ダンジョンのモンスターになってしまいましたが、テイマーの少女が救ってくれたので恩返しします。

紗沙

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第180話 虎太郎は紳士な獣です

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「……みたいですけど、先にビーチに行ってましょうか」

「そうだね。少し時間があるし、それでいいんじゃないかな。ちょっと聞いてくるよ」

 扉が閉まる音を聞いて、俺は意識を取り戻す。
 ついさっきまで、心ここにあらずという感じだったようだ。

 なぜそうなったのかは思い出せないものの、思い出そうとすると何故か体に電流が流れるような、そんな気が……。

(……広い部屋だな)

 今、俺がいる場所はとても広いスイートルームだった。
 その広さは、普通のホテルの部屋を5つほど繋げたくらいはある。

 洋風のベッド2つを備えた広い部屋が2つに、大きなテーブルが置かれた部屋が1つ。
 さらに和風の畳で出来た部屋も1つある。

 洋風、和風、どちらが好みでもある程度は対処できるという部屋なのだろう。
 大きな窓からはベランダが見えて、その先には蒼い海が波一つなく広がっていた。

 こんな部屋に泊ったことはこれまでなかったので、思わず色々な部屋に目を向けてしまったくらいだ。
 よくよく見てみれば、5部屋目にはテイムモンスター用の広い空間もあった。

 探索者に完全対応したルーム、ということなのだろう。

(ここに泊まるのは望月ちゃんと優さんと氷堂か。氷堂は遅れてくるらしいし。
 しばらくはこの部屋で待機だろうか)

 そんな事を思っていると、再びドアが開き、優さんが部屋に入ってきた。

「お姉ちゃんたちと話してきたけど、OKだってさ。じゃあ着替えてビーチへ向かおうか」

「了解です!」

 大きなカバンから水着を取り出してテーブルに置く望月ちゃん。
 ふむ、水着ですか。きっと目の保養になるんだろうなぁ。

 なんてそんなことを考えていた時。

「よい……しょっと」

 急に望月ちゃんが上のシャツを脱ぎ始めた。
 視界に桃色が映った瞬間に、俺は伏せをして目を瞑る。

 長年の探索で培われてきた、超反応だった。

「この日のために新しい水着新調した甲斐がありました」

「ショッピングモールでどれか選んでいるときから、楽しみにしていたからねぇ」

 望月ちゃんは優さんと他愛ない会話をしている。
 その間にも、俺の人を越えた獣の聴覚は布擦れの音を聞き続けている。

(絶対に目は開けないぞ。耳も力を入れてぎゅっと倒して、出来る限り音を遮断するんだ。
 虎太郎は紳士な獣、虎太郎は紳士な獣、虎太郎は紳士な獣…………)

 気配も完全に消し、俺はスイートルームに配置された置物となった。
 今ならば渋谷にある某なんちゃら公よりも、石像に近いだろう。

 テコでも動かないし、飼い主の準備が終わるまで五感を封じますよ。ええ。
 ……なんかそういう、眠れる魔法とかないですかね?ここ以外では全く使えないけど。

「あれ?望月ちゃんちょっと胸大きくなった?」

「あ、そうなんです。ちょっと成長したみたいで……背も少しだけ伸びましたけど、でもそろそろ伸びるのも終わりかなって……優さんは身長が高くて綺麗に見えるので羨ましいです」

「どうかな……僕からしたら望月ちゃんのような身長の方が女性らしくて良いと思うけど……」

(お二人は一体何を話しているんですかねぇ!? どうせなら探索の事とか探索の事とか探索の事を話そうよ!ダンジョンの事でも可!)

 どうしても声は耳が拾ってしまうので、内心で俺は叫び声をあげる。
 ちなみに先ほどから背後でクスクスと憎き白い竜の笑い声が聞こえている。

 俺、竜乃の事、絶対許さないんだ。

「……そう考えると、身長が低いのに美人な氷堂さんってズルいですよね」

「彼女は女性的な魅力という意味ではちょっと違う気がしなくもないけど……」

「え? とっても美人じゃないですか?」

「それは認めるけど、なんていうか、人間離れした美しさというか。
 よし……準備出来たかな」

「はい、私も大丈夫そうです」

 二人の言葉を聞いて、俺は恐る恐る目を開いた。
 優さんも望月ちゃんも、パーカーを着ている。

 優さんは水色で、望月ちゃんは桃色だ。すでにその下は水着になっていることだろう。
 どうやら俺を苦しめていた地獄は終わったらしい。

 俺、今回も頑張ったよ……

「それじゃあビーチに行こうか、竜乃ちゃん、虎太郎君」

 誰かに頑張ったことを伝えていると、望月ちゃんに声をかけられる。
 俺と竜乃は準備など必要ないために、出口の方へと移動する。

 背中に突き刺さる嫌な視線の事を、虎太郎は忘れない。
 絶対に許さんからな、竜乃ぉ。

 心の中でメラメラと火を燃やしながら、俺は望月ちゃんに従って部屋から出る。
 部屋の外は大きな空間になっていて、扉が6つある。

 どうやらここは最上級のスイートルームだけがあるフロアで、その数は6らしい。
 その内の1つ、俺達から見てエレベーターを越えた先にある部屋の扉が開いた。

「あ、望月さん」

 出てきたのは明さんだった。その奥には部屋の中に忘れ物がないか確認している響の姿もある。
 明さんはアロハシャツを身に纏っていて、筋骨隆々の体はまさに夏の男といったイメージだ。

