。
うーん……でも多分ですけど……」
そう言って、望月ちゃんは俺の背を撫でた。
「あの人形が反応したのって、虎太郎君が凄い戦いを見せてくれた時なんです。
だから、虎太郎君の強さでもうボスに挑んでもいいって人形が判断したのかなって。
それまで迷っていたけど、あの巨大なモンスターとの戦いで実力を認めた、みたいな感じでしょうか」
「……なるほど、確かに虎太郎君ほど強い探索者なら、それもあるかもしれない。
実際に氷堂さんは下層をものすごいハイペースで攻略して、中ボスは楽勝だったらしいし」
「虎太郎君についていくので精いっぱいな私達からすると、ちょっと困りますけどね。
だから今は下層でレベリング中ですよ」
あはは、と笑う望月ちゃん。
愛花さんも疑問が解消したのか、今では下層のモンスターについての話になっている。
どこのモンスターが戦いやすいとか、経験値が良いとか、そういった話だ。
望月ちゃんも、フロアモンスターに関する情報を愛花さんに提供している。
そんな話を聞きながら、俺はふと思った。
(……確かに、氷堂ほどの実力なら下層の中ボスなんて通過点にしか過ぎないだろう。
だからダンジョンが俺を見てショートカットさせてくれたっていうのもありえるのか……)
どこか愛花さんや望月ちゃんの意見に納得しつつも、腑に落ちないような感触。
言葉に出来るわけではない。そんな確信があるわけではない。
けれど、何かが違うような、そんな……。
(いや、流石に考えすぎか? 俺の周りで変なことがよく起こるから、何もかも疑ってるだけなのか?)
「おぉ!優梨愛さんと須王先輩、強い! これは竜乃ちゃんと真白ちゃんは厳しいかなぁ?」
遠くから聞こえた音の声に、現実に引き戻される。
ビーチバレーは佳境を迎えているらしく、試合状況は須王達が有利らしい。
地上から空中まで幅広い領域をカバーできる優梨愛さん。
それに加えて、愛花さんと須王は同じ前衛で戦い方も似たものがある。
やりやすい組み合わせということだろう。
一方で朝霧さんは竜乃との連携に苦しんでいるようだった。
「さあさあ!このままじゃ真白ちゃんが負けちゃいますな。これはお姉ちゃんが真白ちゃんをじっくりねっとり慰めなければ――ぐふぉおおおお!!」
あ、朝霧さんの渾身のスパイクが音の顔面に直撃した。
全身で倒れるヤバい倒れ方だったけど、地面は比較的柔らかい砂浜だし、きっと大丈夫だろう。
音も上位探索者で、体は頑丈だろうし。
「あー、ごめんなさい音さん。ちゃんと叩いたんですけど、ボールガワルインデスー」
びっくりするほどの棒読み。しかもボールが悪いときた。
これは間違いなくわざとだし、朝霧さん、相当怒っているな。
砂浜からガバッと上体を起こした音は、朝霧さんを指さす。
「絶対わざとだ! 狙ったでしょ!?」
「ボールガワルインデスー」
「こらぁ!棒読みになるなぁ!! こっち見ろぉお!」
目から光を失わせ、無表情かつ棒読みでそう言う朝霧さんと、それにキレる音。
音は朝霧さんの元へと近づこうとしたが。
「音さーん、マッチポイントなのであと1回優梨愛ちゃん達が取ったら終わりですよー」
和香さんの一言によって、現実に戻されたのだろう。
ボールは須王が持っている。つまりゲームは須王のサーブからスタートだ。
それを竜乃が受けて、朝霧さんが思いっきりスパイクするところまで見えた気がした。
もちろん、音の顔面に。
「…………」
怒りで忘れていた音も思い出しただろう。
モンスターテイマーの自分と前衛の朝霧さん。正面からは、ビーチボールを受け止められないと。
体を90度回転させ、疾走する音。
180度でないのは朝霧さんの返す方向だからだろう。
彼女が駆けだすと同時にビーチボールは須王の手から離れている。
それに対して、朝霧さんは竜乃よりも前に出た。
双剣を使用する彼女は器用に体の向きを変え、先ほどまで使っていなかった腕を振るう。
視線の先に音の背中を見据え、全力で。
「さっきは響さんの分。そしてこれは、ついさっきの失言の分!」
音を立てて、ビーチボールが飛ぶ。ビーチコートとは全く別の場所へ。
まるで音の背中に吸い込まれるように。
「ひいいいいい!」
「あ」
誰かが、声を上げた。
砂浜に、音はヘッドスライディングの要領で飛び込む。
結果としてビーチボールは標的を失い、音を越えて明後日の方向へと。
明さんが防御を固めているところからも外れて、そのボールは。
「驚いた」
一人の女性の手の中へと納まった。
全員が彼女の存在に気づき、目を見開く。
「謝罪。遅くなった」
いつもの無表情で、水色のパーカーに身を包んだ日本最強の探索者、氷堂心愛が立っていた。
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