ダンジョンのモンスターになってしまいましたが、テイマーの少女が救ってくれたので恩返しします。

紗沙

文字の大きさ
上 下
138 / 214

第138話 フランス最強探索者と行く、気楽な散歩ツアー

しおりを挟む
 敵は3体。Tier1上層のフロアモンスターは、全探索者の中でもTier2をクリアした者だけが挑める、一般的には強敵である。
 けれどそれに対するのは、たった一人とはいえフランスという国のNo1探索者。

 ラファエル・ジラール。

 両者の間には確固たる差がある。
 実力ではラファエルの方が遥かに上。彼にとって、敵は雑魚同然だろう。

 ラファエルのレベルが氷堂と同程度ならば、レベル差にして400もの隔たりがある。
 一方的な嬲り殺しになるのは、目に見えていた。

 彼が右手に取り出したのは、金の装飾が施された白銀の槍だった。
 見たことはないものの、おそらくは一級品なのだろう。

 ラファエルは身の丈ほどある長い槍を持ち上げ、刃先をモンスター達に向けた。
 左手は脱力し、何も握られてはいない。

 武器を向けられ、白い影の獣達が襲い掛かる。
 どれだけ実力差があっても、モンスターは探索者に襲い掛かる。戦闘を開始する段階で、奴らに恐れというものは存在しない。

 だが今回の光景を見ていると、それは勇敢ではなく、何も考えていないように思えた。
 明かな格上に襲い掛かったところで、結末など、たかが知れているのだから。

 一閃。二閃。三閃。
 太陽の光を受けて煌めいた白銀の刃が、三度流れる。

 全てが白い影の獣を一体ずつ捉え、胴を深く薙いでいた。
 斬り裂きではなく、まるで紙をペーパーナイフで切るかのように、すーっと刃が何にも邪魔されることなく通り抜ける。

 たった三撃だが、それだけでもラファエルの力量を伺い知ることが出来た光景だった。
 見事に切り裂かれた三体の白い獣は、そのまま何も成すことが出来ずに灰になっていく。

 当然、ラファエルは無傷だ。

「お疲れ様、カッコ良かったわよ」

「肯定。美しい槍裁きだった」

「は、はい。凄かったです」

 エマ、氷堂、望月ちゃんの3人が先ほどの戦いを称賛する。
 けれどラファエルは困ったような顔をして振り返った。

「いや、このくらいの敵なら誰が戦ってもこうなると思うけれど……まあ、ありがとうと言っておくよ」

 明らかな格下を屠って褒められるのだ。彼がむず痒そうなのも分かる。
 それにラファエルの左手は脱力したままだ。つまり彼は、まったくの本気ではなかったということ。

 レベル差からしても仕方がないことだが。
 全力を見てみたいという気持ちはあるが、この階層では難しいだろう。

「でも、良い運動にはなったでしょう?」

「運動って……太ってた頃ならともかく……」

「え?」

 エマとラファエルの会話に、思わずといった形で声を上げてしまった望月ちゃん。
 俺も同じことを思った。

「あ、すみません……」

「否定。私だって驚いた。というか今でも疑っている」

「心愛には以前話したけど、ラファエルも私も昔は運動不足でね。
 ちょっと……いえ、かなり太っていて、自分にも自信がなかったのよ」

 あははと苦笑いするエマ。その姿からは想像もできない過去だ。

「当時は人に会うのが怖くて、部屋に籠ってネットゲームをしていてね。
 その時にエマと知り合ったんだ」

「私もその時は実家暮らしで、引きこもる様になっていたからねぇ……」

 モンスターの戦利品には興味が無いのか、ラファエルとエマは歩き始める。
 散歩がてらに話される彼らの過去は、やや暗い。

「でもある日、そのゲームがサービス終了してしまってね。
 一緒に遊んでいたメンバーはそれぞれ別のゲームへと移ってしまったんだが、僕とエマは良いゲームが見つからなくてね」

「で、一緒になってゲームを探しているときにお互いの話になって、どっちも引きこもっていて何とかしたいっていう話になったのよ。
 外でスポーツをするのも考えたんだけど、どうせなら覚悟を決めて冒険者になろうってなって。
 つまり私達はダイエットをするために探索者になったってことね」

 不純な動機でしょ? と苦笑いするエマ。
 確かに、他ではあまり聞かない動機だが。

「否定。その結果こうしてフランスの最強探索者が誕生したのだから、どんな動機でも結果は最高」

「そ、そうです。それでダンジョン探索の才能があったってことが分かって好転したんですよね? なら、結果は上々……いえ、これ以上ない事かと」

 氷堂と望月ちゃんの意見に全面的に賛成である。
 最上位探索者が登場したという結果だけを考えれば、二人にとっては不本意ではあるが太っていて良かったということだろう。

