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第134話 フランスへの道中

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 大阪からフランスまでのフライトは、時間にして半日ほどかかる。
 専用の飛行機の中はゆったりとしていた。

 望月は通路側に座り、窓際には氷堂が並んで座るという配置だ。
 日光があまり好きではないのか、窓のブラインドは閉じてある。

 今まで座ったことのないようなリクライニングシートに座ってからというもの、望月はそこに沈む込むようにしてリラックスしていた。
 その様子を見た毛利が暴走しそうになっていたが、氷堂の一睨みで退散したことを望月は知らない。

 専属職員である神宮と毛利は後ろで待機していて、それ以外の乗務員も全員女性だ。
 おそらく男性が苦手である自分に配慮してくれたのだと思い、感謝する一方で、申し訳ないなとも望月は思った。

 ふと、リクライニングシートに沈んだ状態で隣の席を見る。
 全く無表情で動かない氷堂の様子は、精巧にできた人形のようにも見えた。

(あっ……)

 ふと思い出し、望月は尋ねる。

「あの……氷堂さん、東京の下層の件なのですが……」

 大阪に向かうまでの新幹線の中では、お互い変装していることもあり、ダンジョンのことを話すことは出来なかった。
 けれど、今この場には関係者しかいない。

 氷堂はゆったりとした動きで顔を動かし、視線を望月と絡ませる。
 かと思いきや再び顔を動かして視線を外し、斜め上を見上げた。

「……何度か見返したが、やはり京都とは違う。人形も見たことがなく、施設がないというのはかなり不可解に感じる」

「そうなんですよね。もう下層の一番奥までたどり着くくらいまでは攻略を進めたのですが、一つも見当たらないというのは……目に見える範囲には階層ボスが居そうな場所もありませんし」

 Tier1下層に施設がないということも気がかりではあるが、それ以上にボスが居そうな場所が見つかっていないのも望月の悩みの種の一つだ。
 もう少し進んで見つかればそれでいいのだが、もしも見つからなければ、そもそも下層の突破自体が不可能になる。

「京都の下層はスタンダード。3つの地域があり、そこを守護する3体の竜がいる。
 それらを倒せば階層ボスの竜の元へ行けるようになる。これらは下層に入った瞬間からよく見えるものだ。やはり東京とは違う」

「……やっぱりそうですよね」

 正面を向いて、望月は深くため息をつく。

 望月も神宮から京都Tier1下層の情報は得ているし、数は少ないが動画でも見たことはある。
 攻略の仕方が分かりやすい単純明快な層だったはずだ。

「配信を見ているだけなので詳細までは分からない。けれど鍵は三つあると思っている」

「三つですか?」

 弾かれるように氷堂の方を向けば、氷堂もまた顔を動かして望月の方を見ていた。

「肯定。真っ先に思いつくのは空に浮かぶ虹色の鯨に、下層を動き回っているいくつかの巨大な影」

「確かに、あの二つはちょっと怪しいですね。でも鯨さんのところまでは行けませんし、徘徊している巨大なモンスター達は……」

 あまりにも高い場所を飛んでいる鯨には近づくことすらできないが、望月としては最初の出会いが恐怖であった巨大なモンスターに関してもあまり乗り気ではなかった。

 移動速度が速く、そもそも戦いに持ち込めるのかも怪しい。
 戦いになったところで、あの巨体が相手では死力を尽くしても勝てるだろうか。

「否定。今すぐに挑む必要はない。虹色の鯨もいくつかの影も、ダンジョンのセオリーから外れている。中ボスでない可能性もある。
 それこそ下層を全て探索した後でも構わない筈。ただ、徘徊している巨大なモンスターには気を付けた方が良い」

 氷堂の言葉に、望月は頷く。
 2週間かけて下層を探索した際に、何度か巨大な影に遭遇した。

 毎回脇を超スピードで駆け抜けていくような形だが、その中で刃の種類が変わっていることに気づいた。
 短い刃と、長い刃。そして上手く確認できなかったが、光の反射の具合から極端に短い刃の3パターンが確認できている。

 確認が出来ていないだけで、他にもあの巨大な影の種類はあるのではないかと考えている。
 この段階で、虹色の鯨を含めて巨大なモンスターを4体も確認できていることになる。

 中ボスとして考えると、やや数は多い気がする。

「そして三つ目は、ついてきている人形」

「人形ですか? 結構調べましたが……」

「否定。現段階では十分に調べられてはいるが、敵の攻撃でも、貴女達の攻撃でも傷一つつかないのは異常。どこかのタイミングで動きを見せる可能性がある」

「動きを……」

 正直、今の段階でも望月からすれば、あの人形にはホラーの印象を持っているのだが。
 人形が急に中ボスになって襲い掛かってくるような光景を想像して、眉を下げた。

「……徘徊している巨大な影だけじゃなくて、背後の人形にも要注意ということですね」

「肯定。ただ、今までの探索で問題はない。じっくりと時間をかけて慎重に探索すべきなのは変わらない」

「なるほど……」

 現状維持を勧められ、とりあえず望月は今のままで良いということが分かって安心して息を吐いた。
 しかし、氷堂は続ける。

「問題ない。下層を探索し終わって、それでもだめなら全部倒せばいい。巨大なモンスターを倒し、空飛ぶ鯨を何とかすれば何か見えてくる」

「……そ、そうですかね?」

 氷堂のトンデモ理論に、望月は苦笑いする。
 神宮から聞いた話では、氷堂はこれまであらゆる中ボスやボスを真正面から倒してきたとのことなので、どの会話も最終的には力押しになることが多い。

 無機質な瞳に、感情の読み取れない無表情。
 けれど誇らしい雰囲気を出した氷堂は結論を下す。

「悩むのは時間がかかる。斬った方が早いので、こちらを推奨する」

「え、えっと……あ、ありがとうございます」

「むっ。誰にそう言っても今の貴女のような反応を返される。甚だ疑問である」

 望月でなくても、上位の探索者は皆、情報というものを大事にする。
 それを集めるために慎重に立ち回り、万全準備をもって強敵に挑むのだ。

 けれど氷堂は話を聞く限り、そういったことが必要ないそうだ。
 ただ敵と出会って、戦闘を開始して、勝つ。

 それが中ボスだろうが階層ボスだろうが変わらないらしいので、氷堂の言葉をすっと飲み込める探索者は日本には居ない気がする。

「あの子なら、この意見に同調してくれると思うのだが」

 苦笑いしているときに氷堂が発した「あの子」。
 それが虎太郎を指しているのだと感じ取り、望月は返答に困る。

「ど、どうですかね……」

 望月の見立てでは、虎太郎は自分以上に情報や準備を大事にしているように思える。
 彼と会ってから今まで、望月の中で虎太郎は頼れる先輩探索者のような立ち位置なのだ。

 そんな彼が、斬れば良いという氷堂と意見が合致するだろうか。

(……なんで考えなしに突っ込んでいくんだ! って、怒って吠えそうかも)

 その様子がなぜか鮮明に頭に描けてしまい、望月は小さく笑みをこぼした。

「……?」

 話が一段落したところで急に小さく笑った望月に対して氷堂は首をほんの少し、よく見ないと分からないくらい本当に少しだけ、傾げた。
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