 一方で響はどこかライフセーバーのような衣服に身を纏っていた。

「うわぁ、明さん、凄い筋肉ですね」

「ダンジョンに潜っている探索者の男なんてこんなもんさ。なぁ響くん」

「いえ、明さんのは流石に凄いと思いますよ」

 優さんが親しいために率先して明さんと会話をしている。
 明さんは別パーティではあるものの、今回の自分以外の唯一の男性陣である響とあっという間に打ち解けたらしい。

 仲良さげに話を振っていたし、響も明さんに笑顔で応じていた。
 ちなみにその間、望月ちゃんは遠くからその様子を見守っていた。

 かつての一件以来、彼女は無意識に男性を信じていない。
 だからどれだけ親しくても、妻帯者であろうとも距離を取っていた。

 近すぎるのも問題だが、遠すぎるのもどうかと俺は思う。
 じゃあ望月ちゃんが「この人彼氏です!」って言って連れてきたら、その男をどうするの?と聞かれれば、まあ半殺しにしない自信はないかな、と言ったところ。

(そもそも、望月ちゃんと付き合うなら俺に勝てるくらいじゃないとダメじゃないか?
 やっぱりそうだ。そうじゃなきゃ、認めませんよ!)

『……あんた、また変なこと考えているでしょ』

『……考えていない』

 竜乃よ、なんでお前は俺の心が分かるんだい?
 そういったシークレットスキルでも持っているのかい?

 と思ったものの、聞いたところで何を言われるか分かったものではないので、口を噤んだ。

 扉が、開く。開いたのは俺達の部屋の隣。
 そこから出てきたのは、望月ちゃんと同じようにパーカーを身に纏った天元の華のメンバーだった。

 愛花さんに和香さん、そして優梨愛さん。
 全員が色とりどりのパーカーを着ているものの、身長が高い分三人は生足が露わになっている。

 俺の高さ的に視界に入る部分は仕方ないのだが、なるべく目を向けない様にしよう。
 どこでもない遠くを見る、というのは俺の得意なスキルだ。

「おまたせ優。須王さん達はまだみたいね」

「全然待ってないよ。それにエルピスの皆さんもそろそろーー」

 優さんがそう言ったときに、タイミングよく扉が開く。
 俺達の向かいの扉から出てきたのは、須王達だった。

「あら?私達が最後かしら。待たせてしまって申し訳ないわね」

 そう言ったのは黒いパーカーに身を包んだ須王。
 この中では身長は高く、スタイルがもっとも良い彼女は、たとえパーカーを着ていてもその魅力を隠し切れない。

 流石にフランスのエマやアメリカの人外、リース程のスタイルの良さではないものの、
 もしも一般人の中にいればそれだけで周りの男たちの視線を釘付けにするだろう。

「いえ、そんなに待っていないので大丈夫ですよ」

 答えたのは、そんな須王に近い雰囲気を持つ愛花さんだ。
 彼女も彼女でスタイルは良い方なのだが、どうしても年長である須王には一歩劣る。

 けれどそんな彼女が探索者としては須王よりも上なのだから、やはり世の中は分からないものである。
 ……探索者としても女性としても、どちらもハイレベルではあるのだが。

(……それに比べてこいつは)

 ジトっと目を向けるのは天王寺兄妹の片割れ、天王寺音。
 望月ちゃんと同じ桃色のパーカーに袖を通し、朝霧さんにべったりと引っ付いている。

 朝霧さんは嫌そうな顔をしているが、引き剥がさないために許容しているということだろうか。

(……こいつ、本当に朝霧さんよりも年上なんだよな?)

 遠くから見ると音の身長が低いというのもあるかもしれないが、音の方が妹のようにも見える。
 実力の高い探索者は貫禄が出てくるものだが、音にそれが出てくるのはいつの事やら。

 ただ、須王のようになられると、それはそれでパーティ間のテンションのバランスがおかしくなりそうなので、ひょっとしたら今のままでもいいのかもしれない。

「それじゃあ、行きましょうか」

 望月ちゃんの一言で、全員はエレベーターへと移動し始める。
 ダンジョンの技術で作られた特殊な箱に分かれて乗り込み、俺達はビーチへと向かった。
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