 もしも彼らが自分に自信がなく、引きこもっていなければ、フランス最強の探索者は別の人になっていた可能性が高いのだから。

「ありがとう。でも、自分で言うのもなんだけど、才能があったのは間違いないわ。
 実を言うと、そこまで探索で苦労したことはないもの」

「思い出すなぁ。毎朝早い時間に起きて何も食べずにダンジョンに潜った日を。
 空腹で運動すると脂肪の燃焼に良いってエマが調べてきて、ずっとやってたんだよね」

「あ、あの時はたまたまテレビで見たから……でも脂肪は燃えやすいけど、集中力が欠如したりとか、怪我の原因にもなるから今はやらないわよ? やるにしても軽く食べてからにしてるわ。
 あ、心愛と理奈は絶対やっちゃダメだからね? 分かってはいると思うけど……」

 早口でまくし立ててくるエマに、氷堂と望月ちゃんはコクコクと頷いている。
 これまで聞いた限りだと、ダンジョンに潜る際には必ず朝食や昼食を食べた後らしいので、望月ちゃんに関しては大丈夫だろう。

「まあ、そんな感じで探索者デビューして、特に問題もなく、時間をかけてダンジョンをクリアしていったんだ。
 時間は結構かかったけど、3年前にリヨンのTier1を攻略し終わってここに移動してきたんだ」

「以前はリヨンのダンジョンに居たんですね」

「最初Tier1に挑むときはパリでもいいかと僕は思っていたんだけど、エマがリヨンを譲らなくてね。ほら、あそこは美食の街だから」

「…………」

 ラファエルの言葉に、望月ちゃんはじっとエマを見た。
 視線を受けて、エマは意図的に望月ちゃんの方を見ないようにしている。

「く、食いしん坊なのは自覚しているわ……」

 これまでの話を聞くと、まあそうだよね、という感想だ。

「今はこのダンジョンも下層まで攻略しているからね。深層を攻略してダンジョンをクリアして、次はどこに行くかな、なんてことをエマと考えているよ。
 とはいえ、どうせ半年から一年、また待たされるんだろうけどね」

「待たされる?」

「ああ、理奈は知らないのか。Tier1ダンジョンを踏破した探索者は、しばらくの間は他のTier1ダンジョンに入れないんだ。期間は大体半年から一年くらいで、その間は上層にも入れない。だからその期間はオフって感じだよ。
 あ、Tier2以下のダンジョンには入れるんだけどね」

「そうなんですね」

 初めて耳にした内容に驚く望月ちゃん。気持ちは俺も同じだ。
 ということは、仮に俺達が東京のTier1を攻略しても、次に京都のTier1に挑むのは半年から一年後ということになるわけだ。

(ダンジョンも……厄介な制約を作るな……)

 どうせ攻略したところでダンジョンそのものが消えるわけではないので、強い人はバンバンTier1を攻略すればいいのに。

「あぁ、ちなみに一度でもTier1を攻略すれば次のTier1ダンジョンは別に自国じゃなくても大丈夫よ。だから私達もやろうと思えば東京や京都をメインダンジョンにも出来たってことね」

「Tier1を攻略した探索者の数は少ないし、彼らのほとんどは自国の残りのTier1を攻略しているから、やっている人は居ないようなものだけどね。生活拠点も大きく変えないといけないから」

 ということは、あまりダンジョン探索が進んでいない国に赴いて代わりに攻略するような探索者も、少ないながら居るということなのだろうか。

「でも、日本は食事が美味しいから行くのも悪くはなかったんだけど……心愛と理奈が居るなら攻略はそっちに任せた方が良さそうね」

「が、頑張ります……」

「肯定。ただ観光に来るには良いと思われる」

 フランスの最上位探索者に期待を掛けられ、恐縮する望月ちゃんと、気楽に返す氷堂。
 その対比が、印象的だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

削除予定です

伊藤ほほほ
ファンタジー
削除します

家の猫がポーションとってきた。

熊ごろう
ファンタジー
テーブルに置かれた小さな瓶、それにソファーでくつろぐ飼い猫のクロ。それらを前にして俺は頭を抱えていた。 ある日どこからかクロが咥えて持ってきた瓶……その正体がポーションだったのだ。 瓶の処理はさておいて、俺は瓶の出所を探るため出掛けたクロの跡を追うが……ついた先は自宅の庭にある納屋だった。 やったね、自宅のお庭にダンジョン出来たよ!? どういうことなの。 始めはクロと一緒にダラダラとダンジョンに潜っていた俺だが、ある事を切っ掛けに本気でダンジョンの攻略を決意することに……。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

処理中です...